第79話 バッサリといきました


「ジュリちゃんは、一生うちのことだけ見てればええねん!!」

 そんなことを口走ったリーナは、はっとして己の口を両手で塞ぐ。
 困惑してしまう。
 今己は何故、そんなことを言ったのか。
 これではまるで己はジュリのことを好きだと言っているようで、嫌な動悸に襲われる。

(そ、そんなわけないやろっ…? せ、せやかて、うちにはミカエルさまという恋人がおるんやで…!? ミカエルさまがおるのに、そんなわけ……!)

 ジュリがリーナの顔を覗き込む。

「リーナちゃん? そりゃ僕はずっとリーナちゃんのことが好きだけど、どうしてそんなこと言ったの?」

「あっ、え、えと――」

 とそこへ、リーナの言葉を遮るようにミカエルとユナの声が聞こえてきた。

「あ、キラさんたちがいるぞ、ユナ」

「本当だ、ママたちだ。ってことは、リーナもいるかな」

 リーナは慌てて続ける。

「ジュ、ジュリちゃん、さっきの忘れてや! なっ?」

「えっ? リーナちゃ――」

「ほ、ほんまはそんなこと思ってへんからっ……!」

 と立ち上がり、リーナが近くの岩陰にいたキラたちのところへと駆けて行った。
 こちらへとやって来るミカエルとユナに手を振る。

「お、おーいっ、ミカエルさま、ユナちゃーんっ! うちはここやでーっ! 1人で瞬間移動してごめんなーっ!」

「おお、リーナ。やっぱりここにいたか」

「う、うん、ミカエルさまっ…! ほ、ほな、うちら今日仕事あるから先に葉月島に帰ってよかっ……!」

 と言うなり、リーナがミカエルを連れてその場から瞬間移動で消え去った。

「って、リーナ今日は仕事入ってへんやろ?」

 とリンクが眉を寄せる一方、キラが気を失っているリサを背負って溜め息を吐く。

「まったく予想通り過ぎて溜め息が出るぞ、リサ――いや、リュウ……」

 そう言葉通りに溜め息を吐くキラを見、ジュリが「えっ」と声を上げた。

「リサさんは、父上なのですかっ?」

「そう…」と頷き、マナが言う。「あたしの薬でパパが性転換してたの…。そして今日のことは、あたし――6番バッターの作戦だったの…。黙っててごめんね、ジュリ…」

「ええっ? マナ姉上の作戦っ?」と驚いて声を高くしたあと、ジュリが俯いて溜め息を吐いた。「それがどんな作戦だったのか僕にはよく分からないけど、きっと失敗に終わってしまいましたよね。ごめんなさい」

「失敗…? どうしてそう思った…?」

「だってマナ姉上、僕さっきまたリーナちゃんに振られた気が…。リーナちゃん、僕に想われてるのが嫌そうっていうか、なんていうか……」

 ジュリの頭に手を乗せ、マナは続ける。

「作戦は失敗じゃないよ…、成功だよジュリ…。リーナが口走った言葉――ジュリは一生リーナのことを見てればいいって言葉…、あれはきっとリーナの本心…」

「えっ?」

「ジュリに想っていて欲しいって、リーナは思ってるんだよ…。もっともリーナ自身は、そのことを否定したいみたいだけど…。リーナはまた、ジュリに惹かれ始めてるはず…。頑張って…、ジュリ…」

 そう言ったあと、マナが「それから」とユナを見て続ける。 「ユナも頑張って…。リーナがジュリとミカエルさまの間を揺れ動いてるってことは…、ミカエルさまがユナに振り向いてくれる日が来るかもしれない…」

「――うっ…うんっ……!」

 とユナは頷いた。

(あの日――クリスマスの日、ミカエルさまがどれだけリーナを想っているか知って、もうミカエルさまのこと忘れる努力をしようかと思ってたけど…。だけど、だけどっ……)

 だけど今再び、期待に胸が高鳴る。

(あたしまだ、ミカエルさまのこと諦められそうにもないや……)

 少し頬を染めるユナを見つめて微笑んだあと、マナがキラに背負われているリサに目を向けた。

「さて…、パパはどうしようかな…。いつだったか公衆浴場に行ったときみたいに、一部の記憶を無くす薬を飲ませないとまずいかな…」

「いや、そろそろ現実を教えてあげた方がいいんじゃない?」と、呆れたようにサラ。「ジュリは股間に立派なメダル生やしてこの世に産まれてきたってのに、いつまでも女の子に思われてたら可哀相だっつの。それに、子離れできるいい機会だよ」

 キラが続く。

「そうだな。しかし、軽く一ヶ月は落ち込む上に、ジュリの師匠を辞めると言い出しそうだが」

「だね。そしたら、ジュリはアタシの弟子にするよ」

「む? リーナの弟子に戻すのではなくてか? サラ」

「うん。親父の弟子だったってことは甘やかされてきたわけだし、弟子期間である残りの約3ヶ月間は、アタシの下でビシビシ鍛えてやるよ。いいね、ジュリ? あんた、好きな女をどんな危険からでも守ってやれるくらいに強くなりな」

 そんなサラの言葉に、「はい」と返事をして頷いたジュリ。
 サラの弟子となると、地獄のように辛く苦しい日々が続くことは分かっていたが躊躇はしなかった。
 リーナを何からも守ってやることが出来るというなら。

 それに、

(強くなったら僕はカブトムシになれるんだ)

 そんな夢も未だに抱いていることだし……。

 ふと風が吹き、己のガラスのような銀髪がジュリの顔に掛かる。
 リュウの希望で、キラと同じ腰の長さまで伸ばさせられていた髪の毛。
 それを手で掴みながら、ジュリは思う。

「うーん……、ちょっと邪魔になるかなあ」

「だね。アタシの弟子になったら、仕事ハードになるし」

 と、同意したサラ。
 ジュリの銀髪を触りながら数秒後、「あっ」と声を上げて思いついた。

「バッサリ切っちゃえば?」
 
 
 
 
 ――と、いうわけで。
 ミーナの瞬間移動で帰ってきた、自宅屋敷のリビングの中。

「それじゃ、ミヅキさんお願いします」

 床に敷いた新聞紙の上。
 椅子に座り、首にケープを巻き、霧吹きで銀髪を濡らし、散髪される準備万端のジュリがいた。
 行き付けの美容室は本日休みということで、手先が器用なミヅキがジュリの髪の毛を切ることに。

「ジュ、ジュリ君、本当にいいの?」と訊きながら、ジュリの髪の毛をコームで梳かすミヅキの手は震えている。「そりゃ、ぼくは仕事上ドールのウィッグをカットしてるけど、人のは初めてだし上手く切れるか分からないよっ…!? そ、それに勿体無いよ、やっぱりっ…! お義母さん譲りの、こんなに綺麗な髪の毛してるのにっ……!」

「そ、そ、そ、そうだべよ、ジュリちゃんっ!」と、ハナも青い顔をしながら続く。「切っちゃったら、も、勿体無いべよぉぉぉぉぉぉっ! リュウ様が目を覚ましたら、どんなにショックを受けるか……!」

 あはは、とサラが笑った。

「だーいじょーぶだって、ハナちゃん。ジュリが男だと分かった今、髪くらい切ったってそれほどショック受けないよ親父は」

「そ、そうだべか……」

「そうそう。だから落ち着いて落ち着いて」とハナを宥めたあと、サラがミヅキにハサミを渡した。「んじゃ、お願いねミヅキ」

「…わ…、分かった…。そ、それじゃ、いきますっ……!」

 ハサミがゆっくりとジュリの髪の毛へと近づいて行き、肩の上の位置に一切り入った。
 新聞紙の上に落ちたジュリの髪の毛を見ながら、ミヅキが呼吸を乱す。

「き、ききき、切っちゃった…! ほ、本当に切っちゃった…! ど、どどど、どうしようっ……!」

「いーから早く続けて」

 とサラが催促すると、ミヅキが震えながらもジュリの散発を続けた。
 ジュリ本人とサラを除く一同が緊張してしまいながら見守る中、ジュリのガラスのような長い銀髪は次から次へと新聞紙の上に落ちて行く。

 ジュリの髪の毛を肩の上で切り揃えたあとは、ミヅキがハサミを巧みに扱ってスタイルを整えていく。

「ねえミヅキ、どーせならベリーショートにしちゃえば?」

「ぼ、ぼくにそこまで出来る勇気はないよ、サラちゃん……」

 約10分後。
 腰までのロングヘアだったジュリは、少し長めのショートカットに。

 スースーとするウナジを手で押さえて鏡を見つめ、ジュリが照れくさそうにはにかむ。

「ど、どうかな、僕…。へ、変かな……」

「いや、似合ってるよジュリ! さーっすが、ママと同じ顔! どんな髪型でも似合う!」

 と、サラ。
 シオン、シュン、セナと続く。

「だな。似合ってんぜ、ジュリ兄」

「だな。少し男っぽくなったぜ、ジュリ兄」

「だな。かっけーぜ、ジュリ兄。おれのオヤジのウデのおかげもあるけど」

 他の一同からも褒めてもらい、再び照れくさそうに笑ったジュリ。
 脱力して床に四つんばいになっているミヅキに礼を言ったあと、椅子から立ち上がってサラの顔を見上げた。

「サラ姉上、今日はお仕事ないのですか?」

「うん、今日は飲んで騒ぐ予定だったから入れてないけど……」と言ったあと、サラはジュリの様子を見つめて続けた。「あんたが行きたいって言うなら、行ってもいいよ? 親父はお正月中に休み取れなかったから、アタシたちで手伝ってやろっか。親父、しばらくは調子悪いだろうしさ」

「はいっ!」

 と元気良く返事をしたあと、ジュリが武器であるチャクラムを取りに自分の部屋へと向かって駆けて行った。
 張り切った様子のその背を見送ったあと、シオンもリビングの戸口へと向かって行きながら言う。

「俺も修行してくる」

「え、今からかよ」と、シュン。「今日は師しょーから休みもらったじゃねーか。飲んで食ってさわごうぜ」

「シュンのいうとおりだ、シオン」と、セナが続いた。「休みもたいせつだ。つか、いーのかよコレ」

 と、指したのは、ローゼである。
 シオンがその顔を見ると、不服そうに頬を膨らませている。

「せっかくのお休みなのにっ……!」

「夜に相手してやんよ」

「足りないのにゃっ!」

 ローゼの傍ら、シュンとセナがひそひそと話し出す。

「おい、聞いたかよセナ。ローゼのやつ、夜のイトナミだけじゃたりねーらしいぞ」

「ああ、きいたぜシュン。さすがセクハラ王のムスメだよな」

「ちっ、ちっ、ちっ、違うのですにゃああぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああぁぁあああっ!!」

 とローゼが顔を真っ赤にして騒ぐ一方、シオンが続けた。

「仕方ねーだろ、明日は用事があって修行できねーんだから」

 ローゼがシオンに振り返って訊く。

「にゃんの用事!?」

「何のって……、おまえ正月に一度も城に帰らねー気?」

「え?」

「クリスマスの日、王に言われたじゃねーか。これからは舞踏会のときだけじゃなく、もっと顔を見せろって。俺と一緒に」

「あ」

 そういえばそうだったとローゼが思い出す一方、シュンとセナがにやにやと笑って声を揃える。

「シオンおまえ、すっかりローゼの婚約者だな」

「うるせーな。ニヤニヤしてんじゃねーぞ」

 とシオンが不機嫌そうに顔を顰める一方、ローゼは頬を染めて笑う。

「修行がんばってにゃっ……」

「おう。おまえはここで皆と食っちゃ飲みして遊んでろ」

「はいですにゃっ」

 と、返事をしたローゼだったが。
 シオンや、それに続いて結局本日も修行をすることにしたシュンとセナのいる裏庭が良く見える場所――1階にあるリュウ・キラの寝室へと向かって行った。
 雪の中で剣の修行をするシオンを、窓からこっそりと見つめる。

 その後方にあるベッドでは、薬の効果が切れていなくてまだリサになっているリュウがうなされていた。

「…い…いつから俺の可愛いジュリに…メ…メダル……が……!」

「……」

 ローゼ、苦笑。
 リュウの顔が蒼白している上に、睫毛が少し濡れている。

(そ…そこまでショックでしたかにゃ、リュウさま……)

 ローゼはベッドの枕元に置いてあるティッシュを一枚取って4つに折り畳むと、リュウの瞼にそっと当てた。
 涙をティッシュで吸い取ってやりながら、携帯電話を取り出す。

(そういえばリーナさんは、まだリュウさまがリサさんになってたこと、知らないんだったにゃ)

 ならば教えてあげなければと、リーナに電話を掛けた。
 呼び出し音が4コールほど鳴ったあとに、リーナの声が聞こえてくる。

「も、もしもし? ローゼさま?」

「はいですにゃ、リーナさん。今、お仕事中ですかにゃ?」

「う、ううん。ほ、ほんまは今日、仕事なんてなくてっ……」

「そのようですにゃ」

「う、うん……」

 どうしてそんな嘘を吐いたのかとローゼが訊く前に、リーナが続ける。

「そ、それでローゼさま。何の用や? あっ、今日の宴会のお誘いかっ? そ、それやったらうちとミカエルさま、行かへんからっ……」

「そうではなくてですにゃ。あ、いえ、来てくれないのは残念ですけどにゃ。えと、リサさんのことなんですけどにゃ」

「……うん?」

 と、突然不機嫌そうな低い声になったのを訊きながら、ローゼは続ける。

「今、ジュリさんのお家にいますにゃ」

「はぁ!? なんでやねん! 雪合戦終わったんやから、さっさ帰ったらどうやねん、あの痴女!!」

「リサさんはちゃんとお家に帰ってますにゃ、リーナさん」

「どこがやねん!? そこジュリちゃんの家やんか!」

「だって、ここはリサさんのお家でもありますからにゃ」

「は……はあぁぁぁぁーーーっ!? それって、これから一緒に暮らすってことか!?」

「もともとジュリさんとリサさんは、一緒に暮らしてますにゃ」

「は? 何言って……?」

 と、意味が分からずリーナが口を閉ざすと、ローゼは笑って続けた。

「だってリサさんは、マナさんの性転換薬を飲んだリュウさまですからにゃん♪」

「――ほえ?」

 と間の抜けた声が聞こえてきてから、数秒後。
 リーナが電話の向こうで脱力したのが分かった。

「…リュ…、リュウ兄ちゃんやったんーっ……? うちすっかりジュリちゃんたちの親戚やって信じてもうたで……」

「安心しましたかにゃ? リーナさん」

「うん、リュウ兄ちゃんやったなら――って、安心っ!?」と、リーナの声が裏返る。「あ、安心って何のことや!? う、うちは別にジュリちゃんのことが好きな美女が現れたって、別に焦ってへんかったで!?」

「そうですか」

 と返したローゼだったが、リーナのその声は動揺しまくりである。

「あ、それからリーナさん。今日お外をふらふらしているのなら、サラさんと一緒にいるジュリさんと遭遇するかもですにゃ」

「えっ?」と、再びリーナの声が裏返った。「ジュ、ジュリちゃんとサラちゃん、何か用事あるんっ? きょ、今日宴会やろっ? あ、買出しかっ?」

「いえ、お仕事で。ジュリさん、今度はサラさんの弟子になりましてにゃ」

「そ、そうなんか……! サラちゃんが師匠やなんて、めっちゃハードな仕事になること間違いなしやで!」

「はいですにゃ。なのでジュリさんも、邪魔だなーと思ったらしく」

「何が?」

「ご自分の長い髪の毛が」

「ああ、ジュリちゃんのめっちゃ綺麗な銀髪が? まったく、邪魔やなんて贅沢なんやから。んで、なんやて?」

「切りましたにゃ」

「は?」

「バッサリと、ショートカットに」

「…………」

 十数秒に渡る長い間の後。
 電話の向こうで、リーナの絶叫が響き渡った。
 
 
 
 
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