第83話 『7番バッター、いきますにゃん♪』 中編


 7番バッター・ローゼの『手作りラブソング大作戦』の計画が決まった翌日。
 作曲担当のレオンとネオン、ミヅキ、それからジュリをボーカルとしてバンドを組むことになったチビリュウ3匹は楽器屋を訪ねていた。
 どうせならジュリも連れてきたかったのだが、本日もジュリはサラに着いて仕事のために無理だった。

 リュウとキラの家族であるその一行の顔を見て店員がどぎまぎとしてしまう中、チビリュウ3匹が突然大声で喧嘩を始め。
 レオンが溜め息を吐きながら口を挟む。

「ああもう、他のお客さんに迷惑だから止めなさい。何を揉めてるの」

「ダレがどの楽器をやるか、まだ決まってないんだって」と、苦笑しながらネオン。「昨日からずっと喧嘩してるんだ、兄さんたち……」

「そういうことね……」

 とネオンに続いて苦笑したミヅキが、店員のところへと向かって行った。
 少しして戻ってくると、その手には紙とペン。
 何をするのかと思いきや、紙にペンで縦の線を3本引き、その線と線の間に横の線を適当に引いていく。
 つまり、アミダクジを作っているようだった。
 クジの行き着くところには、左からギター、ベース、ドラムと書かれている。

「いい? 恨みっこなしだからね?」

「アミダかよ」

「ほら、早く決めて」

 とミヅキが催促すると、シオンが真ん中のクジを、シュンが左側のクジを、セナが右側のクジを選んだ。
 そしてその結果、シオンがギター、シュンがベース、セナがドラムということに。

「イェーイ、おれドラムー」

 と嬉々とした様子でドラムコーナーへと向かうセナの一方、ぶつぶつと文句を言いながらシオンはギターコーナーへ、シュンはベースコーナーへと向かって行く。
 その後、レオンもシオンに続いてギターコーナーへ、ミヅキは電子ピアノやキーボードのコーナーへ。
 ネオンは店内にある楽器をあちこち見て回り始めたようだった。

「親父、アコギで作曲すんの?」

 と、シオン。
 エレキギターを見ているところにやってきたレオンの顔を見上げて訊いた。

 レオンがアコースティックギターを手に取りながら頷く。

「うん。ミヅキ君はピアノかキーボードでやってみるみたいだけどね」

「ふーん」

 と答え、エレキギターを手に取って適当にいじくり始めたシオン。
 少しして手を止め、再びレオンに顔を向けた。

「あ、なあ親父」

「なかなか様になってるじゃない、格好良いよシオン。間奏にギターソロ入れてみようかな……なぁーんて、息子の出番を増やそうとしてる僕って親バカかな」

「ギターソロ? 別にいーけどよ。つか、俺本当はドラムが良かったんだが」

「ギターやベースはまだ手の小さいセナより、シオンやシュンの方がいいと思うよ。ドラムは椅子で高さとか調節できるし、小さめのセットなんかも売ってるみたいだから、セナでもいけそうだしね」

「それもそうか」

 というシオンに頷いたあと、レオンが「それで」と逸れかけた話を戻す。

「何? どうかした?」

「いや…、作曲って大変だろうし悪かったなーと思って。親父も忙しいからな、超一流ハンターの上に副ギルド長で……」

「いや、いいよ。大丈夫、大丈夫」と笑い、レオンがシオンの頭を撫でる。「シオンは本当にローゼ様のことを大切にしてるんだなーって、見てて微笑ましいよお父さんは」

「ふん」

 と鼻を鳴らして照れ臭そうに顔を逸らすシオンを見て再び笑ったあと、レオンは「それに」と続けながら苦笑した。

「作詞の方が大変だと思うんだよね……。いや、作曲も大分時間掛かっちゃうと思うんだけど、なんだか作詞の方が苦戦しそうな気が……」

 だって、

「作詞担当のメンバーが…………ねぇ?」
 
 
 
 
 その作詞担当のメンバー――リュウとシュウ、リンク。
 1月の半ばのとある深夜に、一階にある普段使っていない部屋に机と3つの椅子を用意し、出来上がったばかりの曲をパソコンから流して聞いていた。

 一通り聞きおわったあとに、リンクが口を開く。

「ほおぉ……、とりあえずメロディーだけやけど、ちゃんと出来とるな。凄いやん。けど意外にもバラードやなくて、ポップで来たな。おれてっきり、雰囲気たっぷりのバラードで来るかと思ってたんやけど」

 シュウが続く。

「バラードの手作りラブソングって、重い感じがするから避けたんじゃねーかな。ポップなら愛の詩もあんまり臭く感じなくていーかも」

「AメロにBメロ、そしてサビ。Cメロはなし……か」

 と、ウィスキーの入ったグラスを傾けながらリュウ。
 半月前に比べるとそこそこ復活し、毎日というほどジュリに懇願されて結局こうして作詞を担当することになっていた。
 何だかんだで、息子の困っている姿は放っておけない。
 ジュリの顔がキラそっくりなだけに、なおさら……。

「で、どうするシュウ、リンク。3人で全体の歌詞を考えるか、それとも、フレーズごとに分けるか」

 うーんと唸ったあと、シュウが言う。

「とりあえず、フレーズごとに分けて歌詞書いてみようぜ。3人一緒だと早速揉めそうだし……」

 そういうことになり、リュウ、リンクとペンを持ちながら言う。

「じゃー俺、出だしのAメロ担当な」

「ほな、おれその次に来るBメロ担当するわ」

「んじゃオレはサビか……」と、リュウとリンクに続いてペンを持ったシュウ。「あっ、待った!」

 と、すぐに声を上げた。
 何かと訊かれる前に続ける。

「オレたちはあくまでもジュリが歌う曲の歌詞を書くってこと、忘れてないよな? つまりジュリになったつもりで書かないといけねーんだから、一人称は『俺』じゃなくて『僕』、相手――リーナを指すときは『おまえ』じゃなくて『あなた』や『君』とかじゃないと不自然っていうか……」

「そのくらい分かっとるってー」と、笑ったリンク。「なあ、リュウ?」

 と言いながらリュウの書いた歌詞を見るなり、

「――って、分かっとらんのかい!」

 と突っ込んだ。
 しかも、と赤面しながら続ける。

「いきなり下ネタかいな!?」

「文句あんのか」

「大有りやっちゅーねん! なんやねん『おまえの巨乳に挟まる俺の巨○』って!? 伏字にせなあかんようなこと書くなっ! しかもこれ、ジュリとリーナのことやなくて、リュウとキラのことやろ!? いや、ジュリも充分に巨○やけど!」

「うるせーなあ、そういうおまえは何て書いたんだよ。『ah 美しい君の瞳に乾杯』って、おま……………」

「トリハダ立ってんなっちゅーねんっ! 王を見習っただけやっ…、こ、こういうのどう書いてええか分からへんからっ……!」

 と騒いでるリュウとリンクを傍らに、歌詞を書き始めたシュウ。

「まったく、どっちもどっちというか……」

 と溜め息を吐いた瞬間、リュウの拳骨が振ってきて椅子から転げ落ちた。

「いっ、いってーな! 何すんだよ親父っ!」

「うるせー、バカが。おまえ人のこと言えねーじゃねーか。一番肝心なサビで『君のカモーンで僕フィーバー』って何だおまえ……」

「う、う、う、うるせーな! 親父とリンクさんのよりマシだろ!?」

「あぁ!? どう考えても俺のが一番センスあんじゃねーか!」

「はぁ!? リュウとシュウのに比べたら、おれのが一番ラブソングっぽいで!」

 と、早速揉め始めた歌詞担当の3人の声を、部屋の前で聞いていたハナ。
 ジュリに付いて仕事に行っていて、ついさっき帰宅し、「ただいま」の挨拶をしに来たのだが、どうやら口を挟めそうにもないので苦笑しながらその場を後にする。
 2階へと続く緩やかな螺旋階段を上り、向かって右から6番目の部屋――ジュリと己の部屋へと入った。

 仕事から帰ってきたジュリはすぐ入浴タイムに入ったようで、あと15分はバスルームから出てこないだろうと思っていたハナだったが。

「ハナちゃん、お風呂いいよ」

 と5分ほどでバスルームから出てきたジュリを見て、ぱちぱちと瞬きをした。

「あれ? ジュリちゃん、もうお風呂あがっただか? 疲れてるんだから、ゆっくり入ってきていいだよ。オラは構わないから」

「ううん、寝る前にやっておきたいことがあって」

 とジュリが言うので、寝巻きを持ってバスルームに入っていったハナ。
 湯船に浸かり、ギターで奏でられたメロディーが黒猫の耳に聞こえて来たときに察した。

(ああ…、ジュリちゃんも作詞してるだね……)

 以前のジュリに作詞を任せるのは心配だが、最近のジュリならばそれなりに良いものに仕上げそうだとハナは思う。
 正直、さっき揉めていたリュウとシュウ、リンクのものよりも。

「なあー、ジュリちゃーん?」

 とハナは湯船に使ったままでバスルームから出ずに声を掛けたが、もちろんジュリも猫の耳を持っているので聞こえている。

「んー? どうしたの、ハナちゃん? あ、シャンプー切れてた?」

「ううん、そうでなくて。オラ、思うんだけんども……やっぱりジュリちゃんが全部作詞してみたらどうだべ?」

「ええ? ダメダメ…、情けないけど僕じゃサビさえ作れそうにもないよ……」

「作詞、さっそく苦戦してるだか?」

「うん、凄く……」

 と、聞こえて来たジュリの溜め息。
 ハナは「そうかぁ」と一言返してから手早く身体を洗ってバスルームから出ると、変わらず机に向かっているジュリのところへと歩いていった。
   ジュリが真剣な顔をして紙に書いているその歌詞は、たしかに苦戦しているようだった。
 そこにはジュリ本人も言っていた通り、サビのフレーズにも満たなそうな文字量だったから。

 けれども、

「――……オラいいと思うだよ、ジュリちゃん」

 それがハナの正直な感想だった。
 ジュリが「ありがとう」と返したあとに、再び溜め息を吐きながら言う。

「ダメだよ、だってこれ以降が何も思い浮かばないんだもん。やっぱり父上たちに任せるしかないのかなあ……」

 と、ペンを置いて立ち上がり、ジュリは自分のベッドに倒れ込んだ。
 目を閉じれば、すぐに夢の中へと誘われていく。

「おやすみ……ハナ…ちゃ……」

 ジュリがベッドに倒れてからその寝息が聞こえるまでに掛かった時間は、ほんの数秒。
 サラの弟子になってからというものの、ずっとそんな感じである。

 ハナは眠ったジュリの頭を撫でながら「おやすみ」と返したあと、ジュリの机の上の卓上カレンダーに目を向けた。
 今は1月の半ば。
 さっきのリュウたちの様子では歌詞作りに時間が掛かりそうだし、リーナとローゼの誕生日パーティーは早くても月末になるだろう。

(と言っても、1月を過ぎるわけにも行かないし、遅くても月末だべね……)

 ジュリに顔を戻したハナ。
 死んだように眠っているその姿を見つめながら、苦笑した。

「ジュリちゃん、リーナちゃんにどんなラブソングを贈ることになるんだべ……」
 
 
 
 
 そして、リーナとローゼの誕生日パーティーの前夜。
 リュウたちが歌詞が完成したと言うので、リビングルームにセットしたステージの前にジュリとチビリュウ3匹、それから7番バッターのローゼがわくわくとした様子で駆けつけてきた。  するとそこには、歌詞担当のリュウとシュウ、リンクの姿がある。

「やっとリハーサルが出来るのですにゃ! さあ、出来上がった歌詞を早くジュリさんに!」

 とローゼが催促すると、リュウとシュウ、リンクが顔を見合わせた。
 その顔は何だか妙に強張っている。

「どうしたんですかにゃ? リュウさま? シュウさん? リンクさん? 早くリハーサルをしたいので、ジュリさんに歌詞を渡してくださいにゃ」

 とローゼが再び催促すると、リュウ、リンクと逃げるようにリビングルームの戸口へと向かって行く。

「さ、さーて、キラとイトナミしてくっかー」

「あ、あかーん、こんな時間やー。は、はよう帰らなミーナとリーナが心配するわー。ほ、ほなー」

 眉を寄せたチビリュウ3匹とローゼが声を揃える。

「まさか、歌詞完成しなかったって言うんじゃ……」

「ち、違うんだ、そうじゃない! 歌詞は完成したことは完成したんだっ……」と狼狽した様子で口を開いたシュウ。「だけど……」

 と、顔を引きつらせながら目を泳がせる。
 ジュリが首を傾げて「だけど?」と鸚鵡返しに訊くと、シュウが続けた。

「そ…その……、じ…時間がなくて…無理矢理終わらせたというか、何というか……」

「とりあえず歌詞を見せてください、兄上」

 とジュリが手を出すと、シュウが少しの間躊躇したあと、覚悟を決めたように歌詞の書かれた紙を差し出して頭を下げた。

「ごめんっ、ジュリっ! 悪気はないんだ! オレたち頑張ったんだけど、歌詞の才能が皆無でっ……!」

「へっ?」

 と声を裏返し、シュウの手から歌詞の書かれた紙を奪い取ったローゼ。
 ざっと目を通すなり、じわじわと涙が込み上げてきた。

「ふっ……ふにゃあぁああぁぁあぁあん! 7番バッター・ローゼの作戦失敗なのにゃあぁあぁぁああぁぁああぁああぁあああっ!」
 
 
 
 
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