第38話 魔法学校
芋煮会――オオクボの生まれ育った神無月島の、秋の風物詩。
サトイモやジャガイモなどを使った鍋料理を食べるというものだが。
芋が入ってれば芋煮になるから、他の材料は何を入れても良い。
なんて言わなければ良かったと、オオクボは後悔している。
まさか川に遡上してきた鮭を獲るなんて、法律違反のことをされるとは思わなかった。
しかも腹を割いて取り出した卵をまた鮭の体内に戻し、裁縫用の針と糸で縫合して川に返すなんて想像もつかなかった。
まったく、リンクの言っていた3バカ――キラとミーナ、グレルの脳内は恐ろしい。
特にそんなことを思いつくキラの脳内は、本気で恐ろしい天然バカだと思う。
周りの人々に見られていたら、危うく犯罪者として訴えられていたところである。
結局オオクボがスーパーで一般的な材料を買ってきて、芋煮を作った。
それを皆で食べながら、オオクボはキラに目を向ける。
(えらく優れたブラックキャットだって情報だったんだけど……。まさか、大間違いだったとか……?)オオクボは心の中で苦笑する。(ああもう、勘弁して。おれがどんだけ苦労して超一流ハンター・リュウの弟子になったか……)
キラがオオクボの目線に気付き、オオクボに笑顔を向けた。
「芋煮というのは美味いな、オオクボ」
「良かったです、キラさん」
キラに笑顔を返しながら、オオクボは考える。
(この黒猫が優れているって確信できるところを見てみないと……。特に、その魔力が知りたい。もし大した力を持たない、単なる天然バカ猫だったら、何のためにリュウさんの弟子だなんて地獄をやっているのか分からない)
あれやこれやと色々と考えたあと、オオクボは再び口を開いた。
「あの、皆さん。芋煮が終わったら、おれが通っていた魔法学校でも見てみませんか? 良かったらおれが案内しますよ」
「ほお」キラが声を高くした。「ぜひとも案内してくれ、オオクボ!」
皆がキラに続く。
だが、ただ1人、リュウだけは何も言わなかった。
オオクボはリュウの顔を覗き込むように見て言った。
「えと…、リュウさんは気が進みませんか?」
「……」リュウの黒々とした鋭い瞳が、オオクボを捉える。「…いや、案内してくれ」
そういうことになった。
昼過ぎに芋煮会を終え、オオクボはリュウ一行を神無月島神無月町にある魔法学校へと連れて来た。
校門の前、リュウ一行が一度立ち止まる。
「おおーっ」と、ミーナが目を丸くする。「葉月町の小学校には何度か行ったことがあるが、比べ物にならないくらい大きいのだなっ」
「そうだね」レオンが同意した。「それから、とても綺麗だね」
「魔法がかかっているので」と、オオクボは言った。「汚れることなく、綺麗なままなんです。こう見えて、創立120年なんですよ」
「ふーん」どうでも良いというように返事をして、リュウがオオクボよりも先に中に足を踏み入れる。「さっさと案内しろよ、オオクボ」
「はいっ」
オオクボはリュウよりも一歩前を歩き出すと、校庭へと歩いて行った。
校庭で行われている授業を見て、オオクボが言う。
「4年生が体育の授業でドッジボールやっているみたいですね」
「ドッジボール?」リンクは鸚鵡返しに訊いた。「コートがサッカー並に広いで。しかも何やねん、あのプロ野球選手よりも速い豪速球……」
「ボールに風魔法を込めて投げるんですよ。するとあんな速さになるんです。だからコート広くないと受け取れなくて」
「ほうほう」グレルが声を高くした。「なーるほどな! 風魔法ならオレも使えるぞーっと♪」
「あ、そうなんですか? じゃあ、皆と一緒にやってみますか? グレルさん」
「やめておいた方がいいかと」と、レオンが苦笑した。「怪我人出ますよ、絶対」
オオクボが笑った。
「大丈夫ですよ。ここは魔法学校ですから、そう簡単にやられないと思います。大切なのは腕力じゃなくて、魔力ですしね。それじゃ、グレルさん行きましょう」
グレルを連れコートの方へと歩いていくオオクボを、リュウが呼び止めて言う。
「1対他全員でやれよ」
「1対…?」オオクボが眉を寄せた。「1人で他の生徒を全員相手にするってことですか?」
「おう。少しでも長持ちさせる方法だ」
「……。ちなみに、その1人とは?」
「俺とリンクの師匠――超一流ハンター・グレルに決まってんだろ」
「……分かりました」
オオクボは笑顔で承諾すると、再びコートへと向かって歩いて行った。
オオクボの姿に気付いた後輩たちが、次から次へと頭を下げる。
オオクボは事情を話して、グレルと共にドッジボールの仲間に入れてもらった。
リュウに言われた通りグレル1人に対して、オオクボを含めた生徒全員で立ち向かう。
(グレルさんって、超一流ハンターでもあったのか。確かに見るからに強そうだけど、それって武力だけじゃないのか……? おれたち魔法使いを舐めてもらっちゃ困りますよ、リュウさん)
心の中、嘲笑するオオクボ。
グレルの手にボールが渡り、グレルがうきうきとして言う。
「そっれじゃあ、行くぞーっと! そーーれいっ♪」
ボールに風魔法を込め、オオクボに向かって投げたグレル。
ビュン!
そんな音がした。
ボールはオオクボの方へと向かっていき、
ボカーーン!
とオオクボの腹に直撃。
「へっ…!?」
身体が宙に浮いたオオクボ。
後方へと飛び、仰向けに倒れる。
一方、オオクボを当てたボールは飛び続け。
ボカカッ!
ボカカカカカカカカカカカカ!!
2人の生徒を残して、全員アウトーっ☆
(――ま…、待ってくれ……!!)
オオクボを含めた魔法学校の生徒は呆然とする。
一体、何が起きたのか。
まるでボールが見えなかった。
しかも、当たったところに激痛が走る。
キラの声が聞こえてくる。
「うーん、惜しかったなグレル師匠。ストライクだと思ったんだが」
ボーリングやってるんだっけ、今!?
とオオクボが混乱する一方、グレルが転がってきたボールを手に取る。
「ミスったか。どれ、スペアとるぞーっと♪」
「――わっ、わああああああああ!! ストップ! ストップです!!」慌ててグレルを止めたオオクボ。「ストップ、ストッ――カハッ…!」
ボールが当たった腹が激しく痛み、前のめりに倒れそうになりながら両腕で押さえる。
(信じられん…! 信じられん!! この人、本当に人間なのか!?)
オオクボは驚倒しながら、呆然として立っているコーチに顔を向けた。
「け、怪我人を保健室に……!」
はっとして、大慌てで倒れている生徒たちを保健室へと運ぶコーチ。
グレルがきょとんとして言う。
「なんだぁ? もう授業終わりなのか」
「ぐ、グレルさんっ……!」オオクボは腹に何度も治癒魔法をかけながら、グレルに駆け寄った。「つ、次に行きましょうっ! 次っ!」
「なあ、オオクボ。言うの忘れてたんやけど」と、リンクが苦笑しながら言う。「師匠の魔法って、水と風だけならリュウを上回るから」
は、早く言ってくれ…!
オオクボの顔が引きつる。
リュウさんを上回るって、どうなってんだ葉月島のハンターは!?
まさか葉月島の超一流ハンターってこんなのばっかりなのか!?
こんな人たちと並んだら、このおれがまるで弱く見えるじゃないか!
驚愕の顔をしているオオクボに、リュウが言う。
「おい、早く次案内しろよ」
「あ、はいっ…」
オオクボは先頭に立って、次のところへと歩き出した。
(そうだ、おれがここへやって来たのは、キラさんの魔力を確かめるためだった。いろんなところを回ったあと、なるべく自然にあの部屋へと連れて行って、そして……)
オオクボが気を取り直し、リュウ一行を次に連れて来たところは。
魔法書がたくさん並んでいる図書室。
それぞれ好きな魔法書を手にして、数分後――。
レオン除いて爆睡。
「えと……」レオンが苦笑する。「す、すみません、オオクボさん……」
「い、いえ……」オオクボも苦笑した。「す、すみません、つまらないところに連れて来てしまって……」
「と、とんでもないです! 面白いです、魔法書! でも、ちょっと皆には難しかったみたいでっ…! …あぁもうっ! 皆起きてよっ!」
「は、ははは……」
オオクボの顔が引きつる。
何だろう、この人たち。
他の生徒がいるにも関わらず、堂々爆睡ですか。
最強を謳われる超一流ハンター・リュウとそのペットのブラックキャット・キラが引き連れる一行だなんて、とてもじゃないけど信じたくないですね。
大体、魔法学校の学生――魔法使いの卵が読んでいる魔法書が難しいって、どういうことですか。
あなたたち、並の生徒からすればずっと強い魔力を持ってますよね。
魔法書も読めずに、どこからその魔力が出てくるんですか。
強い魔力を持って生まれなかったが故に、必死に勉強して強くなった自分がバカバカしいっすよ。
ぶっちゃけココだけの話、おれって強ーーい悪役で登場させられたハズなんですけど…。
主人公とヒロイン、その周りを驚愕させられたのは初登場の第36話だけですか。
そうですか。
あー、そうですか。
何この扱い。
ああもう、嫌……。
脱力し、身体を本棚に預けるオオクボ。
レオンに叩き起こされたリュウが言う。
「おい、オオクボ」
「は、はい…」
「余計なとこに連れ回さなくていいから、おまえが俺らを一番連れて行きたいところに連れて行けよ」
「――…分かりました」
オオクボは承諾して、再び先頭に立って歩き出した。
そう言うなら、そうしようじゃありませんか。
なんかもう、疲れてきたし…。
さっさと連れて行ってあげますよ。
この神無月島魔法学校一番の自慢!
魔力測定機のある教室へと――
ボカァァァァァァァンッ!!
「ふぎゃああああっ!!」キラが驚倒してリュウにしがみ付く。「な、ななななななっ、なんだ、これは!? おい、オオクボ!! 触れたら爆発したぞ!!」
「いや、えと……」
何をしたんだ、このバカ黒猫!
オオクボは驚愕せずにはいられない。
何をすれば魔力測定機を爆発させられるんだ!?
この目で見ていた分には、指先で触れただけだったよな!?
そうだよな!?
メガネをかけることによって視力2.0だし、何も見逃していないよな!?
一体何をしたんだ、このバカ猫は!
ていうか、いくらすると思っているんだ、この魔力測定機!!
燃える魔力測定機。
リュウが水魔法で水を起こし、消火した。
「危ねーな、まったく。おい、オオクボ! てめー、俺のキラに怪我させる気か!?」
「め、滅相もないですっ! まさか爆発するなんて――」
オオクボは、はっとして言葉を切った。
(もしかして、測定機では測りきれない魔力……!?)
オオクボが慌てた様子で、教室から出て行く。
それを見たリュウの眉が寄った。
「リュウ…?」リュウの顔を覗き込んで、キラが首をかしげた。「どうしたのだ?」
「……キラ、あいつ――オオクボには気をつけろ」
「え?」
何故?
キラが訊く前に、オオクボが戻って来た。
教師と思われる人物と共に。
2人で測定機に目をやり、ひそひそと何かを話す。
そのあと、教師と思われる人物が教室から出て行った。
「お、おい、オオクボ」リンクが苦笑しながら訊く。「この魔力測定機? 先生はやっぱ弁償しろって?」
「いえ、気にしないでください。うちは私立ですし」と、オオクボが笑顔で言う。「それでは皆さん、そろそろ葉月島へと帰りましょうか」
リュウ一行を連れ、リュウ・キラ宅のテラスへと瞬間移動をしたオオクボ。
「楽しかったぞーっ♪」
るんるんとした様子で、窓からリビングへと入っていくキラたち。
(ああ、良かった。キラさん、あなたやっぱり最強のブラックキャットでしたよ。その力、おれが頂きます……!)
堪えきれないというように、顔がにやけるオオクボ。
その表情を、リュウの黒々とした瞳は決して逃してはいない。
「オオクボ」
「は、はい、リュウさん。何でしょう」
「腹黒だな」
「――!?」
キラたちに続いてリビングへと入っていくリュウ。
その背を見ながら、オオクボは驚愕した。
(うそっ、やべっ…! 企みバレたーーーーーーーーーーーーー!?)
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