第5話 メイドと執事のタコ焼き売り
季節は春満開。
桜満開。
本日正午前にキラと共に仕事を終わらせ、帰路へと着くリュウの目に桜の花が飛び込んできた。
「ああ…、そういやこの辺は葉月公園の近くだったか」
葉月公園は葉月島葉月町の一番大きな公園で、一番の花見スポットだった。
人々がぞろぞろとそちらへと向かって歩いていく。
人ゴミが嫌いなリュウだが、きらきらと瞳を輝かせて葉月公園の方を見ているキラに気付いて言った。
「昼飯、そこの公園で食ってくか」
「おぉっ」キラが声を高くした。「あの美味そうな花、食って良いのか!」
「食うな。それから木にも登るな。花見なんだから」
「そうか、花見か。では何を食うのだ?」
「出店がいっぱい出てるだろ。ビールだってあるし」
「よし、行きたいぞ!」キラがリュウの腕を取り、進行方向を葉月公園にして歩き出した。「ねぇ、リュウ、リュウ」
「ん」
「久しぶりに、デートみたいだな」
「そう…だな」
最近は仕事も、外へ遊びに行くときも、リンクとミーナが一緒にいた。
2人きりのデートというデートは、久しぶりのことだった。
(今日はもう仕事が終わったし、キラとゆっくりデートでもするか)
そうリュウが張り切ったときのこと。
リュウの携帯電話が鳴った。
「仕事か? 緊急の…」
キラの顔が元気をなくす。
「…いや」リュウは携帯の画面に出ている名前を見て言った。「リンク」
リュウは嫌な予感がしながら、電話に出た。
「へるぷみーーーーーーーーーっ!!」リュウが声を発するよりも先に、リンクが電話の向こうで叫んだ。「助けてっ…、助けてやリュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「なんだよ、うるせーな」リュウは溜め息を吐いた。葉月公園へと足を進めながら言う。「俺は今、忙しいんだ」
「えぇっ?」リンクの声が困惑した。「何してるんっ? ごっつ忙しいんっ? どえらい仕事かっ?」
「キラと花見デート」
「……。どこで?」
「葉月公園」
「さっ…、さっすがリュウや…! やっぱ困ったときはおまえや……!」
「はぁ…?」
何を言ってるのかと、リュウは眉を寄せた。
リンクが続ける。
「おれ実は、金が底を尽きそうなんやけど」
「貸してやろうか、十日で一割の利子で」
「トイチかいな! この鬼っ!」
「嫌なら貸さねー。で、何で金欠」
「何でって…! おまえがキラに何でもかんでも買ったるから、うちのミーナもキラと同じものほしがって買ったるハメになってるんやないかい! おれやて一般人から見れば金持ちの一流ハンターやけど、報酬は超一流ハンターのおまえの半分なんやからなーーーっ!!」
「うるせーって、声」
リュウの足が葉月公園に入る。
リンクは続ける。
「とゆーわけで、追い詰められたおれがおる」
「そーか。じゃ、葉月公園に着いたから切る」
「待て待て待て待て!」
「何だよ、キラが腹減らしてんだよ」
「うっ…、うちのタコ焼きはいかが?っ?」
「は?」
リュウの足が止まる。
黒い猫耳を傾けてリンクの声を聞き取っていたキラの足も、思わず同時に止まる。
そして見つける。
「……何で」
何でいるのか。
一番左端の『たこ焼き』と書かれた出店の中に、ひらひらと手を振っているリンクが。
その足元にいたらしいミーナが、ひょっこりと顔を覗かせる。
そしてリュウとキラを見つけて、ぶんぶんと両手を振る。
ミーナに向かって片手を挙げながら、リュウは訊く。
「おい、リンク。何してんだよ、おまえ……」
「せやから、金欠なんやて。金稼いでるんやないかい。とりあえずこっち来てや?」
「はぁ…」キラが溜め息を吐いた。「どうやら、デートはお預けのようだな」
そのようだとリュウも溜め息を吐き、電話を切った。
リンクの出店へと歩み寄っていくと、ミーナが中から飛び出してキラに抱きついた。
「ふみゃあああああああん! キラぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」ミーナが泣き出した。「えぐっ…えぐっ…リンクがおもちゃ買ってくれにゃいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「今稼ぐから待ってろ言うてるやろっ!」リンクが苦笑し、「さっぱり売れへんけど……」
「みてーだな」誰も買いに来る気配のないリンクの出店を見て、リュウは言った。「おまえのたこ焼きは美味いことは確かなんだが……、たけーんじゃねーの、値段が。タコ焼き1パック700ゴールドはねーだろ」
「き、金欠やからつい…」リンクが苦笑した。「でも」
と、隣の店に顔を向ける。
「売れない1番の理由は、その店の影になってしまってるからや」
「なるほど…、たしかに目立つな」
リュウは納得した。
こじんまりとしたリンクの出店の隣にある、度派手な店。
メニューはリンクの店と同様『たこ焼き』に加えて『お好み焼き』、『焼きソバ』、『カキ氷』と豊富。
そして他の店と何が違うかって、それを売っている人物たちだ。
リンクがぶつぶつと文句を言う。
「いくら流行ってるからって、おかしいやろ」
執事の格好をした男たちが調理し、メイド服姿の女たちが客に手渡している。
「たしかに…」
おかしいとリュウは納得したが、キラは言う。
「おぉ、あれは最近テレビで見たメイド服っていうやつだな。 可愛いな、私も着てみたいぞ」
「そうか。あとで買ってやる」
そう言ったリュウに、リンクは慌てて言う。
「ミーナの前でそういう会話はやめてやぁぁぁぁ!」
といっても、もう遅かった。
キラの胸に抱きついて泣きじゃくっていたミーナが、くるりとリンクに顔を向ける。
「わたしもほしいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「かっ…勘弁して……!」
思わず涙目になったリンクだったが、はっとしてキラの顔を見た。
リュウの顔を見た。
瞳が輝く。
「こ…これや……!」
「?」
何を言い出す気かと、リュウは眉を寄せた。
リンクが店から出てきて、リュウの両手を握る。
「リュウ! 困ったときは、やっぱりおまえやな…! おれ、おまえに出会えてよかったわ……!」
「放せ、きもちわりー」
リュウはリンクの手を振り払った。
リンクがリュウに必死にしがみ付いて言う。
「たっ、頼む、頼むリュウ! 店、手伝ってや…! こうなったら隣の店のパクリや! リュウはタキシード、キラとミーナはメイド服。これしかない……!」
「冗談は顔だけにしろ」
「頼むっ…頼む、リュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「よし、分かった」
と言ったのはリュウではなく、キラだ。
「キラっ…!」
リンクの瞳が感動に潤み、リュウの顔は引きつる。
「おい、キラ。何言って……」
「良いではないか、リュウ。楽しそうだ」キラがミーナの涙を指で拭った。「私も今すぐメイド服を着てみたくなったし、ミーナにも買ってあげてほしい。リュウのタキシード姿も大好きだ」
「でも……」
「このお願い聞いてくれたら」
キラ、ここで笑顔満開。
トドメの一言。
「今夜はご奉仕しまぁす、ご主人様♪」
1時間後。
リンクの出店の前。
メイド服姿のキラとミーナに、タキシードを決め込んだリュウ(ついでにリンクも)がいた。
客が押し寄せることを想像し、材料を緊急大量追加。
リンクの瞳がやる気に輝く。
「よし、準備万端や」
「いや、まだだ」
と、リュウが『700ゴールド』と書かれた値段を『1000ゴールド』と書き直した。
「こっ、これはさすがに高いやろっ、リュウ……!」
「いや、売れる。800Gで売ってる隣のたこ焼き食ってみたんだが、おまえのたこ焼きの方が美味い。それに何より」リュウの鋭い瞳が光った。「うち(俺)のメイドのが可愛い! 1000ゴールドでも安いくらいだ」
「……。せやな」
飼い主バカのリュウに呆れつつも、リンクは同意。
一般人からすれば憧れのペットであるブラックキャットと、ホワイトキャット。
しかもキラは絶世の美女といっても過言ではないし、ミーナも12歳と子供ながら愛らしい美少女。
それだけでも人を呼ぶのに加え、タキシードでいつもより3割増のリュウ。
大儲け間違いなしだった。
「よぉーーしっ!」リンクは袖をまくって、たこ焼きを翻すピンを光らせた。「おれは焼く係り、リュウはタコを切る係り、ミーナは客に手渡す係り、キラは店の宣伝係り……で、ええな?」
「おう!」
リュウとキラ、ミーナが声をそろえて承諾。
「ほな、商売開始や!」
リンクの言葉を合図に、たこ焼き売りが始まった。
リンクはタネを鉄板に流し込み、リュウはまな板の上の茹ダコを慣れない包丁で切っていき、ミーナはリンクの傍らで声を大きくして客の目を引く。
「いらっしゃいませ?っ」
そんなミーナの声よりも大きく、高く、明るく響く。
辺りに、看板を持って宣伝に歩いていったキラの声が。
「いらっしゃいませ?っ、と?ってもおいしいタコ焼きはいかがですか?。素敵なご主人様、可愛らしいお嬢様をお待ちしております♪ たくさん買ってくれると嬉しいにゃん☆」
誰よりも響く声で人々の視線を釘付けにし、その満開の笑顔で虜にし、キラが背に行列を作って店に戻ってきた。
「おおっ」ミーナが目を丸くする。「す、すごいなキラ。さすがだぞ!」
「な、なんであんなに営業うまいんや……」
「感心してる場合じゃねえ」リュウがリンクを急かした。「早く作れ」
「おっと、せやな! お客様を長い間待たせるわけにはいかへん!」
リンクは慌ててタコ焼きを翻していった。
突然のことに焦ってしまう。
店はあっという間に隣の店の行列を上回る盛況ぶりで、さっきまでの暇はどこへやら。
作り置きしてあった30パックのタコ焼きは、たった5人目の客で売り切れた。
リュウが小声で急かす。
「おい、リンク。早くしろって」
「しとるわいっ」リンクも小声で返しながら、タコ焼きの焼け具合を目を光らせて見る。「ひっくり返すタイミングってものがあんのやっ。生焼けなんて客に出せるかいっ」
なかなか客の列が進まないところを見たキラは、歩き回って宣伝に行くのをやめた。
(これだけの列があれば、もう歩き回らなくても人目を引くだろう。今、私がするべきことは……)
焦ってタコ焼きを作っているリンクを目で確認したあと、キラは客の列に近寄って行った。
(せっかく買いに来てくれたお客に、暇を与えないことだ)
キラ、満開の笑顔再び。
「ご主人様、お嬢様、お待たせして申し訳ございません」
キラの笑顔に、客たちの(特に男の)顔が綻ぶ。
「いやいや、これくらい大したことないよ。君、とても綺麗な猫ちゃんだね。名前はなんていうんだい?」
「私はキラと申します。あちらの子猫はミーナと申します」
「キラちゃんに、ミーナちゃんか。うーん、可愛いねえ。たくさん買わせてもらうよ」
「ありがとうございます、ご主人様」そう言ったあとキラは女性客の目を意識し、「あちらの背の高い執事はリュウ、タコ焼きを焼いている執事はリンクと申します」
女性客たちが声をあげる。
「まあっ、あの方はリュウというのねっ」
「たくさん買ったら、私のこと覚えてくれるかしらっ」
「リンクという子も、なかなか可愛いじゃない」
長々と待たされているにも関わらず、客たちには苛立った様子も暇な様子もない。
むしろキラと会話をして楽しそうだ。
そんな光景に、ミーナは目をぱちくりとして言う。
「すごいな。これもキラの力か」
「プロになれるんちゃうん、キラ」
「だーから」リュウがリンクの足を踏んだ。「感心してねーで、おまえは作ることに集中しろ。キラの努力を水の泡にするな」
「せっ、せやなっ。キラが頑張ってくれたのに、待たせすぎてお客に帰られてしまうわけにはいかへんっ」
気合を入れなおし、タコ焼きを作り続けるリンク。
火力を強め、焼き時間を短縮。
さっきよりも少しだけ、列が早く進む。
それでも列に並ぶ人々の方が早く、後ろの方の人々が列から抜け出し始めた。
「仕方ねーな。ここは俺が一肌脱いでやる」と、リュウ。「リンク、屋根外すぞ」
「へ?」
「早くしろ」
「う、うんっ…」
リュウに急かされ、リンクはリュウの言う通り店の屋根を外した。
客の目を集める中、リュウが片手に包丁、片手にまだ切っていない茹ダコを持って店の脇に出た。
「とくと、ご覧あれ」
と、リュウ。
何をすると思いきや、タコを高く宙に放り投げ、そのあと自分も高くジャンプ。
その目にも留まらぬ剣さばき…いや、包丁さばきでタコを一口大に切ってみせた。
そして切られたタコは、見事1つ1つが鉄板に流し込まれたタネの中へ。
リュウが地に足をつけると、わっと客から驚きと歓声の声、拍手に溢れた。
(リュウ、おまえ……)
リンクは確信する。
(まな板の上でタコ切るの、面倒になっただけやろ)
それでも有難いが。
列から抜ける客はなくなり、ますます客は増えたから。
続くキラの営業スマイルに、リュウのパフォーマンスで、行列が絶えない。
大量に用意しておいた材料も緊急追加で、大・大・大盛況。
ついには、騒ぎを聞いたテレビ局が取材にやってきた。
生放送でキラがばっちり営業スマイルをを振りまき、夕方にはさらに人が増えた。
テレビにリュウが映ったものだから、リュウを知る女ハンターたちもやってきた。
リュウとリンクのペット目当ての、男ハンターたちもやってきた。
端っこに店を開いたことが幸いして、余ったスペースにはいつの間にかテーブルと椅子。
飲み物も用意し、メイド・執事喫茶のようになって、さらに客足は増す。
夕日が沈み、これから夜桜を楽しむ客がやってくるだろう。
その時だった。
「にゃんっ…!」
テーブルで待っている客にタコ焼きと飲み物を運んでいたミーナが、つまづいて転んだ。
タコ焼きがタッパーから飛び出て地に落ち、飲み物が女性客の服にかかる。
(げっ)
リュウとキラ、リンクはぎくっとしてしまう。
客になんてことをしてしまったのか。
「ふみゃあ…?」
ミーナは首をかしげた。
つまづいた足元を見ても、何もなくて。
飲み物を服にかけられた女性客が、大きな声をあげて言う。
「きゃああ! なんてことするのよ!」
「どうしてくれんだよ、え?」一緒にいた男性客が、落ちたタコ焼きを靴で踏みつけた。「こんなマズイもんを高い金出して食いにきてやったのによ。どうしてくれんだよ、ガキが」
その女と男の顔を見たリュウとキラ、リンクは同時に気付いた。
(隣の店の奴ら……!)
さっきまでは大盛況だった隣の店は、リンクの店にすっかり客を取られていつの間にか店を閉じていた。
その嫌がらせに来たとしか思えない態度から、ミーナは足を引っ掛けられて転んだのだと察する。
「ふっ…ふみゃあああああん」
パニックに陥って泣き出したミーナと客の間に、キラが立ちはだかった。
「大変申し訳ございません、ご主人様、お嬢様」そう客に言いながら布巾を渡し、キラはミーナに振り返って小声で言う。「下がっていろ」
ミーナが承諾し、出店の中に駆け込んだ。
心配してこちらへとやってこようとするリュウには片手で『来るな』と制止し、キラは客に振り返った。
「今すぐ新しいタコ焼きとお詫びの品をお持ちしますので――」
「さっさと持ってきなさいよ」女性客がキラの声を遮った。「新しいメイド服、今すぐ用意しなさいよ」
キラは困惑した。
今すぐにメイド服を用意しろと言われても、電話して取り寄せてもあと1時間はかかってしまうだろう。
「新しいメイド服となりますと、少々お時間を――」
「あら、もうあるじゃない」
女性客が言い、男性客と一緒ににやりと笑った。
「え…?」
「あんた、ずいぶんといいメイド服着てるじゃないのよ。あたし、それがほしいわ。脱いで。早く、この場で」
何、ふざけたことを言っているのか。
リュウの怒りがわなわなとこみ上げ、タコを放り投げ包丁を置く。
次の瞬間、リンクを始めとするハンターたちが、一斉にリュウを押さえつけた。
「あかんあかんあかんあかん! 落ち着け、リュウ!」
「リュウさん、駄目です! 落ち着いて!」
「相手は一般人ですから! ハンターたるもの、絶対に手をあげてはいけません! 落ち着いてください!」
落ち着けって、どうやって落ち着けと言うのか。
今にも切れそうなリュウに気付いたキラが、振り返って『大丈夫』とアイコンタクトで伝えた。
客に向き直って言う。
「分かりました」
「――!? やめろ、キ――」
やめろ、キラと叫ぼうとしたリュウの口が塞がれる。
キラがカチューシャを外し、首元のリボンをほどく。
ブラウスのボタンに手をかけ、ボタンを外していく。
(やっ…、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)
リュウが心の中で叫んだ、次の瞬間。
リュウを押さえつけていたリンクを始めとするハンターたちは、リュウの爆発した魔力に吹っ飛ばされた。
リンクたちが宙に浮いている隙に、リュウは一瞬にてキラのところへ。
「キラっ……!」
リュウの手が、ボタンを外すキラの手を握る。
「リュウ…」
「下がってろ」リュウは言い、キラを背に隠すようにして客の前に立ちはだかった。「も…、申し訳ございませんが、お嬢様。それは致しかねます」
「あら、良い男ねぇ、執事さん。それが駄目っていうなら、どうしてくれるのかしら」
「テレビの前で、あんたが全裸になるかー?」男性客が声をあげて笑った。「有名らしいハンターさんよ」
リュウはさらりと言う。
「良いでしょう、分かりました」
なんですと。
キラとリンク、ハンターたちはぎょっとした。
超一流ハンター・リュウが、生放送のテレビに映る中で全裸になるなどと、屈辱以外の何でもない。
「だっ…、駄目だ、駄目だリュウ! それはマズイぞ!」
キラは服を脱ぎ始めたリュウにしがみ付いた。
リュウは言う。
「おまえが脱がされるよりはマシだ」
「駄目だ! 野生のブラックキャットには裸でほっつき歩いている者だっている! 私が脱いだ方がマシだ!」
「バカ言ってんじゃねー。早く下がってろ。そんな恥じるような身体してねーよ」
「それがマズイうちの1つになるってことが、分からないのか! この場が、大変なことになるぞ!」
必死に訴えたキラだったが、もう遅かった。
リュウがシャツを脱ぎ、上半身を露わにする。
「リュウ、おまえは色っぽすぎるのだ!」
キラがそう叫んだ次の瞬間、辺りはキラが言ったとおり大変なことになった。
目の前の女性客は鼻血を吹いて倒れ、男性客の方はリュウのその鍛え抜かれた身体に顔面蒼白。
周りにいた男性客たちも思わずぎょっとし、周りの女性客たちは黄色い声をあげる。
こういうとき逆に男だったら思わず顔を逸らしてしまうものだが、女たちにそんな様子などまるでない。
狂ったように叫び、顔を赤くし、息を切らせ、リュウに押しかける。
「!? なっ…、何事だオイ!!」
「だから言ったではないか!」押しつぶされないようリュウの腕に守られながら、キラが声をあげた。「おまえは脱ぐとすごいのだ! どんな淑女だっておかしくなってしまうほどな!」
「し、知らねーよ、そんなのっ…」リュウは言いながら、さっきの女性客と男性客が、この押し寄せてきた女性客たちに突き飛ばされ気を失っているのを確認した。「よし、キラ! リンク、ミーナ! 今のうちに店畳んで帰るぞ!」
「おう、もう畳んだで!」
と、リンクが荷物をまとめ、ミーナを脇に抱えて逃げる準備万端でいた。
「ご、ご来店ありがとうございました?っ」
キラがリュウの腕に抱かれながら最後の営業スマイルを振りまき、リュウとリンクは死に物狂いでその場から逃げ出した。
走って走って走りまくり、3km先のリュウ宅へと逃げ込む。
玄関のドアに鍵をかけ、いつもはかけないチェーンもかけ、2人と2匹は玄関で尻を突く。
「はぁっ…はぁっ…!」乱れた呼吸を整えて、リンクは言う。「リ…リュウのアホっ…! 死ぬかと思ったやないかいっ……!」
「うっ…うるせーっ…!」さすがのリュウも呼吸が乱れていた。「充分稼げただろっ…、ありがたく思えっ……!」
「お、おうっ…、サンキュっ……」リンクは言いながら、バッグに詰め込んできた店の売り上げの金を出した。「50万ゴールドはあんでっ…。大体おれのハンターの仕事2回分やな! ぼろ儲けや!」
「良かったな、ミーナ」キラがミーナの頭を撫でた。「これでほしかった玩具、買ってもらえるだろう」
「うんっ、ありがとうっ、キラ!」
ミーナがきゃっきゃとはしゃぎ、キラの胸に抱きつく。
ミーナの笑顔を見て、満足そうに笑うキラ。
そんなキラを見て、リュウも笑う。
堪えきれずに。
「ふっふっふっ…」
「うわっ、きんもー」
そう言ったリンクには拳で制裁し、リュウはキラの身体を抱き寄せる。
「店を閉じ、タキシードを脱いだ俺はもう執事じゃねーよ? キラ」
「あ」
そうだ、約束していた。
キラは再び満開の笑顔で言う。
「ご奉仕しまぁす、ご主人様♪」
「まじでぇーー?」
壊れかけのリュウ、ミーナがいるのも忘れてキラを押し倒す。
「おいっ、リュウ! あとにせえや!」
「無理。俺の可愛いメイドが、こんなにも俺に朝まで奉仕したがっている」
「おっ、おまっ…! キラに何させる気やっ……!?」
「ふっふっふっ。さぁ俺のメイド、やってくれ」
「なっ…何をやーーーーーーーーーーっ!!」
リンクが顔を真っ赤にして突っ込んだ直後のこと。
リュウの携帯が鳴り響いた。
「ちっ、電源切っとけば良かった…」
リュウはイラつきながら、ポケットの中から携帯を取り出した。
そこにはギルド長の名前。
「…緊急の仕事か、まさか」
「た、助かった……」と、リンク。安堵の溜め息を吐く。「はよ出や」
「くそう…」
緊急の仕事となれば、仕方がない。
リュウは溜め息を吐いて電話に出た。
「もしも――」
「リュウ!」ギルド長の声が、リュウの声を遮った。「なんてことをしてくれたんだ!!」
「は? あぁ、テレビ見てたんすか。でも、もう無事に逃げ切ったし…」
「何が無事だ! どこが無事だ!」ギルド長の声は、耳が利くキラやミーナはもちろん、リンクの耳にも聞こえてくるほど。「おまえを探しに来た女性たちがギルドに押し寄せてきて――うっ…、うわああああああああああああああああああああ!!!」
まるで断末魔のようなギルド長の声が響き渡り、電話が切れる。
「…………」
2人と2匹は、眉を寄せて顔を見合わせた。
明らかに只事ではないことを、放っておくわけにもいかず。
リュウとリンクは腕に愛猫を抱き、再び走り出した。
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