第45話 約束のために 後編


 王子に大切な約束をしてもらうため、ただいまリュウは王子に従っている。

 キラとミーナを両手に、楽しそうに歩いている王子。
 邪魔しないよう、その後方10メートルでリュウとリンクは王子の護衛を務めている。

 というか、リュウは王子を見張っている。
 またキラに何かしそうで。

 本当は昨夜の舞踏会にキラを連れて行けば、約束をしてくれるはずだった。
 舞踏会でほぼ全ての曲をキラと踊って満足したかと思えば、今度は葉月町をキラと歩きたいと言い出した王子。

 よって本日、王子に庶民の服を着させてその願いを叶えてやったわけだが。

 昼食のときにキラの頬に付いた米粒を舌で取るわ、わざわざ店で露出の多い服を買って着させるわで、リュウの堪忍袋の緒が切れてしまいそうである。

(堪えろ、堪えるんだ俺! 王子に約束してもらうためだ!)

 リュウは必死に自分に言い聞かせ、王子をぎらぎらとした目で見つめる。

 モンスター専用ファッションビルを出たあと、今度はどこへ向かうのか。
 どうやら気に入ったらしいタクシーを手を上げて呼び、また乗り込んだ。

 というわけで、リュウは自分とリンクに再び足の速くなる魔法をかけた。
 タクシーの真横を歩いて後部座席に乗っている王子を見張りたいところだが、タクシーの運転手が仰天して事故りそうになるのでやめた。
 というか、リンクに必死に止められた。

 やがて葉月公園に着いて中を散歩し、そのあとはまたタクシーに乗って葉月小学校へと着いた。
 ブランコにキラと2人乗りしてはしゃいでる王子を遠くから見て、リンクが言う。

「なんかあれやな。キラといるときの王子って、ちょっと子供みたいやな」

「あれが素なんだろ」

「せやろなぁ。今日の王子見てると、キラのことほんまに好きって感じするな」

「むかつくこと言うな」

「ごめんごめん」リンクは笑いながら言ったあと、リュウの顔を見た。「んで、そろそろ教えろや」

「何を」

「何をって、決まってるやん。おまえがここまでして王子にしてほしい約束って、何やねん」

「……」リュウの黒い瞳がリンクを捉える。「……まだ言うなよ、キラには」

「おう」

 リンクは頷き、遠くのキラを見てからリュウに顔を戻した。
 リュウに耳を近づける。

 リュウはリンクの耳元に口を近づけると、小声で答えた。

「結婚の協力」

「え?」

「人間とモンスターの結婚」

「!」

 リンクは驚いた顔をして、リュウの顔を見た。
 もう一度キラの方を見、リュウの顔を見て小声になって訊く。

「え、何っ? 人間とモンスターが結婚できるようにしてもらいたいって、王子に頼んだんっ?」

「王子っていうか、王子を伝って王にだな。当然反対意見も多いだろうから、王子の協力が必要不可欠なんだよ」

「なーるーほーどーなー」リンクは深く納得した。「おまえがここまで必死になるわけやわ」

「おう。本当は昨夜の舞踏会にキラを連れて行けば、約束してくれるハズだったんだが……」

「まあ、あの王子やから…」と、リンクは苦笑したあと、少しどきどきとしながらリュウの顔を見た。「ほいでっ? 王子に約束してもらえたら、プロポーズはいつのご予定でっ?」

「クリスマスか、年末の俺とキラの誕生日か」

「せやなせやな、そのどっちかがええやろなっ」リンクがわくわくとした様子で言う。「ななっ、クリスマスにキラが今一番ほしいもの買ってやって、誕生日にエンゲージリングとプロポーズがええんちゃうんっ? ほら、最大のお楽しみは後の方がええやろっ?」

「なるほどな。そうすっかな」

「ほいでほいでっ?」と、リンクがにやにやとしながらリュウの脇腹を肘で突く。「そのプロポーズの言葉、何て言うつもりなんっ?」

「教えねー」

「照れるなやーっ」

「うるせーな。リンク、てめーこそミーナに何てプロポーズすんだよ」

「はっ?」リンクが赤面した。「ばっ…! そ、そんなんまだまだ先のことやんかっ! ミーナはまだ13なんやでっ?」

「おまえどこまで手ぇ出したの」

「は!? なっ、何言ってんねん! まだ可愛くホッペにチューだけやっ!」

「そろそろキスくらいしてもいいかもな」

「え、えぇっ? まじでっ?」

「やーい、ロリコン」

「おまっ……!」

 なんてやり取りしていたら。

「うおっ! リンク、キラたちがいねーぞっ!」

「あれ!? ほんまや、どこ行ったん!?」

 と、リュウとリンクが慌てて辺りをきょろきょろと見回すと、門のところにキラたちがいた。
 王子が眉を寄せて溜め息を吐く。

「何を男同士でじゃれあっているのだ。さっさと来い、護衛」

 リュウとリンクは顔を引きつらせて承諾したあと、またタクシーに乗ったキラたちを歩いて追った。
 次はどこへ行くのかと思っていると、タクシーが教会の前で止まった。

「教会…」リンクが呟いた。「何や、リュウ。まだプロポーズもしてへんのに、下見にでも来たんかい」

「いや、一度も来てねーよ?」

「え? ほな、キラのお気に入りの場所なわけあらへんよな。何で……」

 何で、ここへ来たのか。

 リュウとリンクはぱちぱちと瞬きをして、遠くの王子に目を向けた。
 タクシーから降りた王子は、教会を見つめながら訊く。

「ここで結婚式を挙げるのだな?」

「みたいです」と、キラが答えた。「でも、王子。何故ここへ来てみたいと思われたのですか?」

「どういうところで挙式するのか、見てみたいと思ったのだ」

「はあ……」

「あっ、見てくれキラ!」と、突然ミーナが声をあげた。教会を指して言う。「花嫁が出てくるぞ!」

「おお、本当だ。綺麗だな」

 ウェディングドレス姿の花嫁を見て、キラとミーナの瞳が輝く。
 2匹の顔を見ながら、王子は訊く。

「キラ、ミーナ。そなたたちは、主と結婚したいと思うか」

「え?」

 キラとミーナが王子の顔を見た。
 王子が真剣な顔でもう一度訊く。

「思うか」

 キラとミーナは顔を合わせたあと、もう一度王子の顔を見た。
 キラが言う。

「思います」

「何故だ? ウェディングドレスを着たいのなら、結婚しなくても着れるぞ」

「もちろん、ウェディングドレスも着てみたいですけど」と、キラが花嫁に顔を向けて微笑んだ。「…一緒の墓に入れるからです。人間とモンスターのお墓は別の場所に作られているから」

「……」

「私はモンスターに生まれたことを後悔したことはないけれど、ときどき人間だったらなって思います。いつか…、いつか骨になってもリュウが隣にいたら、どんなに嬉しいだろう……って」

「…そう……か」

 王子は微笑んだ。

(リュウと同じことを言うのだな、キラ。その願い、私が必ず叶えてやろう)

 王子がキラを抱き締める。
 その瞬間、リンクの叫び声が聞こえてきた。

「お、王子勘弁してくださいいいいいい!!」

 振り返ると、リンクが必死にリュウを押さえつけていた。
 王子は鼻で笑ったあと、待たせていたタクシーに乗り込んだ。

「さて、もう日が暮れてしまったな。キラの好きな店へとディナーに連れて行ってくれ」
 
 
 
 庶民の愛するディナーの1つといえば、焼肉(?)。
 リュウ一行が普段よく来る店へとやってきた。

 昼食のときのようにキラとミーナ、王子のテーブルと、自分とリンクのテーブルに分かれるのだろうと思っていたリュウだったが。
 空いてるテーブルの関係で、5人一緒のテーブルとなった。

 両手に花状態で向かいの席に座っている王子を見て、リュウの顔がどうしても引きつる。

「なんだ、リュウ。変な顔をして、私の顔に何か付いているか」

「いえ、王子。キラ、もう少し王子から離れろ」

「離れては駄目だぞ、キラ」と、王子がキラに微笑みかけて言う。「ほら…、もっとこちらへおいで」

 なんてキラの腰に手を当てて自分の方へと引き寄せる王子に、リュウの顔がますます引きつる。

「え、えーと」と、リンクは苦笑しながらメニューを手に取った。「王子、どれにします? 特上サーロインとかがええですかね」

「私はキラと同じものを食べてみたいぞ」

「……。キラの好きな焼肉メニューって、マニアックですよ?」

「いーんじゃねーの」と、リュウが言った。「昼だってモツ煮食ってたろ。一緒だ」

「せやけど……」

「良い。リンク、キラにメニューを渡せ」

 王子の命令で、リンクはキラにメニューを渡す。

「ええと…じゅるる。ああ、いかん涎が」と、キラがナプキンで涎をふき取って続ける。「ミノ、ハチノス、ギアラ、ヤン、マメ、センマイ刺し、レバ刺し、生ビール大ジョッキ」

 ビール以外、全部臓物である。
 臓物系を苦手とするリンクからすれば、レバー(肝臓)以外はどこの部位か未だに分からない。

「――だ、そうだ、リンク。私にも同じものを」

 と、王子が言うので、リンクは従った。

 興味津々と臓物系を口にする王子。
 どれも嬉しそうに食べている。

 相変わらず衝撃的な光景に、リンクの箸が止まってしまう。

「どうした、リンク? おまえもこのセンマイというものを食ってみたいのか?」

「そんなグロイもん食えまへん、王子」

「コリコリとして美味いぞ?」

「結構ですわ」リンクはきっぱりと言ったあと、苦笑した。「王子、キラの好きなものは何でも食べたがりますな」

「うむ! 私もキラと同じものを好きになりたいぞ」

「本当、キラのこと大好きですな」

「もちろんだ。愛している」

 バキッ!

 昼間に続き、リュウの右手の割り箸が折れる。

(俺が毎回言うのに苦労する台詞を、さらっと言いやがってこの女ったらし!)

 ふるふると怒りを堪えながら、リュウが言う。

「キラ、抱っこしてやるから来い」

「キラ、抱っこしてやろう」

 王子がすかさず言い、キラをひょいと自分の膝の上に乗せた。

 バリン!

 再び昼間に続き、リュウの左手の大ジョッキが割れる。

「え…えと……」キラが蒼白しながら立ち上がった。「わ、私ちょっとお化粧室にっ……!」

「わ、わたしもだっ!」

 と、ミーナも蒼白しながらキラとトイレへと向かって行った。
 リュウと王子の間に火花が散り、リンクは慌てながら言う。

「2人とも落ち着いてっ……!」

「……ふん」と、王子がリュウから顔を逸らした。「少しくらい良いではないか、リュウ」

「今日1日、全然少しじゃねーです、王子」

「少しではないか」

「全然です」

「少しだ!」

「いえ、全く!」

「少しだ、バカ者!」王子が言い、トングでリュウの額を殴った。「リュウ、おまえは贅沢にもキラと結婚できるのだぞ!?」

「え……」

 と、リュウとリンクは声を揃えた。
 王子が顔を逸らして続ける。

「……約束、してやる。必ず…必ず、私は案件を通してみせる」

「おお」リュウとリンクが声を高くした。「王子……!」

「しかし勘違いをするな。リュウ、おまえのためではない。キラのためだ」

「それでも」と、リュウが頭を下げた。「ありがとうございます、王子……!」

 リュウに続き、リンクも頭を下げた。

「ありがとうございます、王子!」

「…って、何だ、リンク? おまえ、もうミーナと結婚を考えているのか?」

「え!? ちょ、リュウに続いて王子まで何を……!?」

「たしか庶民の間だと、リンクのような者をー……、何と言ったかな」

「ロリコンすよ、王子」

「おお、そうだったなリュウ。それだ、ロリコンだ。リンク、おまえロリコンだな」

「ちっ、ちが!! 違いますーーーっっ!!」

 ぎゃあぎゃあと騒がしくなるテーブル。
 トイレの影に隠れるようにして様子を見ていたキラとミーナは、どうやら仲直りしたようだと判断してテーブルに戻った。

「も、戻りました」

「おお、戻ったか、キラ」と、王子がにこにこと笑ってキラに手を伸ばす。「さあ、抱っこしてやろう」

「えと……」

 キラは苦笑しながらリュウを見た。
 リュウが溜め息を吐いて言う。

「抱っこまでですからね、王子」

「分かっておる。さあ、おいでキラ」

 どうやらリュウの許可が下りたみたいなので、キラは不思議に思いながらも王子の膝の上にお邪魔した。
 でも、やっぱり腹が立たないわけがないので、リュウは顔を窓の外に背ける。

(これくらい我慢しろ、俺。だって…)リュウの顔が少し綻ぶ。(俺、キラと結婚できるんだから)
 
 
 
 
 焼肉店から出ると、外はもうすっかり夜だった。
 ミーナの瞬間移動で、王子を城へと送る。

「今日は本当に楽しかったぞ、キラ、ミーナ」と、王子がキラとミーナを腕に抱き締める。「ありがとう。主にいじめられたら、すぐ私のところへと来るのだぞ」

「分かったぞ」

 と、ミーナがあっさり承諾してリンクは苦笑。
 キラは王子に笑顔を返したあと、王子に言った。

「私たちの方こそ、今日はありがとうございました、王子。昨夜の舞踏会も楽しかったです」

「そうか」王子がそう微笑み、キラの頬に手を当てた。「…待っていろ、キラ。私が必ず叶えてやるぞ」

「え…?」

「何でもないぞ。それでは、またな」

 王子はにっこりと笑うと、別れの挨拶にとキラとミーナの手にキスした。
   門へと向かっていく王子の背に、リュウとリンクが揃って深々と頭を下げる。

(ありがとうございました……!)

 そう、何度も心の中で感謝しながら。
 王子の姿が見えなくなると、リュウとリンクは頭を上げた。

 リュウはキラを見て微笑み、リンクはそんなリュウを見て微笑む。
 キラがリュウとリンクの顔を交互に見、首をかしげて訊く。

「なんだ?」

「いや、何でも」リュウは言い、キラを左腕に抱いた。「なあ、キラ。もうすぐクリスマスだな。ほしいものあるか」

「はいはいはいはい」

 と、リンクは慌ててミーナの白猫の耳を押さえる。
 絶対にキラと同じものをほしいと騒ぐから。

「なっ、何をするのだっ、リンクっ……!」

「さ、ミーナ。先に歩いて帰ってよかー」

 ミーナを抱っこし、足早にその場を去るリンク。
 にゃーにゃーと騒いでいるミーナを見送りながら、キラがリュウの質問に答える。

「んー。そうだな、ほしいものか。ダイヤモンドの――」

「指輪は駄目ね」

「ネックレス」

「分かった」

「何で指輪は駄目なのだ?」

「あとのお楽しみってやつだ」

「ほう……?」機嫌の良さそうなリュウの顔を見て首をかしげたあと、キラは訊いた。「その機嫌の良さだと、王子に約束をしてもらえたのだな」

「ああ」

「何の約束?」

「まだ教えない」

「いつ教えてくれるのだ」

「俺とおまえの誕生日…かな」

「誕生日」キラが鸚鵡返しに言った。「そういえば、誕生日プレゼント何が良いのだ、リュウ? 私、バイトでもしてくるぞ」

「何言ってんだ。身体にリボン巻いて来い」

「え…」と、キラが少し赤面した。「そ…、そんなんで良いのか。というか、もう散々にあげて……」

「だって他のものなんていらねーし」

「わ…、分かった」

「よし。さて、帰るか」

 リュウが、ミーナを抱っこして逃げるように去っていったリンクを追って歩き出した。
 微笑んでいる主の横顔を見ながら、キラは思う。

(モンスターに生まれてきたことを後悔しているわけじゃないけど、決して後悔しているわけじゃないけど……)

 キラの唇が重なってきて、リュウの足が止まる。

(主と、結婚したかった)
 
 
 
 
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