第10話 ミックスキャット
葉月遊園地の一角。
ミーナの泣き叫ぶ声が響く。
ミックスキャット――ホワイトキャットとブラックキャットの間に生まれたモンスター。
灰色の猫耳と尾。
青い髪と赤い瞳。
右手についたリンクの血を舐めて、赤い瞳をリュウの黒々とした瞳に向ける。
「僕がやったのか…って? 見れば分かるだろ。こいつは僕がやった」
外見年齢は12歳のミーナの少し上くらいのミックスキャットの少年。
足元に倒れているリンクと、リンクの背にしがみ付いて泣き叫んでいるミーナに目を落とす。
「リュウ、リンクの手当てを」キラが言って、リンクの背にしがみ付いているミーナをはがした。「大丈夫だ、ミーナ。リンクは死んでいない、大丈夫だ」
微笑んでいるキラの顔を見て、ミーナは頷いて泣き止んだ。
リュウがリンクを後方に運び、治癒魔法をかけ傷を治していく。
ミーナも後方に下がったのを確認したあと、キラは目の前のミックスキャットに目をやった。
「おい、小僧。おまえ、何故リンクを襲った」
「別に、誰でも良かった。逃げ惑う人間たちの中で、そいつだけが僕の前に飛び出てきた。だから腹を裂いてやった」
「ふ」キラが短く笑った。「なんだ、それは。なんだ、その理由は。それではゲスの人間と変わらぬな。私は人間でなくモンスターだろうと、ゲスは嫌いでな」
キラがミックスキャットの首を掴んだ。
「ほお、首輪なし。野生、だな」キラの爪がミックスキャットの首に食い込んでいく。「私がおまえに何しても、悲しむ主なし、ってことだな」
「…っ……!」
ミックスキャットが苦痛に顔を歪める。
「なあ、小僧。リンクを傷つけるということが、どういうことか教えてやろう。それは『主が死んでしまうかもしれない』という、自分の死よりも恐ろしい恐怖と悲しみを、私の可愛い妹のようなミーナに与える、ということだ。つまりそれは……」キラの手に力が入った。「この私に、殺してくれと言っているようなものだ!!」
キラの爪がさらにミックスキャットに食い込んだ瞬間、いつの間にか傍らに来ていたグレルがキラの手首を握った。
「はーい、ストップ、キラ」
キラが顔をあげると、そこにはグレルの笑顔。
「放せ、グレル師匠! 私はこの小僧が許せない!」
「やめろ、キラ」
主の命令が聞こえ、キラの手の力が緩んだ。
「リュウ…、なんで…?」
「そのミックスキャット、たぶん師匠のペット……」
「へ?」キラはグレルの顔を見上げた。「グレル師匠のペット? こいつが?」
「いやー、うん。そうなんだよねー」そう言ってグレルが笑う。「緊張感たっぷりだから、つい出にくくってよ。がっはっは!」
「で、でもっ」キラはむせ込んでいるミックスキャットを見た。「首輪していないではないかっ」
「もー、また外したのか、レオン。困ったちゃんだなあ」
と、グレルが笑いながらミックスキャット――レオンの頭を撫でる。
「うるさいっ!」
レオンがグレルの手を振り払った。
いや、振り払いたかったんだけどその手はびくともしなかった。
「ぼっ、僕はおまえのペットなんかじゃない! 何度言えば分かるんだ!」
「うーん、ツンデレだなあ、オレのペットは。がっはっはっ!」
「ちっ、ちがっ……!! グレルが抵抗する僕を無理矢理に引っ張って来たんじゃないか!」
あぁ、やっぱりか。
リンクの治療を行いながらグレルとレオンのやりとりを聞いていたリュウは、苦笑しそうになった。
やっぱりレオンは、グレルの馬鹿力に野生からずるずると引っ張られてきただけだった。
レオンが必死に抵抗しているのに、まるで気付いていないグレルが大きな声で笑いながら引きずっていく姿が目に浮かぶ。
だが、
「なるほど、ツンデレだな」キラがグレルに同意した。「本当にペットになりたくないのなら、首輪を外してまた野生に帰れば良いだけのことだ。そうだろう、レオン? 否定するならば、何故わざわざグレル師匠がいるところへと現れる。私にはわざと人間を襲い、グレル師匠の気を引こうとしているように見えるな」
「違う! 偶然だ!」レオンが喚いた。「いつも偶然、僕が行った場所にグレルがいて――」
「ほお、『いつも』」キラがレオンの言葉を遮った。「いつも偶然、おまえが行った場所にグレル師匠がいる……と?」
「そ…」レオンがキラから目を逸らす。「そうだっ……」
「本当、ツンデレだな」キラが溜め息を吐いた。「素直になれ、レオン。何度もこんなことを繰り返していては、グレル師匠を失うことになるぞ。というか」
キラが鋭い爪を光らせて不敵に笑む。
「死ぬぞ、おまえ」
「う……」
レオンが青ざめてたじろいだ。
キラから顔を逸らし、グレルに背を向け、少し間を置いてから再び口を開く。
「…グレルはっ…、僕を無理矢理ペットにしたのにもかかわらず、仕事仕事で……」
「構ってくれないのか」
キラが訊いた。
レオンが続ける。
「僕を放ったらかしにしているわけじゃないけど……、他の猫を構ってばかりだ。撮影だか取材だか知らないけど、いつもいつも他の猫の相手をしている。今日だって……」
「なるほど、ヤキモチか。それでグレル師匠の気を引こうと、グレル師匠の後を追って人間を襲ったわけか」そう推理し納得したあと、キラはグレルの顔を見た。「なあ、グレル師匠。せめてレオンを仕事へ一緒に連れて行ってはどうだろう」
「いや、やめておいた方が良い」
リンクの治療を終えたリュウは口を挟んだ。
キラとグレル、レオンのいるところへと歩いてきて続ける。
「やめておいた方が良いから、師匠もレオンを仕事へ連れて行かねーんだよ」
それを聞いて、キラとレオンがグレルの顔を見上げた。
珍しく真顔で、グレルが言う。
「ああ…、そうなんだ。『NYANKO』は猫科モンスターの中でも、キラやミーナ、レオンのように人間に近いモンスターを載せることがほとんどだ。取材も当然、ホワイトキャットやブラックキャットばかり」
「だから、なんだよ」リュウが続いた。「キラとミーナは別として、ブラックキャットとホワイトキャットは犬猿の仲。キラ、おまえもミーナと出会う前まではホワイトキャットなんて嫌いだっただろ?」
「ああ、そういえばそうだったな」うんうん、とキラは頷いた。「今はもう、嫌いじゃないが」
「その間にできたミックスキャットのレオンは、はっきり言えばどちらからも疎まれる存在。そうだろ?」
リュウがレオンに訊いた。
レオンが奥歯をかみ締め、堪えきれない涙を零しながら言う。
「僕はっ…僕はっ、父上と母上が死んでから、ずっと一匹だった……! ホワイトキャットのところへ行ってもブラックキャットのところへ行っても、牙を剥かれ、尾の毛を逆立てられる。罵倒され、爪で引っかかれる。だからずっとずっと、一匹で生きてきた」
「そこへ、グレル師匠が現れたのか」
キラの質問にレオンが頷いた。
「グレルは僕を見つけたとき、独りなのかと訊いた。そうだと答えたら、僕を引っ張って行った。突然のことに、僕は必死に抵抗した。…まあ、徒労だったけど」
そうだろうな。
リュウは心の中でレオンに同情した。
レオンが続ける。
「ホワイトキャットもブラックキャットも信用できなくなった僕は、人間なんてもっと信用できなかった。大嫌いだった。……でも、グレルは違った。優しかった。いつも笑って僕を見てくれる。僕の相手をしてくれる。でも…、でも、どうしてそれが僕だけに与えられないんだ! グレルはどうして他の猫も可愛がるんだ!? グレルはっ…グレルは、僕だけの主なのに!」
「……レオン」キラがレオンの肩に手を乗せた。「仕事だ、仕方ない」
「みっ…、身も蓋もないなっ、おまえっ……」
「だってそうだろう」キラが続ける。「それが、グレル師匠の仕事なのだから。私だって主の仕事で、まったく腹が立たないわけでもない。たとえば、舞踏会で私以外の女と踊らなければいけない、とかな。仕事でなくても迷惑なくらいモテるものだから、そりゃもう、時には世の中の女を片っぱしからぶっ飛ばし爪で切り裂いて、噛み付き肉を引きちぎり返り血を浴びて――」
「落ち着け」
リュウは突っ込んだ。
思わず突っ込んだ。
愛猫が恐ろしい。
「お、落ち着け、キラ」
キラが咳払いをして続ける。
「だからだな、レオン。他の猫と関わらなければいけないのがグレル師匠の仕事なのだから、そこは我慢しなければならないぞ? まあ、私が我慢していられるのは、主からたくさんの愛情をもらっていられるからなのだが……。グレル師匠は、おまえに与えてくれないのか?」
「…与えて……くれる」
レオンは声を小さくして答えた。
グレルは仕事から帰ってくると、たくさんの愛情を与えてくれる。
おもちゃや、おいしい食べ物を買ってきてくれる。
たくさん頭を撫でて、たくさん抱っこしてくれる。
そのたびに、レオンはグレルのことが好きになる。
だから、ますます他の猫を構うことが許せなくなる。
キラが続ける。
「でも、まあ、そうだな。グレル師匠がレオンを仕事に連れて行くのが一番良いのだが。うーん……、どうすれば良いものか」
キラが唸りながら、真剣な顔をして考え始める。
ここでリンクが目を覚まし、身体を起こす。
「あっ、リンクっ」ミーナがリンクの首にしがみ付いた。「ふみゃああああん、良かったにゃあああああ!」
「ミーナ…。あれ、おれ……。あぁ、そうか。ミックスキャットに殺されかけ――」レオンの姿を見て、リンクが目を丸くした。「どわああああああああああああ!! そっ、そいつやっ、おれを襲っ――」
「うるさいぞ、リンク」キラがリンクの声を遮った。「私は今、考え事をしているのだ。静かにしていろ。このミックスキャットなら、レオンっていってグレル師匠のペットだ。分かったならミーナを抱きしめてやれ。おまえのために泣いていたのだぞ」
「えっ? あっ、うん…………?」
突然のキラの言葉にリンクは、困惑してよく理解できず。
とりあえず言われた通りミーナを抱きしめた。
キラの唸りが続く。
「うーん…、うーん……。あっ!」キラは閃いた。「これだっ、これが良いぞ! グレル師匠、これで行こう!」
「ん? なんだ、キラ」
「ブラックキャットとホワイトキャット、それからミックスキャットのレオンが仲良くしているところを撮影して『NYANKO』に載せるのだ! 異例のこの組み合わせこそ、効果絶大だ! ブラックキャットにもホワイトキャットにも、稀にいるミックスキャットにも、仲良くできるんだってところを、『NYANKO』を通して伝えるのだ! 野生の猫たちは『NYANKO』を読まないだろうが、そんなのは関係ない。レオンはもう野生ではないのだから。ペットとなっている猫たちに、伝えるのだ! もう敵ではない、と!」
「ちょっ、ちょっと待て、キラ!」リュウとリンクが声をあげた。「そのブラックキャットとホワイトキャットは誰が……!?」
「そんなの決まっているではないかー」と、キラが笑う。「ブラックキャットは私が、ホワイトキャットはミーナがやるのだ」
「かっ……!」
勘弁してくれ!
リュウとリンクは心の中で叫んだ。
グレルが言う。
「おおーっ、ナイスアイディアだぜ、キラ! そうだ、それが良い! これでキラとミーナの取材もできるし、レオンを仕事へ連れて行くことが可能になるかもしれないな! 一石二鳥ってやつだな、がっはっはっ!」
「だっ…駄目だ駄目だ駄目だ!」リュウは慌てて首を横に振った。「師匠、まじで勘弁してください! キラとミーナが雑誌に出たら、俺たちの平穏無事な日々は二度とこねえ……!!」
「そうや、そうなんや、師匠!」リンクも慌ててリュウに続いた。「これ以上、おれたちの顔を晒すようなことは勘弁してや……! キラっ、おまえもバカなこと言うんやない! 葉月島を歩けなくなんで!? 分かっとんのかい!!」
「落ち着くのだ、リュウもリンクも」キラが落ち着いた様子で言う。「私だって、そのへんのことは考えてある。掲載された『NYANKO』発売後でも、葉月島を無事に歩ける方法を」
「そ、その方法は……!?」
リュウとリンクが、ごくりと唾を飲み込んで訊いた。
「ずばり!」と、キラが言う。「私たちの特集ページに、グレル師匠の写真付きでメッセージを付け加えておくのだ! 『この3匹の猫ちゃんたちを見かけても声を掛けたりしちゃ、ダ・メ・だ・ぞっ(ハート) by編集長』ってな風にな! グレル師匠、思いっきりカメラ睨みつけて頼むぞー。あはははははは」
うわ、それ、すげー効果ありそう。
リュウとリンクは想像して青ざめた。
グレルに睨まれるだけでも只事ではない恐怖なのに、そんなメッセージ付け加えられたら気持ち悪くて仕方ない(語尾にハートマーク付きだし)。
グレルが言う。
「がっはっはっ! それで良いなら、いくらでもオレは引き受けるぜ! というわけで、いいな? リュウ、リンク?」
「…………」
リュウとリンクは顔を見合わせた。
どうしようものかと。
リュウとリンクの顔を交互に見て、グレルが言う。
「よし、決まりだな!」
「――はっ!?」
待ってくれ!
まだ何も言ってないじゃないか!
何でそういうことになるんだ、このバカ師匠!
リュウとリンクはグレルに手を伸ばすが、グレルは右肩にレオンを、左肩にキラを、首にミーナを肩車して、スキップして行く。
「よーしよーし、そうと決まれば、さっそく撮影に行くぞーっと♪ でかでかと特集しちゃうぞっ♪ がっはっはっはーーーっ」
というわけで。
リュウとリンクの意思関係なしに、ペットたちの『NYANKO』特集記事の取材が行われることになったのだった――。
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