第88話 『8番バッター、いくわよっ♪』 その2


 バレンタインデーの昼下がり。
 崖を上りヒマワリ城の庭に姿を現したチビリュウ3匹に、そこにいた5人の警備兵たちは「わっ」と声を上げて跳び退った。
 以前この3人にはこてんぱんにやられたこともあり、思わず刃を向けて警戒してしまう。

「シ、シオンさんシュンさんセナさん!? き、今日はどのようなご用件で!?」

「花もらいにー」

 と言うなり、庭に生えている季節の花々をズボズボと抜き始めたシュンとセナに、警備兵たちは蒼白して声を上げる。

「わっ、わあぁぁあぁぁあーーーっ!?」

「そ、そんな王の許可もなしにぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「お、おい、おまえ、急いで王を呼んで来い!」

「わ、分かった!」

 と1人の警備兵が大慌てで王を呼びに行くが、

「よし、これくらいでいーか。んじゃーなー」

 と王がやって来る前にシュンとセナは再び崖を下りて帰って行き。
 残されたシオンに、王の怒声が降りかかる。

「こらシオン! 一体何のつもりだ!」

「さーせん。ちと、花を」

 と工作用のハサミを取り出したシオンを見て、王が眉を寄せた。

「花が欲しいのか? 何に使うのだ」

 そんな王からの質問に、シオンが顔を逸らしながら声を小さくして答える。

「ぎゃ…逆バレンタインで、ローゼに……」

 それを聞いた王。
 照れくさそうなシオンの横顔を見ながら、ふと微笑んだ。

「そうか。良い、いくらでも摘んで行け」

「ども」

「どんな花が良いのだ?」

「薔薇がいいって……」

「それならばこっちだ。四季咲きの薔薇がある。ちょうど庭師が仕事しているから、庭師に摘んで貰え。そんなハサミでは駄目だ」

 シオンは工作用のハサミをポケットにしまうと、王の後に付いて行った。
 様々な色の薔薇の花が咲いている庭の一角に辿り着くなり、王が赤い薔薇の花を指しながら声を高くする。

「これが良いだろう、これが! 情熱の赤い薔薇が!」

 と言って庭師を呼ぼうとした王に、シオンは首を横に振った。

「いや、赤はちょっと」

「何故だ?」

「キ…キザ過ぎる……」

 と顔を引きつらせるシオンを見、王が短く笑う。

「やはりリュウ似だな、おまえは」

「それに」

「それに?」

 と王が鸚鵡返しに訊くと、シオンがピンクの薔薇の花を庭師に摘んでもらいながら続けた。

「あいつ、ピンクが好きだから」

 そんなシオンの返答に、王はちょっとムッとしてしまう。
 可愛い娘であるローゼのことを、シオンの方がよく分かっている気がして。
 しかし、ローゼのことを想っているが故のその返答は、嫌いというわけではない。
 でもやっぱり悔しいので、半ば無理矢理に何本か赤い薔薇の花も庭師に摘ませた。

 そしてその花束を庭師にゴージャスにラッピングさせたものをシオンに渡し、王は言う。

「良いか、シオン。この花束はおまえからだけではなく、私から――父上からでもあるとローゼに伝えろ。良いな? 必ずだぞ? 分かったな?」

「はいはい」

「『はい』は一回にしろ、一回に!」

「はい」

「まったくリュウ似の男はっ……!」

 とぶつぶつと文句を言う王の前から「それじゃ」と言って去って行ったシオン。
 ヒマワリ城の庭の柵を飛び越え、崖を下り、森を通って自宅屋敷の裏庭に出る。
 キッチンの方から漂ってくるチョコレートの甘い香りを嗅ぎながら、玄関に回って中に入った。
 緩やかな螺旋階段を上って2階の廊下にやって来ると、ちょうどそこで先に帰って来ていたシュンとセナが、ヒマワリ城の庭から引っこ抜いてきた花をカノン・カリンに渡しているところだった。

「まあ、かわいいお花! ありがとうございまちゅわ、お兄ちゃま、セナちゃま」

 と声を揃えたカノン・カリンに、シュンとセナも声を揃える。

「ちなみにギリじゃなくて、もちろん本命だぜ――って……!?」

 と、顔を引きつらせながらお互いの顔を見つめあったシュンとセナが、胸倉を掴み合って喧嘩を始める。

「んだとセナ! オレの妹に手ぇ出す気か、てめえ!」

「イモウト相手に恋してんじゃねえ、シュン! このシスコンが!」

 やがて殴り合いを始めたシュンとセナを見、シオンが溜め息を吐いた。

「廊下で騒ぐなよ、うるせーな」

 と、カノン・カリンに近づいて行き、手に持っている花束の中から王にいくつか無理矢理混ぜられたもの――赤い薔薇の花を全て引っこ抜き、2人に渡す。

「まあ、まっ赤なバラのお花! うれちいわ、ありがとうシオンちゃま!」

「おう」

「シオンちゃまはギリチョコ……いいえ、ギリ花よね? ローゼちゃまがいるもの」

「いや、俺も本め――」

 本命。

 と言おうとしたシオンの言葉を遮るように、部屋で待っているローゼの低い声が聞こえてくる。

「シィィィオォォォン…………!?」

「おう、今行く」

 と、シオンが己の部屋に入ると、そこには眉を吊り上げているローゼの姿。

「さっき、カノンさんカリンさんに何て言おうとしたのにゃ!?」

「何も」

「ウソにゃ! 本命って言おうとしたのにゃ!」

「冗談じゃねーか、うるせーな」

「シオンが言うと冗談に聞こえないのにゃ! って、うるせーとは何にゃ王女さまに向かっ――」

 ふわりと鼻を甘い香りがくすぐり、ローゼは言葉を切った。
 目の前に、ピンクの薔薇の花束がある。

「ほら、逆バレンタイン」

「ふにゃあぁぁ、綺麗なのにゃーっ」と頬を染め、ローゼがシオンから花束を受け取って訊く。「本命?」

「義理の方が良かったか」

 ローゼが首を横に振って笑ったあと、「それで」と続けて訊いた。

「口説き文句は?」

「おまえに俺のピ――ッをくれてやる」

「――そっ……、そんな口説き方があるかぁぁああぁぁああぁぁぁああぁぁあぁぁああーーーっっっ!!」

「いやあ、遠回しにメダルって言っても良かったんだが、以前銭湯に行ったとき俺まだガキだったせいかデカさ比べに入れられてなかったからメダル持ってねーし。よってストレートに言葉にしたら作者に伏字にされたんだ、悪い」

「ロッ、ローゼはそんなことを言ってるじゃにゃくて! そっ、そっ、そっ、そんな下品な口説き方がっ……!!」

 と、顔を真っ赤にするローゼを見て一通り楽しんだあと、シオンはローゼに渡したピンクの薔薇の花束に目を落として訊く。

「花、それで良かったか」

「にゃ?」

 我に返り、シオンに続いて薔薇の花束に目を落としたローゼ。
 頷き、とても嬉しそうに笑った。

「ありがとにゃ、シオン! ローゼ、ピンクの薔薇大好きなのにゃ!」

「そうか」と微笑み、シオンは続ける。「俺は口が悪いし、時にはすげー口下手だし、泣かせちまうときもあるだろうけど」

「うん?」

「おまえのこと想ってない日はないから、その……」

「そのっ……?」

「そ……、傍にいやがれよ分かったな」

「そっ、『傍にいてくださいお願いします』の間違いだろにゃあぁああぁぁああぁぁああぁぁあああーーーっっっ!!」と、声を上げたローゼ。「まったくもうっ、ローゼのダーリンはっ……!」

 と口を尖らせつつも、頬を染めた。
 シオンを引っ張ってベッドに座らせ、机の上に置いておいた箱を持って来て渡す。

 ピンクのリボンで飾られたそれを受け取り、シオンは察する。

「チョコか」

「うん。昨日、ローゼたちレディでチョコ作りしたのにゃ。ローゼ初めてだったけど、キラさまやミラさんに教わりながら頑張って作ったのにゃ」

「へえ、サンキュ」

 リボンを解き、包装紙を剥がし、箱の蓋を開けたシオン。
 中には、決して見た目が良くないトリュフが6つ。

「み、見た目は悪いけど、味は美味しいのにゃ」

「どれ」

 とトリュフを1つ取って食べたシオンの口の中に、一体どれだけ砂糖を入れたのか激甘なチョコの味が広がる。
 実はここ近年、味覚もリュウに似たのか甘いものが苦手になってきているシオン。
 正直甘さ控えめのビターチョコを期待していたが、ローゼが頑張って作ってくれたと思うと不思議と美味しく感じられた。

「うん……、美味い」

「そうだろうにゃ、そうだろうにゃ♪」

 と嬉しそうに笑うローゼの顔を見たあと、シオンはふと疑問が浮かんできて訊く。

「って、あれ? 女たちは昨日チョコ作ったんだよな? じゃー今チョコ作ってんの誰? キッチンの方から、庭までチョコの匂いがしてたんだが……。あ、ジュリ兄がリーナのために作ってんのか」

 ローゼが首を横に振って答えた。

「ミヅキさんがレナさんのために、チョコケーキを作ってるのにゃ」
 
 
 
 
 1階にあるキッチンの中。
 レナが涎を垂らしながら見つめているのは、目の前にある作りかけの特大チョコレートケーキである。

「もうちょっと待っててね、レナ」

 と、その特大チョコレートケーキを作っているミヅキ。
 本日は午前中でドールショップを閉じ、昼食を食べ終わってから作り始めた。

 直径1メートルで7段も重なっているそれに、手先の器用さを活かして作った精巧な薔薇型のチョコをデコレーションしていく。
 薔薇の花弁の色は白と、それに食紅で色をつけたピンクと黄色、オレンジ、水色、淡い紫。
 葉の部分は緑。

(食いしん坊で巨大胃袋を持つレナは、花束よりもこっちの方が喜ぶからね)

 トップには一際大きな薔薇型のチョコを飾り、完成。
 カラフルな薔薇に包まれたその特大7段チョコケーキに、レナが瞳を輝かせる。

「わあぁぁぁぁ、すごいっ! 綺麗っ! さっすがミヅキくんっ! 食べるの勿体なーいっ……!」

 とか言いつつ、フォークで1つ薔薇型のチョコを取って口に入れるレナを見て、ミヅキは笑う。

「って、食べてるじゃん」

「えへへ、美味しいーっ♪」

 手先の器用なミヅキだからこそ早く出来上がったものの、それでも約2時間半掛かって作り上げたその特大チョコケーキ。
 作ったときの10倍の速度でなくなっていく。

 普通ならもう少しゆっくり食べてくれと言いたくなるところだが、ミヅキは満足そうに微笑んでレナを見つめている。
 今も昔も、作ったものを美味しそうにたくさん食べてくれるレナが好きだ。

「ねえ、レナ」

「ん? 何、ミヅキくん?」

「僕とレナが出会って、もう10年が経つんだね」

「え? ああ……、うん、そういえばそうだね」

「10年前みたいに、また作りたいな。レナのドール」

「えっ?」

 ドキッとして、レナの頬が染まる。

 それはミヅキなりの口説き文句だった。
 その口から「好き」と言われるよりも何よりも、「ドールを作りたい」と言われることが、ミヅキから本当に愛されている証拠。

「…う…うんっ……、ま…また作ってほしいなっ……!」

「本当? ありがとう、レナ。あ、でも、10年前みたいに脱がなくてもいいよ?」

「え? でも、脱がなきゃ作れないでしょ? 特に身体とか」

「ううん、毎日見てるから細部まで覚えちゃった」

 と、にやりと笑うミヅキに、レナの顔がぼっと燃えるように熱くなる。

「やっ、やだもうっ、ミヅキくんってば!!」

「ふふふ。ぼくのお嫁さんはいくつになってもウブで可愛いなあ。本当サラちゃんに見習わせてあげ――」

「呼んだぁ?」

 と、噂をすれば何とやらで、ミヅキの背後に現れたサラ。
 その傍らには、ミラの姿もある。

 ぐわしっと頭を鷲掴みにされ、ミヅキの顔が蒼白していく。

「よ、よよよ、呼んでないよっ?」

「レナがウブで可愛いからアタシに見習わせてやりたい的なことが聞こえた気がするんだけど、それってどういう――」

「言ってません。決してぼくはそんなこと言ってません。ああサラちゃん、何てウブでピュアで可愛らしいことでしょう。こんな女性をぼくは他に見たことがない」

「だよねー」

 と笑ってサラがレナの隣に座り、薔薇型のチョコを一つ指で摘んで口に入れる。

「あっ、サラ姉ちゃん! これあたしのだから取らないで!」

「いーじゃん、1つくらい。……と思ったけど、ウマーだからもう1つ」

 と、もう一つ薔薇型のチョコを口に入れたサラ。
 さらに喚くレナを無視し、感心したように言う。

「薔薇のチョコとはよく考えたもんだね、ミヅキ。レナにはぴったりだよ」

「本当ね。凄いわ、ミヅキ君」

 とミラも同意すると、ミヅキが笑った。

「でしょ? レナにはぴったりでしょ? あと他の皆――男たちは花束にするみたいだから、ちょっと変わったものを贈りたくて」

「なるほど、周りと一緒でもつまんないしね」

 と、納得した様子のサラ。
 それで、と続けた。

「その男たちは今花屋に行ってるの?」

「うん。お義父さんとシュウ、レオンさん、ネオン、それからリンクさんは葉月町にある花屋さんに行ったよ。グレルおじさんはスーパーに食用菊を買いに行った」

「しょ、食用菊……。通りでマナがバケツ一杯に三杯酢を用意してるわけだ」

 とサラの顔が引きつる中、ミラがふふっと笑って続いた。

「そしてジュリはね、作戦のためにミーナ姉の瞬間移動で如月島に行っているのよ♪」
 
 
 
 
「ふぅ、やっと着いたぞー」

 と島から島へと何度も瞬間移動してようやく目的地の如月島に着き、疲れた様子のミーナに、ジュリは「すみません」と謝った。

「リーナちゃんの瞬間移動なら、1回で来れていたんですけど……」

「うむ、分かっているぞジュリ。リーナへの贈り物のためだ。リーナには内緒にしておきたいからなっ♪」

「はい。ありがとうございます、ミーナ姉さま」

 とジュリが笑うと、「うむ」と笑顔を返したミーナ。
 それにしても、と続けた。

「やーっぱり暑いぞーっ」

 葉月島は現在真冬だが、如月島は真夏である。
 太陽がじりじりと照り付け、近くの山からはセミの鳴き声が聞こえてくる。

 ジュリはミーナと共に着ていたコートを脱いで半そでになると、如月島の地図を取り出した。

「えーと、今どこかな……」

「如月町の西の方にある、山の麓に瞬間移動したはずだぞ」

「あ、それなら今この辺か」

 とジュリが地図の一部を指差すと、ミーナが頷いた。
 それを見たジュリが「じゃあ」と、指を動かして続ける。

「ミーナ姉さん、申し訳ないのですが、今度はここに瞬間移動して欲しいんですけど……」

「む? どこだ?」

 と、そのジュリの指したところを見たミーナ。
 ぱちぱちと瞬きをしたあと、「おおーっ」と声を高くした。

「ちゃんとリーナのことを考えているのだな、ジュリ! リーナにはぴったりだぞーっ!」
 
 
 
 
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