第20話 楽しい夏〜キャンプ編〜


 リュウ一行が川へBBQに行ったのは一週間前のこと。
 今度はキラの希望で、『テントを使ったキャンプ』へと行く。

 BBQのときにまたもや病院に運ばれたリンクだったが、無理矢理気を取り直して葉月島ガイドブックを手に取った。
 いつものリュウ・キラ宅リビングの中、リンクが唸る。

「うーん、うーん……、キャンプかぁ。どこがええかなぁ? …………って、おい、ソコ」リンクは苦笑した。「いちゃついてないで、人の話聞かんかっ!」

 と、リンクが突っ込んだのは、ミーナとレオンに背を向けさせてまでキスをしている、この部屋の住人たち。

「なんだよ、うるせーな」リュウが溜め息を吐いた。「おまえらが邪魔しに来たんじゃねーか。ったく、昼食後の運動ができねーじゃねーか、クソ」

「イトナミは夜だけにせいっ!」リンクは顔を赤くして突っ込んだあと、リュウとキラにガイドブックを突き出した。「ほら、明日からの2泊3日のキャンプ、どこがええねん」

 リュウの膝の上、キラがガイドブックを受け取る。

「そうだな、どうせならちょっと変わったところでやってみたいのだが」

「ちょっと変わったところ?」リンクが鸚鵡返しに訊いた。「たとえば?」

「うーん……」と、キラがガイドブックをぱらぱらとめくっていき、小さく載っているキャンプ場を指した。「ここなんかどうだ?」

 一同はガイドブックを覗き込み、キラの指しているところを見た。
 そこには、『近くに墓地あり』と書かれている。

「うわ……」リンクは蒼白した。「勘弁してやっちゅーねん……!」

「いいじゃねーかよっ♪」グレルが言った。「夜になったら肝試しできるしなっ♪」

「こ、怖くないかっ?」ミーナがキラの顔を見て訊いた。「肝試しって、どういうのが出るのだっ?」

「大丈夫だ、ミーナ」キラが笑った。「きっと、出ても人間のオバケだぞ」

「せやから怖いんやっちゅーねん!! 嫌やっ! 絶対嫌やっ!!」

 リンクがそう必死に抵抗しても、何の意味もない。

 キラが一言、

「リュウ、私ここが良い」

 と、言ってしまえ決定してしまうのだから。
 
 
 
 というわけで。
 翌日、リュウ一行はキャンプ場にいた。

 山の中に、小ぢんまりと作られていた。
 ガイドブックに書いてあった墓地は、キャンプ場の真横にある。
 そのせいか、客が少なかった。
 というか、リュウ一行だけだった。

「ふーん」リュウはキャンプ場を見渡した。「狭いけど炊事場もあるし、便所もあるし、温泉もあるし、悪くねーじゃん。しかもこの様子だと貸し切りっぽいし」

「おお」キラが声を高くした。「ラッキーだぞ!」

「うむ」ミーナが続いた「ラッキーだぞ!」

「うん」レオンも続く。「ラッキーだね」

「だなあ」うんうんと、グレルが頷いた。「これなら夜中に花火しても文句言われねーなっ♪」

「嫌やっ! 嫌やああああ! 帰りたああああああい!」

 と、騒ぐリンクなんかお構いなしに、グレルの命令は下る。

「よーし、墓の近くにテント張れーーいっ♪」

「なんでわざわざ近くにすんねん!!」

 そんなリンクの突っ込みを聞いているのか聞いていないのか、リンクを除いたリュウ一行は墓地の近くにテントを張る。
 5人用のテントと、2、3人用のテントの2つ。
 後者は、リュウがキラと2人で使うために用意したものだ。

 それぞれテントの中に荷物を置くと、時刻はちょうど昼時。
 キャンプ1日目の昼食は焼きソバ。
 リュウとリンク、グレルは鉄板を用意し、キラとミーナ、レオンは野菜を洗いに炊事場へと向かう。

 鉄板を用意する傍ら、ちらちらと墓地を気にしているリンク。
 リュウは溜め息を吐いて言った。

「どーせ何も出ねーって、リンク」

「だと思うけどな」グレルが続いた。「でもアレだぜ? この間うちの雑誌――『NYANKO』のインタビュー受けてもらった猫が言ってたんだが。猫はオレたち人間には見えないものが見えたりするらしいな」

「は!?」リンクが青ざめてグレルに向けた。「み、見えないものって!?」

「話聞いてると、幽霊じゃねーかなあ。半透明って言ってたしな」

「は!? ちょっ、いっ」リンクが半泣きでリュウにしがみ付く。「嫌やああああああああああああ!!」

「引っ付くな、あちぃ」と、リンクを突き飛ばしたリュウ。「どーせ何もでねーって言ってんだろ。墓ばっか気にしてねーで、キャンプ楽しめよ。ほら」

 そう言ってリンクにビールを渡した。

 気を落ち着かせようと、リンクは頷いてアルコールを摂取し始めた。
 きっと酔っ払ってしまえば、恐怖なんてなくなる。
 そう、信じて。

 野菜を洗い終わって戻ってきたキラは、リンクを見てぱちぱちと瞬きをする。

「リンク、今日はずいぶんと勢い良く飲んでいるな。酒に弱いのに大丈夫か?」

 正しくは酒に『弱い』のではなく、『そこそこ強い』のだが。
 リュウとグレルは人間離れした強さだし、猫たちは人間よりも遥かにアルコールの分解能力が高いが故に、リュウ一行の中でリンクは一番酒に弱かった。

「よ、酔っ払わないと」と、リンクの手が震える。「幽霊が出るんじゃないかと思うと、恐ろしくて恐ろしくてっ……!」

「そうか。人間は、人間の幽霊というものが恐ろしいものなのか」野菜を切り始めながら、キラは訊く。「じゃあ、あれか? 人間の幽霊が見えても言わない方が良いのか?」

 リンクはビールを噴出した。

「は!? な、何!? おまえら猫は、ほんまに見えるのか!?」

「ああ。たまに、な」

「うむ」ミーナが続いた。「でも、たまに、だぞ」

「そうそう」レオンも続いた。「あくまでも、たまに、だよ。そんなに多く見えるものじゃないから、怯えなくても良いと思うよ。見えても言わないようにするし」

 と、言われても。

 そんなことを知ってしまったリンクは、恐ろしくて仕方がない。
 早く酔っ払って恐怖を消してしまえ。
 リンクは次から次へとアルコールを消費していった。

 普段のリンクからはあまりにハイペースなものだから、昼食の焼きソバを食べ終わった頃にはすっかり出来上がっていた。
 頬を赤く染め、膝にミーナを抱き、1人マシンガントーク。

「で、おれとリュウは師匠とパシリに使われてな、飛行機に乗って長月島名物のチョコ買って来いとか言うんよー。しかも20分でー。長月島まで飛行機で3時間かかんのにどうやってやっちゅーねん! まったくほんまに師匠ってば天然ボケでなー、困ったものだったんよー。まー今も変わらへんけどなー。あははははははははは。なあ、みんな聞いとるー?」

 聞いてません。

「キラ、皿洗い手伝う」

「ありがとう、リュウ」

「炊事場行こうぜ」

「うむ」

 炊事場に着くと、キラが言った。

「リンク、完全に酔っ払っているな」

「おう」リュウが苛立たそうに溜め息を吐いた。「飲ませなきゃ良かった、うるせー」

「でもまあ、人間の幽霊に対する恐怖はなくなったみたいだな」

 と、キラは遠くのテントの方に顔を向けた。

「怯えすぎなんだよ、あいつはよ」

 リュウが話している傍ら、キラの瞳が動いていく。
 同様に、テーブルにいるミーナとレオンも同じところを目で追う。
 猫たちの目が、一点を見つめて動く。

 キラが急に喋らなくなったものだから、リュウはキラの顔を見た。

「どうかしたか、キラ」

「……。リュウ」

「ん」

 リュウは返事をしながら、キラの視線を追った。
 キラの視線はテントから、ゆっくりとテーブルの方へと移っていく。

「こういう場合はリンクに知らせ――」キラが言葉を切って、ぱちぱちと瞬きをする。「…あ」

「? どうした」

「リンクに……」

「は?」

「ミーナ、避けろ!! どういう奴か分からん!!」

 キラの突然の叫びを聞き、ミーナがリンクの膝の上から避けた。
 レオンがミーナを引き、背に隠すようにしてリンクから遠巻きになる。

 リュウはもう一度訊く。

「どうした、キラ」

「リンクに男の霊が乗り移った!」

 何ですと。

 キラが皿洗いを放り出し、テーブルへと駆けて行く。
 リュウも続いた。
 キラがレオンとミーナの前に立ち、リンクを警戒するように少し後方に下がる。

 グレルがきょとんとして訊く。

「おい、リンクがどうかしたのかぁ?」

「グレルも下がって!」リンクの隣に座っているグレルに、レオンが言った。「リンク、今は中身が別の人間だ!」

「んなのー?」

 と、グレル。
 リンクに顔を向けて訊いた。

「拙者はサブローなり」

 ――!?

 この口調。
 この凛々しい表情。
 明らかにリンクじゃない!

 と、驚倒したのはグレル以外で。

「オレ、グレル♪ よろしくなっ」

 何、冷静に自己紹介してんだ、この人。

 リュウたちは心の中で突っ込む。
 リンク――いや、サブローが言う。

「うむ。少しの間だが、よろしく頼む」

 しかもあんたたち何で仲良くなってんの。

 グレルとサブローの会話が続く。

「どうしたんだよ、サブロー? リンクの身体に移るなんてよ?」

「酒が飲みたかったのだ」

「酒が? 生前、酒が好きだったのか?」

「好きというか……飲みたかった」

「飲めなかったのかよ? 何で?」

「拙者はサムライとしては最強を語られる男であった。だが、酒だけは強くはなかった。しかし、飲みたかった」

「何で?」

「惚れた女が、酒の強い男が好きだったのだ。彼女は月も霞むほど美しく、細雪のような肌をし、艶かしい身体をしていた。…そう」と、サブローがキラを見た。「そこの、黒猫のような女だった」

「あ!?」

 リュウの顔が気色ばんだ。
 キラを背に隠すようにして立ちはだかり、サブローを睨みつける。

「てめー、見てんじゃねーぞコラ!」

「案ずるな、男」と、サブローがキラから顔を逸らした。「そのような女、拙者はもう懲り懲りだ。拙者が酒をトックリ一杯飲んで倒れたからといって、だらしないと鼻で笑いよって、なんと生意気な……!」

 キラは眉を寄せた。

「私は別に男が酒に弱くても――」

「そんな」サブローがキラの言葉を遮った。「無駄にでかい乳しているクセに」

「は!?」キラが思わず声をあげた。「む、無駄だと!?」

「無駄だ!」サブローも声をあげる。「そんな、乳だか尻だか分からぬ乳!」

「なっ、何だとぅーーーーーーー!? わ、私の乳が尻だと!? 切り裂いてくれるわーーーーーっ!!!」

 爪を光らせサブローに飛びかかろうとするキラを、リュウが押さえつけた。

「リュウっ…!?」

「下がってろ、キラ。師匠、ミーナ、レオンもだ」

 リュウが言いながら、腰の剣を抜いた。
 リュウに従い、キラたちは後方に下がる。

 リュウの顔を見上げ、サブローが徐に立ち上がる。

「ふん。何だ、男。この拙者と刃を交えようと言うのか。愚かなことを……」

「ごちゃごちゃ言ってねーで」リュウの振り下ろした剣が、テーブルを真っ二つに破壊する。「さっさと腰の剣抜きやがれ!! バカローが!!」

「だっ、誰がバカローだ!! この拙者に向かって何たる不埒千万な……!! ええいっ、斬り捨ててくれるわーーーーーーっ!!!」

 サブローが腰の(リンクの)剣を抜く。
 次の瞬間、ちょうど中間の距離で刃と刃が交じり合った。

「黙れ……!! てめーなんぞバカローで充分だ!! キラのこと侮辱するようなこと言いやがって、許さねーぞ!!」

「貴様こそ黙れ!! あんな無駄に肉のついた乳など、尻と変わらぬ!! 例えるなら、まな板のような乳の方がマシだ!! 尻よりずっと可愛らしいわ!!」

「ロリコンか、てめーは!! まな板じゃ挟めねーんだよ!!」

「挟っ……!? お、女のいる前で何と淫猥なことを抜かす男だ、貴様はっ!!!」

「うるせえ!! もう懲り懲りとか言っておいて、何、生前の自分より酒飲めるだろう身体に憑依してんだよ!? 未練たらたらなんだよ、てめーは!!」

「みっ、未練など――」

「さっさと」リュウがサブローの言葉を遮った。「成仏しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 リュウの剣に飛ばされ、サブロー(リンク)が後方3メートルにあった木に叩きつけられる。

「なっ…、なんだこの身体は…!?」サブローの顔が驚愕する。「全っ然、力が入らぬぞ!!」

「当たりめーだ、リンクの身体なんだから。生前てめーがどんな強い奴だったか知らねーけどな、リンクの身体で俺とやり合おうなんざ無理があんだよ」

「な、なんだと!? きっ、貴様それを知ってて……!? 卑怯ではないか!!」

「卑怯もクソもあっか!! リンクの身体に乗り移ったてめーがバカなんだろうが!!」

 そう、サブローが乗り移ったのはリンクの身体。

「ふ、ふふふ」と、サブローが笑う。「しかし、これは貴様の仲間の身体だろう? 斬れはしまい」

「……。ちっ…」

 リュウが舌打ちをして、剣を腰に戻す。

「ふはははははは!」高らかと笑うサブロー。「これで拙者の勝利ぞ! 素手では刀に敵うまい!! 死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 剣を構え、リュウに飛び掛った。

「リュウっ!!」

 キラが叫んだ次の瞬間、鮮血が飛び散った。
 サブローの剣を受け止めた、リュウの腕から。

「――!?」サブロー、驚愕。「なっ、なっ、なっ!? 何故だ……!? 何故斬れぬ!?」

「だから言ってんだろうよ、バカロー」リュウがリンクの剣(しかも愛用)を指でぐにゃりと折り曲げる。「その身体で俺とやり合おうなんざ、無理があるってよ」

「きっ、貴様、人間か!? 真に人間か!?」

「さぁーてと。待ってろよ、リンク、ミーナ。今こいつを成仏させてやるからな」

 と、リュウが指をぼきぼきと鳴らす。

「おおーっ」ミーナが声を高くした。「頼むぞ、リュウ」

「おう、まかせろ」

 リュウに頭を鷲掴みにされ、サブローの膝ががくがくと震えだす。

「ゆ、ゆ、ゆ、許してくれっ!!」

「無理」

「いっ、命だけはぁぁぁぁぁっ!!」

「おまえもう死んでるだろ、バカロー」

「やっ、やめっ、やめて――」

「まったく」リュウがにやりと笑った。「良い表情だな」

 次の瞬間、辺りにサブローの(死んでるけど)断末魔が響き渡った。

 リンクの身体から抜け出て、泣きながら天に逃げていくサブロー。
 ミーナとレオンは、それを手を振りながら見送った。

 リンクの身体に治癒魔法をかけるリュウのところへと、キラが慌てて駆け寄っていく。
 血の流れ出ているリュウの腕を見て、キラの唇が震える。

「あああっ…! リュウ、大丈夫かっ? リュウっ…!」

「これくらい何ともねーよ」

 と、リュウは言うが、キラの黄金の瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちる。

「――!?」

 キラの涙を見たミーナ、衝撃。
 キラに続いて、ミーナの瞳からも涙が零れ出す。

 そこへ、リンクが目を覚ました。

「ん……? あ、あれ……? おれ、どうし――」

「おのれ!」

 キラとミーナが、リンクの声を遮って振り返った。
 その恐ろしい形相に、リンクは驚倒する。

「え!? ちょ、キラ!? ミーナ…!? な、何怒って…ていうか、な、何で泣いて……え!? し、しかも何でおれの剣折れて……!?」

 一体何が起きたのか。
 リンクの頭が混乱する。
 しかもキラとミーナが爪を光らせてじわりじわりと寄ってきて、リンクは青くなって狼狽する。

「な、なんや!? なんやねん、キラ!? ミーナ!? お、おい――」

「おのれ、サブローめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 いや、それもうリンクだし。

 そう突っ込もうとしたレオンだったが、もう遅かった。

「誰ぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 そんな疑問付きのリンクの叫び声が、辺りに響き渡る。
 おまけに、グレルがスキップをしながら駆け寄ってキラとミーナに続いた。

「なーんだっ、まーだいたのかサブロー? オレも成仏に一役買ってやるぞーっと♪ がっはっはっ! 喜べ、サブロー♪」

「だから誰やーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!?」

 リンクの叫び声が、さらに響き渡る

 グレルも混ざったとなったら、レオンでは止めることができず。
 レオンは、自分の腕に治癒魔法をかけているリュウの顔を見上げた。

「……。ねえ、リュウ」

「なんだ、レオン。俺の腕ならもう大丈夫だぜ、ほら」

「……。リンクが大丈夫じゃないと思うんだけど、止めないの?」

「俺にはキラたちに遊んでもらっているように見えるぜ」

「……。顔、にけてるよ?」

「つい、微笑ましくってよ」

「……。本当は分かってるよねえ?」

「何のことだ、レオン」

「鬼……」

 レオンは苦笑した。
 本日もリンクは病院と運ばれたリンクは、キャンプ場に来ておきながら一泊もできなかったのだった。

 リュウ一行の楽しい夏はまだ続く。
 
 
 
 
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