第21話 楽しい夏〜無人島編〜


 リュウ一行がキャンプへ行ったのは一週間前のこと。
 いつものリュウ・キラ宅リビングの中、キャンプの話で盛り上がっている。

「テントで寝泊り楽しかったぞー♪」と、キラ。「狭いところっていうのは、猫にとって落ち着くなっ♪」

「うむ、テントの寝心地良かったぞー♪」ミーナが続いた。「花火も楽しかったしなっ♪」

「そうそう、花火楽しかったよね」レオンも続く。「温泉も気持ちよかったし!」

「おう、あの温泉はたまらんかったぜーっと♪」うんうんと、グレルが頷いた。「んでも、肝試しは本当に何もでなかったなあ?」

「そうっすね。リンクがいても平気だったんじゃねえ?」言いながら、リュウがにやりと笑ってリンクを見た。「どうした、リンク。顔がふて腐れてるぞ」

「当たり前やっ!!」ずっと皆の話を黙って聞いていたリンクが、声をあげた。「幽霊も何も出なかったなら、おれやてキャンプしたかった! 花火したかった!! 温泉入りたかったあああああああああああああああ!!」

「うるせーな、仕方ねーだろ、リンク」と、リュウがリンクの肩に手を乗せる。「おまえまた病院に運ばれてたんだからよ」

「誰のせいやっ!!」

「誰?」

「おまえや、リュウーーーーーーーーっっ!! おまえがおれに治癒魔法かけてくれれば、病院なんて行かなくて済んだやろ!?」

「知らね」リンクから顔を逸らし、リュウは膝の上のキラと一緒にガイドブックに目を通す。「さて、次は海だったか、キラ?」

「うむ! 海ででかいイルカの浮き袋に乗りたいのだ!」

「ああ、でかいイルカだな」

「うむ、でかいイルカだ♪」

「おう、でかいイルカだな」
 
 
 
「でかすぎやっ!!!」

 翌日、海でリンクは思わず突っ込んだ。
 何だ、このバカでかいイルカの浮き袋は。
 世界最大のクジラくらいある。

「リュ、リュウ、おまえっ、このイルカどうしたん!?」

「特注で作った」

「い、いつの間に?」

「キラがでかいイルカに乗りたいって言った日の夜に、電話で頼んでおいたんだよ」

「ちなみにギルド長の自家用ジェット機を借りてまで飛んできた、この島は?」

「無人島」

「どうしたん、ここ?」

「買った」

「はっ!? ちょ、何で!?」

「ガイドブックに乗ってる海水浴場を見たところ、どこも貸し切るの難しそうでよ」

「貸し切らなくてもええんちゃうかな!?」

「水着姿のキラをヤロウ共に見せるわけに行かねーって言ってんだろーが」

 と、リュウが風魔法で膨らましたイルカの浮き袋に乗っているキラに顔を向けた。
 ミーナたちと一緒に大はしゃぎしているキラを見て、恍惚とした様子で言う。

「ああ……、俺の黒猫はなんて可愛いんだ……」

「マジでやばいで、おまえ」

 リンクは突っ込んだ。

 信じられん。
 愛猫が可愛いのは当然だが、普通ここまでするだろうか。
 そりゃ、リュウは超一流ハンターだが。
 そりゃ、日々仕事が多忙な分、報酬も多いが。
 そりゃ、えらく大金持ちだが。
 そりゃ、リュウはキラのためとなると普通じゃなくなるのは重々承知しているが。
 それでもリンクは信じられない。
 信じられなさすぎる、このリュウという男。

「おい、リンク」

「な、なんやねん、リュウ」

「ごちゃごちゃ言ってねーで、おまえも有難く遊べよ。キラがこの夏にやりたいことは、今日で全て叶えた。明日からはまた休む間もなく仕事だ」

 そうだ。
 もう夏の後半。
 リュウに付き合う忙しい仕事の中、今年の夏で遊べるのは今日までだ。
 リュウは1日の仕事の量を増やして無理矢理休日を作っていたが、依頼が増えすぎたあまりに夏が終わるまではもう休日は作れない。
 忙しいのはリュウであるが、その助手として大抵の仕事を共にしているリンクも、今年の夏はもう休日が作れなさそうだった。
 そう思うと、リンクの脳内は思いっきり遊ぶことに集中する。
「よっしゃあーーーっ! 今日は夜までこの島で遊びつくすでーーーっ!!」

 リンクが海中へと駆け出し、溺れる前にイルカの浮き袋に飛び乗る。
 キラとミーナ、グレル、レオンと一緒になってはしゃぐ。

 キラの声を中心に、明るく響く皆の声。

(今年の夏は楽しいな)そう、リュウは感じる。(キラと出会ってから約1年……か)

 1年前、リュウはキラと出会った日のことを思い出す。
 モンスターをペットとすることが流行となった葉月島で、目を見張るほど美しいブラックキャットのキラは、モンスター狩の輩の標的となっていた。

 身体中に麻酔銃の針だらけで、リュウ宅のテラスに逃げ込んだキラ。
 リビングから顔を出したリュウに、牙を剥いていた。

「こっちへ来るな!」

 そう言ったときの、大きな黄金の瞳は怯えていた。
 幾多もの強力な麻酔銃を撃たれたキラは、リュウの前で瞼を閉じた。

 そのキラの小柄な身体を抱き上げたとき、リュウにとっては、まるで子猫一匹分の重さしか感じなかった。
 長身で鍛え抜かれた身体をしているリュウに比べると、とても小さくて、華奢で、色白なその身体中に刺さった針が痛々しかった。
 人間の女すら好きだとも、愛しているとも思ったことのなかったリュウでさえ、胸が少し痛んだ。
 リュウ専用に特注で作った大きなベッドに寝かせて、身体に刺さっている針を全て抜いて、治癒魔法をかけて、そっと布団をかけてやった。

 寝顔にも美しかった、キラの繊細な顔。
 数分の間、見つめていたのを覚えている。
 リュウが『モンスターのペット』というものに興味を持ったのは、間違いなくその日。
 でも、今になって思うことがある。

(俺、あのときからキラに惚れてたんだろうな)

 きっと、リュウがキラに惚れたのはキラと出会った日。
 それからキラに物を与え、キラから礼にネズミをもらうという日が続いた。
 キラは最初出会った日から顔を見せなかったけど、キラがこのリュウの家に来ている。
 そう思うだけで、嬉しかった。
 でも、やっぱり顔くらい見せてほしかった。

 キラの顔が見たくて、声が聞きたくて、話がしてみたい。
 またそのガラスのような髪の毛に触れたくて、その色白で柔らかな肌を腕に感じたくて、その黄金の大きな瞳にこのリュウを映してほしい。
 今覚えば、あの頃はそんなことを願っていた。

 だからキラが、リュウから与えられたペットの証――首輪をつけて、赤い首輪をつけて、リビングのソファーで眠っていたあの日。
 リュウは堰を切ったようにキラを愛した。
 キラを己のものにした。
 きっとキラが抵抗しても、止められなかった。

(俺の人生、俺が生きている間、俺が命をかけて愛せる女は、このブラックキャットのキラだけ)

 キラに爪を立てて求められながら、リュウはそんなことを感じた。
 そして今、リュウはそれを確信している。

(キラ、愛してる……)

 それはリュウが、あまりキラに言ってやれない言葉。
 でも、思わない日はない想い。

(キラ、俺はおまえを愛してる)

 この世で一番。
 キラ、おまえを愛してる。

 リュウの黒々とした瞳が、遠くのキラの黄金の瞳を捕らえる。

「キラ……」

 そう、リュウの目が細まったとき。

「リュウー!」リュウに聞こえるよう、キラが声を大きくして言った。「このイルカ、スクリューでも付いてるのかーっ?」

「え」

 スクリューなんて付けてもらったっけ?

 リュウはぱちぱちと瞬きをした。
 あれ、なんかキラたちさっきよりも随分と遠くへと行ってないか?
 普通、波の方向に向かって流れてくるよな?
 バカでかいイルカだから師匠でも水に足は着かないし、足で漕いだ様子はない。
 何で波と反対方向に進行してるんだ……?

 イルカの尾の方に乗っていたリンクが、眉を寄せて水中に目を落とす。
 途端に、リンクの目が見開かれて行った。
「――……!? お、おい、リュウ!? おまえ、スクリューつけてもらったんか!?」

「つけてねーよ?」

「つけたと言ってくれ!」

「? おい、どうした」

「スクリューやないっちゅーならっ……!」

「おい、何かスピード増してんぞ!」

「穴空いとるでコレーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「――なっ」

 何ィッ!?

   リュウは驚愕した。
 せっかくキラとの思い出を振り返って、かなーり良い気分に浸ってたというのに……!
 おのれ作者あぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!

 スピードを上げて遠くへと進んでいくイルカ。
 あのスピード、尋常じゃない。
 リュウは慌てて声をあげた。

「師匠っ!! イルカの中に風吹き込んだあと、風の動き静めなかったんすかアンタ!?」

「んー?」グレルがきょとんとした顔をして振り返った。「リュウ、何だってー?」

「風の動き静めて!! イルカの風!!」

「イルカを貸せ? いじめっ子か、おまえは」

「ちげーーーーーーーーっ!!」

「師匠っ!!」リンクがグレルにしがみ付いて必死に叫ぶ。「風や風!! 風っ!! イルカの!! 早く!!」

「バカ、リンク――」

 その言い方では、グレルには通じない!

 リュウは言おうとしたが、遅かった。

「ああ、イルカから出る風を速くしてほしいのか!」やっぱりグレルは誤解した。「あーらよっと♪」

 そしてイルカから吹き出る風の速度を増した。
 思いっきり増した。
 イルカのスピードは増し、その分イルカはしぼむ速度を増す。

 もうすっかり足の着かない所までやってきてしまった。
 カナヅチのリンクは気が気じゃなくなっている。

「ぎゃああああっ!! リュウっ、リュウーーーーーーーーーーーーー!!」

「大丈夫だよ、リンク」レオンが冷静な様子で言った。「ミーナの瞬間移動があるじゃない」

「――!」

 そうだ!

 リンクは、はっとしてキラの腕の中にいるミーナに声をかける。

「ミーナ! 瞬間移動してやっ! ほら、早く!」

「うるさいぞ、リンク」と、キラが顔をリンクに向けた。「ミーナなら私の乳に埋もれて眠っている、静かにしろ」

「は!? 羨ましっ……じゃなくて!!」リンクが蒼白する。「ミーナ起きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「…みぃ…」ミーナがむにゃむにゃと寝言を言う。「キラの乳はマシュマロ味ぃ……ZZZ」

 おい、ミーナ。
 それ味やなくて感触やろ?
 マシュマロおっぱいやろ、マシュマロおっぱい!
 マシュマロおっ………?
 …うっ……!

 なんて想像して鼻血を吹きそうになっている場合ではない。
 リンクは必死に叫ぶ。

「おい! ミーナ! 起きんか! おい!?」

「うるさいと言っているではないか、リンク」と、キラが溜め息を吐いた。「起こすな」

「起こせーーーーーーーーーーーっ!!」

 起こしてくれ!
 頼むから!!
 おまえらは泳げるやろうけど、おれは泳げないんや!!

 必死なリンクに、キラが言う。

「大丈夫だ。たまには頭を使わぬか、リンク」

「ど、どうしろっちゅーねん!?」

「良いか、海水は真水よりも浮力が高いのだ」

「せやから何や!? 泳げないことには変わりあらへんっちゅーねん!!」

「カナヅチのリンクに、私が泳げなどとバカなことを言うわけがないではないか。良いか、よく聞け」ふふん、とキラが笑う。「海水は浮力が高い、ということは……!!」

「ということは!?」

「水面を走れる!!」

「…………」

 それ、泳ぐより難しいし。
 いいかげんにせんか、この天然バカ猫。
 本気で言ってんのか、オイ。

   思わず言葉をなくしてしまうリンク。
 キラは真剣な顔で続ける。

「良いか、リンク! まずは気合を入れ、息を大きく吸い込み、息を止め、そして短距離選手のように無酸素運動で走れ!! 分かったな!? 有酸素運動なんてのん気に酸素消費してたら沈んでしまうからな! そして息を止めたあとは、水面に軸足を着け、沈む前に浮かせつつもう片一方の足を水面に着け、沈む前にその足も浮かせつつ軸足を水面に着ける! これを繰り返せば大丈夫だ!」

「………………」

 そろそろ本気で心配になってきた、この黒猫の頭。

 リンクの顔を覗き込み、キラが首を傾げる。

「どうした、リンク? 説明が悪かったか? つまり簡単に言うと、片方の足が沈む前に、もう片方の足を出せということだ。そうすればリュウの待っている島まで沈まずに辿り着けるぞっ♪」

「いや、うん、あのさあ」

「何だ?」

「やってみろや、それ……」

 できるわけがないから。

 そう確信して言ったリンクだったが。

「わかった」と、キラが腕の中のミーナをレオンに渡した。「手本を見せれば良いのだな、リンク?」

「お、おう。できるもんならな」

「リュウーーーーっ!」キラがリュウに手を振る。「今戻るからなーーーーっ!」

 リュウが承諾して手を上げたのを確認すると、キラがしぼみかけのイルカの上に立ち上がった。

「良いか、リンク。よく見ておくのだぞ」

「…や、やっぱ――」

 やめておいた方が良い。
 そう言おうとしたリンクの言葉を、キラが遮って続ける。

「まずは気合を入れ!」

 キラが気合を入れた。

「大きく息を吸い込み、息を止め!」

 キラが大きく息を吸い込み、息を止めた。

 走る構えになった。

 次の瞬間。

 シュタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!

 キラ、海面走行。

「まじでぇーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 何故や!?
 何故走れる!?
 驚いてるのおれだけやないよな!?
 島で待ってるリュウもぎょっとしてるし!

 リンクの疑問を察してか、レオンが言う。

「僕たちなら出来なくもないよ。かなりの集中力がいるけどね」

「そ、そうか。猫モンスターは俊敏やしなっ…」

 リンクが納得していると、レオンがミーナを背負って立ち上がった。

「ごめんなさい、ミーナいるし、沈む前に僕も先に行ってるね」

「え!? ちょ、レオン!?」

「それじゃ」

 と、レオンがキラに倣って海面を駆けていく。

 シュタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!

「おれも背負ってくれーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 慌てて叫んだリンクだったが、レオンは島へと直進していく。

 どうしよう。
 どうすれば良い。
 イルカはもう、ほとんどしぼんでしまっている。
 リンクはがたがたと震えながらグレルにしがみ付く。

「し、し、師匠っ…!! どどど、どうすればっ……!!」

「大丈夫だ、リンク。オレはおまえを置いていかねーぜ」

「師匠っ…!!」リンクの瞳が感動に潤む。「そうか、おれを背負って泳いでくれるんやなっ?」

「いや、それは意外と難しいものなんだぜ、リンク」

「そ、そか。ほな、どうするんっ?」

「もちろん」

 と、グレルが立ち上がった。
 リンクを左脇に抱えた。

「キラたちに倣えばいーじゃんよっ♪」

「――!?」

 待ってくれ!!
 あんた人間やろ!?
 一応人間やろ!?
 まだおれ背負って泳ぐ方が簡単やろ!?

「じゃ、行っくぞ?、リンク♪」

「ま、待って師匠!! しっ、沈むって!! 絶対沈む!!」

「大丈夫だって♪ 師を信じろぃっ♪」

「無理無理無理無理無――」

「よーいドンっ♪」

 止めてくれーーーーーーーーーーーっ!!!

 リンクが真っ青になる中、グレルは海面に軸足をつける。

 ズボッ、ズボボボッ

「ほっ、ほらやっぱりィーーーーーーーーーーー!!」

 やっぱり沈んでいくやないかい!
 このバカ師匠!
 もう駄目や!
 こんなに島との距離があったら、リュウはすぐに助けにこれへん!
 もう駄目や!
 おれ死ぬんや!
 リュウ、キラ、ミーナを頼む……!!

 リンクがそう思ったときのこと。

「うおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

 グレルが地響きしそうな声をあげた。
 グレルの脚の筋肉が盛り上がった。

 え!?
 何や!?
 師匠、まさか……!?

 シュタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!

 走ったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 リンクは信じがたい現実に目を見開く。

「おお…!! おおおおおおおお!! すごいっ!! すごいで師匠っ!!」

「がっはっはー! だーからオレを信じろって言っただろーっと♪」

「せやな! せやな、せやな!! 師匠っ、おれあんたの弟子で良かった!! 好きや師匠ーーーーーーーっ!!」

「がっはっはー♪ よせやいっ、照れちまうだろーっと♪」

 と、左腕をあげて手を後頭部に持っていったグレル。

 ボチャーーーン!

 そんな音がしたのを気付かずに走り続ける。

「まーったくおまえは可愛いよな、リーンク♪ オレもおまえを弟子に持って良かったぞーっと♪ ほら、もう少しで皆が待ってる島に着くぜ! 喜べぃっ♪ なあ、オイ。聞いてるか、リンクっ?」

「グレル!!」島にいるレオンが顔を青くして叫んだ。「リンク落としてるーーーーー!!」

「お?」

 目をぱちくりとしたグレル。
 島に辿り着いてから気付く。

「うぉ!? リンクがいねーぞっ! 泳げねークセに何やってんだアイツ?」

「まったくだな」あはは、とキラが笑う。「本当、面白い奴だな、ミーナの主は。身体を張って笑いを取るなんてな」

「本当だな」と、騒ぎにすっかり目を覚ましたミーナも笑う。「自ら落っこちるなんてな」

「グレルが落としたんだ!!」と突っ込んだあと、青い顔をリュウに向けたレオン。「ねえ、リュウ――」

 眉が寄る。

「顔笑ってるよ?」

「笑ってなんかねーぜっ?」と、リュウが今にも緩んでしまいそうな顔の筋肉を引きつらせ、海面に手を当てる。「待ってろ、リンク。おまえ(みたいな面白い奴)を俺は死なせねえ」

 海面に当てた手から、リュウが海水を操っていく。
 海水が割れていき、海の底が顔を出す。
 あっという間にリンクのところまで道ができた。

「こっ、こんなことが出来るなら最初からやってあげなよ!」

 レオンはリュウに突っ込むなり、海の底に倒れているリンクのところへと慌てて駆けて行った。
 リンクを背負い、急いで戻ってくる。

「早く! 蘇生法を!」

「まかせろ! 私は第8話でリンクを蘇生させたことがあるのだ!」と、キラがリンクの身体を浜辺に寝かせた。「良いか、おまえたち。人工呼吸は肺が破裂寸前の風船のようになるまで膨らませ、心臓マッサージは2秒間に10回するのだ! 覚えてお――」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」レオンは慌てて突っ込んだ。「だ、駄目だ、キラは下がってて! 僕がやる!」

 レオンはキラを半ば突き飛ばし、リンクの傍らに並んだ。

「リュウ! 正しい蘇生法を教えて!」

「慌てるな、レオン」と、リュウがレオンの肩をぽんと叩く。「言っただろ? 俺はリンク(みたいなすげー面白い奴)を死なせねーよ」

 リュウが手をリンクの胸に当てた。
 肺の中の水を操って逆流させる。

「――げほげほげほっ……!」

 目を覚まして海水を吐き出すリンク。

「おおーっ」キラが声を高くした。「すごいぞ、さすがリュウだぞ!」

「すごいぞーっ」ミーナも声を高くした。「さっすがキラの主なだけあるぞ!」

「だなあ」グレルがうんうんと頷く。「さすがはオレの弟子だぜ!」

「まあな」

 リュウは言いながら、リンクに治癒魔法をかけてやった。
 リンクがリュウの顔を見上げる。

「リュウ、おまえがおれを……?」

「ああ。大丈夫か、リンク。今日こそおまえを病院送りになんてさせないぜ(だってジェット機を操縦して病院まで送るの面倒だし)」

「リュウ……!」リンクの瞳が感動に潤む。「やっぱり頼れるのはおまえだけやんな、そうやんな!? リュウ、好きやあああああああああああ!!」

「ほら、次はスイカ割りしようぜ。で、夜になったら花火しようぜ。したかったんだろ?」

「うんっ! ありがとう、リュウ! よっしゃあ! スイカ割りするでーーーっ!!」

 リンクがキラとミーナ、グレルと一緒に元気良く駆けて行く。
 スイカと棒を用意して、スイカ割りを始めた。
 その光景を眺めながら、レオンは口を開く。

「……ねぇ、リュウ」

「可愛いな、俺の黒猫」

「リュウってば」

「なんだ、レオン」

「目隠しされたリンクが、必要以上にグレルに回されてるんだけどいいの?」

「楽しそうだな」

「叫んでるよ」

「歓喜にだろ」

「どこまで鬼なんだか……」

 レオンは苦笑した。

 夜になったらたくさん用意してきた花火をして、またもやリンクの叫び声が響く。
 キラと並んでビールを飲みながら、リュウはにやにやと笑ってしまう。

「本当、リンクは面白いな」あはは、とキラが笑った。「見てくれ、リュウ。リンクがグレル師匠の放ったロケット花火を身体でキャッチしているぞ」

「ああ。面白い奴だな、リンクは。歓喜の声もあんなにあげて、良かったなリンクの奴」

「そうだな、嬉しそうだ。それにしても」と、キラが話しを切り替えた。「今日は蒸し暑いな」

「だな、むしむしするな。悪い、キラ。さすがに無人島にクーラーはつけられなかったぜ」

「良い。嫌だと言っているのではない。むしろ、好きだ」と、キラが微笑んだ。「リュウと出会った夜も、こんな夜だった」

「…そう…だな」

 リュウは思い出す。
 約1年前、キラがリュウ宅のテラスに逃げ込んだ夜。
 今日みたいに、とても蒸し暑い夜だった。

「リュウ、ありがとう」

「ん?」

「私、こんなに楽しい夏は初めてだ」

「ああ……、俺もだ」

 リュウとキラの唇が重なった。

 リュウ一行の楽しい夏は、こうして過ぎていった。
 
 
 
 
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