第78話 『6番バッター、いきます…』 後編
雪合戦大会開始の時間が近づき、リサがジュリを連れてAコートからEコートまであるのうちの、Cコートへと向かって行く。
それを追いかけようとしたリーナは、白猫の耳に小さく飛び込んできたミカエルの「嫉妬」という言葉に足を止めた。
ミカエルを見、ジュリに顔を戻して困惑する。
(うちがリサさんに嫉妬やなんて、そんなわけ……!)
そんなわけがないと、リーナは思いたい。
それではまるで、ミカエルという恋人がいるにもかかわらず、またジュリのことが好きみたいで。
ぽん、と肩にミカエルの手が重なってきて、リーナは小さく飛び跳ねた。
恐る恐る振り返り、ミカエルの顔を見上げる。
「私たちも行こう、リーナ。もうすぐ初戦が始まるぞ」
そう普段と変わらぬ様子で言ったミカエルに、戸惑いながら頷いたリーナ。
ミカエルとその傍らにいたユナと共に、Cコートへと歩いていく。
その途中、
(ミ、ミカエルさま、普段通りやけど、心の中で凹んでたり、怒ってたりするんやろうかっ……)
なんて心配になってしまい、ミカエルの腕を引っ張って立ち止まった。
「あっ、あのなっ、ミカエルさまっ!?」
「ん? どうした、リーナ」
「あっ、あのなっ、うちが好きなんは――」
ミカエルであって、ジュリではない。
と言おうとしたリーナの言葉を遮る、リサの声。
まだ10m以上離れているCコートから、リーナの白猫の耳へと飛び込んできた。
「初戦開始まで、あと10分か。ああ、この時間が勿体ねえ。さあ、俺の可愛いジュリ。目を瞑れ……」
途端、ジュリとリサのところへと瞬間移動したリーナ。
ジュリがリサにキスされようか瞬間、ジュリを突き飛ばして身代わりになった自分がキスされる。
ジュリの唇の高さにある、額に。
「……」
リサが眉を寄せ、黒々とした鋭い瞳で真下にあるリーナの茶色い頭を見つめ。
「……」
リーナが顔を強張らせながら、グリーンの瞳で真上にあるリサの顎の下を見つめる。
ジュリやミカエル、ユナが思わず目を丸くする中、リーナが口角を無理矢理上げて笑顔を作った。
「や、やったーっ。うち、リサさんみたいな美女からキスされてみたかったんー(女同士でキモいっちゅーねんっ!!)」
リーナの額から唇を離し、リサが口を開く。
「……何してんだ、おまえ」
「ちょっとくらいええやんか、リサさん。あ、あはははは」
と笑ったリーナだったが。
(ほんまに何してんねん、うちはっ……!)
心の中で狼狽しながら、ミカエルに目を向けた。
リサにキスされてみたかった、なんて嘘は当然バレているだろう。
が、
「用意されてる雪玉だけじゃ足りなくなるかもな。今のうちにいくつか作っておこうぜ、リーナ」
と言いながら歩み寄ってきたミカエルは、変わらずいつもの笑顔だった。
それを見て、小さく安堵の溜め息を吐いたリーナ。
「う、うんっ…、せやなっ……!」
やっぱりミカエルは気にしてないようだと判断し、並んで雪玉を作り始めた。
どうしても、ジュリとリサの方をちらちらと見てしまいながら。
二人に続いてユナも雪玉を作りながら、ミカエルに目をやる。
たしかに普段通りに見えるミカエルだが、リーナは見逃していると思った。
(リーナがジュリとパパ(リサ)の間に割り込んだとき、数秒間だけだけどミカエルさまの笑顔が消えてた)
無理して普段通りに振舞っているミカエルが痛々しくて、ユナは少しだけ後悔する。
(マナの作戦、止めれば良かったかな。パパがこうして性転換してジュリに絡まらなければ、ミカエルさまが傷付くことはなかったんだよね……)
視界が涙でぼやけ始め、ユナははっとして袖で涙を拭う。
(――って、いいわけないじゃない! マナの作戦が成功したら、あたしはまだミカエルさまのこと諦めなくていいんだからっ…! リーナがパパに嫉妬してる今、マナの作戦は成功へと向かっていってる…! 素直に喜ばなきゃっ……!)
そこへ、「ぷっ」とミカエルの短い笑い声が聞こえ、はっとしたユナ。
ぱちぱちと瞬きをしながら訊く。
「な、何? ミカエルさまっ」
「おまえは、相変わらず泣き虫だなと思ってな。リュウがいなくて、雪合戦が怖いのか?」
「や、やだっ…! そんなんじゃないもんっ……!」
「はいはい」
「そ、そんなんじゃないってばっ!」
「雪球が怖かったら、私の背に隠れてもいいぞ」
「だ、だから、そんなんじゃ――って、あ…そう? そ、それじゃそうさせてもらおうっかなー…なんてっ…。ハンターの雪玉って当たると痛いから、実はちょっと怖いんだよねっ……」
「やっぱりな。まったく、おまえは世話が焼ける」
と、さもおかしそうに笑ったミカエル。
(お陰で、落ち込んでいる暇がない)
そんなことを思った。
それから少しして、メガホンからゲールの声が響いてきた。
「…ではそろそろ『全島ハンター・雪合戦大会』を始める…」
初戦はAコートからEコートまで全て、一斉に行われる。
ルールは単純に、雪玉に当たったものや、コートから出たものは失格となる。
初戦で各コートから5名ずつ残ったあとは、もう決勝戦だ。
今年は優勝者に300万ゴールド、準優勝者に150万ゴールド、トップ10までに50万ゴールド。
昔ミヅキが作ったシュウ人形が商品になったときほどにはならないものの、毎年賞金が少しずつ増えて行く故に白熱するイベントだった。
100m×30mの広いコートの上に、雪玉除けのシェルターは一切ないが、運動能力の高いハンターは大して困らない。
雪玉を100m先にいる敵に難なく当てることの出来る者もいるし、シェルターに頼らずとも素早く雪玉を交わす。
といっても、ジュリ一同のような飛びぬけた運動能力を持つ者たち相手ではそうも行かないが……。
今年のジュリ一同は、Aコートに、サラとカレン。
Bコートに、レオン。
Cコートに、ジュリとリサ、リーナ、ミカエル、ユナ。
Dコートに、シュウとリン・ラン。
Eコートに、グレルとリンク。
ゲールの声を聞いたリサが、ジュリを引っ張ってコートの角を陣取った。
「いいか、ジュリ。おまえは安全な俺の後ろにいて、俺に雪玉を渡せ。いいな?」
「え? あ…、はい、分かりました、リサさん……」と困惑気味に言ったあと、ジュリがリーナに顔を向けた。「リーナちゃんもこっち来る? リサさん、守ってくれるみたいなんだけど」
「ううんー、うちは守ってもらわへんでも大丈夫やからー」
と笑顔を返したリーナ。
ミカエル、ユナと共に30m向かいの角を陣取った。
(あの女なんかに守って欲しくないっちゅーねん!!)
腕に抱えていた雪玉をユナに渡して言う。
「ユナちゃん、雪玉渡すのと作る係な!? うちとミカエルさまで、敵倒してくから!」
「う、うん、分かった。す、凄い張り切ってるねリーナ」
「ええか、ユナちゃん!? 雪玉は硬く握ってな!? 普通は水加えて硬くするけど、あらへんからユナちゃんの炎魔法で雪を軽く溶かして、んでカッチカチに握って雪玉作ってや!?」
「わ、分かった。でもそれ、ハンターじゃなくて一般人相手だったら重傷負わすよね……」
「それくらいでええねん、それくらいで!」
と言い、じろりとリサを睨んだリーナ。
初戦開始の笛が響き渡った瞬間、リサに向かって雪玉をぶん投げ始めた。
(ぶっ倒してくれるわあぁぁあぁぁああぁぁああぁぁぁあぁぁあーーーっっっ!!)
しかし、これがまるで当たらない。
両手に雪玉を3つずつ持ち、恐ろしい剛速球で敵を次から次へと倒して行くリサ。
リーナの方を見ていないにも関わらず、飛んできたリーナの雪玉に雪玉を当て、あっさりと打ち落としていく。
(リュ、リュウ兄ちゃんみたいな技使いよってぇえぇぇええぇぇえぇぇぇえーーーっっっ!!)
と、リーナがますますリサに雪玉をぶん投げていくものだから、ユナは慌てて雪玉を作り始めながら他のコートに目を向けた。
このCコートも白熱しているが、他のコートからもその熱気が伝わってきていて。
右隣のBコートを見ると、何やらレオンがAコートを見ながら狼狽した様子で声を上げている。
「うっわあぁぁあぁぁああーーー!? ちょ、ちょっとサラ!? カレンちゃんに何吹き込んだのーーーっっっ!?」
Aコートの一角、カレンの後ろに立っているサラが、あはは、と笑って返す。
「もっちろん、『アタシを除くAコートの奴らが、カレンのこと「貧乳」って言ってたよ』って♪ 見て見て、カレン、マジ凄いよねー♪」
そのマジ凄いカレン。
まるでマシンガンのように雪玉を乱射し、顔面蒼白して逃げ惑う敵ハンターたちを倒していく。
「あなたたち、誰一人許さなくってよぉぉおおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉおっっっ!!」
思わず顔が引きつらせたユナ。
(さ…、さすがカレンちゃん…。決勝戦に進出は確定だろうな……)
今度は左隣のDコートに目を向けると、雪玉を投げて敵を倒して行くシュウと、その背にしがみ付いているリン・ランの姿が目に入った。
「お、おい、リン・ラン。そんなにしがみ付かれたら、兄ちゃん動きにくいぞ……」
「雪玉こわぁぁぁぁいですなのだ、兄上ーっ。ハァハァハァ……!」
「そ、そうか、怖いのか。兄ちゃんが守ってやるからな」
「カッコイイですなのだ、兄上ーっ。ハァハァハァ……!」
「お、おう。と、ところでだな、リン・ラン?」
「はいですなのだ、兄上ーっ? ハァハァハァ……!」
「な、なんでそんなにハァハァして興奮してんのかな?」
「気のせいですなのだ、兄上ーっ。ハァハァハァ……!」
「そ、そうかな」
「そうですなのだ、兄上ーっ。ハァハァハァ……!」
「そ、そうか」
「はいですなのだ、兄上ーっ。ハァハァハァ……!」
「……」
「ハァハァハァハァ……!」
「…………」
「ハァハァハァハァハァ……!」
「………………」
「ハァハァハァハァハァハァ……!」
「お、おい、リン・ラン? おまえらやっぱり――」
「ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ……ッ!! も、もうダメですなのだ、兄上ぇぇぇえぇぇえぇぇえぇぇーーーっ!!」
と、絶叫したリン・ラン。
シュウの身体を持ち上げ、身体を反らし、バックドロップ。
「――ぶほっ!?」
と、頭から雪の中に突っ込んだのち仰向けに倒れたシュウの上に、鼻息を荒くしたリン・ランが圧し掛かる。
「ハァハァハァ…! よし、ラン! カレンちゃんは見てないぞ……!」
「ハァハァハァ…! ああ、リン! 今のうちにヤッてしまえ……!」
「――バっ、バカ、おまえら止めろっ…! おっ、おいっ…、あっ…あぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあぁぁあぁぁああーーーっっっ!!」
と絶叫するシュウと、シュウの服を脱がし始めるリン・ランに雪玉がいくつも当たって行く。
ユナ、苦笑。
(兄ちゃんとリン姉ちゃん・ラン姉ちゃんは失格……っと)
それに続いて、
「うっわあぁぁあぁぁあっ! リン・ラン、何してんねん! シュウ、大丈夫か!?」
シュウを助けようとEコートから飛び出してきたリンクも失格となり、ますます苦笑したユナ。
Eコートでもう1人試合をしているグレルに目をやった途端、顔面蒼白する。
毎年見る光景であるが、恐ろしすぎて見慣れるものではない。
「んじゃ、いっくぞーい♪ そーれいっ♪」
ズドドドドドド!
と、雪合戦だというのに、水魔法で直径30cmの雹(ひょう)を降らせ、審判のゲールに当てている。
「…ガハァァァァッ…! あっ…、ああぁぁあぁぁっ…! なんて素晴らしい雪玉だっ…! イイっ…イイんだグレルっ…! もっとだっ……!」
と快楽に悶える超一流変態・ゲールから飛び散った血が、真っ白な雪の絨毯を染めて行く。
勝ち進む気がないのか何なのか、ゲールの相手をするグレルには雪玉がいくつも当てられている。
グレル本人は蚊に刺されたくらいに思っているのか、そのことにまるで気付いていないようだが。
(…グ…グレルおじさんも失格っと……。…うっ…、も、もうダメ。怖くて見てられないっ……!)
と、再び己やジュリ、リサ、リーナ、ミカエルがいるCコートに目を戻したユナ。
作り終えた雪玉を、目の前で壁になっていてくれているリーナとミカエルに手渡していく。
相変わらずリサに雪玉を投げまくっているリーナだったが、やはり当たらない模様。
「ああもうっ! なんやねん、あの女! めっちゃムカつくわ!」
「…あ、あの、リーナ?」
「なんや、ユナちゃん!? 次から次へと雪玉作ってや!」
「う、うん、作る。え…えと、リサさんは狙っても無駄だと思うよ」
「無駄やない! いつかは当たる! リュウ兄ちゃん相手やったら一生無理やけど!」
つまりその一生無理なことをしているリーナに苦笑したあと、ユナはミカエルに目を向けた。
リーナが隣でリサに嫉妬丸出しでいる故に、きっと気分が良くないだろうな、と思ったのだが。
ミカエルはリーナより、後方にいるユナを気にしているようだった。
何度もちらちらと見てくるものだから、ユナは首を傾げながら訊く。
「どうしたの? ミカエルさま。さっきからこっち見て…。…あっ、雪玉作るの遅いっ? ごめんね、今すぐ作るからっ……!」
「いや、そうじゃない。泣いてんじゃないかと思ってな」
「な…、泣かないよ、もうっ……!」
と恥ずかしそうに赤面したユナを見、ミカエルが笑う。
「ミカエルさまって、やっぱりあたしのこと子供扱いしすぎっ」
と口を尖らせたあと、ユナは再び雪玉を作り始めた。
今度は違う意味で頬が染まる。
(でも嬉しい…。あたしのこと、気にしてくれたんだ……)
初戦は最初にCコートが終了し。
続いて、Aコート、Bコート、そのあとにほぼ同時にDコートとEコートが終了した。
初戦を突破したツワモノは、Aコートからサラとカレン、他3人。
Bコートから、レオンと他4人。
Cコートから、ジュリとリサ、リーナ、ミカエル、ユナ。
DコートとEコートからは、ジュリ一同は誰もおらず、どこかのハンターが5人ずつという結果に。
「リーナおまえ、何考えてんだ。ずっと俺を狙いやがって」
と、初戦が終わるなり、リサがリーナにデコピン。
「――いった!」と額を押さえ、リーナは牙を向いてリサに食って掛かる。「何って、あんさんのこと倒そうと思っただけや! 同じコートにいる以上、敵なんやから何もおかしいことやないやろ!? 文句あるんかいな!? え!?」
「キャンキャンうるせーなあ。行こうぜ、ジュリ。決勝戦のコートはあっちだ」
「ジュリちゃんに触らんといて! ジュリちゃんが汚れるわ!」
と、ジュリの手を引っ張ったリーナが、リサから逃げるように決勝戦のコートへと駆けて行く。
その顔は、初戦ですっかり頭に血が上ったらしく真っ赤になっていた。
(次の決勝戦では、必ずぶっ倒したるからな、あの女!!)
と思ったリーナだったが、リサ――リュウ相手では、やはりそうもいかなく。
決勝戦でとりあえずいつもの仲間たち以外のハンターを倒したあと、リサを追い掛け回して雪玉を投げまくるが、まるで当たらない。
「しつけーな、おまえ」
と、溜め息を吐きながらリサ。
リーナがいつまでも追いかけてくるものだから、後方にぴょんぴょんと跳ねながらリーナの雪玉を避けて行く。
「避けんな、どあほう!!」
「当たったら失格になるじゃねーかよ」
「あんたなんかに優勝賞金渡すかいな、ボケ!!」
「俺が狙ってんのは優勝じゃなくて、準優勝だ。優勝はジュリにさせてやる。ワザと当たってやってな」
「フン! そんなん、単に自分の好感度あげるためやろ!? そうやってジュリちゃんの心も体も奪おうって作戦やろ!? 下心や、下心!!」
「当たり前じゃねーか、他に何の理由があんだよ」
「すっ、少しは否定せんか、この痴女がぁあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁああっっっ!!」
と大暴れするリーナの背に、ボスッと軽く雪玉が当たった。
「――あっ!?」とリーナがはっとして振り返ると、20m先でサラが手を振っている。「隙あり〜♪ ちゃーんと後ろも見なきゃダメじゃん、リーナ」
「あああっ、もぉぉぉぉ! サラちゃん、何すーんねーんっ! 失格になってもうたやないかい……」
とがっくりと肩を落としながら、リーナが決勝戦のコートから出て行った後。
サラが続いてミカエル、ユナ、それからわざと当たってやったレオンをコートの外へと送った。
「ジュリちゃん、逃がさないわよっ」
とカレンがジュリを狙い始めたが、
「俺の可愛いジュリを狙ってんじゃねえ、この貧乳が」
とのリサの言葉で、カレンぶち切れ。
初戦のときのように、まるでマシンガンのように雪玉を乱射し始める。
「なぁぁぁぁんですってぇぇぇぇぇえぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇぇえええーーーっっっ!!?」
「えっ、ちょ!? わ、わわわわわわ!?」
と、カレンのすぐ目の前にいたサラは狼狽して逃げようとしたが、突然のことに間に合わず雪玉が当たってコートの外へ。
その後、ジュリを腕に抱きながらひょいひょいと雪玉を避けていたリサが、雪玉をカレンの足元目掛けて投げ。
「きゃっ!」
と足首に雪玉が当たったカレンも、コートの外へ。
よって残りは、ジュリとリサの二人だけになり。
観客や失格となったハンターたちの注目を集める中、リサがジュリから3mほど離れて両腕を広げた。
「さあ、ジュリ! 俺に向かって雪玉を投げろ!」
「え? ええとぉ、リサさ――」
「さあ、早く!」
「は、はあ…、分かりました……」
と、困惑しながら承諾したジュリ。
足元の雪を集めて雪玉を作ると、リサに向かって軽く雪玉を投げた。
「え、えいっ……!」
ジュリの雪玉が、ポスッと優しく胸元に当たったリサ。
誰がどう見てもワザとにしか見えないほど豪快に、「あっ!」と声を上げながら後方へとふっ飛んで行った。
その距離、50m。
辿り着いた場所は、キラの腕の中。
「ふ、今のどうだキラ。素晴らしい演技だろ」
「……。…そうだな」
「これでジュリへの好感度は上がった! ついにイトナミ開始だぜ!」
と張り切った様子でジュリのところへと駆けて行くリサの背を見送ったあと、キラが溜め息を吐いて周りにいた家族や仲間を見回した。
「さて…、失神したリュウの回収の時間が近づいてきたぞ……」
雪合戦大会の決勝戦が終わり、やってきた授賞式の時間。
まずはトップ10に入ったうちの、優勝者と準優勝者を除く8人が前へと出て行く。
そのうちの6人は、リーナとミカエル、ユナ、サラ、カレン、レオンだ。
一人一人、ゲールから賞金10万ゴールドを渡されていく。
(はあぁ…、結局あの女が準優勝を掻っ攫ったんかい……)
と思って深く溜め息を吐き、苛々としながら仲間一同がいた場所へと戻ったリーナ。
「あれっ? みんな、どこ行ったん?」
と辺りを見渡した。
初戦で失格になったシュウとリン・ラン、リンク、グレルや、ハンターではないが故に観戦していたキラたちの姿が無くなっている。
それどころか、
「…優勝者と準優勝者、前へ…」
とゲールの声が何度も響いているにも関わらず、その2人――ジュリとリサまでもがどこかへと姿を消している。
「ちょ、ジュリちゃんをドコに連れて行ったん、あの女!?」
「どうやらイトナミタイムに入ったらしいねー」と、サラ。「大方、人気のない山の中にジュリを連れて行ったんじゃない?」
それを聞き、仰天したリーナ。
雪合戦会場のすぐ後ろにある山の中へと、大慌てで瞬間移動して行った。
山の中をあちこち駆け回りながら、声を上げる。
「ジュリちゃん!? どこや!? ジュリちゃん!?」
すると、リーナの白猫の耳に小さな声が飛び込んできた。
ジュリではなく、キラの声だ。
「こっちだ、リーナ」
リーナが振り返ると、そこにはキラと姿を消していた仲間一同が岩陰に隠れていた。
どうやら何かを覗き見している様子。
リーナが駆け寄って行って、一同が見ているそれに目を向けたときのこと。
「――なっ、何故だっ!!」
リサの声が響き渡った。
リーナの目線の先には、半裸にされたジュリと、顔面蒼白しながら尻餅をついているリサ。
「こんの、痴女があぁぁあぁぁああ!!」
とリーナが岩陰から飛び出していった瞬間、
「何故だ! 何故なんだ! 俺の可愛いジュリの股間に、いつの間にかメダルが生えている! し、しかも結構…、えげつねえ……だ……と……………!?」
パタリと仰向けに倒れたリサ、失神。
「…………」
予想通りの展開すぎて、キラたちが思わず苦笑してしまう一方。
リーナがジュリの両肩を握り、声を上げた。
「ちょお、ジュリちゃん!? 服、脱がされたん!?」
「う、うん。何が何だか分からないうちに、脱がされちゃっ――」
「それ襲われてたんよ!? 分かる!? ジュリちゃん、リサさんに襲われてたんよ!?」
「お、襲われ……?」
「せや! リサさんはな、ジュリちゃんとイトナミしようとしてたんや! イトナミがどういうものかまだはっきり分かってへんでも、それが好きな相手とするものやってことは分かっとるやろ!?」
「そ、そっか…、リサさん僕とイトナミをしようと……」
「ジュリちゃん、ずばっと断りぃや! 思いっきり、抵抗せえや! あんたとはイトナミ出来へんって、はっきり言ったれや! 分かった!? なあ、分かった!? 分かったな!?」
と、声を荒げていくリーナに困惑してしまい、ジュリが返事を出来ないでいると、リーナの眉が不機嫌そうに釣り上がった。
そして辺りに、さらに大きな声を響かせた。
「ジュリちゃんは、一生うちのことだけ見てればええねん!!」
「――えっ?」
とジュリが短く声を上げた一方、リーナがはっとして己の口を両手で塞いだ。
しぃんと、辺りに静寂が流れる。
また、どくんどくんと嫌な動悸がする。
(う…、うち、今、何でそんなこと……!?)
岩陰から動揺した様子のリーナを見つめながら、マナが小さく呟いた。
「…6番バッター・そこそこ成功……、かな…」
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