第24話 親友〜後編〜
「リュウっ…!」
その名を叫んだところで、来るわけがない。
そんなことは分かっている。
それでも、リンクの口から出てくるのはその男の名だけだった。
「リュウ! 助けてっ…! リュウ!」
葉月町の摩天楼に挟まれた路地。
先輩ハンターたちに殴られ蹴られ、アスファルトにうつ伏せに倒れたリンク。
ポケットから財布を取られ、慌てて身体を起こす。
「かっ、返してくださ――」
頭を踏みつけられ、リンクはうめき声を上げる。
その財布の中には、今日の報酬が入っている。
それがないとミーナを養っていけない。
「返してください! それがあらへんと、生活していけへんのです! 返してください!」
必死なリンクを見て、先輩ハンターたちはげらげらと笑っている。
リュウといたら、こんなことなんて起きなかっただろう。
リュウの助手を自ら辞めたことを、リンクは深く後悔した。
(玩具にされてたって、親友じゃないなんて思われてたって、結局おれはリュウがいないと駄目なんや。いつもいつも最後に助けてくれるのやって、リュウやんか。そんなこと、分かってたはずなのに、何でおれは……!)
リンクは声を張り上げて叫ぶ。
来ないと分かってても、その名を叫ぶ。
「リュウ!! 助けてや!! リュウ!! リュウーーーーーっ!!」
「叫んだところでリュウなんて来ねーっつうの! ぎゃははははは――」
先輩の笑い声が途切れた。
リンクの頭を踏みつけている足が離れる。
(――え……?)
リンクの視界に入った見るからに硬く重そうな黒い靴。
とても、とても見覚えのある靴。
ゆっくりとしたリズムで音を立てながら、こちらへと歩いてくる。
顔を上げたリンクの瞳に、はっきりと映る。
絶対に来ないと思っていた男の姿が。
来ないと思っていても、叫んでいた男の姿が。
「――リュウ……!」
リュウが来た。
リュウが来てくれた。
リュウが助けに来てくれた。
「…っ……!」
感動にリンクの声が詰まる。
只ならぬオーラと共に歩いてくる、超一流ハンター・リュウ。
その黒々とした鋭い瞳が先輩たちを怯ませた。
リンクを見下ろした。
通り過ぎた。
………………。
…………。
……。
え?
「――とっ…通り過ぎるんかいっ!!」
リンクの突っ込みを受け、リュウが振り返る。
「つい…、な」
「ヒーローみたいに、かっこええ台詞と共に現れたらどうやねんっ」
「うるせー。てめーこそ何ズタボロにやられてんだ、ダセーな。こんな…」と、リュウの鋭く黒々とした瞳が先輩ハンターたちを捉える。「雑魚ハンター共相手によ」
この男、はっきりと言いやがった。
リンクが先輩ハンター相手だと思って、出来る限り失礼のないように接していたというのに。
当然のごとく、先輩ハンターたちは逆上する。
「てめぇっ!! 最強とか言われてるからって、イイ気になってんじゃねぇぞ!!」
先輩の拳がリュウの頬を殴打する。
(――えっ……?)
リンクは一瞬、目を疑った。
あのリュウが、二流ハンターごときの拳でよろけたから。
(リュウ…? おまえ、どうしたん? なぁ、どうしたんっ…!?)
殴られ続け、ふらふらと壁に背を預けるリュウ。
リンクは動揺せずにはいられない。
よく見ればリュウの顔色が悪いし、少しやつれた気がする。
「やっ…、やめてや!! 先輩、やめてください!!」リンクは慌てて、リュウと先輩ハンターたちの間に立ちはだかった。「先輩!! やめてください!! やめてください!! お願いしますっ……!!」
先輩ハンターたちが笑い声を上げる。
「なんだよ、超一流ハンターなんてこんなもんだったのかよ!? 大したことねーなぁ!!」
リンクを突き飛ばし、リュウを殴り続ける先輩ハンターたち。
リンクは必死になって、リュウと先輩ハンターたちの間に割り込む。
「先輩!! やめてください!! おれの金がほしいならあげますから!! お願いですから、もう止め――」
「リンク、どけ」
リュウがリンクの声を遮った。
リンクがリュウの顔を見上げると、そこには不敵な笑みのリュウ。
(――うわ…)リンク、確信する。(かばう相手、間違ったわ)
リュウが首を鳴らし、指を鳴らす。
「さぁて、もうそろそろいいか。リンク、おまえ見てたよな?」
「な、何を?」
「俺がか弱く殴られる様をだ」
「お、おう」
「んじゃ、正当防衛の時間だぜ」
ああ……。
ああ、本当におれはかばう相手を間違えた。
と、リンクは顔面蒼白する。
この路地に響く先輩ハンターたちの断末魔のような声。
それは葉月町のざわめきにかき消され、誰一人気付かない。
正当防衛だと言ったリュウ。
どう見ても過剰防衛ですよ、アナタ。
相変わらず容赦がない。
鬼だ。
鬼すぎる、この男。
先輩たちが瀕死寸前でアスファルトに倒れこむ。
それを確認したあと、リュウが携帯電話を手に取った。
「あー、もしもし。ギルド長? 俺っす、リュウですけど」
言葉通り、電話の相手は葉月ギルド長のようだった。
リュウが続ける。
「ちょっと動いてもらえないっすかね。俺、先輩たちに殺されかけたんすよ」
いや、待て。
殺されかけたのは先輩たちだろう。
リンクは心の中で突っ込んだ。
リュウが続ける。
「証人はリンク。…え? ああ、必死に正当防衛で生き延びたから大丈夫っす」
いや、楽しげに過剰防衛で生き延びたよな、おまえ。
「んで」リュウがにやりと笑った。「今から口にする先輩たちの解雇、且つ、とりあえずブタ箱送りお願いします。…え? ああ、情けをかける必要ねーっすよ。過去に証拠が掴めねーものの、一般人女性の強姦・食い逃げ・窃盗を繰り返しているカス共に間違いありませんから」
たしかに、そうだが。
ハンターという職は数少ない者たちから選ばれているため、解雇なんてそう簡単にはいかないものである。
だが、それを要求しているのは、他の誰でもない、今や最強を語られ、葉月島を代表する、超一流ハンター・リュウである。
「え? 解雇はきつい? んじゃあ、俺がハンターやめてもいいんすかね」
脅しにでた、この男。
そして狼狽したギルド長は、先輩ハンターたちの解雇・留置場送りを承諾した。
さすがは泣く子も黙らせ、時にはギルド長さえも従わせる男。
鮮やかな鬼っぷりだった。
やがて警察が駆けつけ、動くことすらできない先輩ハンターたちを連れ、揃ってリュウに一礼をし去っていく。
たぶんあの警察官たちの様子だと、先輩たちはそのまま牢獄行きだろう。
路地に残ったのは、リュウとリンクの2人。
背を向けているリュウと、その背を見つめているリンク。
沈黙がどれくらい続いたか。
リュウが去ろうとしたとき、リンクが口を開いた。
「あ、あのっ、リュウ…。た、助けてくれて、ありがとうっ…!」
「……別に」
「ぐ、偶然、この近く通ったんやろっ?」
「……別に」
「べ…、別にって?」
「……別に、助けたくて助けたんじゃねーよ。おまえなんか」
リュウが振り返り、リンクに治癒魔法をかけた。
そのあと自分にも治癒魔法をかけて、リュウは続ける。
「キラとミーナが、俺とおまえのことを何とかしようと必死だったから……。ただ、それだけだ」
「そ、そか…。キラとミーナ、心配してくれてたんやなっ…」リンクは少しだけ笑ったあと、リュウの顔を見つめた。「ほな……、リュウは、おれのこと心配して来てくれたんやないんやな?」
「……」
「――って、当たり前やんなっ」リンクは無理矢理に笑い声を上げた。「おれなんか、もう、ただの知り合いハンターやもんなっ…! …ほ、ほな、傷まで治してくれてありがとなっ……」
そう、去ろうとしたリンク。
リュウの脇を過ぎたとき、リュウが口を開いた。
「おい、リンク」
「…え?」
リンクは振り返った。
リュウは背を向けたまま言う。
「てめーのせいだぞ。俺が雑魚ハンターごときに殴られて、少し堪えちまったのって」
「えっ…?」リンクは動揺した。「お、おまえっ、やっぱり体調おかしいんか!?」
「当たりめーだろうがっ!!」
と、恐ろしい形相で振り返ったリュウ。
ゴスッ!!
とリンクの頭に強烈な拳骨をお見舞い。
リンクは頭を抱えて蹲る。
「た…、体調不良とは思えん拳やで、おまえっ……!」
「うるせえ! てめーがいきなり助手やめたせいで、毎日毎日仕事が夜遅くまでかかってんだよ!!」
「えっ? そ、そうなん――」
「ふざけんじゃねえ、このバカが!」リュウがリンクの言葉を遮って続ける。「疲れすぎて寝る前のイトナミできねーじゃねーかっ!!」
「は、恥ずかしいやっちゃな、おまえはっ…! で、できないってどれくら――」
「俺は3日のうち1日は朝までやりてーのに、睡眠時間を考えると最近は2時間が限度だぜ、クソッ……!!」
「じゅ、充分やーーーーーーーっ!!」
「充分じゃねえ!!」
ゴスッ!!
リュウの拳が、再びリンクの頭上へ。
「いっっったいやないかい!! 何すんねん、リュウ!!」
「うるせえ!! とっとと着いて来い!!」
そう怒鳴り、リンクを踏んづけて歩き出すリュウ。
(――えっ…?)リンクは耳を疑った。(リュウ、今、着いて来いって言った……?)
リンクの耳が聞き間違っていなければ、たしかにリュウは言った。
このリンクに、着いて来いと。
「…早くしろ」リュウが立ち止まった。「親友……やってやるからよ」
「えっ……!?」リンクは再び耳を疑った。「リュ…、リュウ、ほ、ほほほんま!?」
「ああ。特別な」
「あ、あかん……!」リンクの瞳に熱いものが込み上げてくる。「お、おれ今、リュウに恋しそうっ……!」
「……おい」リュウが青い顔をして振り返った。「BLにすんな」
「……。ゴメンナサイ」
「バカなこと言ってねーで、さっさと次の仕事に行くぞ」
歩き出すリュウ。
その背は、やっぱりとても大きく見えた。
リンクは慌てて着いて行く。
リュウの傍らに並んで歩いて、実感する。
(リュウの隣って、こんなに安心するんやな……)
リンクが10日ぶりにリュウ・キラ宅へと行くと、リビングの中が派手に飾り付けられていた。
ガラステーブルの上には2段ケーキに、数々のご馳走。
見るからに誰かの誕生日パーティーだ。
「誕生日」と、キラとミーナ、グレル、レオンがリンクの前に立ち並んだ。「おめでとーーーーーっ!!」
パパパパパァーーーーン!
顔面に向かってクラッカーを鳴らされ、リンクはテープまみれになりながら声をあげた。
「こっ…こらーーーーーーーっ!! クラッカーは人に向けて鳴らしちゃあかんのやで!! ――って、え?」リンクはきょとんとした。「誕生日…って、おれのっ?」
「そうに決まってんだろ、リンク」と、グレルがリンクの肩を組んだ。「悪かったな、遅くなっちまってよ」
「私たち猫は、誕生日を祝うという習慣がなかったから知らなかったのだが」と、キラ。「リュウが、おまえのために用意するよう言ってくれたのだぞ」
「リュウがっ?」
リンクは耳を疑った。
なんだか、今日は耳を疑ってばかりだ。
リュウが誕生日を祝ってくれたことなんてなかったから。
リンクがリュウの姿を探して振り返ると、リュウが武器倉庫に使っている部屋から出てきたところだった。
「おい、リンク」と、リュウが一本の剣をリンクに手渡す。「やる。今の安物の剣じゃ、切れねーだろ」
「えっ…、これ……」
見覚えのある剣。
まだリンクが二流ハンターだったころに、一流ハンターだったリュウが使っていたものだ。
あのときは驚くほどの重さだったが、今のリンクにとってはちょうど良い重さになっていた。
いつも一歩も二歩も先を行くリュウの傍らにいたから気付かなかったが、自分もちゃんと成長していたのだと実感する。
「あっ…、ありがとう、リュウ!」
リンクの笑顔が溢れた。
リュウからの、初めての誕生日プレゼントだったから。
「私からは」と、キラ。「ケーキと料理だぞ、リンク」
「おお、ありがとう、作るの大変やったやろ? キラ」
レオンが続く。
「僕とミーナは部屋の飾りつけをしたよ」
「おお、ありがとう! これを2匹でやるなんて、めっさ大変やったやろ!」
「んで、オレからは」と、グレル。「大量の酒だ! 今夜は盛り上がろうぜ、リンク♪」
「うんっ!」
皆と一緒にソファーに座ったリンク。
幸せでいっぱいだった。
ここに戻ってきて良かった。
「ああもう、ミーナ。口の周りにいっぱいつけて……」
と、向かいに座っていたミーナの口を拭こうとしたリンク。
ふと気付く。
「…なあ、ミーナ。そのキラキラとしたごっつ高そうなブレスレットどうしたん!?」
リンクは思わず冷や汗をかいた。
まさか。
まさか、買ったとか言うんじゃなかろうか……!?
「ああ、それは私とリュウからのプレゼントだ。ほら、私と色違いなのだぞ」と、キラが自分の腕に身につけているブレスレットを見せて言った。「今日はリンクとミーナの誕生日パーティーだからな。後から知ったのだが、ミーナの誕生日は夏の終わりらしいのだ」
「へ?」リンクはぱちぱちと瞬きをした。「な、なんや、そうやったんか。はよ言わんかい、ミーナ。あとで何か買ったるわ。……ていうか、何か色々納得してきたで。やけに豪勢なケーキとかご馳走とか、ゴージャスな飾りつけとか……」
「へっ!?」キラの声が裏返る。「な、何のことだリンクっ? べ、べべ、別に、リンク用とミーナ用にケーキを作ったら、大きさがあまりに違っていたからヤバイと思って二段に重ねたわけではないぞっ? 上の小さいケーキの部分がリンク用なんかではないしっ…! そ、そそそそ、それに料理だってミーナの好きなものばかりあるのは、ぐ、ぐ、偶然だっ……!」
「そ、そうだよ、リンクっ」レオンが焦った様子で続いた。「部屋の飾りつけだって、ミーナの好きなピンクが中心になってるのは偶然だしっ…!」
「そ、そうだぜ、リンク!」グレルが続く。「大量の酒だって、ミーナのためにビールばっか用意したんじゃねーぞーっと!」
「…………」
リンクの白い目に、目を逸らす(リュウを除く)一同。
そんな中、リュウがぽんとリンクの肩を叩いた。
「気にするな、リンク」
「リュウ…!」
リンクは瞳を潤ませながらリュウの顔を見る。
やっぱり親友のおまえだけや。
おまえだけがおれを思ってくれるんやな。
慰めてくれるんやな。
なあ、リュウ――
「ミーナの方が可愛いんだから仕方ねーよ」
「おま……」リンクの顔が引きつる。「も、もっとマシな慰め方できんのかいっ!! 親友やろ!?」
「だからこそ、事実を述べてやったんじゃねーか。まったく…」と、リュウが鼻で笑う。「哀れな奴」
「なっ、なんやてゴルァ!! 表出ろやぁぁぁぁ!!」
「上等だ」
テラスへと出て行くリュウとリンク。
数秒後にはリンクの絶叫が響く。
それを聞きながら、キラは口を開く。
「最近ようやく涼しくなってきて、秋が来たって感じだな」
「うむ、最近の空気は秋の匂いだぞ」と、ミーナ。「秋になったら何をして遊ぶのだ?」
「秋といえば」グレルが続く。「芸術の秋とか、読書の秋とか、食欲の秋とか、スポーツの秋とか、色々あるぞーっと♪」
「おお。では、次回はまず芸術の秋で良いか、ミーナ?」
「うむ、良いぞ、キラ!」
「楽しみだな、ミーナ、グレル師匠っ♪」
「楽しみだな、キラ、グレル師匠っ♪」
「おう、楽しみだぜ、キラ、ミーナ♪」
なんて、はしゃいでいる1人と2匹の傍らで、レオンは苦笑する。
テラスから響き渡ってくるリンクの叫び声に関しては何も思わないのだろうか、この人とこの2匹。
「ね、ねえ。リンクあのままで良いの? リュウとなると、僕じゃ止められないんだけど…」
「リンク? ああ、私とミーナの『友のピンチを救え! THE・仲直り大作戦☆』のおかげでリュウと仲直りできて良かったな。見ろ、リュウに構ってもらって楽しそうだぞ。あはは」
「いや、うん、あのさあ、キラ。あはは、じゃなくてね?」
「ほら、レオン。次回予告をせぬか」
「じ、次回予告? ぼ、僕がするの?」
「サザ○さん風が良いな、私」
「え、えぇっ? ジャンケンなしで良い?」
「うむ、良いぞ」
「じゃ、じゃあ、えと……」レオンが咳払いをし、笑顔を作る。「さぁーて、来しゅ――じ、次回のNYANKOはー?」
『芸術の秋』です♪
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