第39話 悪巧み
皆さん、こんにちは。
見た目はともかく、強ーーい悪役として登場させられたハズのオオクボです。
どうしましょう。
悪役が悪巧みを企むのは当然のことなのですが、実行する前にリュウさんにバレました。
いえ、その内容まではバレたというわけではないんでしょうが……。
昨日「腹黒だな」と言われたのです。
寝ている隙に服をめくられて腹を見られたのかとも考えましたが、どう見てもおれの腹は白いです。
それに瞬間移動で神無月島の自宅まで帰って眠っているおれの腹を、そう簡単に見れるものではありません。
やっぱりおれが悪巧みを企んでいることに、リュウさんは気付いているのです。
あぁ、どうしよう。
どうしましょう。
どうやって実行しましょう。
リュウにバレてしまった以上、実行に移すのはとても困難なことです。
だって本気で怖いんだもん、あの人……(ぐすん)
とか言っている間に、もうこんな時間だああああああ!!
「おはようござ――」
「おせえっ!」
ゴスッ!!
瞬間移動してきた瞬間リュウの拳を頭に食らい、オオクボは頭を抱えてうずくまる。
「す、すみませ……」
「おはよう、オオクボ」と、キラがオオクボに手を差し出した。「みんな揃ってから朝食にしようと思って、おまえを待っていたのだぞ」
「あっ…、ありがとうございますっ」
オオクボはキラの手を借りて立ち上がると、腕時計で時刻を確認した。
(遅いって、2分しか遅刻してないじゃないか。何も殴らなくたって……)
心の中でリュウに文句を言っていたオオクボ。
リュウの黒々とした瞳に睨まれ、思わずびくっと身体を震わせる。
「さっさと席に付け、オオクボ。腹減ってんだよ、俺は」
「す、すみませんっ…!」
オオクボは言いながら、自分の席――床に目を落とした。
瞬きをする。
「あれ……? これ、おれの席ですか?」
そこにはふかふかとした座布団が置いてあった。
キラが言う。
「床では痛いと思ってな。もう冬になるし、冷たくないようにふかふかにしておいたぞ」
「え? じゃあ、これキラさんが作ってくれたんですか?」
「有難く思え」と、態度でかでかと言ったのはリュウである。「俺の可愛い黒猫が、わざわざおまえなんかのために縫ってやったんだぜ。おかげで昨夜の営みの時間が30分も短くなっちまったじゃねーか、コノヤロウ」
「す、すみません……」
「早く座れ」
「はっ、はいっ、リュウさん。…えと、キラさん、ありがとうございます!」
オオクボは笑顔で言って、その座布団の上に座った。
(さっすがヒロイン! 恐ろしいバカでも良いとこありますね! リュウさんの弟子だなんて地獄をやってると、ちょっとしたことで感動するっす……!)
オオクボと一緒に、朝食を食べ始めるリュウ一行。
リュウがキラに訊く。
「今日はどうする、キラ。仕事ついて来るか?」
「いや、今日はミーナと買い物に行くのだ」
「そうか」
と、リュウがポケットの中から財布を取り出す。
(小遣いあげるのか。いくらくらいあげるんだろう……)
興味津々とリュウの手に目をやったオオクボ。
「ぶっ」
思わず牛乳吹き出した。
(なっ、何その札束ーーーっ!? それで車買えるじゃん! ちょっとペットのこと甘やかしすぎなんじゃないの、この人!? ていうか金銭感覚おかしいよね!? そうだよね!?)
リュウが顔をしかめてオオクボを見た。
「きったねーな、何してんだよおまえは」
「す、すいませんっ!」
オオクボは慌てて、ガラステーブルに飛び散った牛乳を布巾で拭いた。
はっとする。
(今日はリュウさんとキラさんが一緒にいない…!? ってことは、キラさんをさらうチャンス! キラさんには、おれのことバッチリ信用させてあるし、子供のミーナなんかまだ弱いし、ちょろいぜハッハッハー!)
オオクボはキラに笑顔を向けた。
「良いですね、お買い物ですかー。羨ましいですー」
「おまえも一緒に来るか、オオクボ?」
「はい、ぜひともご一緒させてくださ――」
ギュウウウウウ
(いだだだだだだだだだだっ!?)
オオクボは激痛が走った肩に目を落とした。
そこには、リュウの大きな手。
「何、勝手なこと言ってんだオオクボ? てめーは俺の弟子だろ? 仕事について来るんだろ、え?」
「は、はははははい、どこまでもお供しますうううううっ」
オオクボの悪巧み、実行失敗。
皆さん、再び一人称でこんにちは。
強ーーい悪役のハズのオオクボです。
キラに近づくため、その主である超一流ハンター・リュウの弟子になったおれですが…。
噂には聞いてましたけど、何でこの人こんなに鬼なんでしょう。
おれが遠くまで瞬間移動できるが故に、他島までパシリですか。
よし、パシリに行ったフリして買い物中のキラのとこへ瞬間移動!
なんて考えましたが、キラにどこへ買い物へ行くのか聞き忘れました。
ペットとなったモンスターが自由に出入りできる店が多々ある葉月島では、どこへ買い物へ行ったのか検討もつけられません。
よって、おとなしくパシリに使われているおれがいます。
何て哀れな悪役なんでしょう。
キラが最強のブラックキャットであると確信できた今、おとなしくパシリにされている場合ではありません。
さっさとキラをさらって、その破滅かつ最強の呪文を聞き取り、その力を吸い取ってしまわなければ。
…って、企みをばらしてしまいましたね。
こうなっては仕方ない。
おれが何を企んでいるのか、皆さんに一足早くお教えいたしましょう。
最近の神無月島では科学が進み、モンスターの力を吸い取れる機器が作られたのです。
それがこれ、おれの持っている杖です。
先端に付けられた青い石が、その力を吸い取ります。
ちなみに、吸い取った力を使うときは青い石が素敵にピッカーンと光ります。
それで、どうやって吸い取るのかって?
それは、神無月島の研究所にある、とあるカプセルの中にモンスターを入れてしまえば、あとはこっちのものです。
杖の青い石をカプセルに近づけるだけで、その力を吸い取ることが出来るのです。
おれはもう、これで幾多ものモンスターの力を吸い取ってきました。
おれが持っていなかった瞬間移動は、実は野生のホワイトキャットから吸い取らせていただきました。
なので、この杖を持っていなければ瞬間移動はできません。
生まれ持った魔法は杖がなくても使えるんですけどね。
ぶっちゃけ、おれはこの杖がないと使える魔法の数は3分の1にまで激変します。
これでも魔法書でたくさん覚えましたけど、人間が使える魔法なんて限られていますからね。
そして皆さんが一番疑問に思うだろうことについて、お答えしたいと思います。
それはきっと「破滅の呪文を唱えることによって、オオクボは死なないのか」ということではないでしょうか
。
え、何ですか?
きっとそうじゃない人もいるだろう?
突っ込まないでください。
お願いします。
おれすでに、リュウさんのせいで泣きそうなんです。
それで、皆さんの一番の疑問(?)についてですが。
結論から言いますと、「死にません」。
先ほども述べたとおり、最近の神無月島では科学がとてもよく進んでいます。
もう少しで、『どんな魔法からも耐えられる、すーげー衣』が完成しようとしているのです。
それを身にまとい、キラさんから『破滅の呪文』を聞き出し、その力を吸い取ってしまえば、おれは最強です。
そう……。
悪役のおれが夢見てきた、世界征服も夢ではないのです!
世界征服ですよ!?
世界征服!
せ・か・い・せ・い・ふ・く!!
ああっ!
なんっって、カッコイ――
ゴス!!
「ゴフッ…!」
リュウの拳にて、オオクボの一人称語り終了。
「おせえ!! どこまでパシリに行ってたんだよ、てめーは!?」
「す、すみません、すみません、リュウさん! 弥生島の秋限定ウィスキーが、なかなか見つからなくてえぇぇ!」
「さっさと寄こせ!」
オオクボの手からグラスと氷、ウィスキーを奪うリュウ。
グラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぎ、休憩中とはいえこの後仕事があるのにも関わらず呷る。
(真昼間から酒なんてアルコール依存症なんじゃないの、この人。あー、ヤダヤダ)
なんて思ったオオクボを、リュウの黒々とした鋭い瞳が捉える。
(うっ、嘘ですリュウさんーーーーーっ!!)
冷や汗をかきそうになるオオクボ。
リンクが苦笑しながら言う。
「ご、ごめんな、オオクボ。お使い、大変やったやろ?」
「い、いえ、大丈夫です。瞬間移動ですしっ」
「おまえ、ほんまにええ奴やなあ」
「バカか、おまえ」リュウが鼻で笑った。「オオクボの腹黒さに気付いてねーのかよ」
ギクッ
オオクボの冷や汗が垂れ始める。
「腹黒ぉ?」
リンクの声が裏返った。
ぱちぱちと瞬きをしてオオクボを見る。
「え、えと……」オオクボは笑顔を作った。「い、一体何のことだか……。は、ははは」
リュウの鋭い視線と向き合っていられず、背を向けたオオクボ。
その瞬間、右手に持っていた杖がリュウに取られた。
「あっ!」
慌てて振り返ったオオクボ。
リュウが杖を調べるように見ながら言う。
「おまえ、いつもこの杖を大事そうに持ってるな」
「ま、魔法使いですからっ…」
「思うことがあるんだよな、俺」
「な、何ですか、リュウさんっ…」
「おまえの使う魔法によって、この杖の青い玉が光ったり光らなかったりする」
「へっ!?」
「どーーもおかしいな、オオクボ。そもそも、瞬間移動なんてモンスターが使う魔法を何故おまえが持っている? 瞬間移動使うとき、必ずこの青い玉が光るんだよな」
「き、ききききのっ、気のせいじゃっ……?」
オオクボは再びリュウに背を向け、だらだらと冷や汗をかき始めた。
(や、やばい…!? おれ、今すごーーくやばい!?)
リュウが続ける。
「おまえ、何を企んでいる?」
「えっ!?」
「この杖を使って、何をしようとしている?」
「…っ……!!」
オオクボの頭から滝のように溢れ出す冷や汗。
(や…やばい……!! やばいやばいやばいいいいいいいいいいい!!)
オオクボは自分に魔法をかけた。
初登場のときにリュウ一行を驚愕させた、足の速くなる魔法を。
杖が奪われてしまったら、瞬間移動では逃げることができない。
魔法学校で習ったこの魔法で、逃げるしかない。
「さっ、酒買い足しに行って来るっすーーーーーーーーーっ!!!」
バビューーーーーン!!
高速道路を走っている車にも追いつけるその足で、オオクボがその場から逃げ出した。
リンクが呆気にとられてその背を見送る。
「あ、相変わらずすごい魔法やな…」
「簡単に覚えられんぜ」
「へ? そうなん?」
「リンク、おまえ師匠に電話してレオンに来てもらえ。で、仕事の続き頼む」
「どこ行くん?」
「オオクボ追う。あいつ、キラに何かしようと企んでやがる」
「そ、そうなん!?」
「ああ。間違いねえ」リュウがリンクにオオクボの杖を渡した。「これ持ってろ。大方、オオクボはこれがねーと瞬間移動使えねーだろうよ。今頃、俺から死に物狂いで走って逃げてるはずだ」
「で、でも、追いかけるってどうやって? 魔法使ったオオクボの足には、いくらリュウでも追いつけな――」
リュウの手が目の前にかざされ、リンクは言葉を切った。
リュウの手が光ったと思った次の瞬間、身体がふわりと軽くなる。
「へっ?」リンクは動揺して、自分の手足を見た。「……ま、まさかコレ、あのオオクボと同じ魔法かっ?」
「ああ。だから覚えるのは簡単だって言っただろ」
「い、いつ覚えたんっ?」
「昨日、魔法学校の図書室で読んだ魔法書に偶然書いてあった」
「えっ!? 魔法書読めたん!? ていうか、おまえも爆睡してたやろ!?」
「ああ。内容が容易でつまんねーから寝た」
「…あ、頭もええんや、おまえって……!」
「おまえと一緒にすんな」
「う、うるさっ――」
「んじゃ」と、リュウがリンクの言葉を遮りながら、自分にも足の速くなる魔法をかけた。「行って来る」
そう言うなり、リンクの前から消えるように走っていったリュウ。
「――…っ…は、はえぇ……!」
リンクの目が点になる。
リュウが目の前から消えたと思って顔を横に向けたら、リュウの大きな背はすでに小さくなっていて。
瞬間移動を使えない今、オオクボがリュウに捕まるのは時間の問題だろう。
「…さ、さよなら、オオクボ……」
リンクは唾をごくりと飲み込んで、消え行くリュウの背を見送った。
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