第37話 ほしいもの
神無月島からやってきた新米ハンター・オオクボが、リュウの弟子になったのは昨日の昼間のこと。
リュウ一行の見ている前で、オオクボは強力な魔術で凶悪モンスターを倒して見せた。
新米ハンターなんて足手まといになる。
そんなリュウの心配なんてまるで無用。
リュウにもリンクにも働かせることなく、オオクボ1人で仕事を終えた。
そんな確かな強さに加え、オオクボはよく気が利いた。
嫌な顔一つすることなくパシリにされるし、家事も出来るとかでキラの手伝いをよくした。
「おまえは本当に良い奴だな、オオクボ。ソファーに座ってて良いのだぞ?」
と、キッチンに立っているキラが、隣にいるオオクボを見て言った。
キラが頼んだわけでもないのに、オオクボが夕食作りの手伝いをしてくれている。
「いいんですよ、キラさん。1人で7人分も作るなんて、大変ですから。おれ世話になってるんですから、これくらいさせてください」
「そうか? 悪いな、オオクボ」
「いえ」
そう言って、オオクボは笑顔を見せる。
「こうして見ると、おまえはあまりすごそうには見えないんだがな」と、キラは笑った。「昨日、高速道路で追いかけてきたときは本気で驚いたぞ」
「え? ああ、すみません。すぐ追いかけようと思ったんですけど、装備変えてたら遅くなっちゃって」
「いや、そうではなくてな。どんな足をしているのかと思ってな」
「ああ」と、オオクボが笑った。「そんなに驚くことじゃないですよ。魔法使っただけですから。魔法学校の生徒なら、みんなできることなんです」
「すごいな、魔法使いというのは。やっぱり多くの魔術を持っているのか?」
「まあ、そうですね。……でも、一つだけ持っていないんです。おれは人間だから、持って生まれることはできなかった」
「それは――」
それは何か。
キラがそう聞こうとしたとき、リビングのソファーに腰掛けているリュウが言った。
「おい、オオクボ。ビール」
リュウに続いてリンクとミーナ、グレル、レオンも注文。
オオクボは1本目がすぐなくなることを考えて、10本のビールを腕に抱えてリビングへと向かって行った。
オオクボの決して大きくない背を見ながら、キラは思う。
(それは何かって、闇魔法のことであろうな。私――ブラックキャットだけが持って生まれた、闇魔法……破滅の呪文)
オオクボがリュウたちにビールを渡したあと、小走りで戻ってきた。
「パシリみたいで悪いな、オオクボ」
「いえ、気にしないでください、キラさん」
「……ほしいのか、オオクボ」
「え?」
「闇魔法……破滅の呪文だ」
キラがオオクボの顔を見ると、オオクボが笑顔で返した。
「ほしいですよ」
「分かっていて言っているのか、オオクボ」
「それは、己の身を滅ぼしてしまう恐れのあるってことですか?」
「知っているのか」キラが目を丸くした。「それなら何故ほしがる。使った途端、おまえは骨すらこの世から消えてしまうのだぞ!?」
突然声をあげたキラに、リビングにいたリュウたちが振り返った。
「……って、何焦っているのだ私は」と、キラが短く笑った。「破滅の呪文は私たちブラックキャットだけが持つもの。人間のオオクボが持てるものではないのにな」
リビングからリュウが歩み寄ってきて訊く。
「おい、どうかしたのか、キラ」
「なんでもないぞ、リュウ。食事ができたから、運ぶの手伝ってくれるか?」
「おう」
キラが料理を盛った皿を、リュウがガラステーブルへと運んでいく。
「キラさん」
「なんだ、オオクボ」
「おれ本当は、それを手に入れるために葉月島に来たんです」
「――」
キラは耳を疑ってオオクボの顔を見た。
オオクボがにっこりと笑って言う。
「さあ、夕食いただきましょう」
リビングのガラステーブルへと向かっていくオオクボ。
ソファーに座るスペースがないからと、自ら床に座る。
キラがリュウとミーナの間に座ると、皆で本日の夕食を食べ始めた。
「うまいっすね、キラさんの料理」
そう言ってオオクボがキラに笑顔を向ける。
「そうか、良かった」
そう笑顔を返したキラ。
心の中では笑っていない。
(破滅の呪文を覚えるって……、どういうことだ、オオクボ)
疑問を投げつけるようにオオクボを見るが、オオクボはキラにただ笑顔を向けている。
ミーナが言う。
「そろそろ、グレル師匠とレオンの誕生日パーティーをしないとなっ♪」
キラは、はっとしてカレンダーに顔を向けた。
そうだ、晩秋にはグレルとレオンの誕生日パーティーを予定していたのだ。
「あー、そうか。そうだったな」リュウもカレンダーに目を向けて言う。「んじゃあ、明日にでもやるか。仕事、夕方までに終わらせて来るから」
「では私は、料理やケーキを作って待っているな」キラはそう言ったあと、オオクボを見た。「オオクボ、手伝ってくれるか」
「えと…」
と、オオクボがリュウを見る。
リュウから許可が下りると、オオクボはキラに笑顔を向けた。
「分かりました。おれで良ければ、いくらでも使ってください」
翌日。
今日はグレルとレオンの誕生日パーティーだ。
リュウとリンクは仕事へ。
ミーナもその移動に付き合いに行き、本日の主役であるグレル・レオンは準備ができるまで、ここ――リュウ・キラ宅には来ないことになっている。
キッチンで料理をしている手を止めて、キラはリビングの飾りつけをしているオオクボを見た。
「オオクボ」
「何ですか、キラさん」
「私がグレル師匠とレオンの誕生日パーティーの準備をするにあたって、おまえを手伝いに選んだ理由が分かるか」
「気になってるんですか、やっぱり。おれが破滅の呪文を手に入れるために、ここ――葉月島に来たってこと」
「気にならないわけがないだろう。どういうことだ」
怖いくらい真剣なキラの表情を見て、オオクボが俯いた。
「すみません……、キラさん。気にさせてしまったようですね」
「あの呪文を知ったところで、おまえたち人間はどうすることもできない。闇魔法を使えないのだからな」
「そう…ですね。すみません……。ただ、ブラックキャットの多い葉月島にいたら、覚えられるような気になってただけです。覚えられるわけがないのに、バカな夢ですよねっ……」
少しの間の後、キラは訊いた。
「オオクボ。おまえは何故、破滅の呪文をほしがる?」
「……キラさん」
「なんだ」
「あなたはその持っている破滅の呪文を、いつか使う気はありますか」
「ある」
「それは、どんなときに、何のためですか?」
「大切な者たちを守る方法がそれしかないとき、私は大切な者を守るために呪文を唱える」
そんなキラの言葉を聞いたあと、オオクボがキラに笑顔を向けて言った。
「おれも、そのためです」
「……そう、か」と、キラが微笑んだ。「そうだな。変なことを訊いて悪かった、オオクボ」
「いえ」
オオクボの笑顔を見たあと、キラは再び手を動かして料理を始めた。
キラに背を向けて、部屋の飾りつけをするオオクボ。
心の中で嘲笑する。
(人間を信用しペットとなったブラックキャットなんて、単なる|単純(バカ)ですね、キラさん)
グレルとレオンの誕生日パーティー。
オオクボは苦笑した。
「えと……、すぐ追加買ってきますね」
一体どれだけ飲むのかこいつらは、という感じである。
もうこれで4度目のアルコール買い足しである。
オオクボが瞬間移動で消えたあと、キラは言った。
「オオクボは、本当によく気が利くし、よく働くな」
「本当だね」レオンが同意したあと、苦笑した。「僕も一緒に行けば良かったかな」
「なーに言ってんねん、レオンー」と、リンクがレオンの頭をくしゃくしゃと撫でる。「おまえは今日の主役やねんから、態度でかでかと座っててええねんでー? まったく、おまえもええ子やなあ」
「だろだろ♪」グレルがリンクに続いてレオンの頭をがしがしと撫でる。「オレの愛猫は果てしなく良い子だぞーっと♪」
「まあ、そうだな。レオンはな」リュウが同意した。「だが、オオクボに関してはまだ何も言えねーな。昨日出会ったばかりだしな」
「いや、きっとオオクボは根っから良い奴だぞ、リュウ!」そう言ってリュウの顔を見て、キラが笑う。「オオクボはな、私と同じ考えをもっているのだ」
それって、バカってこと?
リンクとレオンは心の中で問うた。
キラが続ける。
「そうだ、オオクボを連れてどこかへ遊びに行こうではないかっ♪」
「おおーっ」ミーナが声を高くした。「賛成だぞ、キラ! きっとオオクボも喜ぶぞー♪」
「うんうん、そうだなっ♪」グレルも続いた。「飛び切り楽しませてやろうぜっ♪ んで、どこに遊びに行くよ?」
「うーん」キラが唸る。「最後の秋を楽しみたいと思うのだがー…。何が良いものか。芸術の秋も、スポーツの秋も終えたし」
「うーん」リンク続いて唸る。「読書の秋はおれらに向いてへんし、食欲の秋は大食い大会で懲りたし。っていうか、おれらいつも食欲旺盛やし新鮮な感じがせえへんな……」
「美味いもの食べに行くのだって良いではないか!」と、ミーナ。「ブドウ狩りとかリンゴ狩りとか、美味そうだぞー♪」
「同じものばっか食ってても飽きるっての」と、リュウが顔をしかめた。「ここはもう、オオクボに案を出させようぜ」
というわけで。
リュウ一行はオオクボの帰りを待った。
「ただいまですー」
と、少しして帰ってきたオオクボ。
リュウ一行が声を揃えて訊く。
「どうする?」
「へっ?」
一体何の話か。
オオクボはリュウ一行の顔を見回し、ぱちぱちと瞬きをした。
リュウが訊く。
「オオクボ、おまえの住んでた神無月島では秋に何すんだ?」
「うーん……」
「何かこう、他の島でやらないようなこととかねーの?」
「えと……。芋煮会、ですかね」
いもにかい???
一週間後。
リュウ一行は神無月島にある河原へと、オオクボの瞬間移動でやってきた。
芋煮会とは、オオクボいわくサトイモやジャガイモを使った鍋料理を食べるのだという。
周りを見ると、結構な数のグループが楽しんでいるようだった。
漂ってくる匂いに、猫たちが鼻をくんくんとさせた。
キラ、ミーナ、レオンの順に涎を垂らしながら言う。
「う、美味そうな匂いだぞー。じゅるる…。この匂いだけでビールがいける。オオクボ、くれ」
「ああ、美味そうだぞー。じゅるる…。オオクボ、わたしにもビール」
「うん、美味しそうな匂いだね。じゅるる…。オオクボさん、僕にもビールくれますか」
オオクボが3匹にビールを渡してやると、猫たちが鼻をくんくんとさせてはビールを飲み始めた。
今にも他の人たちの鍋を奪ってきそうな勢いだ。
オオクボは苦笑しながら芋煮の準備を始めた。
「早く作りましょうか」
「なあ、オオクボ」
「はい、リンクさん」
「芋煮って、つまりサトイモやジャガイモが入ればええんやろ?」
「そうですね。おれの周りでは、豚肉と野菜を入れて豚汁風にしますけど。あとは鮎とか入れる場合もあるみたいです」
「ふーん。ほな、芋が入れば何でもええって感じやな」
「まあ、芋さえ入ってれば芋煮ですからね」
「ほお」と、キラが声を高くして振り返った。「何を入れても良いのか!」
「おお」と、ミーナも声を高くして振り返る。「何を入れても良いのだな!」
「ふむふむ」と、グレルが続く。「何を入れても良いってか♪」
「おい、そこの3バカ」リンクが顔を強張らせて言った。「常識の範囲で頼むわ」
「バカ?」
と、キラとミーナ、グレルがきょとんとしてリンクの顔を見た。
そのあと笑って声を揃える。
「冗談は顔だけにしろ、リンク♪」
「おまえらな……」
リンクの顔が引きつる。
オオクボはリンクに耳打ちした。
「キラさんたちって、非常識なことするんですか?」
「ああ。恐ろしくな。おまえも毒キノコくらいは食う覚悟でいた方がええで、オオクボ」
「ど、毒キノ……? ま、まじっすか」
リンクとオオクボがひそひそと話す傍ら、キラとミーナ、グレルの声が聞こえてくる。
「おっ、見てみろ、キラ、ミーナ。鮭がいっぱいいるぞ!」
「おおーっ。ぴちぴちしているな。腹の中のイクラ食いたいか、ミーナ?」
「うむ、食べたいぞ、キラ! じゅるるるー」
「よぉーし、待ってろ、キラ、ミーナ♪ 今、おじちゃんが捕まえてやるからな♪ ……あーらよっと! ほーら、獲れたぞーいっ♪ よし、腹切れーい!」
………………。
…………。
……。
え!?
リンクとオオクボは目を見開いて振り返った。
「わっ、わあああああああああああ!!」オオクボは慌ててキラたちに駆け寄った。「だっ、駄目ですよおおおおおおおお!!」
「ばっ、ちょっ、何してんねん!!」リンクも慌ててキラたちに駆け寄る。「川に遡上してきた鮭を獲るのは法律で禁止されてんやでーーーーっ!!」
それを聞いて、レオンも慌てる。
「ええぇぇぇ!? キラとミーナはともかく、何で知らなかったんだよグレルーーーっ!!」
「あれぇ? そうだっけ?」
と、首をかしげるグレル。
「ああもうっ」と、レオンが傍らにいたリュウの顔を見上げた。「リュウは知ってたんでしょ!? 何で止めなかったの!?」
「何でって、俺の可愛い黒猫がイクラ食いたそうだったから」
「……」
この、キラバカめ。
レオンは顔を引きつらせながら心の中で突っ込むと、周りの人々の目を気にしながらキラたちに駆け寄った。
もう完全に鮭の腹が切り裂かれて卵が取り出されており、リンクとオオクボが顔面蒼白している。
「お、おい、レオン」
「な、何、リンク」
「だ、誰か見てた人いるか?」
「た、たぶん誰も見てなかったと思う」
「ど、どうしましょう、この鮭」オオクボが冷や汗をかきながら言う。「こんなことしてしまったら、もう川に返せないですよ」
「なーに、大丈夫だぞ♪」と、キラ。「私が良い方法を知っている♪」
「いや、待て」リンクはすかさず突っ込んだ。「おまえ、まともなこと言わへんやろ」
「何を言っている。少し考えれば誰でも思いつくことだぞ♪」
「ほ、ほう? ほな、言ってみろや」
「良いか、まずは」と、キラが取り出した卵を鮭の腹の中に戻した。「こうするだろう? そのあとはー…」
と、キラがポケットから取り出したものは。
「じゃじゃーーーんっ! これを見よ! 裁縫道具だ!」
「裁縫道具?」
リンクとレオン、オオクボは揃って眉を寄せた。
それで何をするというのか。
キラが針に糸を通して言う。
「いざ、縫合!」
「はっ?」
なんてリンクとレオン、オオクボが耳を疑っている間に。
チクチクチクチクチクチク!
キラが目にも留まらぬ針さばきで鮭の腹を縫っていった。
「ふう…。ほーら、元通りだぞっ♪」
「おおーっ」ミーナが声を高くする。「すごいぞ! さすがキラだぞ!」
「おおおっ」グレルも声を高くする。「すげーな、あっという間に元通りだぜ!」
「うむ。鮭がおとなしくしていてくれたのでな。手間取ることなく縫合できたぞーっ♪」
いや、それ死んでるだけかと。
なんてリンクとレオン、オオクボは心の中で突っ込むが。
キラが縫合し終わった鮭を川に放す。
「ほら、見てくれ、ミーナ、グレル師匠。鮭が川の流れに合わせて、元気に泳いでいくぞ♪」
「おおーっ、すごいぞ、さすがキラだぞーっ」
「うんうん♪ これでオレたちは何もしてないっとな♪」
高らかに響くキラとミーナ、グレルの笑い声。
誇らしげに胸を張っているキラたちを見ながら、オオクボはリンクに訊いた。
「……キラさんたち、本気すか」
「本気や。正気や。まじや」
「……」
その脳内、一度見てみたいっす。
オオクボはキラたちに心の中で話しかけつつ、ポケットの中で震えている携帯電話に気付いてその場から引いた。
キラたちからある程度離れたところで、電話に出る。
「もしもし…」
「いよう、オオクボ。調子はどうだ」
「ああ、ササキ……。何かおれ、今すげーターゲット間違った気がしてる……」
と、オオクボがキラたちに顔を向けて苦笑する。
ターゲット。
その言葉を、リュウの耳は聞き逃してはいなかった――。
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