第84話 『7番バッター、いきますにゃん♪』 後編


 リーナとローゼの誕生日パーティーの前夜。
 明日は7番バッター・ローゼの作戦でジュリがリーナにラブソングを贈るわけであるが……。

「7番バッター・ローゼの作戦失敗なのにゃぁああぁぁああぁああぁあああっ!!」

 なんて、早くもローゼの泣き声がリビングに響いていた。
 その原因は、リュウとシュウ、リンクの作った歌詞である。

「す、す、すみません、ローゼ様っ!!」

 と、リュウとリンクは早々に逃げたが、残っていたシュウが狼狽して頭を下げる。
 泣き止まないローゼの手から、歌詞の書かれた紙を取ったシオン。

「えーと、なになに……?」

 と、シュン・セナと共に歌詞に目を通した。
 その後、ジュリに向けられるシュンとセナの哀れみの視線。

「ああ、ジュリ兄…、ごシュウショウさま。ここまでだったか……」

「いや、まだ振られると決まったわけじゃねーだろ」

 と、シオン。
 ティッシュを取り、ローゼの涙を拭いながら続ける。

「だから泣くな、ローゼ。い…意外といけるかもしれねーし……?」

「ハァ?」と眉を寄せ、シュンとセナが声を揃える。「どう考えてもムリだろ、これじゃ」

「…な…何とかなる……」

 というか、

(何とかしやがれ、ジュリ兄)

 ローゼが泣き止まないから。

 と、ジュリを睨むように見つめるシオンの赤く鋭い瞳。
 思わず一瞬たじろいでしまったあと、まだ泣き止まないでいるローゼに顔を向けたジュリ。

「大丈夫です、ローゼさま。僕が何とかしますから」

 と笑顔を作った。
 ローゼがしゃくりあげながら訊く。

「なっ、なっ、なっ、何とかってぇ?」

「…え…ええとぉ……」

 と困惑したジュリ。
 数秒後、

「き、気合とか?」

 それしか思い浮かばなかった。
 
 
 
 
 翌日。
 リーナとローゼの誕生日パーティーINジュリ宅のリビング。
 リーナは21歳に、ローゼは11歳に。

 壁際にステージがセットしてあるのを見、リーナが目を丸くする。

「うわあ、どうしたんコレ? 誰かバンドでも始めたんっ?」

「うん。僕とシオン・シュン・セナで、ちょっと始めたんだ」

 と、ジュリ。
 久しぶりに見るリーナに、胸が少し躍る。

「へえ、ジュリちゃんとシオン・シュン・セナで! 凄いやん!」

「だなあ」

 と、うんうんと頷いたミカエル。
 ステージにあらかじめセットしてあるドラムを興味津々と見ながら続けた。

「かっこいいなー。なあ、ジュリ。誰がどれをやるんだ?」

「シオンがギターで、シュンがベース、セナがドラムで、僕がボーカルです」

「へえ、おまえ歌上手いのか?」

「今はそんなに下手じゃないかと……。最初は下手で、サラ姉上にしごかれました……仕事中に」

 そう言って苦笑するジュリを見て、リーナが笑った。

「ハンターの仕事しながら、歌のレッスンもしてたん? サラちゃんて歌上手いからなあ。特にめっちゃ渋い演歌。って、まさかジュリちゃん演歌を歌うんっ?」

「ううん、違うよ。ロックバンドだし」

「せやな。歌う曲はどっかのバンドのコピーなん?」

「ううん、オリジナル」

「ほな、曲作ったんか!」とリーナが声を高くした。「めっちゃ凄いやん!」

「みんながね、僕のために協力してくれたんだ」ジュリはそう言ったあと、ふと笑顔になって続けた。「あとで歌うから、聴いてくれると嬉しいなリーナちゃん」

「うん、もちろん聴くで! 楽しみにしとる!」

 とリーナがわくわくとした様子で返すと、ジュリがリーナの好きなビールを取りにキッチンへと向かって行った。

 早くも察したミカエル。

(ジュリおまえ、リーナにラブソングを贈るのか…。私の親父みたいなことを……)

 と苦笑してしまう。
 その傍ら、ローゼがリーナのところへと駆けて来て言った。

「お誕生日おめでとうございますにゃ、リーナさん!」

「うん、ありがとう。ローゼさまもおめでとう!」

「ありがとうございますにゃ!」

「シオン、バンドでギターやるんやて? かっこええやん!」

「ふふ、バンドメンバーの中では1番のかっこよさですにゃ♪ 間奏のギターソロだって、とても素人とは思えにゃい上手さだしぃ♪」

「あはは、バカップルやなー」

「だけどジュリさんも負けてないですにゃ、リーナさん」

「…ふ…ふーんっ……?」

 とリーナが目を泳がせると、ローゼがミカエルに聞こえないくらいの小声で続けた。

「あとでジュリさんが歌う曲は、リーナさんを思いながら作ったもの。リーナさんへのお誕生日プレゼントですにゃ」

「――えっ……!?」

 と耳を疑うリーナに、にこっと笑顔を向けた後、ローゼが席に着く。
 リーナが再び口を開きかけたとき、ジュリがキッチンから戻ってきた。

「はい、リーナちゃんの好きなビール持って来たよ」

「…あ…ありがとうっ…、ジュリちゃんっ……」

 とローゼに続いて席に着きながら、グラスにビールを注いでくれる右隣のジュリの横顔を見たリーナ。

(つ…つまり何や? ラ、ラブソングを贈られんのかい、うち!? ちょ、めっちゃ恥ずかしいんやけど……!?)

 思わず赤面。

(あっかーん! こんなことになるなら、普通に何か物を頼んでおいた方がマシやった! ああもうっ、ローゼさまの仕業やなっ……!?)

 とリーナがローゼをじろりと見ると、ローゼがにやりと笑った。

「物じゃないから、どうしても受け取ってしまいますにゃあ、リーナさん?」

「…………」

 やられた。

 と顔を引きつらせた後、リーナは左隣に座ったミカエルに目を向けた。

(ほんまに堪忍してや、もう。ミカエルさまやて、気分ええわけないんやからっ……!)

 と狼狽してしまう。
 そこへ、ユナがやってきてミカエルの袖を引いた。

「ねえ、ミカエルさま。あたしこれから買い物に行くから、荷物持ちになって」

「えっ、ちょお、ユナちゃん!? 何で――」

 ミカエルさまに頼むねん!

 と声を上げようとしたリーナは、はっとして口を閉ざした。

(せや、ミカエルさまおらん方がええわ! いっそのこと、うちもユナちゃんに着いて行ってこの場から逃げよかな……)

 なんて考えたリーナの両肩に背後から圧し掛かった、シオンの手。
 立ち上がろうとしたリーナを押さえつける。

「…な、なんやシオン…!? 10歳のクセに、ごっつい怪力やな……!?」

「おい、主役。どこか行こうなんて思うんじゃねーぞ、え? 今日はローゼと、おまえのために開いてやってるパーティーなんだからな? 分かってんだろうな、え?」

「…は、はははっ…、ど、どこか行こうなんて思うわけないやんかっ…!? は、ははは……」

 と笑うリーナの顔は引きつりまくっている。

(おのれシオン…! 自分の女の味方しよってえぇぇぇぇ……!)

 と思わず込み上げてくる怒りを抑え、リーナはミカエルに顔を向けて言う。

「ユ、ユナちゃんの荷物持ちになったげてやーっ…、ミカエルさまっ…! うちパーティー楽しんどるからっ……!」

「そうか? それじゃ、行って来るか」

 と言い、立ち上がったミカエル。
 ユナに玄関へと引っ張られていき、外に出た。
 葉月町へと続く一本道もユナに引っ張られていく。

「ずいぶんと急いでるな、ユナ。閉店間際なのか?」

「ううん、もうすぐリーナたちの誕生日パーティーが始まるから」

「それに間に合わそうと思ってるのか? でもすぐ始まる雰囲気だったから、きっと間に合わな――」

「ううん、そうじゃないの。パーティーが始まったら、今日の主役のリーナとローゼさまへのプレゼントタイムが始まるでしょ? そのとき、ジュリはリーナへの誕生日プレゼントに歌を贈るの。それを避けてるの」

「え?」

 と首を傾げたミカエル。
 数歩進んだ後、ふと微笑んで足を止めた。
 ユナの手を引いて振り向かせる。

「ジュリの歌で、私が気分を悪くすると思って気を遣ってくれてるのか? 優しいな、おまえは」

「…そうじゃないよ。ただ単に、あたしが……」

 ミカエルのそういう姿を見たくないから。

 と、心の中で続けたユナ。

(変なの……)

 と己に対して思う。

(リーナがさっさとジュリとくっ付いてミカエルさまと別れて欲しいのに…、こんなにミカエルさまに振り向いて欲しいのに…、ミカエルさまの笑顔が消えると思うと無償に悲しいよ……)

 言葉を切ったユナにミカエルが首を傾げる。

「ただ単におまえが、どうしたんだ?」

「恥ずかしいラブソングを聴いてる暇があったら、お買い物したいなって思って♪」

「弟に対して酷いことを言うなあ。ま、まあ、ラブソングをプレゼントとはジュリもなかなか凄いことをするが……」

「本当にね」

 と笑い、ユナが再びミカエルを引っ張って歩き出す。
 もう少しで葉月町に入ろうかというとき、ユナはちらりとミカエルの顔を見たあとにまた口を開いた。

「ねえ、ミカエルさま。もしジュリの歌のこと気にしてたら、の話だけど」

「ああ?」

「リーナが取られるんじゃないかって心配になるような歌詞じゃないから、大丈夫だよ」

「そうなのか?」

「だってジュリ自身が作詞したんじゃないし、何よりその歌詞がちょっと……ね…………?」

 とユナが苦笑した頃。
 ジュリ宅ではリーナとローゼの誕生日パーティーが始まっていた。

「リーナとローゼにプレゼント渡せー」

 とのリュウの命令で、それに従う一同の一方。

 ジュリがすっと立ち上がった。
 それに続いてシオン・シュン・セナも立ち上がり、4人で作られたステージへと向かって行く。

(き、来たっ…! ラブソングタイムやっ……!)

 と、リーナに走る緊張。
 シオンがエレキギターを、シュンがエレキベースを肩から掛け、セナがドラムの椅子に座り、ジュリがマイクスタンドの前に立つ。
 リーナがジュリの方を見れないでいると、ジュリの声がマイクを通して聞こえて来た。

「ええーと、それじゃあマイクテストを兼ねて紹介を……って、あれ? バンド名って結局どれにしたんだっけ、シオン?」

「JYURI with MINI☆DRAGONS(ジュリ ウィズ ミニドラゴンズ)……でいいんじゃね? 一番無難で」

「そうだね。えーと、こんにち……いや、もうこんばんはかな? JYURI with MINI☆DRAGONSです」

「いよっ! かっこいいっ!」

 とサラが大きく拍手をすると、それに続いた一同。
 リーナも恐る恐るステージに顔を向け、拍手を送る。

(…あ…、ほんまや…見た目が見た目やから、めっちゃかっこええバンド……)

 なんて思い、少しドキッとする。
 ジュリが照れくさそうに笑ったあとに続けた。

「ええーと、これから歌う曲――『Oh! Delicious(デリシャス)! ―君のbody―』は、作詞を父上と兄上、リンクさんが、作曲と編曲をレオ兄さんとネオン、ミヅキさんがしてくれました」

 リーナ、納得。

(このめっちゃバカな曲名…、シュウ君が作詞に関わってるだけあるで……)

 のち、少々安堵した。

(って、作詞がジュリちゃんじゃないってことは、うちこんなに構えなくてもええんちゃう?)

 シュンが慌てたように口を挟む。

「サビではオレとシオン、セナのバックコーラスが入っけど、す、好きでするわけじゃねーからな!?」

「あ、バックコーラスお願いね」とチビリュウ3匹に言ったあと、顔を戻して続けたジュリ。「それで、えーと、歌詞ですが、Aメロ担当が父上で、Bメロ担当がリンクさん、サビ担当が兄上です」

 とその3人に顔を向けた。
 リュウ、リンク、シュウと口を開く。

「ったく、リンクとシュウのせいでバカな歌詞になりやがったぜ……」

「お、おまえやて人のこと言えへんやろリュウ!? なんちゅーことをジュリに歌わせんねん!?」

「ふ、二人よりオレの方がマシだろ!?」

 と揉め始めた3人の一方、ドラムを軽く叩いて遊びながら「うーん」と唸ったセナ。
 ジュリが振り返ると、手を止めて口を開いた。

「なあ、ジュリ兄」

「ん? どうしたの、セナ」

「なーんか、ものたりなくね?」

「物足りない?」

「おう。こうもっと曲にシゲキがほしいっていうか……。…あ、そーだジュリ兄。Aメロに入る前にカッコよくシャウトしてくれね?」

「シャウト……って何?」

 とジュリが首を傾げる一方でシオンが「おお」と声を高くした。

「いーな、それ。ジュリ兄に気合入りそうだし」

「だな、気合で乗り切るらしいジュリ兄にはいーかも」と同意し、シュンがジュリの疑問に答える。「シャウトって、ようは叫ぶことだ、ジュリ兄。叫ぶように歌うこと」

「へえ。でも、何て叫べばいいの?」

「それっぽいこと」

 とシオン・シュン・セナに声を揃えられ、腕組みをして考えるジュリ。
 少ししてそれを思いつき、再びマイクを握った。

「えーと、それじゃ歌いたいと思います。聴いてください。JYURI with MINI☆DRAGONSで、『Oh! Delicious! ―君のbody―』です」

 揉めていたリュウとシュウ、リンクがぴたっと口を閉ざし、一同がわっと拍手をする中、その曲は始まった。
 ジュリの合図で、前奏を奏でるチビリュウ3匹。
 ポップなその曲調に、リーナはまた少し安堵する。

(ああ、良かった。重いバラードやったらどうしようかと思ったで。うち、ほんまに構えることないやん)

 とリラックスし、ようやくビールを飲み始めたリーナ。
 次の瞬間、思い切り気合を込めたジュリによるシャウトで、盛大に噴出すことに。

「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「――ぶっ!?」

 思わぬシャウトにチビリュウ3匹の顔が引きつってしまう中、曲はAメロへと入っていった。
 ジュリはリーナを見つめ、心を込めて歌う。
 リュウによるAメロの歌詞は、正直あまり意味が分からないが。

『君を失ってから どれくらい経ったのか
 僕はひとり虚しく 風呂場と便所から子孫を海へと流す日々
 だってペットがいる部屋の中でティッシュに包んで捨られるほど
 恥じらいの心を捨てられない

 病気になりそう こんな毎日に
 だからお願い 君が微乳でも僕は怒ったりなどしないから
 今すぐベッドの中で僕の思うが侭にヤらせて欲しい
 大丈夫 優しくなどしない』

 ぼっと頬を染めたリーナの視線が、リュウへと突き刺さる。

「ちょ、リュウ兄ちゃん……」

「おまえ微乳だよな」

「う、うっさいわ!」

 曲はBメロへ。
 変わらずリーナを見つめて歌うジュリ。
 リンクによるその歌詞は王を手本にしたらしいが、どうやら王のようには上手く行かなかったらしい。

『君のその瞳を例えるのならば チャーハンを彩るグリーンピースだ
 どんな美女も美少女も その美しさには敵わない

 君のその唇を例えるのならば 着色されたタラコだろうね
 魅惑的なそれに 僕はいつ誘惑してもらえるの』

 リーナの視線が、今度はリンクへと突き刺さる。

「なんやねん、チャーハンのグリーンピースって? 着色されたタラコって? うちはタラコ唇かっちゅーねん」

「ほ…宝石に例えようと思ったんやけど、おとん分からなくてっ……!」

「失笑して鼻水出たわ」

 そして曲はサビへと突入。
 ジュリはますます心を込め、リーナを見つめて歌う。
 シュウによるその歌詞は、シオン・シュン・セナのバックコーラス入りだ。

『早く誘ってくれよ(ヘイ、カモォォォン!)
 そんなに焦らさないで(ヘイ、カモォォォン!)

 早く知りたい(フィーバァァァァァ!)
 僕に教えて今すぐ(フィーバァァァァァ!)

 Ah 甘い君のbodyはきっと 「Oh! Delicious!」

 (フィーバー フィーバー フィフィフィフィフィーバァァァァァァァァァァァァァァァァ!!)』

 そしてシュウにも突き刺さる、リーナの痛い視線。

「バカやんな? 自分、バカやんな?」

「……」

「シオン・シュン・セナが哀れ過ぎて泣けてくるっちゅーねん」

 曲は間奏へと入り、シオンによるギターソロ。
 プロのようなそれにローゼがうっとりとした後、曲は2番へ。

 再び始まるリュウによる下ネタ満載のAメロに、リーナは赤面し。
 リンクによるBメロでは失笑し。
 シュウによるサビでは、バックコーラスをするシオン・シュン・セナを見つめて目頭を押さえる。

 そしてその曲は、

「Oh! Delicious!」

 ジュリのそんな台詞で締めくくられた。

 大きく拍手を送りながら、サラが言う。

「あー、良かった! 格好良かったねーっ! 素晴らしいっ! ねっ!?」

 と、同意を求められたのはリーナ。
 一同の視線を浴びながら、静かに口を開いた。

「ジュリちゃん、シオン・シュン・セナ……、ご愁傷様」

「……………………」

 しぃーんと静寂が訪れるリビングの中。
 少しして、ローゼの泣き声がそれを破った。

「ふっ……ふにゃあぁぁああぁぁああぁあぁぁああぁぁああんっ!」

「うっわ、どうしたんローゼさま!?」

 とリーナが仰天する中、ローゼが泣きじゃくりながらリビングから出て行く。
 それを、

「おい、待てローゼ! おまえが悪いんじゃねーよ!」

 とギターを投げ捨てたシオンが追い掛け、

「ローゼさま、ごめんなさい!」

 とジュリも後に続き、さらにそれを見たハナも続いて行った。
 階段を駆け上がる音が聞こえてきたことから、どうやら2階へと向かって行ったらしい。

 再び静寂が訪れるリビングの中。
 残った一同の視線を浴びせられるリーナ。

「な……なんやねん? う……うちが悪いことしたみたいやんか?」

 そんな気分になってこの場にい辛くなり、ジュリたちに続いてリビングから逃げ出した。
 ローゼに謝った方が良いのだろうかと思い2階へと上って行くと、シオンの部屋のドアが半開きになっている。
 音を立てずにそっと近づいて中を覗き込むと、ベッドに腰掛けて泣きじゃくっているローゼの隣にシオンが、その隣にジュリが、またその隣にハナが腰掛けて必死にローゼを慰めているようだった。

「おまえのせいじゃねーんだから泣くな、ローゼ。悪いのは作詞担当の3人と、気合で何とかするって言ったにも関わらず何とかできなかったジュリ兄だ。バカなシャウトしやがるし」

「シオンの言う通りです、ローゼさま。僕が悪いんです、ごめんなさい」

「いやいや、ジュリちゃんは悪くないべよ。わ、悪いのはやっぱり歌詞でねえべか……」

 と、苦笑したハナ。
 ポケットの中から折りたたんだ一枚の紙を取り出した。

 何かとリーナが首をかしげていると、ハナがそれを広げながら続けた。

「なあ……、ジュリちゃん。やっぱりこっちを歌えば良かったんでないべか」

「ダメだよ。だって1番しかないし、父上たちが苦戦してるようだったら2番にしようかとも思ったけど、父上たちの歌詞とまるで違うからおかしいし」

「そうだけんども、オラいいと思うだよ……ジュリちゃんが作ったこの歌詞」

 ジュリが作った歌詞。

 それを聞いたリーナの胸が、少しドキッとした。

(えっ…!? ジュリちゃんも作詞してたんっ……!?)

 シオンがローゼからジュリに顔を向け、眉を寄せる。

「なんだよ、ジュリ兄も作ってたのかよ」

「うん、一応。でもすっごく苦戦しちゃって、ようやっと1番だけ出来たって感じだよ」

「ふーん。どれ、見せてみ」

 と、ハナからジュリの作った歌詞が書かれた紙を受け取ったシオン。
 ローゼと一緒に目を通す。

 そして見終わるなり、物凄い形相でジュリの胸倉を掴んだ。

「1番しかなかろうが、こっちを歌えよこのバカ兄がよ…!? こっちだったら俺たちカモォォォンだのフィーバァァァァだのバカなバックコーラスやらずに済んだじゃねーかよ……!?」

「え、えと……、ご、ごめんね?」

 とジュリが苦笑する傍ら、まだ少し泣いているローゼがしゃくり上げながら言った。

「こ、これ、う、歌って見てくださいにゃっ…、ジュリさんっ……」

「えっ? 今ここで? 演奏もないのにですかっ?」

 と、困惑したジュリの目の前にあるシオンの形相がますます恐ろしくなる。

「つべこべ言わずに歌いやがれ……!」

「…わ……分かった」

 と承諾したジュリ。
 シオンの手が胸倉から離れると、こほんと咳払いをした。

 そして鼻歌で前奏を歌った後、自分で作ったその歌詞をアカペラで歌う。

(ああ…、さっきこれをジュリさんが歌っていたら……)

 と尚さら後悔してしまい、また涙が込み上げてきそうになったローゼ。
 ふと、戸口にいるリーナに気付いた。

 そしてその顔を見た瞬間、涙がぴたりと止まった。

(――7番バッター、成功にゃ)
 
 
 
 
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