第13話 大食い大会〜前編〜


 リュウ一行が掲載された『NYANKO』――今月号が発売されて一週間。
 季節は梅雨。

 予定通りグレルの写真とメッセージを加えたおかげで、葉月島を歩いていてもリュウ一行に声をかける人々は減少した。
 特集記事に付け加えられたグレルの写真は、グレルがゴリラのような上半身を露わにしてカメラをぎらぎらと睨み、黒い毛で覆われた筋肉隆々の身体を曝け出し、まるでボディビルダーのようなポーズを取ったもの。
 これだけでも、充分恐ろしいものがあった。
 加えて肝心のメッセージは、『この3匹のにゃんこを見かけても声をかけちゃイ・ヤ・ヨ(ハート) 約束を破った悪い子は、お・し・お・き・よーん(ハート) by編集長』と、なんともまあ気持ち悪いものに仕上がった。
 おかげでリュウ一行は平穏無事に過ごしている。

 それから、リュウ一行が雑誌に載った目的は、ブラックキャットとホワイトキャットの間に生まれたミックスキャットであるレオンが、ブラックキャットからもホワイトキャットからも疎まれないようにする、というものだが。
 ブラックキャットのキラと、ホワイトキャットのミーナ、そしてミックスキャットのレオンが仲良く遊んでいる姿は効果絶大のようだった。
 今月号が発売されてから、グレルはペットであるレオンを仕事に連れて行ったそうだ。
 すると、今まではレオンを見て牙を剥いていたブラックキャットやホワイトキャットが、興味津々とレオンに近寄ってきて、遊びを要求してきたそうな。

 おかげでグレルの仕事に着いて行けるようになったと、レオンは嬉しそうに話している。
 今、ここで。
 リュウ宅のリビングで。

「…というわけで、本当にありがとう、キラ」

 と、まだまだ幼い笑顔でレオン。
 あのツンデレぶりはどこへやら。
 すっかり素直になって、キラにとっては可愛い弟のようだ。

「あのよ…」リュウが溜め息を吐いて口を開いた。「レオン、おまえ最近しょっちゅう、うちに来てねえ?」

「え? あ……、すみません、迷惑ですか?」

「いや、迷惑っていうか……」リュウの顔が引きつる。「俺とキラの家の、このリビングが、すっかり溜まり場になりやがってる気がしてな………!?」

「溜まり場」キラが鸚鵡返しに言い、リビングの室内を見渡した。「まあ、たしかになあ」

 ソファーにリュウとキラが並んで座っており、その向かいにはレオン。
 テレビの前では、リンクとミーナがテレビゲームをしている。
 そして、キッチンにはグレルが立っている。

 グレルがキッチンから言う。

「もう少しで昼飯だからなー、おまえら待ってろよっ♪」

「師匠…」リュウは再び溜め息を吐いた。「何であんたが昼飯作ってんすか。俺はキラの飯が食いたいんだ」

「たまにはいーじゃねーかよ、リュウ。愛する師の手料理だぜ? ツンデレやってねーで、素直に喜べいっ♪ がっはっはっ!」

「……」

 リュウはまた溜め息が出そうになりながら、口を閉ざした。
 グレルの相手はほとほと疲れる。

 テレビゲームをやりながら、リンクが笑った。

「まあ、ええやん、リュウ。師匠の料理はまずいってわけでもあらへんし。量が尋常じゃないけど……」


「どんな量?」

 キラが訊くと、レオンが苦笑しながら答えた。

「1人前が5人前はあるかと……」

 そして10分後、グレルの料理が運ばれてきた。
 本日の昼食メニューは、グレル特製焼き豚チャーハン。
 それぞれの前に、どーんと大皿が置かれる。

「さあっ、たーんと食えっ♪」

 と、グレルが真っ先に食べ始める。

「お…、おおお…」キラは目を丸くした。「な、7人前はあるぞっ」

「お、おおお」ミーナも目を丸くした。「こ、これを全部食えと言うのかっ?」

「いや、無理せんでええから」リンクは苦笑した。「残ったら残ったで、師匠が食うから心配せんでええ」

 一体グレルはどんな腹をしているのか。
 リュウやリンクも普段3人前は食べるが、それでも半分以上余ってしまう。
 キラはがんばって約2人前食べ、ミーナも頑張って約1人前を食べた。
 レオンは約2.5人前食べ、残飯合計約23人前。
 自分の分をあっさりと平らげたグレルが、さらにそれを全部消費した。

 グレルが膨れた腹を叩いて言う。

「ふうー。食った食った」

「す、すごいものを見たぞ」キラが唖然として言う。「最近よくテレビで見る、大食い大会に出場したら優勝できるのではないか?」

「う、うむ」ミーナが同意した。「優勝しそうだぞっ」

「あー、そういえば」と、リンクが床に散らばっていた新聞の広告を手に取った。「近くで行われるらしいで、大食い大会。一週間後やて」

 一同はその広告を見た。
 そこには、『大食い大会IN葉月島葉月町葉月小学校体育館! 出場者募集!』と書かれてある。
 葉月小学校は、リュウ・キラ宅から徒歩20分ほどのところにある。

「ほお」キラが声を高くし、広告を手に取った。「あそこの子供たちが通う学び舎でか。えーと詳細は……ふむふむ。ほおほお」

「何て書いてあるの?」

 レオンが訊いた。

「大食い個人の部と、5人チームの部があるらしいぞ。で、優勝すると賞金がもらえるらしいぞ」

「なんやてっ!?」すぐさまリンクが反応した。「いくら!? いくらやて!?」

「個人の部は100万ゴールド、チームの部は500万ゴールド」

「よっしゃあ!」リンクがガッツポーズを作った。くるりとリュウに顔を向ける。「なあ、リュウ――」

「嫌だ」

「ま、まだ何も言ってへんやん」

「どーせ出場したいって言うんだろ?」リュウが溜め息を吐いた。「おまえ、また金欠なのかよ。睦月島の仕事の分け前だってあんのに、おまえどんな金遣いしてんの?」

「おっ、おまえにそんなこと言われたくあらへんわーーー!!」リンクが思わずと言ったように大声を上げた。「だっ、誰のせいで金欠になってると思ってんねん! リュウがキラに何でもかんでも買ったるから、うちのミーナもほしがるんやで!?」

「ふーん?」と返しながら、リュウはキラに顔を向け、「最近買ってやったもので、一番高いのって何だっけ?」

「んー」キラが黄金の瞳を上に向けて考える。「赤い車かな」

「しかもっ!」リンクが頭を抱える。「しかもしかもしかも! なんっっっで! 高級車なんや! おれの仕事の報酬なんて、全部吹っ飛んだわ!! 駐車場代増えるしっ!!」

「キラとおそろいの車になったのだ」

 と、ミーナが嬉しそうに言い、キラがミーナの頭を撫でて言う。

「うんうん、良かったなミーナ。まあ、運転するのはリュウとリンクだがな」

 あはは、と無責任に笑うキラに、リンクの怒りはわなわなとこみ上げる。
 リンクが再び声をあげそうになったとき、グレルが口を開いた。

「まあまあ、落ち着けやリンク。オレが個人の部に出場して優勝したら、半分おまえにやるからよ」

「えぇっ?」リンクの瞳が感動に潤む。「しっ…、師匠っ……! 困ったときは、やっぱり師匠やなっ……! リュウは駄目やっ、薄情やっ!」

「ふん」リュウが短く笑った。「なんとでも言え」

 もうそんな目立つようなことは嫌だ。
 キラと静かに暮らしたいんだ、俺は。

 リュウは思った。

 のだが。

「ねえ、リュウ」キラが言った。「チームの部に出たい」

「おまっ……!」リュウの顔が引きつる。「な、何言ってんだよ…!? それ全島で放送されんだぞ……!?」

「大丈夫だって、リュウ」グレルが口を挟んだ。「ハンターだってことと、本名を明かさなきゃ、結構大丈夫なもんだぜ?」

「で、でも――」

「お願い、リュウ」キラがリュウの言葉を遮った。「チームの部に出て賞金もらえれば、ミーナに貧しい思いをさせなくて済むのだ」

「で、でも、だな、キラ。ほらっ…、ペットは出場禁止なんじゃね!?」

「ううんー」キラが首を横に振る。「ばっちり最後に、『人間に近いモンスターちゃんも出場可』と書かれてあるぞ」

 リュウの顔がさらに引きつる。
 どうなってんだ、葉月島は。
 モンスターをペットにすることが流行中とはいえ、どうなってんだオイ。

 リュウは必死にキラが諦めてくれる言葉を探した。

「で、でも、キラ。チームの部に出場するとしたら、誰を出す気だ?」

「そりゃあ、私とリュウ、ミーナ、レオン、リンクの5人だ。グレル師匠は個人の部だしな」

「俺たち5人じゃ、優勝できるわけねえって。どう考えてもなっ…」

「そうか?」

「そうに決まってる。さっきの師匠のチャーハンだって、キラは2人前だし、ミーナは1人前しか食べれてねーんだぞ? そんなんで優勝できるほど大食いの世界は甘くねえって」

「うーん……」

 唸るキラ。

 今回はさすがに諦めるだろう。
 いや、諦めてくれ。
 リュウは願った。
 少しして、キラが広告を手に取った。
 リュウの携帯を取って、そこに書かれている電話番号にかける。

「あ、もしもしー? 大食い大会チームの部のことでお尋ねしたいことがあるのですが。ええと、これはどういう対戦方式で? …ふむふむ…ふーん。で、メニューの予定は? …ふむふむふむ、ほおほおほお。分かりました、ありがとうございましたー。では失礼…」

 電話を切ったキラ。
 くるりと傍らのリュウに顔を向けて、満開の笑顔。

「だーいじょーぶだ、リュウ♪」

「な、何が?」

「心配しなくても、優勝できるぞー♪」

「な、何で?」

「チームの部は、合計3皿の大皿メニューが出されて、一番早く食べ終えたチームが優勝らしいのだが」

「そ、それで?」

「最初の一皿目が前菜、二皿目がメインディッシュ、三皿目がデザート。ほら、余裕ではないかっ♪」

「ど、どこが?」

「前菜は軽いものだろうから、おそらくレオン1人で何とかなる。メインディッシュは重いものだろうから、普段人並み以上に食べるリュウとリンクが頑張れば大丈夫だろう。食べる速度も速いしなっ♪ そして、最後のデザートは私とミーナで余裕ではないかー♪」

「…………」

 キラの笑い声がリビングに響く。
 続いてミーナの笑い声も混じる。
 同意したリンクも笑った。
 おまけにレオンまで笑いやがった。

 待ってくれ、おまえたち。
 そりゃ、レオンも成長期の男だし、軽い前菜を食べきれるかもしれないが。
 そりゃ、この俺・リュウとリンクは、食べようと思えば5人前ほどは食べれる上に、いつも忙しい仕事と仕事の間に食べなきゃいけないものだから、いつの間にかえらく早食いになったが。
 そりゃ、キラとミーナは、ビュッフェに連れて行くとデザート類の乗った皿をあっという間に空っぽにしてしまうような、俺からすれば有り得ねーし、信じられねー舌と腹をしてるが。
 そりゃ、それらを考えれば優勝できなくもない気がするが。
 そりゃ、出るからには『優勝』を掻っ攫いたいが。

 でも、
 でもでもでも!

 また顔を晒したいのか、おまえたちは!
 俺はこれ以上、顔を知られるようなことは避けたいんだ!
 駄目だ、やっぱり駄目だ!
 キラ、今回こそは賛成してやらねーぞ!

「キラ――」

「ねえ、リュウ」

 キラがリュウの言葉を遮った。

 なんだ、キラ。
 またこのリュウにトドメの一言をさす気か?
 いくら可愛いことを言われようと、どんな甘い誘惑をされようと、今日という今日は、トドメをさされな――

「リュウが参加してくれないなら、王子呼ぶぞ?」

 脅しかよ!
 
 
 
 というわけで。
 一週間後。
 大食い大会IN葉月島葉月町葉月小学校体育館。
 そこの出場者に、リュウ一行はいた。

 まずは大食い個人の部から始まった。
 個人の部は制限時間1時間で食べれるだけ食べ、食べる前と食べた後で体重を量って、一番体重が増えた者が優勝、というもの。
 出場者10人のうちの1人に、グレルがいる。
 想像はしていたが、明らかにダントツの速度で、ダントツの量を胃に収めていっている。

「おおーっ」ミーナが目を丸くする。「すごいな、さすがはグレル師匠だぞ! とても人間とは思えぬぞーっ」

「せやなあ」リンクが笑った。「見てみぃ、周りの出場者、呆気に取られてんで」

「うんうん、グレル師匠はすばらしいなっ」キラが言った。「グレル師匠の優勝は間違いない。これで私たちも優勝すれば、ミーナに貧しい思いをさせなくて済むなっ♪」

 あはは、と笑ってキラが傍らのリュウの顔を見上げる。

「リュウ、参加してくれてありがとっ♪」

「フン」リュウが不機嫌露わに、キラから顔を逸らす。「可愛いこと言って俺にトドメさすと思いきや、今度は脅しかよ」

「人聞きが悪いな、リュウ。私は本気で言ったのだ。リュウが出場するの嫌そうだったから」

「それにしたって、何で王子なんだよ!?」

「案外よく食べるのだ、あの王子。理由はそれだけだが……。何かおかしかったか?」

「おかしいに決まってんだろ! 王子はおまえのこと、きっとまだ好き――」

「まあまあ」リンクがリュウの言葉を遮った。「キラは脅したつもりなんか、少しもあらへんのや。ほんまに本気なんや。なんせ、天然やから……」

 と、リンクが苦笑する。

「もう諦めい、リュウ。出場してしまったんやし。あんまりキラのこと怒ると、また泣いてしまうで?」

「う……」

 そうかも。
 リュウはキラに目をやった。

「…リュウ……?」

 案の定、キラの瞳に涙がこみ上げてきている。

「う……、くそっ……」リュウは脱力した。「が……、がんばろうな、キラっ……」

 リュウがキラを抱きしめると、キラに笑顔が戻った。

「ありがとうリュウっ♪ がんばろうなっ♪」

「ああ…、がんばろうな」

 こうなったらもう、やるしかねえ。

 リュウは覚悟を決めた。
 なんせこの俺は、超がつくほどの負けず嫌い。
 勝負となった以上、何が何でも『優勝』を掻っ攫う!

 リュウは、キラ、リンク、ミーナ、レオンの顔を見回した。

「よぉぉぉぉぉし、おまえら……!」

 リュウの顔を見て、キラ、リンク、ミーナ、レオンの表情が引き締まる。

「気合を入れろ!」

「おう!」

「準備はいいか!」

「おう!」

「狙うは当然!?」

「優勝!」

「よし、行くぜぇーっ!!」

「合点、アニキ!!!」

 リュウ一行(勝負中のグレル除く)の雄叫びが、葉月小学校体育館内に響き渡った。

 リュウ一行の壮絶な戦いが、今、始まる。
 
 
 
 
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