第3話 舞踏会〜前編〜


 そろそろ春の花々が咲こうか冬の終わり。
 リュウ宅のリビングのソファーの上、部屋の主であるリュウは深く溜め息を吐いた。

「困ったな…」

「ああ、ごっつ困ったわ…」

 リュウの向かいのソファーに座っているリンクも、同意して溜め息を吐く。
 話は遡って3日前のこと。

 リュウの携帯電話に、ギルド長から仕事の連絡が入った。

「もしもし、リュウ。いつものように王から依頼が入ったのだが」

 仕事の内容は、葉月島ヒマワリ城で毎月始めに開催される、舞踏会全体の警護だった。
 信頼の厚いリュウとそのおまけのリンクは、毎月必ず王から依頼が申し込まれていた。
 ほとんどは何事もなく終わるその仕事は、暇といえば暇だが、楽といえば楽。
 リュウはいつものように引き受けた。
 そのあとにギルド長が言う。

「でもねぇ、次からはちょっと変わるんだよ」

「何がすか」

「舞踏会に、人間のようなモンスター…つまり、キラちゃんとかミーナちゃんとか、参加して良いことになってね」

 リュウは眉を寄せた。

「何で突然」

「いやー、うん…、怒らないでくれよ?」電話の向こうでギルド長が苦笑したのだ分かった。「キラちゃんの噂は、ヒマワリ城まで広がったみたいでね。王子がキラちゃんを一度見てみたいって、騒いでいるらしいんだよ。あと、ミーナちゃんも」

「は……?」

「ということで、キラちゃん同伴で舞踏会の警護を頼むよ。それじゃ、リンクとミーナちゃんにもよろしくっ」

 逃げるように、ギルド長は電話を切った。
 王からの依頼を断るわけにもいかず、リュウとリンクが困りまくって3日。
 現在に至る。

「何が困るって」リンクが苦笑しながら言った。「キラもミーナも、王子に気に入られないわけがあらへんってところやわ」

「ああ」リュウは同意して、また溜め息を吐いた。「子供のミーナはまだしも、あの女ったらしの王子がキラをほしがらないわけがねえ……」

「せやな。キラを飼いたいって、絶対に言い出すで。ミーナもくれ、なんて言われたらどうすればええんや……」

 そんな困りまくっている飼い主たちをよそに、キラとミーナはテレビゲームに夢中になっている。
 格闘ゲームで対戦をして、溜め息だらけだったリビングの中に、割れんばかりのミーナの泣き声が響き渡る。

「ふみゃあああああああああああああああああああん!」

 続いて、キラが誇らしげに仁王立ちして言う。

「この私に勝とうなどと、100万年早いのだ」

 どうやら格闘ゲームで、ミーナがキラにどうしても勝てないようだった。
 対戦結果を見てみると、98対0でキラの圧倒的勝利。
 やりすぎだ、と飼い主2人は心の中で突っ込んだあと、自分の愛猫を手招きした。

「来い、キラ」

「こっちおいでや、ミーナ」

 キラとミーナがテレビゲームを中断し、主の膝の上へと移動する。
 キラがリュウの頬や唇にキスして訊く。

「さっきから溜め息ばかりだな、リュウ。どうかしたのか」

「…なあ、キラ」リュウはキラの頭を撫でながら訊いた。「明後日に舞踏会があるんだが…、行きたいか?」

「舞踏会?」キラが鸚鵡返しに訊いた。「それって、あのでかい城で踊るやつか?」

「ああ。知ってるだろうが、葉月島ヒマワリ城の舞踏会は毎月始めに行われて、俺とリンクは毎回その警護に向かう。今回は、キラとミーナも呼ばれてんだよ」

「…みゃ?」リュウの言葉を聞いたミーナが、泣き止んで目をぱちくりとさせた。「ぶとうかいって、うまい?」

「まあ、うまいっちゃうまいな」リンクが言った。「ご馳走でるしな」

「おお、行くぞ、わたしも」

 と、今にも涎をたらしそうになりながら、ミーナが瞳を輝かせた。
 キラがリュウに訊く。

「仕事で行くのだろう? リュウや私たちは踊ったりはしないのだろう?」

「いや、俺たちは招待客のフリして紛れ込むからな」

「踊るのか」

「ああ、軽くな。俺とリンクはタキシード、おまえたちも行くならドレス」

「ドレス」キラが声を高くした。「それって、それって、あのキラキラでひらひらとした服のことかっ?」

「ああ」

「私も着たいぞ、リュウ」

 なんてキラに瞳を輝かせて言われては、リュウの迷いはどこへやら。
 即答する。

「分かった、ドレス買いに行くぞ」

 急遽そういうことになった。
 
 
 
 舞踏会の日。
 リュウ宅にて。
 ドレスとジュエリーを身に着け、プロにメイクアップしてもらった愛猫を目の前に、タキシードに身を包んだ飼い主2人が真っ先に襲われた感情は、後悔というものだった。

(や、やばい)リュウとリンクは、唾をごくりと飲む込んだ。(これじゃあ、王子にもらってくれと言ってるようなもの……)

 キラもミーナも、舞踏会に集まった人々の視線を釘付けにすること間違いなしだった。

「ああ、もう、どうしよ…。勘弁してや。かわええにも程があんで、ミーナ……」

 リンクが脱力してしゃがみ込む。

「よし、キラ」リュウがぽんとキラの肩に手を載せた。「ドレス着たし、もう満足だな。留守番よろしく。じゃ、行くぞリンク」

「へっ? ちょ、ちょ、ちょっと待って!」キラは慌てて、玄関へと向かっていくリュウにしがみ付いた。「何故私を置いていくのだ! 一緒に連れて行ってくれるって言ったではないか!」

「うるせー、連れて行けねーよ」

「何故だっ…」ドレスアップして、うきうきとしていたキラの顔が沈んだ。「私、似合っていないのか? この赤いドレス…、似合わないのかっ?」

「似合ってる。似合いまくってるし、おまえより綺麗な女は見たことねえ。だから嫌なんだよ」

「意味が分からん!」

「そうだ、意味が分からん!」ミーナがキラに続いた。「褒められているのに、褒められている気がしないぞ! 何なのだ、おまえらは! もっと素直に褒めてくれたって……!」

 ミーナの瞳が潤む。

「ごめん、ごめんな、ミーナ」リンクがミーナを抱きしめた。「おまえは舞踏会で1番かわええし、キラは舞踏会で1番綺麗やで。だから心配やねん、おれもリュウも」

「心配って、何のだ」

 キラがリュウの顔を見て訊いた。

「…ヤロウ共が、おまえたちを見る。王子が、おまえたちを欲しがる」

「王子?」

 キラとミーナが声を揃えた。
 リュウは頷いて続けた。

「今回の舞踏会から人間と近いモンスターの出入りに許可が下りたのって、王子がおまえたちを見たいって言い出したからなんだよ」

「そうか。だが、それがどうしたのだ」キラは言う。「私の主はリュウだし、ミーナの主はリンクだ。それは生涯変わらない。王子に求められたところで、私たちは受け入れたりしないぞ」

 うんうんと、ミーナが頷いて同意した。

「何、大丈夫だ」キラが笑って続けた。「ちゃんと王子に失礼のないようにする。リュウとリンクの名を汚すようなことはしないぞ」

「だが……」

 リュウはリンクと顔を見合わせた。
 躊躇しているリュウに、キラの口からトドメの一言。

「私だって、リュウの腕に抱かれて踊りたい」

 2人と2匹は、舞踏会へと向かった。
 
 
 
 舞踏会の警護の仕事は普通の招待客のフリをするが故に、王や王子との接触は必要最低限以外はしないことになっている。
 リュウとリンクは、心の中で同じ言葉を繰り返す。

(見ないでくれ見ないでくれ見ないでくれ見ないでくれ)

 何をかって、愛猫を。
 愛猫たちに注がれる男たちの視線を、特に王子の視線を、リュウとリンクは必死に己の背で遮る。
 そんな飼い主たちをよそに、愛猫の方はのん気なもので。
 ミーナは料理を片っぱしから鱈腹堪能し、キラはリュウの腕に抱かれて踊りながらはしゃいでいる。

「楽しいな、リュウ」

「ああ」

 そう同意したリュウの顔は、とてもじゃないが楽しそうに見えなかった。
 周りの男たちを気にしてばかりで、キラの顔を見ていない。

「こら、リュウ」

 キラの不機嫌そうな声が聞こえて、リュウはキラに目を落とした。
 キラがむくれた顔をして言う。

「私を見て踊らぬか。私は今日、リュウのために綺麗にしてもらったのだぞ」

「……そう、だな」リュウの強張っていた顔が緩んだ。「おまえに酔いしれるか」

 愛しいキラの笑顔を見ながら、一体何曲踊ったのか。
 本当に酔わされてしまって、よく分からない。

(キラを舞踏会に連れてきて良かった)

 まるで夢の中で踊っている気分のリュウ。
 それはキラも同じだった。
 それを打ち破ったのは、聞き慣れた地方訛りの声。

「2人の世界作ってるとこ悪いんやけど」

 リュウが顔を傾けると、そこにはリンクの顔。

「…リンク、おまえ、つくづくぶっ飛ばしたくなるな」

「なっ、なんでやねんっ」リンクはぎょっとしたあと、王子のいる方に一瞬目を向けた。「それより、来たで…、お呼びが」

「……」

 やっぱり来たかと、リュウは恐る恐るといったように王子に顔を向けた。
 ブロンドのウェーブがかった長い髪に、ブルーの瞳。
 甘いマスクをにっこりと微笑ませて、思いっきり手招きしている。

「おお」リンクの傍らで骨付き肉をほお張っていたミーナが、王子を見て声を高くした。「まるで絵本に出てきそうな王子だな。良いな、リンクより」

「あっ、あかん、あかんでミーナ! あかんあかんあかんあかん!」

 小声になって狼狽しているリンクの傍ら、リュウは覚悟を決めた。
 超一流ハンターとしての名が汚れても良い、超一流ハンターから降格しても良い。
 王子がキラを欲したら、何が何でも断ってやる。
 絶対に、絶対にキラだけは渡さない。

「お呼びですか、王子」

「舞踏会を楽しんでいるところを悪いな、リュウ」

「いえ」

 王子がキラに目を向けた。

「これはこれは美しい…、噂通りのブラックキャットだ。そなた、名を何と言う」

 王子に訊かれ、キラが口を開いた。

「キラ…と申します」

「キラか。そなたにぴったりの、美しい名だ」座っていた王子が立ち上がり、キラに歩み寄った。キラの手を取り、微笑んで言う。「キラよ、私と一曲踊ってくれぬか?」

「踊る踊るっ」と、はしゃいで言ったのは、リュウとキラに続いてやってきたミーナだ。「王子様っ、わたし、ミーナ! わたしと踊ってくださらぬかっ」

「こっ、こらこらこらこら!」ミーナを追ってきたリンクは、慌ててミーナの口を塞いだ。「なっ、何言い出すねん、おまえはっ! だっ、大体、口の利き方ってもんが…! あああああ、申し訳ございません、申し訳ございません王子!」

 おろおろとし、ぺこぺこと頭を下げるリンク。
 王子がおかしそうに笑った。

「良い、リンク。気にするでない」そう言ってリンクに頭を上げさせ、王子はミーナに優しい笑顔を向ける。「ミーナよ。私で良いのならば、後ほど相手を頼もうかな」

「はいっ、待ってまーすっ!」ミーナが頬を染めて、元気良く手を上げた。「ていうわけで、キラ。早く踊ってきてくれ?っ」

 ミーナに急かされ、キラは仕方ないと小さく溜め息を吐いてから、王子に言った。

「私で宜しければ……」

「おい、キラ――」

 リュウの口を、リンクが背後から塞いだ。
 小声でリュウを宥める。

「落ち着け、落ち着くんや、リュウ。一曲踊るだけやから」

「……」

 そうだ、一曲踊るだけだ。キラは王子と一曲踊るだけだ。
 そんなに慌てることはない。
 リュウは何とか気を落ち着かせ、るんるんとした王子に連れて行かれるキラの小さな背を見守った。
 一曲終わったらすぐに取り返しに行って、何かしようものならば容赦なく割り込んでやる。
 黒く鋭い瞳をギラギラとさせ、キラと王子の様子を見ているリュウに、背後に立っているリンクが言う。

「なあ、リュウ」

「話しかけんな、今忙しい」

「それは分かるんやけど」

「じゃあ黙ってろ」

「いや、でも……」

「何だよ」

「めっさお呼びが掛かってんで?」

「あ……?」

 苛々としながら振り返ったリュウ。
 そこには、今日のために精一杯着飾った婦人たちが列を成していた。

「リュウ様、あたくしと踊ってくださいな!」

「いいえ、私と踊ってくださいな!」

「いいえ、わたくしですわ!」

「私よ!」

「あたくしって言ってるでしょ!」

「引っ込んでなさいよ、あんた!」

「あんたこそ自分の旦那の相手してなさいよ!」

 舞踏会恒例、ご婦人たちの間で起きる、リュウのダンスパートナー争奪戦が始まった。
 キラのことで頭が一杯で、リュウはすっかり忘れていた。
 毎回、警護という仕事では暇で楽でも、ご婦人たちの相手は暇も楽もあったもんじゃない。
 争いを放っておけば舞踏会を荒らすことに成りかねないが故に、リュウはご婦人たち1人1人と一曲ずつ踊って争いを鎮めないといけないのだ。
 モテモテのリュウが羨ましいリンクも、ここまで行くと哀れに思えて苦笑してしまう。

「がんばってや、リュウ……」

「……。おう……」

 リュウは溜め息が出そうになりながら、列の先頭に立っていた婦人と踊り始めた。

(まったく、キラと王子を見張ってなきゃなんねーってときに…。…ん? いや、待てよ。これはキラと王子に近寄るチャンス……!!)

 リュウに腰を引き寄せられ、婦人の頬が染まる。

「あぁん…リュウ様、そんな……! あぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっっっ」

 突然、ゆったりとした曲に合わない超高速回転をし始めたリュウに、シャンパンを飲んでいたリンクは思わず噴出した。

「ぶっ…! なっ、何してんねん、リュウの奴……」 「すごいな。回りまくってるぞ」ミーナが目を丸くして言う。「しかも回りながら移動してるな」

 そのリュウが向かっている先は、あからさまにキラと王子のところ。
 ぶつかるんじゃなかろうかと思うくらい王子の背に近寄って、ようやくリュウの超高速回転は止まった。

「……。最近ときどき、リュウがめっさアホに見えるのは気のせいやろか」

「安心しろ。黙っていたが、わたしもだ」

 そんな会話がリンクとミーナの間でされていることなど、当の本人であるリュウは察する余裕あらず。
 常に王子の背に来るように踊りながら、リュウは必死に王子とキラの会話に耳を傾ける。

「ああ、キラ…、そなたは本当に美しいな。どんなに気高く可憐な花も、どんなに輝かしい宝石も、そなたと並んでは陰りとなってしまう」

 と、王子が感嘆の溜め息を吐いた。
 リュウは心の中で突っ込む。

(さらっとクセー台詞吐いてんじゃねーよ、この女ったらしがっ)

 王子が続ける。

「私は先日、そなたを傍に置くためにハンターの資格を取ってきた」

(絶対顔パスだろ、それ)

「ブラックキャットについて、全島から情報を集めて学んだ」

(だから何だよ、え!?)

「そなたが望むものは、何だって授けよう。そなたが望むのなら、私はそなただけのものになろう」

(それは俺1人で充分だ!)

「絶世の美女…キラよ。私を主に選んではくれぬか? そうだな…、一週間、いや、3日で良い。3日間この城で過ごし、それで私が気に入らなければ断ってくれて構わない。どうだ、キラ?」

(ちょっ…、調子こいてんじゃねえええええええええ!!)

 曲が鳴り止んだ。

「王子!」

 思わず大声で呼んだリュウに、王子が余裕の笑みで振り返った。

「何だ、リュウ。さっきから無粋だぞ」

「う…」気付かれないように自然に近づいてきたつもりのリュウだったが、すっかり王子に気付かれていたようだった。「い…一曲終わりましたよ……!?」

 リュウの声が聞こえたキラは、王子の腕の中から顔を覗かせた。

「リュウっ…」リュウの顔を見て笑顔になったキラだったが、リュウの腕の中に婦人がいることに気付いて、すぐにそれは消え失せた。「……何をしている」

「な、何って、べ、別に盗み聞きしてたわけじゃ――」

「まったくリュウは、相変わらず罪作りだな」王子がリュウの言葉を遮った。「レディをそんなにしてしまうとは……」

「は……?」

 自分の腕の中に目を落としたリュウ。
 リュウに抱き寄せられ、身体と身体が密着して頬を染めている上に、さっきの超高速回転で目を回してしまってリュウの腕に身を預けるように凭れかかっている婦人がいた。
 王子が続ける。

「今夜は、そのご婦人を愛するのか」

「!? ちっ、ちが――」リュウの言葉を、キラの平手が遮った。「キ…、キラっ……?」

 キラが王子のに笑顔を向けて言う。

「分かりました。今夜から3日間、お世話になります」

「なっ…! おい、キラ――」

「大嫌い」

「――!?」

 さも不機嫌そうにどかどかと足音を立てながら、去っていってしまうキラ。
 大嫌いと言われたリュウは、ショックでしばらく声が出ず。
 次の曲が流れ始め、きゃっきゃと駆け寄ってきたミーナと踊りながら、王子が短く笑って言う。

「無粋にも盗み聞きしようとするからそういうことになるのだ、リュウ。自業自得だな」

(この、クソ王子が)

 リュウは心の中で殺意たっぷりに言ったあと、慌ててキラを追いかけた。



 婦人たちに何度も引き止められながら、リュウはやっとキラの背に追いついた。
 舞踏会が行われている2階から1階へと繋ぐ、外に作られた階段のちょうど中間あたり。

「待てっ、キラ…!」リュウはキラの腕を掴んだ。「何おまえ、俺の許可なしに王子の頼み受け入れてんだよ!?」

「リュウこそ、私以外の女と踊るとはどういうことだ!」

 キラが牙を剥いて振り返った。

「何だよ、踊るくらい! 大体、そういうおまえだって王子と踊っただろうが!」

「それはリュウの名を汚さないためだ! 仕方なくだ!」

「俺だって、仕方なくおまえ以外の女と踊ってんだ!」

「どうだか」キラがリュウから顔を逸らした。「王子の口ぶりだと、リュウは舞踏会に招かれるたびに女を抱いているように感じた」

「舞踏会を穏便に終えるためだ、仕方ねーだろ!」

「み、認めるのか!?」キラの顔が驚愕した。「リュウ、おまえは私以外の女を抱いていると、認めるのだな!?」

「現在進行形で言うな! それは過去の話で、俺はおまえを飼ってからは――」

「黙れ!」キラが叫んだ。「黙れ…黙れ黙れ黙れ! 昔の話だろうと、おまえは私以外の女を抱いた!」

「だから何だよ! 男は好きな女じゃなくてもやりたきゃやれるんだよ! 昔の話でごちゃごちゃ言ってんじゃ――」

 リュウは、はっとして言葉を切った。

「…っ……!」

 キラの大きな黄金の瞳から零れた、大粒の涙。
 突如襲われた胸の痛みに、リュウの声が続かなかった。
 一瞬息が止まった。
 身体が硬直した。
 走り去っていくキラを、捕まえることができなかった。

 キラの小さな背が、城の中へと消えていった――。
 
 
 
 
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