第19話 楽しい夏〜BBQ編〜
リュウ一行がレジャープールへ行ったのは一週間前のこと。
またもや死にかけて病院へと運ばれたリンクだったが、気を取り直して葉月島ガイドブックを手に取った。
「えーと、明日はレオンの希望で川でBBQやな?」
いつものごとくリュウ・キラ宅のリビングの中、リンクが訊いた。
「うんっ…!」レオンがうきうきとしたようすで、頷いた。「グレルがねっ、良い川を知ってるみたい!」
グレルが?
リュウとリンクは眉を寄せ、声を揃える。
「なあ、それ大丈夫?」
今日は仕事へ行っているグレルの代わりに、レオンが答える。
「綺麗な川が流れてて、自然がいっぱいあって、食料は現地調達で良い…って言ってた」
「おお」キラが声を高くした。「現地で食い物を集めるのか! 楽しそうだな!」
「うむ!」ミーナも続いた。「楽しそうだぞ!」
「だよねだよねっ! 僕も楽しみ!」
はしゃぐ猫3匹の傍ら、リュウは腕組みをする。
「うーん…、現地調達っつってもなあ……」
「まあ、ええんちゃうん」リンクが溜め息を吐いた。「おれとキラ、睦月島に行ったとき実際やってたし。ていうかおれらの猫たち、元はみーんな野生なわけやし。師匠も野生っぽいし。出来なくはないやろ」
「まあ、それもそうか。手ぶらで行けるなら楽だし、そうするか」
そういうことになった。
翌日。
グレルの運転する自家用バスで、リュウ一行はグレルおススメの川へと向かった。
リュウやリンクも知らない結構な山道を通って行ったそこは、大自然のど真ん中といった感じのところだった。
人気はまるでないが、野生動物の気配はあちらこちらに感じる。
猫たちが綺麗な川へと掛けて行き、さっそく靴を脱ぎ捨てて水遊びを始めた。
リュウとリンクはグレルが用意してきたBBQの道具やテーブル、ビールを出しながら、辺りを見渡した。
「へえ、たしかにええとこやん」リンクは空気を大きく吸い込んだ。「空気も澄んどるし」
「元野生のキラたちには持ってこいって感じだな」リュウはそう言ったあと、最後にバスから降りてきたグレルに振り返った。「師匠、何でこんな場所知ってんすか」
「昔、ここに巣作りして寝泊りしてたんだぞーっと」
「あんた何してんの?」
リュウとリンクは声を揃えた。
この人、本当は熊じゃなかろうか。
見た目もそれっぽいし。
ていうか巣作りって何だ、オイ。
グレルが笑って言う。
「がっはっは! オレは自然が似合う男なんだぞーっと♪」
ええ、本当に。
リュウとリンクは深く納得する。
リュウとリンクにBBQの道具を設置させ、テーブルや椅子も並べさせると、グレルが猫たちを呼んだ。
「おーい、おまえら集まれーいっ」猫3匹が川から出て駆け寄ってくると、グレルは続けた。「じゃ、さっそく食料調達といくぜ。この付近には食い物がたくさんあるから、食えるものなら何だって取ってきて良いぞ」
「じゃあ」キラが言った。「私は木の実やキノコを採って来るぞっ」
「ああ、せやな。キラはそれがええわ」うんうん、とリンクは頷いた。「キラ、うまい木の実やキノコに詳しいもんな。んで、リュウと師匠は狩りで肉担当やろ」
「おう、まかせろいっ♪」
と、グレルがリュウの肩を組む。
グレルから弓矢を受け取ったあと、リュウはリンクとミーナ、レオンの顔を見た。
「リンク、おまえはキラと一緒に行け。危機に遭遇したらおまえが犠牲になるように」
「はいはい…」
リンクは苦笑しながら承諾した。
リュウが続ける。
「んで、ミーナとレオンは…そうだな。ここで魚でも獲ってろ」
「はーいっ」
そういうことになった。
というわけで。
リュウとグレルは狩りへ、キラとリンクは木の実やキノコなどを採りに、ミーナとレオンはこの場に残って魚を獲ることになった。
リュウとグレル、キラとリンクを見送ったあと、レオンはミーナと共に川に足を踏み入れた。
「気をつけるんだよ、ミーナ」
と、レオン。
ミーナは何だか危なっかしい。
「何をだ? レオン?」
「ほら、余所見してると転――」
「ふみゃあっ!」
ばっしゃーん☆
ミーナが足を滑らせ、川の中に尻餅をついた。
「あぁ、もう…」
だから言わんこっちゃないと、レオンは苦笑した。
泣き出したミーナの腕を引いて立たせてやる。
「魚は僕が獲るから、ミーナは椅子に座ってなよ」
「う、うんー。えぐっ…えぐっ…」
ミーナが手の甲で涙を拭いながら、川から出て椅子に座った。
川の中に手を入れて魚を獲り始めながら、レオンは苦笑する。
(僕たちって、何事もなく事を終えることってないよなぁ……)
その頃。
リュウとグレルは弓矢で鳥を射落としていた。
3匹獲ったところで、グレルが唸る。
「うーん…。ちょっと待った、リュウ」
「何すか、師匠」
リュウは構えていた弓矢を下ろした。
グレルが言う。
「鳥ばっか食ってても、飽きるだろ」
「まあ、そうかも。じゃあ次はウサギとか?」
「そういう小物じゃなくてよ、どーんと大物を捕まえて戻ろうぜ」
「大物?」リュウは眉を寄せた。「何…、まさかイノシシとか?」
「だからそういう小物じゃなくてよ」
イノシシのどこが小物なんすか。
心の中で突っ込みつつ、リュウは訊く。
「じゃあ、何を捕まえたいんすか」
「オレ、ここに寝泊りしてた頃、よくあいつらを食ってたんだ」
「あいつら?」
「おう、森の熊さん♪」
「いや、ここ山だし」と、突っ込んだあと、リュウは耳を疑った。「…って、何食ってたって?」
「山の熊さん」
「…………」
共食いだ。
「てゆーか」と、リュウは訊いた。「師匠、銃とか持ってたんすか」
「いや、持ってねーよ?」
「じゃあ、剣で刺して捕まえたとか?」
「いや、そんなの別にいらねーだろ」
「何で?」
「何でって、そりゃあ――」
がさがさがさっ…!!
グレルの言葉を遮るように、グレルの傍らの草が大きく揺れた。
次の瞬間、草を揺らした主――5メートル以上はあろうか熊が姿を現し。
「――師匠っ!!」
危ない!!
リュウは腰の剣に手を持っていった。
だが、リュウが剣を抜くよりも先に、グレルの拳が飛び出した。
「こうすりゃいいじゃんよ?」
ボカァァァァァァァァン!!!
アッパーいったぁーーーーーーーーーーーっっっ!!!
仰向けに倒れた熊の片足を引っ掴みながら、グレルが言う。
「ほらな? こうすりゃ、捕まえられるだろ? 空飛んでる鳥より捕まえるの楽でいいよなあ、がっはっは♪」
「…………」
師匠、あんた。
素手で熊捕まえるんすか。
師匠、あんた。
人間だっけ?
呆然としているリュウを左手に、右手に熊を引きずってグレルがスキップしていく。
「もっと大物いねーかなあっと♪」
リュウとグレルは、次の狩りへと向かった。
その頃。
キラとリンクは、木の実やキノコを採っていた。
あっという間にカゴは満杯になり、リンクが言う。
「さっすが大自然やな! これだけあれば充分やろ」
「そうだな。では、ミーナとレオンのところへと戻るか」と、キラが通ってきた道とは別の方向に歩き出した。「こっちの方が近道になるぞ」
「おお、さっすが元野生やな。こういうところでは頼りになるわー」
リンクがキラのあとを着いて行って数分。
キラが突然立ち止まる。
「おっわ!」キラが急に立ち止まるものだから、リンクは慌てて立ち止まった。「な、なんやんねん、キラっ?」
と、リンクがキラの顔を覗き込むと。
「おお…おおおおおおおお……!!」
キラの瞳がとてつもなく輝いている。
何を見ているのかと、リンクはキラの視線を追った。
するとそこには、赤と白のキノコが生えていた。
「うわ、何このマ○オに出てきそうなキノコ……」リンクは眉を寄せた。「毒々しい色やなー。これ、明らかに毒キノコやろ」
「な、何を言うっ!」キラが声をあげた。「このキノコ、ものすごく美味いのだぞ!! 野生の猫モンスターの大好物だ!! …じゅるる…ああ、いかん。見るだけで涎がっ! リンク、採るのだ! 全部だ!」
「えぇ? ほんまに食えるんかいな」
そう疑うリンクだったが、キラは只ならぬ勢いでそのキノコをカゴに詰め込んでいる。
睦月島生活のときもキラは毒キノコを採ったことがないし、大丈夫かもしれない。
それに、食べなければいいし。
そう思って、リンクもキラと一緒にそのキノコをカゴに詰めた。
キラとリンクがテーブルのある場所へと戻ると、川辺には魚がたくさん獲ってあった。
椅子に座っていたミーナが、キラとリンクに気付いて手を振る。
「おっかえりーっ!」
川で魚を獲っていたレオンも、川から上がって言う。
「おかえりなさい。魚、これくらいで良いかな」
「うむ、充分ではないか」キラはそう言ったあと、背負っていたカゴをレオンとミーナの前に置いた。「見るのだ、おまえたち! これを!」
と、キラが指した赤と白のキノコを見て、ミーナとレオンの瞳が輝いた。
「おおおおおおっ!」ミーナがそのキノコを手に取り、声をあげる。「こ、こ、こ、これは!! わたしの大好物ではないかっ!!」
「す、すごい……!」レオンもそのキノコを手に取る。「すごい、こんなにこれが生えてたなんて……!!」
キラに続き、ミーナとレオンのこの反応。
(よっぽど美味いんか、これ……)
リンクはそのキノコに目を落としたあと、猫たちの我慢しきれないような様子を見て言った。
「ほな、これだけ先に食ってろや」
猫たちが舞い上がる。
炭に火をつけ、串に刺したそのキノコを網焼きにする。
焼ける間、リンクはテーブルに着いている猫たちにビールを渡してやった。
「でね、そのときグレルったらね」
レオンがグレルの話をし、キラやミーナを笑わせる。
リンクも一緒になって笑っていた。
「あっはっは! まったく、師匠は……って、あ。キノコ焼けたみたいやで」
と、リンクは焼けたキノコを猫たちに渡してやった。
笑い話が続けながら、猫たちは本当にそのキノコをおいしそうに頬張る。
しかもビールとの相性が良いらしく、ビールはあっという間に2本目。
キノコも2個目に。
(た、食べても大丈夫やろか)
リンクは涎をごくりと飲み込んだ。
猫たちが、あまりにおいしそうに食べるものだから。
リンクの様子を見て、キラがリンクにそのキノコを差し出す。
「ほら、リンク。リンクも食べてみれば良いではないか。美味いぞ?」
「う、うん……」
リンクはキラからキノコを受け取った。
(猫たちは普通に食っとるし、大丈夫やんな……?)
そう思って、リンクは恐る恐るキノコをかじった。
口の中で数度噛み、リンクは瞳を輝かせる。
「おおおっ! 何やコレ! めっさ美味いやん! しかも、ビールのツマミに最高やっ!」
「だから言ったではないかー」あはは、とキラが笑う。「もっと食うか?」
引き続き笑い話をしながら、キラからもう1つキノコを受け取って頬張るリンク。
「あーっはっはっは! 師匠ってば、何して――」
ふと、言葉を切った。
あれ?
なんか、腹がおかしい気がする。
……。
あ、あれ?
腹が……!?
「――あーーーーーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」
腹が!
腹がくすぐったい!!
な、なんやコレは!?
笑いが止まらんで!!
も、もしかしてコレ笑い茸か!?
やっぱり食うんやなかったーーーーーーーー!!!
突然大声になって笑い出したリンクに、猫たちは目を丸くする。
そのあとキラが、あはは、と笑って言う。
「そんなにレオンの話が面白いのか、リンク」
「おお、そうか」と、ミーナも笑ってキラに続いた。「楽しくて良かったな、リンク♪」
「そこまで面白い話したかなあ?」レオンまで続く。「笑いのツボって、人によって違うよね」
違う!
違うんや!
リンクは必死に訴えようとするが、口からは笑いしか出てこない。
助けて!
助けてやリュウ!
リュウーーーーーーーーーーーーーッ!!
そこへ、リンクの助けに現れるようにリュウとグレルが戻ってきた。
巨大な熊を2匹引きずって。
ぶっ!?
な、何で熊ーーーーーーーーーー!?
どうやってそれ捕まえたんや、オイ!!
熊を見てリンクは思わず目を丸くする。
「なんだぁ?」グレルがリンクを見て首を傾げる。「どうした、リンク? やけに楽しそうだな」
「うるせーな」リュウは顔を顰めた。「何げらげら笑ってんだよ、リンク。静かにしろ」
「どうも、あれらしいな」と、キラがリンクと熊を交互に見て言う。「ついさっきまでリンクはレオンの笑い話でツボに入っていたようなのだが、熊を見たらもっと笑いのツボにはまってしまったらしいぞ」
違うわボケーーーーーーーッ!!
助けてっ…!
助けて!!
リュウ!!
と、リンクは必死にリュウに手を伸ばした。
「あーーーーっはははははははははは!! リュ、リュウ…っはははははははははは!!」
「? 何だよ、リンク」
「あっっははははははははははは!! ちっ…ちゆ……!!」
治癒魔法をかけてくれ!
リンクはそう訴えるが、リュウは眉を寄せて言う。
「は? 何?」
「あっ…ははははははははははは!! ち、ちっ…っははははははは!! ちゅ……!!」
「おお、私、分かったぞ」
と、キラ。
リンクは心の中で瞳を輝かせた。
えらいっ!
えらいでっ、キラ!
おれの言いたいことが分かってくれたん――
「チューしてくれ、だそうだリュウ」
何ィーーーーーーーーーーーーーーーーー!?
ばっ、ちょっ、はぁ!?
何言ってねん、この天然バカ猫!!
おれがそんな気色悪いこと言うかっ!!
リンクは必死に首を横に振る。
不振に思ったリュウは眉を寄せた。
辺りを見回し、テーブルの上の毒々しいキノコに気付く。
「……」
リンク、おまえ。
まさかコレ食ったのか。
コレってキラたち猫にとっちゃ何ともないが、俺たち人間にとっちゃ毒キノコだぞ。
知らなかったのかよ、おまえ。
面白い奴だな。
にやにやと笑い出すリュウ。
その傍ら、キラが言った。
「うーん、悪いな、リンク。男同士とはいえ、リュウの唇はくれてやらんぞ。代わりに、グレル師匠にしてもらってくれ」
ハァーーーーーーーーーーーーーー!?
ちょ、まっ…、キラ!?
お、おまえ!
ええかげんにせい!!
師匠って、師匠って…!!
師匠とキスって……!!!
オエェェェェェェェーーー!!!
まだリュウの方がマシやーーーーーーっ!!!
リンクは必死に、そりゃもう必死に首を横に振った。
が、
「えっ、なんだって、リンク?」と、グレル。「オレにチューしてほしいのかよっ? まーったく、可愛い弟子だぞーっと♪」
はっ?
はっ!?
はぁーーーっ!?
師匠、あんたする気かいな!!
ちょ、ちょっと!?
ちょっとちょっとちょっとちょっと!!
まっ、待ってく――
ぶっちゅうううううううううううううううううううううっっっ(ハート×3)
とグレルに強烈な接吻をかまされたリンク。
(ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!)
失神。
「おおおっ」キラが目を丸くする。「リンクが快感のあまり気を失ってしまったぞ! すごいぞ、グレル師匠っ! テクニシャンだな!」
「いやあ、そうかなあ? ったく、リンクってば、感じやすい奴だなーっと♪」
声をあげて笑うグレル。
キラも笑い、よく分かっていないミーナも笑ってみる。
一方、レオンは気付いた。
背を向け、小刻みに震えているリュウに。
「……。涙目になってるよ、リュウ」
「リンクを哀れむあまりにだぜ」
「……。そうかな」
「おうよっ」
「……。何か知ってたでしょ、リュウ」
「何のことだ、レオン」
「鬼……」
レオンは苦笑した。
この日、リンクは再び病院と運ばれた。
リュウ一行の楽しい夏はまだまだ続く。
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