第7話 睦月島生活〜中編〜
葉月島から睦月島へと飛ばされたリュウ一行。
1ヶ月間ここで過ごさなければならないというのに、初日からえらく慌ただしかった。
貸してもらうことになった葉月島のギルド長の廃家のような別荘を掃除し、足りなすぎるものを買出しに行き、睦月ギルドへ行ったらとんでもない数の仕事を度派手なおばさん(睦月ギルド長)から押し付けられ、もう夕方だったが8本の仕事を終わらせた。
食事を作る元気すら残っていなかったリュウ一行はコンビニ弁当で食事を済ませ、別荘に帰って死んだように眠った。
本日睦月島暮らし2日目。
リュウとキラは別荘の2階にあるベッドで、リンクとミーナは屋根裏部屋で目を覚ました。
1階に降り、昨日買って来ておいたホットケーキミックスでリンクが朝食を作る。
ソファーに座り、皆そろって『いただきます』。
「うわ」ホットケーキを一口食べて、リュウが嫌な顔をした。「あめー……」
甘いものを一切受け付けないリュウにとっては、シロップをかけていなくても辛いものがあった。
「仕方ないやろ、作る時間ないんやから。文句言わんといてっ」ホットケーキを作ったリンクが口を尖らせた。「おれが作れるのはタコ焼きとお好み焼き、あとホットケーキくらいなんやから。タコ焼きかお好み焼きにしよかと思たけど、ホットケーキのが早いしな」
「うん、私はホットケーキでも良い」と、キラが満足そうな顔をして言った。「バターもシロップも大好きだ」
「わたしもーっ」
ミーナが続いた。
リュウは溜め息を吐いて言う。
「俺は無理だ、こんなの食って生活すんの……」
「って言っても、どうすんねん。毎日仕事ぎょうさんあんねんで?」リンクは苦笑した。「だーれも料理できんし、毎回料理に時間かけてる暇なんてないやろ」
「皆でまとめて行動しなければ良いのではないか?」と、キラ。「仕事へ行く者と、ここへ残って食事をする者に分かれれば良いではないか」
それだ。
よって、話の内容は『誰が別荘に残るか』に。
「まず俺は、仕事行き決定だろ」リュウが言った。「んで、普通に考えればリンクもなんだが……」
「せやな」リンクは同意した。「おれも仕事行きやな。じゃあミーナとキラが残って――」
「いや、駄目だ」リュウが首を横に振った。「移動に時間をかけてる暇はねえ。ミーナの瞬間移動は必須だ」
「そうだな」キラが同意して頷いた。「じゃあ、私が残れば良いんだな」
「いーや、駄目だ」リュウが再び首を横に振って言う。「おまえを1人にしておくわけにいかねえ」
「心配性というか、過保護というか……」リンクがリュウに呆れて苦笑した。「ミーナならともかく、キラは結構しっかりしてんねんから大丈夫やで」
「駄目ったら駄目だ」リュウは断固として言う。「リンク、おまえも残れ」
「えぇ? おれも? リュウ、おまえ、仕事大丈夫かいな」
「おまえいない方が捗るから安心しろ」
「ひどっ!」
「で、キラ」リュウはキラに顔を向けた。「もし危ない目に合うようなことがあったら、リンクを犠牲にして助かれ。それから、もしリンクに何かされそうになったら殺せ。事故で済ませる」
「おま……」
リンクは顔面蒼白するが、キラはにっこりと笑って承諾する。
「分かった、リュウ。心配しないで仕事行って来て良いぞ」
「ああ。キラ(とリンク)は飯頼んだぞ」
そういうことになった。
朝食後。
リュウとミーナは仕事へと向かい、キラとリンクは食事作りのため別荘に残った。
そろそろ昼食作りを開始しようか時間になり、キラとリンクは冷蔵庫の蓋を開けた。
「うーん…」冷蔵庫の中の食料を見て、キラが唸る。「どーも材料が足りないな」
「昼飯、何作る気なん?」
「うまいもの」
「なんやねん、それ」
「うまいものは、うまいものだ!」キラが冷蔵庫を閉じ、リンクに振り返った。「リュウとミーナが腹を減らして帰ってくる。うまいものを作るのだ! リンク、行くぞ!」
「は? どこへ?」
「良い食料がないか、この別荘の周りを調べてみるに決まってるではないか」
「大丈夫かいな…」
「当たり前だ、私を誰だと思っている?」ふふん、とキラが笑った。「私は元・野生育ちのブラックキャット。食えるものに食えないもの、うまいものにまずいものなど、知り尽くしている!」
「おぉっ」リンクは声を高くした。「頼もしいやん、キラ! よし、冒険ついでに食料調達や!」
「おうっ!」
キラとリンクはカゴを背負い、別荘を後にした。
さすが超・超・超・超・山奥なだけあり、ちょっと探せば食料はたくさん見当たった。
キラが野生の頃に食べていた木の実やキノコがあちらこちらにある。
それらをカゴに入れながら歩いて別荘から離れていくと、小さな湖を見つけた。
別荘から寄り道しないで歩いてきたら、10分くらいのところだろうか。
水面がきらきらと輝いている。
「おわー、綺麗な湖やなー」
「ああ。水が澄んでいて、とても綺麗だな」キラが微笑む。「あとでリュウと、手を繋いでほとりを散歩したいな」
ただでさえキラは美しいのに、リュウを想っているときはもっと美しい顔をする。
少し頬を染めながら、リンクは言った。
「キラって、人間の女の子みたいやな。前から思ってたんやけど」
「そうか?」
「うん、恋してる人間の女の子みたいや」リンクは続けた。「でも、何ていうか…、人間にはない美しさ…てゆーんかな。そういうのがある。見た目のことやないで? あ、見た目もやけど。…なんてゆーか、キラも…それからミーナも、汚れがないっていうか…。……ときどき、おれたち人間が飼って良かったんかなって思うわ」
リンクの顔を数秒見つめたあと、キラが言う。
「そんなことを言っては、ミーナが悲しむぞ。私もミーナも、飼われて幸せだ。主を愛している。人間の心は変わりやすいと言うが、私たちの心は死ぬまで変わることはない。一度愛したら、死ぬまで愛してしまう」
キラが湖の方を見て、リンクに横顔を見せた。
少し間を置いて、キラが続ける。
「そういった心は、時には邪魔になるかもしれない。辛い思いをする日もあるだろう。でも」
と、キラが再び微笑む。
それは本当に美しく、リンクの瞳に映った。
「私はこの心を誇りに思う。死ぬまで…、いや、死んでからもリュウを愛せることを、とても幸せに感じる。それはミーナだって、きっと同じだ」
「――」
突然、リンクの瞳に熱いものがこみ上げてきた。
(知ってたけど…、分かってたけど……)リンクの頬を、涙が一粒伝った。(おまえ幸せ者やな、リュウ。そしておれも……、ごっつい幸せ者や)
リンクの涙を見て、キラが首をかしげる。
「どうした、リンク…?」
「ううんっ…、何でもあらへんっ」リンクは笑いながら、涙を拭った。「目にゴミが入っただけやっ」
「そうか、良かった。痛いわけではないのだな」
「痛い?」
「ああ。痛くないのか? それ」
と、キラが目を落としたのはリンクの足元。
「――はっ…、早く言わんかああああああああああああい!!」
「何故気付かぬ」
「たっ、助けてリュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
リンクの足首に、毒蛇が噛み付いていた。
次から次へと仕事をこなして行くリュウを見て、ミーナは感嘆の溜め息を吐く。
「リュウは本当に強いな。どんなモンスターも、リュウには敵わないのではないか」
「さあ、それは分からねーけどな」リュウが言いながら、腰に剣を戻した。「俺は相手が人間だろうとモンスターだろうと、負けるわけにはいかねーよ。命に変えても、な」
「キラを守るためか?」
「ああ」
そう答えたリュウの顔を、ミーナがじっと見上げた。
そのあと、俯いて呟くように言う。
「キラは、本当に主に愛されているのだな…」
「おまえもだろ、ミーナ」
「そう…かな……」
ミーナの返事が元気なくて、リュウはミーナの脇に手を入れて、ひょいと抱き上げた。
「どうしたんだよ、ミーナ」
俯いたまま少しの間黙ったあと、ミーナがリュウの顔を見つめた。
「わたしは、キラほど主に愛されていない気がする」
「何でそう思う」
「だって……」
「だって?」
「見たことはないが、リュウとキラが特に夜に多くやっていることを、リンクとわたしはやっていない気がする!」
「…………」
それって、夜の営みのことですか。
リュウが返事に困っていると、ミーナがむくれた顔で続けた。
「夜に何をしているのかとキラに聞いたら、リュウに愛してもらっているのだと言われた。わたしはリンクに、きっとソレをやってもらっていない。ということは、わたしは主にキラほど愛されていないということではないのかっ?」
「いや、そうじゃねーんだよ、ミーナ……」リュウは困惑しながら口を開いた。「あれだ、ミーナ。リンクが今のおまえにソレをやったら、犯罪になっちまう。いや、モンスター相手となると犯罪ってわけじゃないんだろうが、ロリコンには変わりなくて…だな……」
「ロリコンとは何だ」
「そ、それは、だな。その……」リュウは困り果てた挙句、「大人になれば分かる」
そう言って口を閉ざした。
納得いかないミーナは喚くが、リュウは顔を逸らして無視。
ついにミーナが泣き出す。
「えぐっ…えぐっ…! やっぱり…、やっぱり…、わたしの主はっ、リンクはっ、リュウがキラを愛するほど、わたしを愛していないのだなっ…? そうなのだなっ……!?」
「ちげーよ、それはちげー」
きっぱりと言ったリュウの顔を、ミーナは見つめた。
リュウは言う。
「これだけは言える。リンクは、俺がキラを想うくらい、おまえを想っているはずだ」
「じゃあ、なんでっ?」
夜の営みはないのか。
その疑問から離れてくれないミーナに、リュウは必死に言葉を探して言う。
「その…、だな。愛情表現には、色々な方法があって……だな」
「うん?」
「俺とキラのやっていることは大人用の愛情表現であって……だな。その、あれだ……」
「うん?」
「お…、おまえもあと数年すれば、リンクから教わるぜ」
「ほ、本当かっ?」
「ああ」
たぶん、だが。
付け加えるとミーナが喚く気がしたので、リュウはあえて言わなかった。
ミーナの顔が明るくなる。
「そーか、もう少し大人になれば、わたしもソレをしてもらえるのか!」
「ああ」
たぶん。
ミーナがはしゃいだ。
「そーか、良かった。早く大人になりたいぞっ」
「大丈夫、数年なんてすぐだ」リュウは言いながら、ミーナを肩車した。「さて、次の仕事はこの近くだから歩いていくぞ」
「リュウ、リュウ」
「なんだ、ミーナ」
「リュウがキラを想っているほど、リンクはわたしを想っていると言ったな?」
「ああ。それは間違いない」
「それって、どれくらいだ?」
そんなミーナの質問に、リュウが短く笑った。
「そういうのを愚問っていうんだぞ、ミーナ」
「ぐもん?」
「バカな質問ってこと」
「何っ。わ、わたし、バカなこと訊いたか?」
「ああ。さすがリンクを主に持つだけある」
「にゃっ、にゃにおう!?」
ミーナが喚く。
「だって」リュウは続けた。「俺がどれくらいキラを想ってるかなんて、分かりきったことだろ」
ミーナは瞬きをした。
ほんの数秒の間考えて、『ぐもん』だったと納得する。
「この世で1番、か」
「ああ。この世一、だ」
ミーナは心から笑って、そして確信する。
「わたしとキラはこの世で1番、幸せな猫だなっ♪」
リュウが鼻で笑った。
「1番は2つねーだろ」
「揚げ足を取るなっ」
「この世で1番幸せな猫はキラだ」
「な、何故わたしではないっ?」
「主がリンクだから」
「……。『ぐもん』ですた」
「だな」
リュウとミーナが別荘に昼食を食べに一旦戻ってきたのは、少し早めの正午前だった。
すっかり上手くなったミーナの瞬間移動で別荘の前に足を着き、リュウはわくわくとしながら別荘のドアに手をかける。
(初のキラの手料理が俺を待っている)
楽しみのあまり顔がにやけてしまいながら、リュウはミーナと一緒に玄関に入った。
その瞬間、リンクの声が聞こえてきた。
リビングの方からだ。
「はぁっ…はぁっ……、ええで…、そうや、キラ。うっ…、上手いで……!」何だかリンクがやたらと喘いでいる。「え、ええ子やな、キラ……。お…、おれなんかのために、こんなことをっ……」
待ってくれ、何をしている。
こんなことって、どんなことだ。
リュウの胸が嫌な動悸をあげる。
(リンク、まさかてめえ……!!)
ぶちぶちぶちっと自分の中で何かが切れる音を聞きながら、リュウは殺意たっぷりにリビングへと向かって行った。
リンクの声が聞こえてくる。
「も、もうあかんっ…キラっ…! そっ、そんなに吸われたらっ……!!」
リュウはリビングのドアを蹴りあけた。
「リンク、てめえ――」
「出血多量で逆に死ぬっちゅーねんっ!!!」
リンクの叫び声が、リュウの怒声を遮った。
(は?)リュウは眉を寄せた。(出血多量……?)
リビングのソファーに横たわっているリンクと、その足首に吸い付いているキラ。
キラが口の周りに血をつけながら、リュウに振り返った。
「た、大変だ、リュウ! リンクが毒蛇に噛まれたから、毒を吸い出していたのだがっ……!」
「……。……そうか」そういうことだったか。リュウは安堵して、リンクの方へと歩いていった。「おい、大丈夫かリンク」
と、さっきまで殺そうとしていたことを秘密にして、優しげに声をかけてやる。
リンクが真っ青な顔をして、リュウに手を伸ばす。
「たっ、助けてやリュウ……! ちっ…、血が足りなっ…………!!」
リンク、失神。
リュウに治癒魔法をかけてもらい毒と外傷を治されたあと、リンクは輸血のため睦月町の病院へと運ばれた。
夜に迎えに来ることにし、リュウとキラ、ミーナは別荘へと戻った。
そしてキラが一生懸命になって昼食を作り、リュウはそれを感動に目が潤みそうになりながら堪能した。
何の料理だか分からないし味付けもいまいちだったが、それでも欲張って口にした。
とても優しく温かい味がした。
どんな高級料理よりも美味しく感じた。
夕食もそれが続いて、リュウは幸せで一杯だった。
睦月島に飛ばされたことを、心から感謝した。
葉月島に帰ったら、葉月町ギルド長に地獄をプレゼントしてあげようなんて考えていたリュウだったが、変更して楽園でもプレゼントしてあげることにした。
酒と女で酒池肉林とか良いかもしれない。
そうだ、うん。
それが良い。
喜びそうだ、あのおっさん。
……あ、リンク迎えに行くの忘れた。
こうしてリュウ一行の睦月島暮らし2日目は過ぎていった。
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