第44話 約束の為に 前編


 秋が過ぎ、今年最後の月がやってきた。
 毎月始め恒例ヒマワリ城の舞踏会も、今日で今年最後だ。
 舞踏会へは、毎回『舞踏会全体の警護』の仕事に来ているリュウとリンク、それからときどき瞬間移動のためにミーナ。

 今日はめずらしく、キラの姿もあった。

 リュウがキラを舞踏会に連れて来たのは、今日で2度目だ。
 王子との接触を避けるために連れて来なかった。
 だが、今日は王子との大切な約束があって、しぶしぶキラを舞踏会へ連れて来た。

 そして、王子にキラを取られた。

 毎月のごとき押し寄せてくる婦人たちのダンスパートナーを代わる代わる務めながら、リュウは常にキラと王子のペアの近くで踊っている。

「すみませんが、王子」と、苛々としながらリュウは言う。「一体、何曲キラと踊る気ですか…!?」

「一体何度訊けば気が済むのだ、リュウ」と、王子がキラと踊りながらリュウを見て言う。「私の気が済むまでだ」

「大体、ワルツのときは俺に代わってくださいって言ったじゃないすか(ワルツは身体が密着するから)!」

「言われたが承知していないぞ、私は。承知するわけがないではないか。私はキラと、一番ワルツが踊りたいというのに」

「ワルツだけが極端に多いのは、そのせいですかね…!?」

「そうだが? 何か文句でもあるのか、リュウ」

 当たり前だ!

 と、リュウは心の中で王子に突っ込む。

「あの、王子…!?」

「何だ、リュウ」

「それ俺の黒猫なんすけどね…!?」

「だから何だ。リュウ、おまえが舞踏会にキラを連れてくると言った時点で、これくらいのことは想像していただろう?」

「ええ、想像してましたけど…!? 実際見るとすーげー堪忍袋の緒ってやつがぎりぎりでしてね……!?」

「落ち着け、リュウ」と、キラが王子の腕の中で苦笑した。「私は苦ではないぞ」

 おまえじゃなくて、俺が苦なんだよ!

 と、リュウは必死に怒りを堪える。

 おのれ、王子め。
 キラとワルツを誰よりも踊りたかったのは、この俺だというのに。

 キラを抱き寄せて、キラのでけー乳を腹のあたりに感じて、その可愛くてたまらねー笑顔を見ながら踊りたかったっていうのによ!?

 今日のためにキラが用意したミーナと揃いのピンクのドレスは、俺のために露出度高めなのによ!?

 俺のために肩丸出しなのによ!?

 俺のために乳の谷間見せてんのによ!?

 いや、たぶんだけどよ!?

 この、女ったらしクソ王子が!
 さりげなーーくキラの生肌に触ってんじゃねえ!!

「あの、王子…!?」

「うるさいぞ、リュウ」と、王子がリュウの顔を見て溜め息を吐いた。「少しはおとなしくしておらぬか。例の案件、協力してやらぬぞ」

 例の案件――人間とモンスターの結婚を許可してほしい、というもの。
 普通に考えたら朝廷に立つ人々に敬遠されるが故に、王子の協力は必要不可欠だった。

 だからリュウは、本日キラをここに連れて来ているわけだが。
 無論、王子に脅されて。
 協力してやる代わりに、この舞踏会でキラと踊らせろというわけである。

(クッソぉーー……!!)

 暴れたい気持ちを抑え、リュウはリンク・ミーナペアの方へと踊りながら向かう。

「おいっ…、ミーナ!」

「ん? どうした、リュウ。今日は超高速回転でワルツ踊らないのか」(←第3話参照)

「うるせーよっ。いいから、次の曲から王子に踊ってもらえっ!」

「必死やな……」と、リンクが苦笑した。「王子と何か交換条件してんのやろ? 王子の好きにさせてやらんと、約束無効にされるんちゃうん?」

「う……」

 やっぱりそうだろうか。

 リュウの顔が強張った。
 リンクが言う。

「堪えるしかないで、ここは」

 そうするしかなかった。

 結局王子は、リュウにキラと一曲しか躍らせてくれなかった。
 その一曲がワルツだったところが不幸中の幸いだ。

「一曲だけかよっ……!」

 舞踏会終了後、リュウはぶつぶつと文句を言いながら王子のところへと向かった。

「リュウ、舞踏会の警護ご苦労だったな」

 と言いつつ、王子がリュウの一歩斜め後ろにいたキラの腰を抱き寄せた。
 リュウの顔が怒りで引きつってしまう。

「王子…!? いつまで舞踏会やってる気ですか……!?」

「ああ…、キラを離したくないな」

「マジすーげー離してください、それ俺の黒猫ですから……!」

「リュウ、例の案件の協力についてだが」

「もちろん、約束してくれるんですよね…!? ちゃんとキラを舞踏会に連れて来た挙句、踊りまくらせてあげたことですし……!?」

「まだ条件が足りぬな」

「は!?」

「キラと共に、葉月町を回ってみたくなった」

「暴れん○将軍みたいなことしないでください!」

「よし、キラと共に明日迎えに来い、リュウ」

「はい!?」

「おまえは護衛として着いて来て良いぞ」

「なっ――」

「では」と、王子がキラの手を取ってキスした。「また明日な、キラ」

「えと…、は、はい」

 困惑しながらも、キラは笑顔で承諾した。
 ミーナの手にもキスし、王子がうきうきとした様子で去っていく。

(あ・の・ヤ・ローーーーーーーーーーっっっ!!)

 王子にキスされたキラの手を取り、袖でごしごしと拭くリュウ。

「リュウ…」と、リンクが苦笑しながらリュウの肩に手を乗せた。「明日午前中で仕事終わらせて、王子用に庶民の服買って、ほいでまた城に来るしかないな……。おれとミーナも一緒に行くから」

 そういうことになってしまった。
 
 
 
 というわけで。
 翌日、昼食前。

 キラとミーナという両手に花を持った王子と、その後方10メートルに護衛のリュウとリンクが葉月町を歩いていた。
 王子に庶民の服を買っていって着てもらったが、やっぱり浮世離れした雰囲気が漂っている。

 これから昼食を食べに行こうというところ。
 王子の希望は、『キラが気に入っている店』が良いということだった。

 ということで、向かっている。

 昼間の居酒屋へ。

「に、似合わねー……」

 キラとミーナ、王子のテーブルを見て、リンクの顔が引きつる。

 キラと同じものを注文した王子。
 その前には、モツ煮定食と生ビール大ジョッキ。

 物凄い光景だった。

「お、おい、リュウ」と、リンクは小声で向かいに座っているリュウに話しかけた。「乙女が頭に描きそうな王子に、あんなオッサンみたいなことさせてええんか……!?」

「たしかにすげー違和感だが、んなことはどうだって良いんだよ。話しかけんな、リンク。会話聞こえねーじゃねーか」

 と、リュウは廊下を挟んで隣にあるキラとミーナ、王子のテーブルに耳を傾ける。

「ほお、これは牛のモツというものなのか」と、王子。「こってりとしていて美味いな、キラ、ミーナ!」

 と、王子が笑顔になる。
 リュウやリンクの前では見せたことのない、少し幼さを感じる笑顔だ。

「ん? キラ」

「はい、王子」

「ライスが付いているぞ」

 そう微笑み、キラの頬についていた米粒を舌先で舐め取った王子。

 バキッ!

 と、リュウの右手に持っていた割り箸が折れ、

 バリン!

 と、リュウの左手に持っていた大ジョッキが割れた。
 思わず飲んでいたビールを盛大に噴出したリンク。

「ぶっ!! お、落ち着け、落ち着くんや、リュウっ…!」

 必死にリュウを宥める。
 リュウ自信も、必死に自分を落ち着かせる。

(落ち着けえぇぇ、落ち着くんだ俺えぇぇぇぇ…! 今日王子を満足させなきゃ、約束してもらえねえぇぇぇぇぇ……!!)

 新しい箸を取ったらまた折れ、食べていたラーメンの器を持ったら割れ。
 脚を組もうとしたら靴がテーブルの足にあたり、それも折れてしまいテーブル破壊。
 テーブルの上の物が全部床へと落下し、慌てて店員が駆けつけてくる。

 リュウの向かいに座っているリンクも、思わず顔を向けたキラとミーナも顔面蒼白してしまう。
 ただ1人、王子が溜め息を吐いて言う。

「何をしておるのだ、リュウ」

 こっちの台詞だ、このクソ王子が!

 リュウは本気で王子に殺意を覚えながら、必死に堪えた。

 結局ほとんど昼食を食べずに店を出ることになったリュウとリンク。
 リュウは前方10メートルを歩いている、キラとミーナ、王子をぎらぎらとした目で見つめながら歩く。

 キラとミーナから何の話を聞いたのか、王子が突然道路脇で片手をあげた。
 どうやらタクシーを知ったらしく、王子がやってきたタクシーを見て楽しそうに笑っている。

 そして乗った。

「え!? ちょ、タクシーっ!」

 リンクは慌ててきょろきょろとし、タクシーを呼ぼうと必死に片手を振る。
 が、リュウが言った。

「歩きで追いつける」

 と、リュウが自分とリンクに足の速くなる魔法をかけた。

「おお、そうやったな」

 この魔法なら追いつける、とリンクが納得している間に、リュウはキラたちの乗ったタクシー脇を歩いていた。
 後部座席の真横を歩き、顔を傾けて中を凝視している。

 運転手が仰天しないわけがなく、公道をデンジャラスな運転で走り始める。

「あっ、危なっ! リュ、リュウ!! やめいっ、おまえ怖すぎるわーーーーっ!!」

 リンクは慌ててリュウに駆け寄った。
 王子に怪我をさせたら大変である。
 リンクが何とかリュウを後方に下がらせると、やがてタクシーが通常の運転に戻った。
 いや、きっと運転手はまだ驚愕しているだろうが。
 リュウが少しでも近寄ってきたのならば、逃げるようにスピードを上げている。

 そして着いたところは。
 キラとミーナがちょくちょくとやって来る、モンスターのペット専用のファッションビル。
 キラとミーナが気に入っている店へと、王子がわくわくとした表情で入っていく。

「す、少し休もか、リュウ」リンクは言いながら、リュウを店の前にあるベンチに座らせた。「ここから店内見えるし、大丈夫や」

「ああ」

 相変わらず目をぎらぎらとさせながら、王子を見張っているリュウ。
 リンクは苦笑しながら言った。

「おれら護衛やろ? 何かやってること違うで、リュウ」

「うるせーよ、てめーも王子から目ぇ離すんじゃねえ」

「はいはい…。…ん? キラが試着室に入ったで?」

「…待て」

 王子の奴、キラにどんな服着せる気だ。

 リュウの顔が強張る。

 今日キラに、極力肌を露出しない服を着させてきたのに。
 タートルネックに、ハイヒールも隠れる長さのジーンズ、ロングコート、おまけに手袋とマフラー。
 それをどう着替えさせる気だ、オイ…!?

 そして少しして、試着室の扉を開けたキラ。

「――この」

 クソ王子!!

 リュウは思わず立ち上がった。

 王子がキラに着せた服。
 それはキャミソールとミニスカートだった。
 キラと同じものを着たがるミーナも着替えた。

 満足そうに王子が笑っている。

「ああ…」リンクが苦笑した。「男やなあ、王子……」

「まじ殺……!!」

「しかもなんか、あのままにさせそうな雰囲気やな」

 そんなリンクの予想は当たり。

 王子がキラとミーナにショートコートを着させ、コーディネートに合わせたブーツを履かせ、店員を呼んで代金を支払ったようだった。
 そして、キラとミーナの元の服が入った紙袋をリュウとリンクに突き出す。

「持っていろ」

「はい…」

 と、リンクが苦笑しながら紙袋を受け取った。
 リュウが言う。

「あの、王子!?」

「何だ、リュウ」

「何で着替えさせてんですかね…!?」

「キラやミーナには、こちらの方が似合うのだ」

「この冬に脚丸出しにしたら風邪引くんすけどね…!?」

「愚かなことを言うな、リュウ。モンスターが風邪を引くわけがなかろう。笑わせるな」

 言葉通りに失笑し、キラとミーナの腰に手を当てて歩き出す王子。

(おーのーれえぇぇぇぇぇぇ……!!)

 拳を握り締め、歯を食いしばり、リュウは必死に怒りを堪える。
 王子の後方10メートルを、殺気漂わせて歩いていく。

(あぁ…)

 リュウの背を見るリンク。
 ごくりと唾を飲み込んで願った。

(どうか葉月島を担う未来の王が、冥界へと社会勉強に行きませんように……)
 
 
 
 
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