第6話 睦月島生活〜前編〜


 急いでギルドへ駆けつけたリュウとキラ、リンクとミーナは、近くのビルの陰からギルドを見て一瞬思わず絶句した。
 何だ、あれは。
 ギルドから溢れかえっている女たちに、突き破られたかのようなドア、ぼろぼろと崩れているレンガ造りの壁。
 ギルドへ来ていたハンターやギルド長が、ギルドの外でおろおろとしていた。

「ど、どうすんのや、リュウ」リンクはごくりと唾を飲み込んだ。「みーーーんな、おまえ目当ての女やで」

「……」リュウもごくりと唾を飲み込む。「こ…、ここで俺が出て行って大丈夫だと思うか」

「だ、駄目だ」キラが首を横に振った。「ますます騒ぎが大きくなってしまう……、リュウ、まだ上着てないし」

 そうだったと、リュウは今になって気付いた。
 上半身裸になったが故に女たちに追われるハメになったリュウは、またこの姿のままあの女たちの前に出るわけにはいかない。
 想像すると、リュウでさえ恐ろしいものがあった。
 ビルの陰に顔を引っ込め、リンクが言う。

「ほな、どうすんねん。リュウがあかんかったら、誰が行くんや」

「おまえだろ、リンク」リュウはリンクを睨んだ。「おまえが変なこと言い出さなければ、こんなことにはならなかったんだよ」

「うっ…、せやけどっ、せやけどっ」リンクは動揺しながら、再びビルの陰から顔を出してギルドに目をやった。「お…、おれにあそこへ行く勇気はあらへんっ……!」

「仕方ない」キラが溜め息を吐いた。「私が行って、何とかしてこよう」

「何言ってんだ」リュウがキラの腕を引く。「俺のペットだってばれただろうおまえが行ったら、尋問に合う挙句に押しつぶされんぞ」

「せやな」リンクは同意した。「かといって、おれやミーナが行っても同じことになるんちゃうん? リュウと一緒にいたんやから」

「じゃーどうすんだよ」

 ビルの陰、2人と2匹は小声で揉め始める。
 そこへ、リュウはまだかと辺りを探しに来たギルド長が現れた。

「リュウっ…!」ギルド長は女たちに気付かれないよう、リュウ一行と一緒になってビルの陰へと身を隠した。「どどどど、どうしてくれるんだ……!?」

 狼狽しているギルド長に、リュウは溜め息を吐いて言った。

「もう、落ち着くのを待つしかねーんじゃないかと」

「な、なにっ?」

「俺たちがあそこに出て行ったら、ますます騒ぎになんでしょう」

「そっ、そうかっ…、確かにそうだなっ」納得したギルド長。気を落ち着かせ、リュウ一行の顔を見回す。「よし、君たち。しばらくの間、お別れだ」

「は?」

 リュウ一行は声をそろえた。
 ギルド長はそれはもう、さらりとずばっと言ってくれる。

「他の島へ飛んでくれ」

「――!?」

 待ってくれ。

 リュウ一行は心の中で突っ込んだ。
 ギルド長は話を続ける。

「そうだな、1ヶ月も経てば落ち着くだろう。どうせならハンターの少ない島へと飛んで、がっつり働いてきてくれ。うーん、どこが良いかな。あ、睦月島が良いな。私の別荘があるから、そこで1ヶ月生活すると良い。睦月島の睦月町では、リュウはきっと重宝されるに違いないよ。ちょっと待っててくれ」

 リュウ一行の心境なんて、まるでおかまいなし。
 副ギルド長へと電話して、すぐさまこの場に睦月島の地図と別荘の鍵を持ってこさせた。
 それらをリュウに手渡し、ギルド長は言う。

「はい、いってらっしゃい。本日中に葉月島を発つように」

 意義ありと声を出そうとしたリュウ一行だったが、ギルドに押しかけてきた女たちの声が聞こえてきて口を閉ざす。

「リュウ様、現れないわね」

「こうなったら片っぱしから町の人々に声をかけて、リュウ様のお家を突き止めるしかないわね」

「そうね、そうしましょう!」

 やばい。
 リュウのマンションが見つかるのも時間の問題だ。

「し、仕方ねえ……」リュウは覚悟を決めた。「おまえら、飛ぶぞ!」
 
 
 
 と、いうわけで。
 飛びました。
 葉月島から睦月島までは飛行機で8時間。
 昨夜に葉月島を経ち、目が覚めたら睦月島にいたリュウ一行。
 季節は秋頃、時刻は昼過ぎだった。

「いやっほーーーーーーーーーーーーいっ! 睦月島やーーーーっ!」睦月島の空港の外、リンクがはしゃぐ。「えーと、睦月島の名産はなんやったかなー♪」

 睦月島ガイドブックを手に、リンクはすっかり旅行気分。
 他の島に初めて足をつけるキラはリュウの腕にしがみ付き、ミーナはキラの背にしがみ付いて足を浮かせている。

「こ、こここここ、ここが睦月島とやらかっ」キラはくんくんと鼻を利かせ、「う、うむ。風の匂いは悪くないっ…」

「キ、キキキキキラ」ミーナが尻尾の毛を逆立てて言う。「ち、地に足をつけても大丈夫かっ……!?」

「まあ、落ち着けおまえら」リュウは睦月島の地図と携帯電話を取り出した。「とりあえず、ギルド長の別荘に行かねーと」

 リュウはギルド長に電話をかけ、別荘の詳しい位置を教えてもらった。
 そしてタクシーを捕まえて移動する。
 睦月島カガミモチ山の、奥の奥の奥の奥……。

「どんだけやねん!」ギルド長の別荘の前、リンクは青ざめる。「なっ…んやねん、ここは……!? 山奥にも程があるわ!!」

 ギルド長の別荘は、途中から道路がなくなるほど山奥にあった。
 周りを見渡せば野生動物が顔を出しそうだ。

「ここから睦月町ギルドに行けってか……!?」

 リュウは、もちろん圏外になっている携帯電話を見つめ、葉月島にいるギルド長に殺気を送る。
 木の枝に座って足をぶらぶらとさせながら、キラが言う。
「大丈夫だ、リュウ。ミーナが瞬間移動を持っている」

「うむ」キラの傍ら、キラと同じことをしながらミーナが頷いた。「移動するときは、わたしがいるから大丈夫だぞ」

 そうだった。
 ホワイトキャットであるミーナは多くの魔法を持っている。
 その中に、瞬間移動もあることを忘れていた。
 ちなみに、ミーナの主であるリンクは今知った。

(瞬間移動があるなら、なんとか働いていけるか)リュウは安堵したあと、木の上にいるキラとミーナを見上げた。(それにしても、さすがは元野生の猫……だな)

 リュウやリンクとは裏腹に、キラとミーナははしゃいでいた。
 人間の食べ物やファッションが大好きなキラとミーナだったが、以前の生活に近いだろうこの環境は過ごしやすそうだった。
 それを思えばリュウにとっても、たまにはこういう暮らしも悪くない。

「よーし、おまえら。まずは荷物を置いて掃除からだ。少しの間来てないみたいだから、結構埃っぽいかも――」と、別荘の玄関のドアを開けたリュウ。「………………」

 固まる。
 あとからやってきたリンクも固まる。

「……。…ギルド長、何十年来てないって?」

「……。…30年くらいか?」

 一体どこが、『少しの間』来ていない、のか。
 埃っぽいどころか埃だらけで、あちこちには蜘蛛の巣。
 まるで廃家だ。

「あのおっさん、掃除くらい頼んどけっちゅーねん!」

「ったく……」リュウは深く溜め息を吐いた。「リンク、全室の窓開けろ。掃除する」

 リンクは承諾して、1階と2階、それから屋根裏部屋の窓も開けた。
 そのあと、リュウの掃除が開始。
 魔法で風を起こし、隅々の細かい埃も蜘蛛の巣も巻き上げて、窓から一気に排出。
 全室合計して、3分ほどで終了。

「おお」キラが声を高くした。「さすがリュウだな。あっという間にぴかぴかだ」

「リュウは闇以外の、火・水・風・地・光魔法使えるから便利やなあ」と、全室を見て回ってきたリンクが言う。「こういう、電気も水道もガスも通ってないところでは」

「は?」

 リュウは眉を寄せた。
 リンクが顔を強張らせてもう一度言う。

「ここ、電気は付かんし、水もでないし、ガスもない……」

「……」

 ギルド長のおっさん、殺してやろうか。
 リュウは思った。

 それから、とリンクが続ける。

「ベッドは2階に1つだけ。布団なし。テーブルは脚が折れてるし、ソファーは綿が飛び出とる。冷蔵庫からは卒倒しそうな異臭……」

「………………」

 リンクとミーナは睦月町へ必要なものを買出しへ。
 リュウとキラは別荘の中の片付けが始まった。
 使えないほどぼろぼろの家具は外へ出し、異臭漂う冷蔵庫は、もはや原型の留めていない中のものを捨て、リュウが水魔法で水を起こして洗浄。
 乾かしたあとは中に冷気を起こし、蓋を閉めて買われてきた食材を待つ。

「おのれ、あのおっさんめ……!」

 何故こんなことまでしなければならないのかと、リュウは葉月島ギルド長に一瞬本気で殺意を覚える。
 キラははしゃいでいるが。

「1ヶ月間、楽しくすごせそうだな、リュウ!」

「そ、そうか…?」

「うん!」

「そうか」

 なら良い。
 キラが喜んでいるなら。
 リュウは葉月島ギルド長への殺意をなかったことにした。
 それから30分ほどして、リンクとミーナが帰ってきた。
 屋根の上に。

「どわああああああああああああああっ!!」リンクの叫び声が、別荘の中まで響いてくる。「ちゃんとした場所に瞬間移動せんかいっ!! おっ、落ちる落ちる落ちる落ちる! リュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 リュウとキラは、別荘の外に出た。
 屋根から落ちてくるテーブルやソファー、布団、その他の物をリュウが受け止め、ミーナをキラが抱っこ。
 リンクは尻から落下。

「ふう…、危ねーな。買ってきたもの早速壊すとこだったぜ」

「良かった、ミーナも無事だ」

「おれは!?」地に落下したリンク、涙目。「なあ、おれの心配は!? ごっつ痛いんやけど!?」

「おまえそういう役似合うなぁ」

「似合いたくないわ!! あぁもう、痛いわああああああっ」

「わかったよ、うるせーな」

 リュウは家具を配置したあと、リンクの尻に治癒魔法をかけてやった。
 冷やしておいた冷蔵庫に買ってきた食材を入れたら、皆でソファーに座って一息つく。

「とりあえず、これで生活できそうか……」

「おう…、なんとかな」リンクは苦笑して、リュウに同意した。「まったく、うちのギルド長は……。さっき睦月町に行ったときに文句の電話したんやけど、何て返ってきたと思う?」

「…何だって?」

「『ごめーん、あっはっは』……以上」

「……」

 リュウの殺意再び。

「それから」リンクが続けた。「リュウに伝言。『今日中に睦月島ギルドのギルド長を訪ねるように』。うちのギルド長が、こっちのギルド長に電話したところ、えらく困ってるらしかったで。たぶん葉月島の半分以下やて、ハンターの数。その分モンスターのペットを見たことがあらへんのか、店によってはミーナは入れなかったし」

「うむ、外で待たされたぞ!」ミーナが口を尖らせた。「なんって無礼なのだ!」

「そうだな、よしよし。ひどいことをする」

 と、キラが宥めるようにミーナの頭を撫でる。
 リュウが言う。

「まあ、仕方ねーと言っちゃ仕方ねーよ。モンスターをペットにすることは、葉月島の流行だからな。一応どこの島のハンターも飼う資格はあるが、敬遠しがちなんだろ。特に、飯食う店はキラとミーナは断られるだろうな。……よって」

「自炊の覚悟やな」と、リンクがリュウに代わって言葉を続けた。「そう思って、ちゃーんと調理器具買ってきたで」

「おお、自分たちで作るのか。楽しそうだなっ。んで」キラが皆の顔を見回した。「誰か、料理できるのか?」

「…………」

 しぃーん、と静まり返る別荘のリビング。
 それが問題だった。
 だって普段この2人と2匹は、外食や出前で食事を済ませているから。

「で…、できるで」リンクが口を開いた。「タコ焼きとお好み焼きなら……」

「そういうもんばっかりじゃ飽きるっての」リュウが、仕方ないという風に溜め息を吐く。「適当に作るしかねーな……」

 そういうことになった。
 ビールを1本ずつ飲んで少し休憩し、日が暮れる前にミーナの瞬間移動で睦月町へと向かって行った。
 
 
 
「せやからっ…」リンクの腕がぷるぷると震える。「ちゃんとした場所に瞬間移動せんかミーナっ!!」

 ミーナが瞬間移動した場所は、睦月町にそびえ立つ高層ビルの屋上。
 ……の、脇。
 慌ててリンクが横にあったフェンスに捕まり、リュウがリンクの足を右手で掴んで左手にキラをぶら下げ、キラはミーナを抱いている。

「ふっ…ふみゃあああああああああああっ!!」

 風にゆらゆらと揺らされ、ミーナは大慌てで瞬間移動しなおした。
 睦月町ギルドの前に。
 ……座っていた、巨大な番犬の上に。

「ばっ、おまっ、なっ……!?」リンクは青ざめた。「ぎっ…、ぎゃあああああああああああああああ!! 何でおれだけえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!?」

 番犬に追われるリンクの声が遠のいていく。

「なあ、ミーナ」

「なんだ、キラ」

「おまえの主、面白いな」

「ああ、面白いな」

 リュウとキラ、ミーナは睦月ギルドの中に入った。
 リュウが受付で名を言うと、睦月ギルドのギルド長室の前へと案内された。
 リュウがノックを2回し、キラがそれを真似し、ミーナも真似して合計6回のノックの後に、中から声が返ってきた。

「どうぞ、お入りになって」

 女の声だった。

(睦月ギルドのギルド長は、女なのか)

 めずらしいな、と思いながらリュウは睦月ギルド長室へと入った。

「失礼しま――…!?」

 ソファーに腰掛けている睦月ギルド長の顔を見て、リュウは思わずぎょっとしてしまった。
 年齢は40歳前後だろうか。
 美人といえば美人だが、度派手な化粧に度派手なヘアスタイル、度派手なファッションに身を包み、ふわふわとした羽のついた扇子を扇いでいる。
 甘ったるい香水の匂いが部屋中に充満していてむせ返りそうになる。
 キラの背で、ミーナが小声で言う。

「きっ、キラっ…! 鼻が痛いぞっ……!」

「しっ。顔に出すな」

 キラが言い、ミーナは涙目になりながらも承諾した。

「いらっしゃい、ハンター・リュウ。おかけになって」

 睦月ギルド長が向かいのソファーを指し、リュウとキラ、ミーナは従った。
 睦月ギルド長がにっこりと微笑んで言う。

「お待ちしておりましたわよ、ハンター・リュウ。それからキラさんに、ミーナさんね。…あら? もう1人ハンターがいると聞いていたのだけど……?」

「ああ、リンクならもうすぐ戻ってくるかと。それより」早くここから出たいリュウは、話を切り出した。「俺宛ての仕事がたくさんあるようなことを言われてきたんですが」

「そうなのよ。睦月島にはハンターが少なくって、困ったものだわ。超一流ハンターなんて、1人もいないのよ?」言いながら、睦月ギルド長は分厚い封筒を取り出してきた。「はい、これ。あなたにお願いする仕事よ、ハンター・リュウ」

 リュウは封筒を受け取った。
 ずっしりとする。
 中には、依頼の内容が書かれた紙がどっさり。

「まさかこれ、全部すか…?」

「そうよ」

「何でこんなに溜まって……」

「だから言ったじゃない。この島には、超一流ハンターがいないって」

「……」

 仕事があるのは有難いことではあるが、こんな量の仕事を1ヶ月で終わらせろと言うのだろうか、このおばさんは。

「それじゃ、よろしくね」

 言った。
 あっさりと。

(ギルド長というものは、皆こういうものなのだろか)

 まるで葉月ギルド長のようだと、リュウは思った。
 口論しようか。
 いや、駄目だ。
 もう駄目だ。
 ここから出たい。
 出ないとキラとミーナが失神してしまう。
 リュウが口を開こうとしたとき、ギルド長室のドアが大きな音を立てて開いた。

「おれを置いて行くなーーーーっ!!」リンクだった。「…って、クサッ!! なんっやこの部屋!?」

 思わずそんな言葉が出たリンクの額に、睦月ギルド長の扇子が命中。
 睦月ギルド長の声色が変わる。

「ずいぶんと失礼な子ねぇ、ハンター・リンク?」

「えっ!? あっ、睦月ギルドのギルド長!?」

「この部屋が、何ですって?」

「えっ!? あっ、ご、ごっつ素敵な香りしとるな?って! ギルド長も綺麗やしっ! あ、あはははは――」

「では」

 と、リュウはリンクの笑い声を遮り、立ち上がった。
 もう限界だ。
 この部屋にいられない。

「仕事は全て承りましたので、失礼します」

 早口になりながら、リュウはキラとミーナを引っ張ってギルド長室から出た。
 リンクもぺこぺこと睦月ギルド長に頭を下げたあと、リュウを追う。
 早足でギルドの中を歩き、外に出る。
 ギルドの前から少し離れ、リュウは口を切った。

「だ、大丈夫か、キラ、ミーナ…」

「ふみぃぃぃぃっ…」

 ミーナが目を回してキラに支えられ、キラもふらふらとリュウに凭れ掛かった。

「め、眩暈がっ…。あと少しで胃の中のもの出すとこだったぞっ……」

「強烈やったなぁ、あのギルド長…」リンクが苦笑する。「化粧も服も香水のつけ方も、どんなセンスしとんねん。ほいで、リュウ。仕事どれくらいあったん?」

「これくらい」

 と、リュウがリンクの手の上に封筒を置く。

「重っ…! なっ、なんやっ!? これ全部!?」

「おう」

 リュウがミーナをリンクの背に預けた。
 自分はキラを背負い、黒々とした鋭い瞳を光らせて言う。

「行くぞ、リンク。今日はとりあえず8本の仕事を終わらせる」

「――マジデスカ」

 マジデス。

 リュウ一行の睦月島での生活は、これから始まる。
 
 
 
 
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