第22話 親友〜前編〜
リュウ一行が無人島で今年最後の夏を過ごしたのは、約2週間前のこと。
その翌日から、リュウは休日を取れないくらい仕事をしている。
それを共にしているリンクも、休日がなかった。
季節は初秋となったが、体力が残暑によって必要以上に奪われる。
リュウ・キラ宅の涼しいリビングで、リュウとリンクはぐったりとしてソファーに座っていた。
キッチンではキラが夕食を作り、テレビの前ではミーナとレオンがテレビゲームをしている。
月刊『NYANKO』の編集長であるグレルも暇ではないので、今日は仕事へ行っているようだ。
「もうすぐ夕食ができるからな、リュウ、リンク♪」と、キラがキッチンから言った。「そうだ、ビールでも飲んでて――」
冷蔵庫を開け、キラが言葉を切った。
「あれ、ビールがない」
「何……」リュウは眉を寄せた。「おい、リンク」
買って来い。
そんなリュウの命令を察して、リンクは苦笑しながら立ち上がる。
「はいはい……。おまえのパシリも師匠並やな、リュウ……」
「あっ、いいよ僕が行ってくる!」と、レオンが慌てたようにリンクのところへと駆けて来た。「すぐ近くのコンビニでしょっ? 僕がすぐ行ってくるよ! 疲れてるでしょっ?」
「ありがとう、レオン。おまえ、ええ子やなあ」と、リンクが微笑んでレオンの頭を撫でた。「でも、大丈夫やで? ほんまに疲れてるのは、リュウの方やから。レオンはミーナの相手してやってや」
「で、でもっ…」
「ええからええから。ほな、行ってくるわー」
リンクはレオンの青い髪をくしゃくしゃっとすると、リュウ宅を後にした。
7階から階段を降りる元気がないので、エレベーターを呼んで1階まで降りる。
最寄のコンビニまで徒歩5分。
でも今日は、もう少し掛かりそうだった。
(おっと、ゆっくりしてる場合やない。リュウに怒られてしまうわ)
リンクは重たい足を早めてコンビニへと向かった。
なんとか5分でコンビニに辿り着いたリンク。
コンビニの前で、あまり柄の良くないハンターの先輩たちが酒を飲みながら屯っていた。
「よう、リンク」
「先輩たち、仕事帰りですか? お疲れ様ですー」
「おう。おまえはリュウさんのパシリか。疲れてるようだけど平気なのかよ?」
「ええ、まあ」リンクは苦笑した。「おれより、リュウの方がずっと疲れてるからええんです」
「ふーん。なんつーか、おまえって人がいいよなー。よくあんな奴と一緒にいられるな」
「あんな奴…?」むっとして、リンクの顔が気色ばんだ。「どういう意味です?」
「リュウさんて、無愛想だし横暴だし鬼だし、何様のつもりなわけ? おまえ、本当よくついていけるな、リンク」
「たっ…、たしかにリュウは無愛想やし横暴やし、ほんまに鬼やと思うことがあるけど……!」リンクは先輩ハンターたちを睨み付けた。「いざとなったら、リュウはいつもおれのことを助けてくれます! 悪ふざけするときもあるけど、おれを見捨てたことなんか一度もありません! リュウのこと、悪く言わんでくださいっ!!」
リンクは近くの人々が振り返る程の大きな声で言ったあと、コンビニに駆け込んだ。
先輩相手とはいえ、黙っていられなかった。
評判の悪い先輩たちだったから、あとから何かされるかもしれない。
そう思うと怖かった。
でも、黙ってなどいられなかった。
(リュウは、おれの親友なんやから!)
リンクはビールを両手にぶら下げると、コンビニから逃げるようにリュウ宅へと踵を返した。
(あかん、ちょっと遅くなってしまった。リュウ、怒ってるやろか)
そう思いながらリンクが玄関のドアを開けたとき、少し開いたリビングのドアの隙間からリュウの声が聞こえてきた。
「ああもう、おっせーなリンクの奴!」
やっぱり怒ってる。
リンクは苦笑した。
一発殴られる覚悟でリンクが玄関の中に入ると、レオンの声が聞こえてきた。
「ねぇ、リュウ。前から思ってたんだけど」
「なんだ、レオン」
「その、リンクのことだけど」
自分の話題になったものだから、リンクは思わず足を止めた。
レオンが続ける。
「もうちょっと優しくしてあげた方が良いんじゃないかな」
レオン、おまえ。
ほんまにええ子やな……!
リンク、感動。
リュウが言う。
「充分優しいぜ、俺は」
「そうかな。今だってパシリに行かせてるし」
「俺は疲れてんだ」
「それに、よくリンクが死に掛けてるのを楽しそうに見てるよね」
リュウ、おま……。
リンクは苦笑した。
「鋭いな、レオン」リュウが言う。「別にいーだろ、あいつで遊んだって。あいつは俺の玩具だ」
――え…?
何…?
おれが、玩具……?
リンクの胸に痛みが走る。
レオンが言う。
「ちょっとそれはひどいよ、リュウ。リンクはきっと、リュウのこと親友だって思ってるよ」
「親友?」リュウが鼻で笑った。「誰が。笑わせんな」
握り締めたリンクの拳が震える。
――そうか…。
そうか、リュウ。
おまえはおれのこと、そんな風に思ってたんやな。
親友だなんて思ってたの、おれだけやったんやな。
おれ、バカみたいやん。
おれ、ごっつバカやんか……。
リンクはリビングへと歩いていった。
リビングのドアを開けると、レオンがびくっと小さく肩を震わせた。
「あっ…! リンク、おかえりなさいっ……!」
「うん…、ただいま」
リンクは両手にぶら下げていたビールを、リビングのガラステーブルの上に置いた。
リュウが苛立った様子で言う。
「おせーな、何やってたんだよ」
「ちょっと、コンビニの前で先輩たちに会って……」
「ふーん?」
リュウがどうでも良いように言って、ビールの缶を開ける。
リンクがさっきの話を聞いていたことくらい分かっているはずなのに、リュウには何ら焦った様子はない。
1本目のビールを一気飲みして、2本目を開けている。
「なあ、リュウ」リンクは言った。「さっきの話、ほんまなん?」
「あ?」
「おれのこと、玩具やって……」
「だっておまえ面白いし」
「おれのこと、親友やないって……!」
「何だよ、おまえ」リュウが溜め息を吐いた。「いつからそんなつもりでいたんだよ。バカじゃねーの」
「…っ……!!」
リンクはリュウの胸倉を掴んで立たせた。
拳を振り上げる。
「何だよ」リュウの冷たい瞳がリンクを見下ろす。「手ぇ離せ。腕折られたくねーならな」
「…っ…」
リンクはリュウから手を離した。
リュウが再びソファーに座り、何事もなかったかのようにビールを飲む。
「…なあ、リュウ」
リンクの声が震えた。
「あ?」
「…おれ、おまえの助手やめるわ」
「お疲れ」
あっさりと承諾したリュウ。
少し表情も変えなかった。
(あぁ…、リュウにとって、おれはそんなもんやったんや……)
ショックで、リンクは脱力する。
もう、怒りも込み上げてこない。
リンクはテレビゲームをしているミーナに顔を向けた。
「ミーナ、おれ帰るけど、おまえはキラの飯食ってくか?」
「うむー」
「ほな、あんまり遅くないうちに帰ってくるんやで」
リンクは玄関へと向かって歩いて行った。
レオンが慌てて追いかけてくる。
「リンク、待って!」
「もうええんや、レオン」リンクは言いながら靴を履いた。「もう、バカらし……」
「待て、リンク!」
レオンに続き、キラが慌てて駆けて来た。
「ごめん、キラ。せっかくおれの飯も作っ――」
「私の出番が少なすぎる!」キラがリンクの言葉を遮った。「…あ、いや、そ、そうではなくてっ…」
「おまえ今、本音もらしたやろ」
「そ、その…えとっ…」キラが誤魔化すように咳払いをした。「あ、あれだぞ、リンク」
「なんやねん…」
「リュウはああいう風に言っていたが、きっとリンクのことを親友だって思っているはずだぞ。きっと、単なる照れ隠しに違いないぞ。だから――」
「ありがとう、キラ」リンクはキラの言葉を遮った。「せやけど、本当にもう、ええねん。所詮、おれはリュウの玩具やったんや。仕事やって、おれがいない方が捗るやろうし…。これでええんや」
「リンク……」
「ミーナはこれからもしょっちゅう遊びに来るやろうから、よろしくなキラ。ほな、おれも外で飯食うから」
キラとレオンに笑顔を向け、出て行ったリンク。
キラとレオンは顔を見合わせた。
「ね、ねぇ、キラ。このままじゃ良くないよね」
「ああ。ヒロインである私の出番が少な――」
「いや、そこじゃなくてね?」レオンはキラの言葉を遮り、続ける。「きっと、リュウにとってもリンクにとっても良くないよ。新米ハンターのころから、2人はいつも一緒に仕事してきたんでしょ?」
「そう…だな」キラはリビングの方に顔を向けた。「リュウもあれで、結構堪えている……」
キラは呟いた。
リンクはどうやら見逃したようだったが、リュウはリンクに「助手をやめる」と言われたとき、ビールの缶を握る手に微かに力が入っていた。
あれはきっと、ショックだった証拠。
もっとも、リュウ本人も気付いていないのかもしれないが。
リンクの去っていたリビングの中、リュウは3本目のビールを開ける。
(あれ、もう3本目か。今日は少し飲むペースが速いな)
そんなことを思う傍ら、リュウの頭の中に出会った頃のリンクが浮かんできた。
(あいつ、見た目変わってねえなあ)
リンクは相変わらず、16のときに出会ったときのままの童顔だ。
リュウはガラステーブルの上のカレンダーに目をやった。
(もう22になったのか、あいつ)
毎年のごとく、リュウは後になって思い出す。
リンクの誕生日は真夏だったと。
でも、リンクが年末に訪れるリュウの誕生日を忘れたことはない。
毎年冬になると、リンクは必ず訊いてくる。
「なあ、リュウ。今年の誕生日プレゼント、何がええ?」
と、よく見せる明るい笑顔で。
そのあとは毎年同じ会話がされる。
「金」
「それ以外で」
「いらね」
「ほな、適当に選んでくるわ」
そう言ってリンクは、毎年リュウにプレゼントをくれる。
たしか出会った年――16の誕生日には、巷の女子高生の間で流行ってるだか何だかのケーキが玄関のドアの前に置いてあった。
(甘い物食えねーからリビングに置きっぱなしにしておいたら、3日後あたりに腐ったな)
17の誕生日には、タコ焼き器だった。
(もらったところで使わねーから、開けないまま埃かぶってたな)
18の誕生日には、酒をおごるからと言われて居酒屋に連れて行かれた。
(会計のときに持ち金足りねーとかで、結局俺が半分以上金払ったよな)
19の誕生日には、ダブルベッドをもらった。
(当時シングルベッドが狭いって俺が文句言ってたから買ってきたんだろうが、長さが足りなくて粗大ゴミになったな)
20の誕生日には、防弾チョッキを着せられた。
(あのまま仕事で強盗を捕まえに行ったら、強盗犯の銃弾が俺の腹に到達したな)
去年――キラを飼い始めるちょっと前の21の誕生日には、ギルドで怪獣の着ぐるみパジャマを渡された。
(その場でリンクに着せて、ギルドの外に放り出したな)
そして今年の冬、リュウは22の誕生日を迎える。
(リンクてめー、今年こそ俺が少しでも喜ぶものくれてみろ)と、リュウの顔が引きつる。(……って、今年からはもうねーのか)
リュウの指が、4本目のビールのタブを開けた。
「ふん…、せいせいするぜ」
そう呟いたリュウ。
キラがリュウの顔を覗き込んだ。
「独り言か、リュウ? リンクのことでも考えてたのか」
「ちげーよ」
「そうか。それにしても、今日はずいぶんと飲むペースが速いな?」と、キラがリュウの手からビールを取り上げた。「やけ酒か?」
「何で俺が」
「そうか。リュウ、飯できてるぞ」
そう言われて気付く。
目の前のガラステーブルに、本日のキラお手製夕食が並べられていた。
隣に座っているキラも、向かいに座っているミーナとレオンも、もう食べ始めていた。
「わ…、分かってる」
リュウはそう言い、ようやく夕食を食べ始めた。
「リュウ、美味いか?」
「ああ、美味い」
「そうか」
そう言って笑ったキラだったが、分かっていた。
いつもはキラの料理の味を堪能するリュウが、今日はあまり味わっていないことを。
(リュウ、おまえの親友――リンクのことは、私が何とかしてやるからな)
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