第12話 月刊NYANKO〜後編〜
――翌朝。
オフ3日目のはずが、昨日に引き続き『NYANKO』の撮影。
グレルに玄関のドアの鍵を破壊されたものだから、リュウは仕方なくドアにチェーンだけをかけて寝た。
「はーい、起きろー。撮影行くぞーいっ♪」
想像はしていたが、チェーンはグレルにぶっちぎられた。
そんなことをしたなど、グレル本人は一切気付いていないところが恐ろしい。
キラと共に即行着替えさせられ、ロケバスの中に放り込まれると、リンクとミーナ、レオンが乗っていた。
早朝のおかげで、まだみんな顔が眠っている。
「リンク、おまえ……、寝起き本当ぶっ細工だな」
「うっさいわ。そういうリュウこそ、なんやねんその寝グセ頭」
「がっはっはっ!」ロケバスの助手席で、グレルが笑った。「いやー、おまえら本当仲良しだなあ。じゃ、これに着替えて」
と、グレル。
ダンボールの箱を、後部座席に置く。
「何これ」リュウは眉を寄せた。「衣装あんの?」
リュウたちがダンボールを覗き込むと、そこには畳まれた衣装が入っていた。
グレルが言う。
「聞いて喜べ! オレ様デザインの、『NYANKO・Tシャツ』だ! 愛猫とペアルックだぜ♪」
「――!?」
待ってくれ。
リュウの寝ぼけ眼が一気に冷めた。
ペアルックって…、ペアルックって……!
そんな恥ずかしいことしろと言うのか、このバカ師匠は!
しかも、
「セッ…センスねぇーーーーーーーーーーーーーーー!!」
何だ、このセンスのないデザインは。
Tシャツのカラーは赤・白・黄色の3色で、それぞれ胸元にピンクの大きなハートプリント。
そしてそのハートの中に、『I LOLE NYANKO』と書かれている。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ」リンクの寝ぼけ眼も覚める。「ペアルックだけならまだしも、これ着ろっちゅーんかい!!」
「おう、もちろんだ」グレルがさらりと答えた。「オレとレオンが赤で、リュウとキラが白で、リンクとミーナが黄色な。それぞれサイズ合わせてあっから、今さら文句言うなよー」
待ってくれ。
待ってくれ!
待ってくれ!!
自分用に用意されたTシャツを手に、リュウとリンクは衝撃を受けられずにはいられない。
「こっ、こっ、こんなTシャツ着ろっちゅーんかい、おれに!」
「リンク、おまえはまだいいじゃねーか! 普段ピンクも黄色も着るんだからよ! 俺は!? 俺はどうなんだよ、おい! 俺、普段モノトーンしか着ないんだぜ!? 白はともかく、組み合わせがピンクて…………!!!」
「ごっつ乙女カラーやなぁ」
「…っ…………!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
この俺が乙女カラーを身にまとうなど、赤っ恥だ!!
一世一代の赤っ恥だ!!!
リュウはキラを脇に抱え、ロケバスのスライドドアをがらりを開けた。
「どわああああ!」リンクが慌ててリュウを押さえつける。「何してんねん、リュウ! 車走ってんねんで!?」
「うるせー、離せ! 俺がこれくらいで怪我するか! 離せ! 離してくれ!! こんな衣装着て雑誌出たら、それこそ葉月島歩けねーんだよ!! 離してくれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「なーんだよ、リュウ」グレルが溜め息を吐いた。「衣装、不服なのか?」
「当たり前だ!!」
「ったく、ワガママな奴だぜ。仕方ねーな、オレのと交換してやる」
「嫌だ! 赤だって嫌だ! ピンクが嫌だ! つーかデザインがあり得ねえってコレ!!」
「まぁまぁ、リュウ」リュウの脇に抱えられているキラが口を開いた。「そう必死にならなくても大丈夫だ。Tシャツのプリントは表だけなんだから、カメラには背を向けて写れば良いではないか」
「そんなことしたところで、キラが着てたらバレバレなんだよ!」
「まぁ、ペアルックだしなぁ。しかも私たちだけでなく柄は皆お揃いだし、リュウがどんな柄のTシャツを着ているかなんて、誰もが分かってしまうな。うーん…、どうすれば良いものか。うーん……」キラは数秒唸ったあと、指をぱちんと鳴らした。「よし、私に良い考えがある! リュウ、安心しろ、大丈夫だぞっ」
と、キラが言うので。
リュウは何とか気を落ち着かせた。
やがて予定通りの撮影場所――葉月公園に着き、リュウは無理矢理グレルにTシャツを着せられ、ロケバスから下ろされた。
キラは何故か、ロケバスに積んであったバケツを手に持っている。
「で? キラ、良い考えって?」
知り合いがいたらどうしようかと、リュウは辺りをきょろきょろとしながら訊いた。
キラが歩き出しながら言う。
「こっちこっち、こっちだ」
キラを先頭に、一同は葉月公園の中を歩いていく。
やがて辿り着いたのは、広い公園の中心に作られている噴水。
「噴水…」リンクは呟いたあと、キラを見た。「あー、分かったわ。ここでずぶ濡れになって、皆でTシャツ脱ぎ捨てようってことやな?」
「いーや」キラが首を横に振った。「それでは、ペアルックという設定の意味がなくなってしまうではないか。噴水ではなく、その周りにあるものを見るのだ」
キラがそういうので、一同は噴水の周りに目をやった。
噴水の周りには大きな花壇があって、花々が見事に彩っている。
「うわー、綺麗やなー。これ全部植えたの、どれくらいかかったんやろう」リンクは見事な花々に、感嘆の溜め息を吐いた。「…で、この花壇で何を? あぁ、花に埋もれて撮影とか? それええかもな、見つかったら怒られるやろうけど」
「そんなことをしたところで、Tシャツのプリントは隠し切れぬ」
「ほな、何すんねん」
「皆、良いか」と、キラが花壇の前に立った。「私から横一列に、そうだな…1メートル置きに並んでくれ。ほら、スタッフも早く」
キラに急かされ、スタッフを含めた一同はキラに従った。
花壇の端にキラ、そこから1メートル置きにリュウ、ミーナ、リンク、レオン、グレル、スタッフ、スタッフ、スタッフ、スタッフ。
合計10人が花壇の前に立った。
それを確認したあと、キラが続ける。
「はい、袖まくってー」
全員が袖をまくった。
「はい、しゃがんでー」
全員がしゃがんだ。
「はい、花掴んでー」
全員が花を掴んだ。
「はい、気合入れてー」
全員が気合を入れた。
「はい、抜いて!」
ズボボボボボボボボッ!
全員が花を抜いた。
………………。
…………。
……。
え?
「――なっ、なっ、なっ……!?」リンクが驚倒して声をあげる。「なっ、なんてことしてんねん、キラーーーーーー!?」
リンクとスタッフは大慌てだが、キラは続ける。
「はい、花食ってー」
「食うなあああああああ!!」
「うまいな、この花」あはは、とキラが笑う。「ああ、人間は花食わなかったな。じゃあリュウたちは食わないでただ花抜いてくれれば良い」
「おう、了解」と、リュウはキラの指示通り花を抜き続ける。「早くしろよ、リンク」
「ばっ、おま……!!」リンクは青ざめて言った。「おかしいやろ!! これ怒られるどころやないで……!?」
「うるせー、なんとかなる。それより俺はこのTシャツを何とかしてほしくて仕方ねーんだよ」
「お、おまっ、おまっ……!! そっ、そんなことのために!? おまえはそんなことのために、こんな非常識なことを!?」
「うるせーな、早くしろよ。早く撮影終わらせねーと人が来るぞ」
「そうだぜ、リンク」グレルがリュウに続く。「抜いちまったもんは仕方ねーだろ。早くおまえも引っこ抜け」
リンクとスタッフが呆然とする中、リュウたちはキラに従って花を容赦なく抜いていく。
その上、猫たちは食っている。
ズボッ、
ムシャムシャ
ズボッ、
ムシャムシャ
ズボボボボッ、
ムシャムシャムシャムシャ…ゴックン。
花壇の花は、あっという間になくなった。
恐らく、植えたときの3倍以上の速さでなくなった。
表面に現れたのは、荒らされた土。
リュウが訊く。
「んで、キラ。このあとは?」
「このあとは、」と、キラが持ってきたバケツを噴水に持っていった。水を汲み、花壇に持ってきてぶちまける。「こうして、土をかき混ぜて、どろどろにしてくれ」
「よし、分かった。そういうことなら俺にまかせろ、バケツなんていらねえ」
リュウは言うと、噴水の水を魔術で操り、土だけになった花壇にまんべんなく振りまいた。
そのあとキラが土に手を突っ込んで言った。
「はい、かき混ぜてー。全体的にな」
もう、こうなったらどうにでもなれ。
呆然としていたリンクとスタッフも一緒になって、花壇の土をかき混ぜた。
混ぜて混ぜて混ぜまくって、どろどろの泥んこを作った。
「よーし、出来たぞっ♪」
キラがうんうんと満足そうに頷き、スタッフを後方に下がらせた。
撮影する3人と3匹を花壇の前に再び横一列に並ばせ、キラが言う。
「はい、手繋いでー」
3人と3匹は手を繋いだ。
「はい、バンザーイ」
3人と3匹は繋いだ両手を上にあげた。
「はい、華麗にダイビーング♪」
べちゃちゃちゃちゃちゃちゃっ!
端のキラから順に、リュウ、ミーナ、リンク、レオン、グレルと花壇の泥んこに華麗にダイビーング☆
………………。
…………。
……。
え?
「なんでやねん!!」リンクは泥の中から顔を出して突っ込んだ。「意味わからへんっちゅーねん!!」
「ふふふ、何を言うか」キラがにやりと笑って言う。「皆見るのだ、自分の胸元を!」
キラに言われ、自分の胸元に目を落とした一行。
「おおお…!!」リュウの目が丸くなる。「Tシャツのプリントが消えている……!!」
グレルデザインの恥ずかしいTシャツのプリントは、泥で見事に見えなくなっていた。
キラが続ける。
「Tシャツの色までは隠しきれないし、ペアルックの設定は守れるだろう」
「確かにな」うんうん、とグレルが納得した。「プリントが見えねーのは残念だが、まあ良いか。これでリュウもおとなしく撮影に参加するだろうしなっ! 砂場の砂じゃこうもいかねーし、よく考え付いたもんだぜ、キラは! がっはっはっ!」
「さすがキラだ…!」リュウが感動した様子で言う。「さすが俺のキラだ! おまえは天才だ!」
「ちょ、ちょっと待て!」リンクは思わず突っ込んだ。「リュウ、おまえほんまにそう思ってるん!? 天才て……、バカの間違いやろ!!」
「何を喚いているのだ、リンク」ミーナがはしゃいで言う。「良いではないかっ! 猫は泥んこ遊びが大好きだっ♪」
キラとミーナ、レオンが泥だらけになって遊び始める。
「よーし、スタッフ用意しろー」グレルが言った。「泥んこ遊びの撮影だぜっ! ひゃっほーーいっ♪」
「三十路のおっさんが泥んこ遊びしてんなっ!!」
と、リンクは突っ込むがグレルはペットたちと一緒になって大はしゃぎ。
「ああ、もう、信じられん信じられん……!!」
リンクの頭の中がぐるぐると混乱する。
何故、何故こんなことになっている…!?
ここはおれたち所有の公園やないやろ!?
公共の公園やで、おい!
何考えてんねん、このバカ集団!
「――って、何してんねん、キラ!?」
いつの間にか身体が土に埋められていて、リンクは仰天した。
キラがリンクの身体の上に土を盛りながら言う。
「何って、砂風呂ではないかー」あはは、とキラが笑う。「苛々しているときに風呂に入ると、落ち着くものだぞ? 温かいか? リンク」
「冷たいわ!!」
しかも砂風呂じゃなくて、土風呂だ。
キラが動揺した声を出す。
「なっ、何っ? 冷たいのかっ? そうか、そうだなっ、水を巻いて泥を作ったしなっ。よし、待ってろリンク! 今温かくしてやるからなっ、動くなよっ」
待ってくれ、キラ!
おまえ、まともなことを考えないやろ!
リンクを嫌な動悸が襲う。
土から抜け出ようとしたリンクを、グレルが押さえつけた。
「動くなってさ、リンク♪」
「砂風呂、うらやましいぞー」
ミーナもリンクを押さえつけた。
キラが言う。
「よし、リュウ。湯を作ってくれ。うーん、そうだな。泥が冷たいから、熱湯を入れればちょうど良いだろう」
「――!?」
待ってくれ!
何考えてんねん、この天然バカ猫は!
その熱湯をどうする気や、おい!?
リンクは顔面蒼白した。
リュウがにやりと笑って言う。
「まかせろ、キラ」
リュウが噴水から水を丸めるように取って浮かせ、炎魔術で炎をおこして水をあっという間に熱湯へ。
「ちょ、ちょ、ちょ………!!?」
リンクの身体の上に、熱湯の玉が移動してくる。
おい、リュウ……!?
何や、その楽しげな表情は!?
ま、まさかおまえ……!?
冷や汗をかき始めたリンクに、リュウがにやにやと笑って言う。
「なぁに、大丈夫だ、リンク。死なねー程度にしておいた」
「ま、ま、まままままっ、待てっ、待っ――」
「たっ、大変だぞっ!」キラの焦った声が、リンクの声を遮った。「リンクが寒さのあまりに、青くなってるぞ!」
「ちっ、ちがっ、ちがっ……!!!」
違う!
リンクは必死に首を横に振って否定するが、キラにはまったく伝わらない。
「待ってろ! 待ってろ、リンク! 今、温めてやるからな!」
「やめ――」
「リュウ、よーいっ!」キラが真剣な顔をして、リュウに合図を出す。「はいっ、リンクに熱湯ぶちまけてーっ!」
ばっしゃーーんっ☆
次の瞬間、リンクの断末魔のような声が葉月公園中に響き渡った。
撮影は公園に人が現れる前に終了し、一同は逃げるようにロケバスに乗り込んだ。
花の弁償代は、あとから無名で送っておくことにした。
「ところで」ミーナが言った。「リンクは、どうして病院に運ばれたのだ?」
あのあとリンクはリュウに治癒魔法をかけられたあと、念のためにスタッフによって病院に運ばれた。
キラがにこにこと笑って答える。
「どうもリンクは、砂風呂が気持ちよすぎて昇天寸前になってしまったみたいだぞっ♪」
「おおーっ、すごいな、キラは。さすがだぞっ」
と、ミーナが感心した。
早起きさせられたリュウは欠伸をして眠り、グレルは撮影した写真を見て嬉しそうに笑いながらロケバスを運転している。
ただ1人、いや1匹が、キラに突っ込んだ。
心の中で。
(それ、違うと思う……)
レオンは、隣で誇らしげに笑っているキラの脳内を尊敬した。
リュウ一行の3日間のオフのうち、2日を利用して『NYANKO』の撮影は無事に(一名除く)終えることができた。
ロケバスで自宅マンションまで送ってもらい、リュウとキラが車内から降りる。
「グレル師匠、楽しかったぞ?っ」キラがそうグレルに言ったあと、レオンを見た。「レオン、これでブラックキャットやホワイトキャットと仲良くなれると良いな」
「う、うん……」レオンは頷いた。「そ、その、キラ……。僕のために、ありがとう。撮影も楽しかった…、こんなに楽しかったのは本当に久しぶりなんだっ……」
「そうかっ」キラが手を伸ばし、レオンの頭を撫でた。「また、遊ぼうなっ♪」
「い、いいのっ?」
「もちろんだ、レオン」
そう言ってキラが微笑む。
レオンの頬が少し染まった。
こみ上げてくる、嬉しさに。
温かい気持ちに。
「ありがとうっ…!」
レオンがキラの首に抱きついた。
次の瞬間、レオンはリュウの拳にてロケバス内に戻され、ロケバスは去っていった。
「さて」ロケバスを見送ったあと、キラはリュウと手を繋いでマンションのロビーへと歩いていった。「帰ろうか、私たちの家に」
「ああ、帰ろうぜ、俺たちの家に」
「楽しかったな、撮影」
「ああ、楽しかったな。リンクが」
「ああ、リンクは本当に面白い奴だな。気持ち良いのは分かるが、まさか昇天寸前になるとは思わなかったぞ。あはははははは」
こうして、リュウ一行の3日のオフは過ぎていった。
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