第11話 月刊NYANKO〜前編〜


 月刊『NYANKO』撮影スタジオの中、カメラマンの声とシャッターを切る音が響く。

「いいよー、キラちゃん可愛いよー。はい、そこで笑ってー。うーん、いいねいいねー♪」

 特集記事の目当ては、本来険悪な仲である『ブラックキャットとホワイトキャット、その間にできたミックスキャットも仲良くなれる』ということを読者の猫たちに伝えることであるが、まずは猫1匹ずつの撮影から行われていた。
 ブラックキャットのキラが、緊張しているホワイトキャットのミーナと、ミックスキャットのレオンに手本を見せるようにカメラの前に立っている。

 スタジオの脇、順番待ちのミーナが声を高くする。

「おおっ、さすがキラだぞ。わたしもああいう風に笑えば良いのだなっ…」

「よ、よしっ、そうかっ」レオンも声を高くする。「僕もああいう風に、言われた通りにポーズを取って、自然に笑ってっ……」

 ミーナとレオンの傍ら、リンクが感嘆の溜め息を吐いた。

「キラって、こういうのめっさ上手いよなあ。なんやねん、あの100万ゴールドの笑顔。罪作りやなあ」

「何、感心してやがる」リュウは苛々としながらリンクに突っ込んだ。「すっかり取材受け入れてんじゃねーよ、おまえは。俺はやっぱり反対だ、雑誌にキラを晒すなんて」

「んなこと言ったって、もう撮影始まってるんやから仕方ないやん」リンクがリュウの顔を見て溜め息を吐いた。「なぁに、予定通りグレル師匠の恐ろしい顔と、キモいメッセージ付け加えとけば、今まで通り普通に葉月島歩けるって。…あ、ほらキラの撮影終わったで」

 キラが1匹での撮影を終え、ミーナと交代して戻ってくる。
 リュウのところへとぴょんぴょんと戻ってきて、リュウの首に飛びつく。

「リュウ、見てたかっ? 結構上手くできただろう、私っ」

「……」

 不機嫌そうに顔を逸らすリュウを見て、キラは首をかしげた。

「リュウ? どうしたのだ?」

「どうしたもこうしたもあるか! 雑誌に出るなんて、俺は許可してねーぞ!」

「…ごめん…なさい……」キラがしゅんとして、リュウの首から腕を放した。俯いて言う。「レオンのこと、何とかしてあげたかったのだ……」

「何とかするにしても、他の方法考えれば良かったじゃねーか! バカなこと言い出しやがって!」

 リュウに怒鳴られ、背を向けられ、俯くキラの瞳にじわりと涙が浮かぶ。

「…リュウのバカっ……!」

 キラが涙を零して、撮影スタジオから出て行く。

「あっ、キラっ……!」リンクはキラに向かって手を伸ばしたあと、隣に居るリュウの顔を見上げて溜め息を吐いた。「…何してんねん、リュウ。他に方法が思いつかへんから、おれたちここにおるんやん」

「そうそう」リンクの傍らにいたレオンも溜め息を吐いた。「なーに、泣かせてんだか」

 リンクとレオンから、深々と漏れる溜め息。

「…………」

 ゴスッ! ゴスッ!

 リュウはリンクとレオンに拳骨をお見舞いしたあと、キラを追った。
 キラは撮影スタジオから出た廊下の、端の方にある掃除用具入れの脇に隠れるようにして泣きじゃくっていた。

 キラを腕と腕の間に挟むようにして壁に手をつき、リュウは口を開く。

「お、おい…、キラ……」

 相変わらず、リュウは困惑してしまう。
 自分がキラを泣かせたと思うと。

「もういいから、キラ…。もういいから、泣かないでくれ……」

 キラは泣き止んでくれない。
 何て言おう。
 何て言えば、キラは泣き止んでくれるだろう。

   リュウは必死に考える。

 やっぱりあの台詞だろうか。
 普段は言うことのない、あの台詞だろうか。
 以前は王子の命令があったから言えた、あの台詞だろうか。

   キラから目を逸らして、リュウはその台詞を口にする。

「あ…………、愛してるから」

「……」

 キラがリュウの顔を見上げた。

「…だから、泣くな。頼むから……」

「……」

 キラが涙を手の甲で拭い、ようやく泣き止む。

 リュウはほっと安堵すると、キラを片腕で抱きしめた。
 キラの両足が浮き、リュウがキラの黒猫の耳に、額に、塗れた瞼にキスをする。
 キラの唇を奪って、キラを抱き締める腕に力が入る。

「リ…リュウっ……」

 キラが少し戸惑ったように唇を放した。

「何だよ、今さら。ほら…舌、出せ」

「…んっ……」

 リュウの舌が絡んできて、キラの言葉が続かない。
 頬が紅潮して、身体の力が抜けていく。

 そのとき。

「あーのさあ、リュウ。あんまりキラのメイク崩さないでくんねーかなあ?」

 突然グレルの声が聞こえて、リュウは驚倒して振り返った。

「!? しっ、師匠!? い、いつからそこに…………!?」

「おまえがキラに、愛してる――」

 リュウは慌ててグレルの口を塞いだ。

「たっ、立ち聞きしてんじゃねぇーーーーーーーーーーー!!」

 リュウの耳が熱くなる。
 キスしてるところを見られるのは構わない。
 普段、リンクやミーナの前でも堂々しているから。
 だけど、『愛してる』なんて台詞を聞かれるのは恥ずかしかった。
 無茶苦茶恥ずかしかった。
 死ぬほど恥ずかしかった。

 グレルがリュウの手を離し、笑って言う。

「がっはっは! 照れんな、リュウ。おまえ、本当に変わったなあ。まさかおまえからそんな台詞が聞けようとはなあ。がっはっはっはっ!」

「うっ、うるさ――」

「で、」グレルがリュウの言葉を遮った。「早くメイクルームに行ってくんねえ?」

「は? ああ、キラ……」

「キラと、それからリュウ、おまえもだ」

「は?」リュウは眉を寄せた。「何で俺もすか」

「どーも物足りなくってよ。ほら、やっぱりペットには飼い主だろ? おまえとリンク、オレも一緒に撮影することにしたぜ」

「は!? ちょっ、待って――」

 待ってくれ!

 と言おうとしたリュウの言葉を、キラが遮る。

「おお、リュウも一緒にか! 嬉しいぞーっ!」

「うんうん、そうだよな、キラ。じゃ、そういうわけで行くぞ、リュウ」

「――!?」

 キラとグレルの笑い声が響く廊下を、グレルにずるずると引っ張られていくリュウ。
 途中で撮影スタジオから顔を出したリンクも引きずられ、強引にメイクルームへと連れて行かれた。

 何故だ。
 何故こんなことになる。
 もうすっかり諦めたリンクの傍ら、リュウは化粧をされながら顔が強張る。

 キラはリュウの隣でメイクを直されながら、きゃっきゃとはしゃいでいる。

「楽しみだな、リュウっ♪」

「たっ、楽しみじゃねえっ…」

「世の中の女たちに、リュウは私のものだと知らしめてやろうぞーっ♪」

「花見のときのことを忘れたのかっ、おまえはっ…」

「花見のときのことを、静めるチャンスではないか。だって、私たちの特集記事にはグレル師匠の脅し付きだぞ? ほとんどの人々が私たちを見かけても、声をかけることはなくなるぞ」

「そ、そうかもしれねーけど、俺こんな仕事はやったことねえぞっ…!」

「大丈夫だ、リュウ! やってみれば案外楽なものだぞっ」

「……」

 そうは言っても、キラ。
 俺は普段、人前で超・無愛想だぞ。
 笑え、なんて言われて笑えるほど器用じゃねえ。
 笑えなくて撮影が長引き、師匠に呆れられている俺が目に浮かぶ。
 ああ、何故こんなことに……。

 そんなリュウの傍ら、リンクが言う。

「こうなったら無理矢理にでも笑うしかないで、リュウ」リンクが溜め息を吐いた。「おれも気が進まへんけど、言い出した師匠を止められるわけないし……」

「なーんだ、リュウ?」グレルが口を開いた。「柄にもなく、緊張してんのかおまえ? がっはっはっ!」

「いや、緊張はしてないんすけど、取り直しされまくる気がして……」

「なぁに、まずはオレがおまえたちに手本を見せてやるぜ。よーく見ておけよ、師であるこのオレの手本を! そしてそれを真似れば、バッチリだぞーっと!」

 そう言って大声で笑ったグレルと、ペットであるレオンの撮影が、やがて撮影スタジオで行われた。

(ま…、真似できん)

 カメラの前のグレルを見て、リュウとリンクの顔が引きつる。

 何だ、あの振り返りざまの笑顔は。
 何だ、あのウィンクは。
 何だ、あの投げキッスは。

 リュウとリンクの全身に鳥肌が立つ。
 気持ち悪いにも程がある。
 そんな熊だかゴリラだかわかんないような外見をして、アイドルまがいなことをしないでくれ。
 ていうか、そんなことできるわけがない。

 グレルの撮影は、リュウとリンクにとって何の手本にもならなかった。
 やがてグレルとレオンの撮影が終わり、今度はリンクとミーナの番がやってきた。
 最初は緊張がちがちで出て行ったリンクだったが、普段よく笑うだけあって何とか笑顔を作り、OKが出た。

「がっ…、頑張ってや、リュウ」

「お…、おう……」

 へとへとになって戻ってきたリンクからバトンタッチされ、リュウはキラに手を引かれながらカメラの前に出た。

 カメラマンが言う。

「普段通りにしてくだされば結構ですので、よろしくお願いしますー。はい、いつもの笑顔どーぞー」

 そう言われキラはあっさりと笑うが、リュウはそうもいかず。
 強張った笑顔ができた。

 カメラマンが苦笑して言う。

「リュウさん、もっと自然に……」

 そんなこと言われても。
 なーんにもおかしくないのに、このリュウに向かって何を言うのか、このバカカメラマンめ。

 リュウの様子を見たキラは、リュウの首に手を伸ばした。

「リュウ、抱っこして」

「お、おう……」

 いつも通りリュウの片腕に抱き上げられると、キラはリュウの耳元で囁いた。

「リュウ、カメラじゃなくて私を見て」

「……」

 リュウはキラを見た。
 キラが微笑んでいる。
 リュウの黒々とした瞳が、キラの大きな黄金の瞳に捉えられる。

「リュウは、私だけを見てれば良い」

 そう囁いて、キラがリュウの額に、頬にキスする。

(ああ……、俺のキラ。可愛いキラ……)

 リュウの強張った顔が緩んでいく。

「おっ、いい感じ――」

 カメラマンの口を、グレルが手で塞いだ。
 何も言わずにシャッターを切れ、と指示する。

 キラに唇にキスされ、耳元で何かを囁かれ、リュウの顔が優しく綻ぶ。
 まるで、キラに魔法でもかけられているようだ。

(まったく…)グレルは微笑んだ。(良い表情をするようになったもんだぜ、あのリュウが)

 グレルの頭の中に、昔のリュウが浮かぶ。
 無愛想で、ぴくとも笑わなくて、寡黙な男だった。
 超一流ハンターだった父親を受け継いだその力は、グレルに弟子入りしたときから強かった。
 1年間グレルの元で修行し、さらに強くなり、グレルの元を離れてからも成長し、ハンター歴3年半のときにはすでに超一流ハンターにまで伸し上った。
 そしてもうすぐハンター歴5年目になろうか今日、リュウはまた強くなっていた。
 一目見て、グレルには分かった。
 肌で感じた。
 リュウは、超一流ハンターの中でも最強と言われている、このグレルに匹敵する強さにまでなったと。

(全ては、キラの力…だな)

 本人も心配していたリュウとキラの撮影は、一番早く終えることができた。
 グレルからOKの合図が出て、リュウがはっとしてグレルの顔を見る。

「え…、あ、終わりすか、師匠」

「おう、上出来だぜ。いつまでも2人の世界入ってんじゃねーぞっ」

 グレルのデコピンを食らい、リュウが額を擦る。

「い、いてえ…」

「ほーら、リュウは下がった下がった。次はにゃんこ3匹の撮影だ」

 ミーナとレオンもカメラの前にやってきて、リュウは後方に下がる。
 そのあと、グレルはキラの耳元で声を小さくして言った。

「リュウを頼むぜ」

「え…?」

 キラがグレルの顔を見ると、グレルが微笑んでいた。

「……はい、グレル師匠」

 そう、キラも微笑んで返した。  リュウの師であるグレルに、そんな台詞をもらったことは嬉しかった。
 何だか、リュウの傍にいることを認められた気がして。
 嬉しくて、飛び跳ねたくなるほど嬉しくて、カメラの前でキラはぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「わたしもっ!」

「僕もっ!」

 キラを真似て、ミーナとレオンも飛び跳ねる。
 はしゃぐ3匹の笑顔がたくさん撮れた。

「よーし、OKだ! 可愛いぜ、こんちくしょうっ! たまんねーぜっ、オイッ!」

 グレルからOKが出て、キラはリュウの元へ駆け寄る。
 リュウの首にしがみ付いて、笑顔が続く。

「なーに、はしゃいでたんだ?」

「何でもないぞ♪」

「ふーん?」リュウはそう返しながらキラを片腕に抱くと、グレルのところへと歩いていった。「師匠、もう終わりっすよね」

「おう、もういいぜ。お疲れさん」

「師匠…、ありがとうございました」

 リュウはグレルに頭を下げた。
 最初は嫌だった撮影だが、キラと一緒の撮影は楽しかったし、はしゃぐキラは見れたしで、結果オーライだ。

「おう」グレルがリュウの頭の上に、ぽんと手を乗せた。「じゃ、また明日な、リュウ」

「は? また明日って?」

「明日は葉月公園で撮影だ」

「ちょっ――」

「いやあ」と、グレルが笑う。「はしゃいでる3匹があまりにも可愛くってよ、みんなで遊んでるとこ撮りたくなっちゃったんだぞーっと♪」

「きっ…、聞いてねぇーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「だって今言ったんだもんっ♪」

「だもん、じゃねえ!!」

「じゃ、まーた明日なーっと♪」  と、笑い声を上げながら誰よりも早く、スキップで撮影スタジオを去っていくグレル。

 リュウの身体が怒りにわなわなと震える。
 何故だ。
 何故こんなことになる。
 これじゃあ、オフ3日間は結局オフ1日じゃないか。
 俺ののんびり幸せに過ごす予定だったはずの3日間を返してくれ!

 リンクが溜め息を吐き、リュウの肩を叩く。

「おとなしく従うしかないで、あの人には……」

「…………」

 そういうことになった。
 そうするしかなかった。
 あの、グレル相手では。

 リュウ一行の『NYANKO』特集記事撮影は、まだまだ続く。
 
 
 
 
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