第18話 楽しい夏〜プール編〜


 文月島から葉月島へと飛行機で2時間。
 リュウとキラが葉月島空港へと着くと、リンクとミーナが迎えに来てくれていた。

「キラっ!」ミーナがぴょんぴょんとかけてきて、大好きなキラの胸に抱きついた。「おっかえりぃぃぃぃぃぃっ!」

「ただいま、ミーナ」キラはミーナを抱きしめてやりながら微笑んだ。「もう、葉月島はすっかり夏か」

 キラは、ミーナが着ている夏用のワンピースを見て言った。
 空港の窓から外を見てみる。
 葉月島を出て行ったときは雨が降っていたが、今はもう夏の空が広がっている。

「うむ! もう夏だぞ! 早く遊びたいぞ、キラ!」そうはしゃいだあと、ミーナがふとリュウに目を向けて言う。「……おお、リュウもおかえり」

「おせーぞ、コラ」リュウはミーナにデコピンしたあと、リンクに顔を向けた。「で、リンク。ゲールはもう帰ったんだな?」

 ゲール。
 その名を聞いて、キラがはっとして辺りを見渡す。

「ま、まだいるのか!? 葉月島に!? い、いるのか!?」

「いないいない、落ち着けやキラ」と、リンクが笑いながらキラを宥めた。「おまえらと入れ違いで飛んでったで、文月島に」

「そ、そうか」

 と、キラが安堵する一方、リンクが続けた。

「ほいで、どうやった? 文月島は」

 リュウが答える。

「おう、楽しかったぜ。仕事は多いわけじゃなかったし、報酬多いし、久しぶりにデートできたし。それに何より、義父上の墓作り兼、墓参りができたからな」

「は?」と、リンクが首を傾げる。「ちちうえ?」

「うむ」キラが頷いた。「私の父上の墓が、文月島にあってな。ついでに墓参りしてきたのだ」

「へえ、そうなんや。良かったやん。ていうか」と、リンクが笑った。「リュウ、すっかりキラを嫁にもらった気分やな、義父上なんて」

「ああ、もう、面白かったぞ、墓前のリュウは」キラが笑う。「こう、いきなり頭下げてな――」

 リュウがキラの口を塞いだ。

「いいんだよ、俺のことはどうでも。それより」と、リュウはリンクを見た。「ゲールの調査、どうだったって?」

 ゲールの調査。
 文月島に生息する最強モンスターの一種・レッドドッグと、葉月島に生息する最強モンスター・ブラックキャット、どちらが強いか調べるというものである。

 ハンターをやっている以上、リュウもそういった情報は少し気になるところだった。
 リンクが言う。

「変態ゲールが例の通り身を持って調査したところ、互角やって言ってた。力は」

「互角……か」

「ああ、力はな。ただ俊敏さとかまでは分からなかったらしいで」

「そうか」

「んで、伝言」と、リンクが苦笑した。「『また秋頃に調査することになりそうだから、その際はよろしく頼む』やて」

「は? 何をだ」

「それは秋までのお楽しみ、やて」

「……」

 顔が引きつるリュウに、尾が逆立つキラ、苦笑しているリンク。
 そんな2人と1匹の顔を、無邪気なグリーンの瞳が見回す。

「早く遊びに行こうぞっ」

「ああ…、そうだな、ミーナ」キラは気持ちを切り替えて、ミーナに笑顔を向けた。「夏だしな。たくさん遊ぼう」

「せやなっ」リンクが続いた。「よし、ミーナ。とりあえずはリュウ宅へGOや!」

「ごーーーーーーっ♪」

 ミーナが、リュウ宅のテラスに瞬間移動した。
 テラスからリビングに入ると、ソファーにはグレルとレオンの姿があった。

「あっ」レオンが笑顔になって、キラに駆け寄る。「おかえりなさいっ…」

「ただいま、レオン」

 キラがレオンの頭を撫でる。
 その傍ら、リュウは眉を寄せてグレルを見る。

「師匠」

「おー、おかえりぃ、リュウ♪ 土産はー?」

「ねーよ、遊びに行ったわけじゃねーんだから」

「冷てーなあ」

「それより、何でいるんすか」

「何でって、おまえたちが帰ってくるって言うから、ここで待っててやったんだぞーっと♪」

「どうやって中に?」

「どうやってって、リュウ、おまえ」グレルが呆れたように溜め息を吐いた。「ちゃんと鍵は掛けておけって言ったじゃねーかよ? 開いてたぞ、鍵。無用心だな、まったくおまえはよ」

「……」

 師匠、あんた相変わらずっすね。
 そりゃ、一週間やそこら会ってなかったくらいじゃ、変わらないけど。
 何で自分の怪力で鍵が壊れたことが分からないんすか。

 もはや言葉すら出ないリュウの傍ら、ミーナとレオンがキラをソファーに引っ張って行った。
 キラを挟んで座る。

「見て見て、キラ」と、レオンがキラの膝の上に広げたのは、葉月島のガイドブック。「野生のころは知らなかったけど、葉月島って遊ぶところがたくさんあるんだねっ」

「ほお」と、キラはガイドブックに目を落とした。「海にプール、山に川、かあ。ほお、花火大会や祭もあるのか」

「せやで」猫3匹の向かいのソファーに座り、リンクが言った。「葉月島は、夏になるとイベントが多いんやで。祭はどこかしらでやっとるし、花火もしょっちゅう上がる」

「海には観光客が押し寄せるし、レジャープールもあちこちにある」と、リュウがリンクとグレルの間に座って続いた。「……。おい、すげー狭いぞ、こっちのソファー」

「仕方ないやん、師匠おるんやから」リンクが苦笑する。「そういうリュウやてデカイし」

「てめーだってチビってわけじゃねーじゃねーか、リンク。可愛いフリしてねーで、床に座ってろ」

「嫌やっ。あぁもう、むさ苦しいわっ……」

 向かいのソファーで揉める飼い主たちをよそに、ペットたちは瞳を輝かせてガイドブックに見入っている。
 レオンが言う。

「ねえねえ、キラっ。僕、川でバーベキューっていうのしてみたいっ」

 ミーナが言う。

「キラ、キラ、わたしは流れるプールというやつに入ってみたいぞっ」

 キラが言う。

「BBQにプールか。私はテントというものでキャンプをしてみたり、あと海にでかいイルカの浮き輪持って乗ってみたりしたいぞ。というわけで、リュウ」

 と、キラが向かいのリュウの顔を見た。
 リンクと揉めていたリュウが、キラの顔を見る。

「何か言ったか、キラ」

「川でBBQとか、流れるプールで流されたりとか、テントでキャンプしてみたりとか、イルカの浮き輪に乗って海を泳いで見たりしたいのだが」

「おう、分かった」

 と、リュウ。
 リンクが口を挟む。

「そんなに仕事休めるんかいな? リュウ」

「んなの、1日の仕事の量を増やせば仕事ない日くらい作れんだろ」

「それって下手したら、1日の仕事量が睦月島に飛んだときみたいになんで」

「構わねーよ」

「おまえ、ほんまにキラバカやな」

「何とでも言え」

 リンクが呆れてしまう中、リュウがキラの顔を見て訊く。

「で、キラ。それらの予定はいつ頃だ?」

「うーん、どうしようか? 私がやりたいことは、後でよいぞ?」

 と、キラがミーナとレオンの顔を見た。
 ミーナとレオンが顔を見合わせる。
 そのあと、レオンが言った。

「僕のやりたいことも後でいいよ」

「そうか」良い子だな、とキラはレオンの頭を撫でた。「では、まずはミーナの希望からだな」

 ミーナがはしゃぐ。

「キラっ、キラっ、わたし明日には行きたいぞ! 流れるプールっ♪」

「うーん。明日、かあ……」と、キラの黄金の瞳がリュウに移る。「リュウ、大丈夫か?」

「……。おう」

 リュウが承諾しながら、立ち上がった。
 リンクの腕を掴み、一緒に立たせる。

「え!? 嘘、これから明日の分の仕事行くん!?」リンクは仰天した。「お、おまえ今日の仕事も2本あるやろ!?」

「明日の分と合わせて5本。睦月島に行ったときに比べりゃ、余裕だぜ。行くぞ、リンク」

「ウソォーーーーー!!?」

 リュウが半ば強引にリンクを引きずっていく。

「あ、リュウっ」キラがリュウを呼び止めた。「私たち、これから水着買いに行きたいのだが」

「……。水着…」

 リュウは呟いたあと、キラにお金を手渡した。
 そのあと、キラの手からガイドブックを取り、流れるプールのある施設へと電話を掛ける。

 一同が首をかしげる中、リュウが電話に出た受付嬢に言った。

「明日プール貸し切りお願いします」

 ――!?
 
 
 
 翌日。
 リュウ一行――リュウとキラ、リンク、ミーナ、グレル、レオンの6人は、レジャープールにいた。

 リンクの顔が引きつる。

「うわ…、ほんまにおれらしかおらへんで」

「当たり前だろ、貸し切ったんだから」

「リュウ、おまえ金の使い方おかしいで」

「うるせーよ。師匠やおまえらは仕方ねーとして、他のヤロウ共にキラの水着姿を見せてやるわけにはいかねーんだ」

 それだけのために、この男は大金を支払って貸し切ったというのか。
 リンクは呆れを通り越してしまう。

「リュウ、おまえ、心底尊敬すんで……」

「おう。おまえも俺を見習え」

「無理」

「なんだ、情けねーな」

 リュウは溜め息を吐いたあと、さっそくミーナとレオン、グレルと一緒に流れるプールで遊んでいるキラに顔を向けた。
 キラは色々と迷った末、ミーナとお揃いで3着の水着を買ってきた。
 今日はミーナと一緒に、白いビキニを着ている。

「ああ…、眩しいな俺の黒猫は」

「ていうか」と、リュウに続いてキラに顔を向けたリンクの頬が染まる。「せくすぃーすぎんで、キラの奴。チビのくせに、どんな身体してんねん」

「じろじろ見てんじゃねえっ」

 ゴスッ!!

 リンクに拳骨をお見舞いし、リュウもキラたちのところへと向かった。
 流れるプールに入ってみると、何だか流れが速い気がする。
 最近の流れるプールは以前もよりも速いものなのだろうか。
 そんなことを思いながら、リュウはキラたちのところへと泳いでいった。

 キラたちのところへと着くと、こんな会話がされていた。

「おおーっ、すごいぞグレル師匠っ」

 と、ミーナ。
 キラとレオンに挟まれる形で筏状の浮き輪に捕まって流されながら、感嘆したように声を高くした。

「グレル師匠も、リュウみたいに水魔法を使えるのだな」

 それを聞いて、リュウは理解した。
 この速い水の流れは、グレルが水を操って起こしているのだと。

「ああ、師匠は水と風を操れるんだよ。俺は火・水・風・地・光を操れるが、その2つだけは師匠に敵わねーからな」

「ほお」キラが声を高くした。「グレル師匠は武術が長けているように見えるが、魔術もすごいのか」

「ああ。意外とな」

「がっはっは!」と、大きな口を開けて笑ったグレル。「そんなに褒めるなよ、おまえたち♪ おじちゃん、頑張っちゃうぞーっと♪ おーい、リンクもこっち来いやあ」

 プールの端を歩いていたリンクに手招き。
 リンクが苦笑して言う。

「おれが泳げないの知ってるやろ、師匠」

「そうだっけ?」

「忘れたんかい!」

「がっはっは! だとしても、足がつく深さなんだから大丈夫だぞーっと。ほら、さっさと来ねーか」

「う、うん……」

 それもそうかと、リンクは少しびくびくとしながら流れるプールの中に入った。
 リンクがリュウたちのところに着く前に、グレルが言う。

「よーし、準備はいいかっ?」

 何の準備か分からないが、猫たちは頷く。
 それを見て、グレルが言った。

「んじゃ、高速水流グレルおじちゃんスペシャルだぞーっと♪」

 え!?

 リンクに走った嫌な予感。

「し、師匠! ちょっと待ってや!」

 何をする気だ!

   リンクは青ざめる。
 水流の速度がだんだんと増してきて。

 猫たちははしゃぐが、泳げないリンクはそうはいかない。

「ま、ま、待ってや師匠っ!」

「なーんだよ、リンク? え、もっと速く? まかせろいっ♪」

「言ってへんわーーーーーっっっ!!!」 

 と、言っているのに。
 グレルが大きな笑い声と共に、水流の速さを増していく。

「がーっはっはっはっ! 楽しいかリンクーっ!?」

「うむ、楽しそうだぞー」

 と、言ったのはキラ。
 あはは、と笑って続ける。

「笑いを堪えるあまり、リンクの顔が強張っておる! グレル師匠、もっとスピード上げてくれ」

「ばっ、ちょっ、おま……!!」

 リンクは更に青ざめる。

 おいコラ、この天然バカ猫!!
 おれのどこが楽しそうやっちゅーねん!?
 笑い堪えてるんやなくて、恐ろしさに顔が強張ってんねん!!
 おまえほんまに脳内正常か!?

「ったく、リンクは仕方ねーなっ♪」と、グレル。「ほーれほれほれ!! リンク、喜べーーーいっ♪」

 喜べねぇーーーーーーーー!!!

 リンク、半泣き。
 水流の速さがさらに増し、おまけにグレルは風魔法も操り、水を高く巻き上げていく。
 巻き上げて巻き上げて、まるで巨大な水の竜巻に。
 その天辺、ジェットコースター並の速さでぐるんぐるんと回されてリンクは泣き叫ぶ。

「ぎゃあああああああああああああ!!! リュウっ、リュウーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」

「どうした、リンク」リュウがにやりと笑う。「そんなに楽しいか」

「ち、ちがっ――」

「ったく、特別に独り占めさせてやるよ」

 と、リュウがキラとミーナ、レオンを抱えてプールの淵に飛び降りた。

「何だ、独り占めしたいのか、リンク?」と、グレルもプールの淵に下りる。「まーったく、おまえはよっ♪ 少しの間だけだぞ♪ ほら、特別サービスだぞーっと♪ ほーれほれほれほれほれほれっ!!」

 グレルが人差し指をくるくると回し、水流をさらに早く、水の竜巻をさらに高く巻き上げる。

 ぐるんぐるんぐるんぐるん、
 ぐーるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、
 ぐーーるるるるるるるるるるるるるるるるるるる!!!

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 宙高くに舞い上がったリンクの身体。

 ピューーー

 効果音を付けたら、そんな音がしそうだった。
 リンクの身体は20メートル飛ばされ、

 バッシャーーーーン!!

 と、波が出るプールの中へ。
 ぶくぶくと沈んでいく。

「見ろ、ミーナ」と、キラが笑いながら波が出るプールの方を指差した。「おまえの主は、楽しさのあまりに水の中から出てこないぞっ? カナヅチ克服したみたいだなっ♪」

「おおーっ!」ミーナが声を高くする。「よかったな、リンク♪」

「うんうん、良かったなぁ、リンクの奴」

 と、グレルも続いた。
 キラとミーナ、グレルの笑い声が辺りに響く。

 その傍ら、レオンがリュウの顔を見上げた。

「……。あの、リュウ?」

「なんだ、レオン」

「リンク、あのままでいいの?」

「大丈夫だろ、監視員が駆けつけてるし」

 レオンはもう一度リンクに顔を向けた。
 そのあと、またリュウの顔を見上げる。

「……。あの、リュウ?」

「なんだ、レオン」

「キラたちやグレルと違って、あなたは分かってるよね?」

「なんのことだ、レオン」

 にやにやと楽しそうに笑っているリュウ。
 レオンは苦笑して呟いた。

「鬼……」

 リュウ一行の楽しい夏は、始まったばかり。
 
 
 
 
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