第23話 親友〜中編〜
リンクがリュウの仕事の助手を辞めると言って、10日が経つ。
リンクはあれ以来、自らギルドへ仕事を請けに来ている
本来、ハンターはこれが普通だ。
だが、リュウにはギルド長直々に仕事が多量に依頼されているため、助手として働いていたリンクもほとんどギルドに依頼を探しに来ることはなかった。
それが、リュウの助手を辞めてからは毎日のように探しに来ている。
(ミーナがいるから1日でも仕事欠かしたら生活していけへんけど、ずっと楽になったわ。リュウに着いてた頃は、身体がいくつあっても足らへんって感じやったけどな)
そう思いながら、仕事の報酬をギルドでもらい、帰路に着いているリンク。
先日リュウによって愛用していた剣を折られたものだから、新しく買った剣で何とか仕事をこなしている。
(あいつ、剣を手で折るなんてどんな怪力やねん。おかげで安物の剣になってしまって、切れ味最悪やないかい。まったく、バケモノめ)
リンクの足が止まった。
(でも、あれでも一応人間やっけ。……仕事、1人で平気なんかな。キラを使えば良いのに、ほとんどキラに手を出させないもんな。危ないからって、ほんまキラバカなんやから。キラよりおれのが怪我しまくってるっちゅーねん)
リンクは空を仰いだ。
夕日色に染まっている。
「あいつ、今日の仕事、もう終わったんかな……」
そう呟いたあと、リンクは首をぶんぶんと横に振った。
(何、おれはリュウの心配なんかしてんねん。リュウのことはもう、どうでもええやんか。おれはあいつの玩具にされてたんや。それに、きっとおれがいなくなって楽になったやろ。仕事も、プライベートも……)
プライベート。
その言葉で、リンクは思い出す。
(あいつ、おれの誕生日一度も覚えてたことあらへんよなあ。今年も忘れよって……)リンクは苦笑した。(おれは一度もリュウの誕生日、忘れたことなんかあらへんのにな)
そう、リンクは出会ってから一度たりともリュウの誕生日を忘れたことはない。
毎年「プレゼントは何が良いか」とリンクが訊くと、リュウは必ず最初に「金」と答える。
リンクが「それ以外で」と言うと、リュウは必ず「いらね」と言う。
そんなものだから、リンクは毎年悩まされる。
何をプレゼントしようか、必死に考える。
リュウと出会った年――リュウの16の誕生日には、リュウが甘い物を一切受け付けないとは知らずにホールケーキを買って玄関のドアの前に置いておいた。
3日後にリュウ宅に行ってみたら、それは一口も食べられずにリビングのガラステーブルの上に放置されていた。
(腐ってるとは知らずに、もったいないからって食ったら、おれ腹壊したっけ……)
リュウの17の誕生日には、リンクの地元では必需品のタコ焼き器を送った。
大分あとになってそれを見つけたら、開封されることなく埃を被っていた。
(料理せえへんとはいえ、少しくらい使えやあいつ……)
リュウの18の誕生日には、たまには奢ってやろうと思って居酒屋に連れて行った。
リュウときたら桁外れに飲むものだから、持ち金がまったく足りなくて、結局リュウが半分以上支払った。
(当然かもしれんけど、あの後めっさ痛い拳骨食らったな……)
リュウの19の誕生日には、リュウが当時使っていたシングルベッドが狭いと文句言っていたから、ダブルベッドをプレゼントした。
横幅は広くなったものの、リュウの身長を考えていなくて粗大ゴミにされた。
(どんだけでかいねん、リュウの奴。師匠に続く規格サイズ外もええとこや、まったく……)
リュウの20歳の誕生日には、リュウが仕事でマシンガンを持っている強盗犯を捕まえに行くというから、心配になって防弾チョッキを買って着させた。
だが、強盗犯の持っているマシンガンはよほど強力だったらしく、銃弾が防弾チョッキを突き抜けて、リュウの腹に到達してしまった。
(いやもう、あのあとは本気でリュウに三途の川に送られるかと思ったわ……)
去年のリュウの21歳の誕生日には、冬なのにTシャツ一枚で眠っているリュウに、ぽかぽかと温かいフリース素材で出来た怪獣の着ぐるみパジャマを葉月ギルドで手渡した。
絶対似合うと思ったのだが、どうもリュウは気に入らなかったらしく、逆にその場で着せられてギルドの外に放り投げられた。
多くの人々が行き交う、葉月町のど真ん中に。
(あの恥ずかしさは半端なかったわ。21にもなった男が、何着ぐるみパジャマきて外歩いてんねんって感じやった……)
そして今年も年末に、リュウは22の誕生日を迎える。
(あぁもう、今年こそリュウに少しでも喜ばれるものを……)リンクは苦笑した。(――って、もう今年からは送らなくてええんやったな)
そう思うと、リンクの胸に寂しさが駆け抜けた。
もう、リュウのことを考えるのはやめよう。
そう思って、リンクは再び歩き出した。
そのとき、リンクの前に数人が立ちはだかった。
俯きがちに歩いていたリンクは、はっとして顔を上げる。
「よう、リンク」
先日、コンビニの前であった評判の悪いハンターの先輩たちだ。
やばい。
予想はしていたが、このリンクに何かをするつもりだ。
「せ、先輩……?」
「おまえ、リュウさんの助手やめたんだってー?」
「は、はい、まあ……」
「へえ、ちょっと話あっから来てくんねーかなぁ?」
先輩ハンターたちに引っ張られて行くリンク。
やばい。
何されるんだろう。
ピンチだ。
引きずられていくリンクの後方に光る、黄金の瞳とグリーンの瞳。
ぴくぴくと動く黒猫の耳と、白猫の耳。
「よし、ミーナ。10日目にてやっと『友のピンチを救え! THE・仲直り大作戦☆』のチャンスが来たぞ」
「そうだな、キラ。これぞ『友のピンチを救え! THE・仲直り大作戦☆』のチャンスぞ」
「よし、ミーナ。リュウを探すぞ」
「そうだな、キラ。リュウを探すぞ」
「よし、ミーナ。まずはオリーブ山の麓へ瞬間移動してみてくれ」
「そうだな、キラ。リュウはオリーブ山の麓で仕事をしているかもしれない」
仕事で凶悪モンスターを倒したあと、リュウは近くの岩の上に腰を下ろした。
息が切れる。
次の仕事へ行くまで、もう少し休まないときつそうだ。
睦月島にいるときはミーナの瞬間移動があったが故に、リンクなしでも何とかやっていけたのだと、ようやく確信する。
(頼りねー助手でも、リンクは役に立ってたってことか。あいついなくなってから、仕事を終える時間が遅くなっちまう)
草の上に滴り落ちる汗を見つめながら、リュウはふと思い出す。
(そういや、あいつ、金なくなるからって、今安物の剣を使ってんだっけ。俺があいつの愛用だった剣を折ったから。あいつも一流ハンターだし、モンスターと戦うことも多い。切れ味悪くて苦労してんだろうな……)
呼吸を整え、リュウは呟く。
「俺が昔使ってた剣でも、やるんだったな……」
昔使っていたとはいえ、リンクが愛用していた剣よりも良く切れるから。
リュウが昔、超一流ハンターになる前――ちょうど今のリンクと同じ一流ハンターだった頃に使っていた剣。
最近22の誕生日を迎えたリンクに、あげておけば良かったと思う。
(――って、俺は何あいつのことなんか考えてんだよ。もう、どうでも良い奴じゃねーか。腐れ縁もやっと切れたし、せいせいするぜ)
ふん、と言って立ち上がったリュウ。
眩暈に襲われ、地に剣を刺して身体を支える。
(クソッ……! 情けねーな、疲れてんのかよ俺。せめてミーナの瞬間移動があれば……。最近キラとミーナ、毎日出かけてるみてーだけど、どこ行ってんだ)
リュウがそんなことを考えたとき、目の前にキラとミーナが現れた。
「――!?」
瞬間移動で突然現れたものだから、リュウは思わず驚倒してしまう。
同様に驚倒したキラとミーナが、一歩後ろに跳び退る。
「び、びっくりしたぞ、リュウ!」キラが言う。「やっぱりオリーブ山の麓にいたか! この時間なら、今日の仕事の予定だとここだと思ったぞ!」
「さすがキラだぞ!」と、ミーナ。「一発で当てたぞ!」
リュウはキラとミーナの様子を見て訊いた。
「どうかしたのか?」
「大変なのだ、リュウ!」キラが狼狽した顔で声をあげた。「リンクが、柄の悪い変な奴らに連れて行かれたぞ!」
「は…?」リュウは眉を寄せた。「変な奴ら……?」
「うむ」ミーナが頷いた。「あの格好だと、ハンターではないか? 剣だの槍だの持っていたし」
「うむ、きっとハンターだぞ!」キラが同意した。「リンクが奴らのことを『先輩』と言っていたしな!」
「先輩……」
リュウは呟いた。
柄の悪い変な先輩たちに連れて行かれたとなると、リュウには思い当たる人物たちがいた。
普段から評判の悪い、二流ハンターのグループ。
キラがリュウの手を握った。
「行こう、リュウ! リンクが危ないぞ!」
「…行かねーよ」リュウはキラから顔を逸らした。「何で俺が。俺はまだ仕事だってあるんだよ」
「リンクを助けてから次の仕事へ行くのだ! リンクと一緒に!」キラは真剣な顔で言う。「私とミーナは、10日間リンクの様子をずっと見てきた! リンクはリュウがいないと駄目だ! 大したことのないモンスター相手でも、苦戦しているのだぞ! そして、リュウ、おまえもではないか! 助手のリンクがいないだけで、寝る時間が3時間しかなくなってしまったではないか! 夜のイトナミ減らせばもっと眠れるのに、リュウはそれだけは減らそうとしないからなっ!」
「ふーん」と、ミーナが口を挟んだ。「その夜のイトナミとやらは、毎日どれくらいやっているのだ?」
「寝る前最低2時間だな。長いときは夜が明け――」
リュウはキラの口を塞いだあと、溜め息を吐いて言った。
「分かった、行ってやる……」
リンクが先輩ハンターたちに連れて行かれた場所は、葉月町の人々の目に付きにくい、摩天楼に挟まれた路地。
(何とベタな場所に……)リンクは苦笑する。(それにしても何されるんやろう、おれ。この間生意気なこと言ったから絞められるんかな。リュウが傍にいなくなったって知って、おれのこと思う存分ボコるんやろうな。って言っても、おれは一流ハンターで先輩たちは二流ハンター。かと言って先輩に手をあげるわけにはいかへんし、この安物の剣だってほとんど役に立たへん……。あぁ…、もう、おとなしくされるがまま……やろか)
リンクがそんなことを覚悟した直後、左頬に衝撃を感じた。
先輩の――二流ハンターの拳。
リュウなら視線が少し変えられてしまう程度だが、リンクは少し身体がよろけてしまう。
先輩ハンターがにやにやと笑い、リンクに言う。
「なあ、リンク。おまえ、ついこの間まであのリュウに着いてたんだろ? じゃあ、金なんてたんまり持ってるよなあ? 貸してくれよ、金」
「無理です。おれやて、これでも生活ぎりぎりですからっ……」
「あ? 先輩の言うことが聞けないっていうのかよ?」
「む、無理なもんな無理です……。だ、大体、後輩から金巻き上げへんでください!」
「フン。この間と言い、今日といい、生意気なんだよ、てめーは!!」
先輩たちの手や足がリンクの身体に飛び始める。
相手が二流とはいえ、集団で来られたらリンクだって堪える。
身体中に走る痛みと衝撃。
むせ込んだら体内の中から吐き出された血液。
真っ赤なその液体を見ながら、リンクの頭の中に浮かぶ。
いつもピンチに陥ったときに必ず思い浮かぶ、男の姿が。
必ず叫ぶ、男の姿が。
「――リュウっ……!!」
先ほどリンクのいた場所へと戻ってきたミーナとキラ、そしてリュウ。
「ここだ、リュウ! ここにリンクは――」と言って、キラは言葉を切った。「し…、しまった! 私とミーナ、どちらもがリュウのところへと行ってしまったものだから、リンクの居場所が分からなくなってしまったぞ!」
「し、しまったあぁぁ!」ミーナも続く。「リ、リンクどこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
おろおろとしてパニックに陥っている猫2匹の頭を、リュウは同時に撫でて言った。
「大丈夫だ、近くにいるだろうからよ。リンクは俺が探すから、おまえらは先に帰ってやっておいてほしいことがある」
「やっておいてほしいこと?」
キラとミーナが声を揃えた。
「その……」と、リュウは2匹に背を向けて続ける。「リンクって、夏生まれだってこと、知ってたか」
「知らぬ」
と、キラ。
「知っておる」と、ミーナ。「それが、何なのだ? リュウ」
「ミーナ、おまえ。祝ってやったか」
「祝う? リンクをか?」
「ああ。リンクの22の誕生日をだ。おまえら猫はどうか知らねーが、人間の間では誕生日を祝うっていう習慣があってよ…」
「へえ」キラとミーナが声を揃えた。「祝うって?」
「こう、ケーキや豪勢な食い物用意してやったり、何かプレゼントしてやったりして祝うんだよ」
「おお」と、声を高くしたキラ。「そうだったのか。私たち猫の間では、そんなものなかったから知らなかったぞ。よし、分かった!」
と、笑顔で承諾した。
「これから帰って、ミーナと一緒にリンクの誕生日を祝う準備をするぞ!」
「するぞ!」
「それじゃ、リンクのことは頼んだぞ、リュウ! 仕事を終えたあと、必ず一緒に戻ってくるのだぞ!」
「頼んだぞ、リュウ!」
と、瞬間移動で消えて行ったキラとミーナ。
それを見送ったあと、リュウは辺りを見渡した。
(まったく…、出会ったときからおまえは変わらねーな、リンク。すーぐピンチに陥りやがって……。なあ、おまえ、今俺の名を叫んでんのか? いつもみてーによ)リュウは、耳を済ますように目を閉じた。(――いや…、叫んでないかもな。でも、叫んでいなくても、特別助けに行ってやるよ。可愛い猫たちも、俺たちのことをあんなに心配してるしな)
それに、
(俺って、おまえの親友なんだろ?)
リュウは瞳を開けるなり、疲労で重くなっている足で駆け出した――。
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