第77話 『6番バッター、いきます…』 中編
新年を迎えたばかりの元旦。
ジュリ一同は、ギルドイベントの『全島ハンター・雪合戦大会IN長月島』へと来ていた。
6番バッター・マナの作戦で『性転換薬』を飲んで女になり、名前をリサと改名したリュウが、ジュリの元へと駆けて行く。
「ほんま、皆どこ行ったんやろう」
と、ジュリとミカエルと共に、辺りを見渡して仲間一同を探していたリーナ。
ふとジュリの後方へと顔を向け、目を丸くした。
「ジュリちゃんジュリちゃん! リュウ兄ちゃん似の親戚って、アレちゃう!? 黒髪のポニテの!」
とリーナが指差すと、ジュリとミカエルもそちらへと顔を向けた。
リーナに続いて目を丸くする。
「わあ、本当に父上とそっくりだ!」
「だな。予想はしていたが、えらい美女だ。……て、ていうかだな、ジュリ?」
「はい、ミカエル様?」
と、ミカエルの顔を見上げたジュリ。
「なんか彼女、おまえ目掛けて突進して来てないか……!?」
そう顔を引きつらせながら言ったミカエルの言葉を聞いたあと、「え?」とぱちぱちと瞬きをしながら性転換をしたリュウ――リサへと顔を戻した。
「――わ、わわわ…!? わわわわわ……!?」
物凄い勢いでこちらへとやって来るリサから、逃げ出そうとしたジュリとリーナ、ミカエルだったが。
「わっ、わあぁぁああぁぁぁぁああーーーーーっ!!?」
5m手前からぽーんと飛んで突っ込んできたリサに、まとめて押し倒された。
雪の上にミカエルが、ミカエルの上にリーナが、リーナの上にジュリが、そしてジュリの上に向き合う形でリサが重なり、激しい雪煙を上げながら10mほど滑っていく。
そして止まるなり、リサが興奮した様子で口を開いた。
「さあ、ヤりまくろうぜ俺の可愛いジュリ」
「あ、あの――」
「俺の名はリサ。24歳、巨乳。おまえの親戚だ」
「リサさん、あの――」
「ああ、分かってる」
「リサさん、あ――」
「大丈夫だ」
「リサさん――」
「怖がることはない」
「リサさ――」
「精一杯優しくするぜ」
「リサ――」
「最初だけは」
「リ――」
「たぶん」
とジュリがリサにキスされようか寸前、一番下に敷かれているミカエルが手を伸ばしてリサの両肩を押さえた。
「ま、待ってくれ、リサ」
「ん?」とリサがミカエルの顔を見、さらにリーナの顔を見て眉を寄せる。「何だよ、おまえら。俺はジュリと2人で楽しみたいんであって、4Pしてーんじゃねーぞ」
「そ、そんな話をしてるんじゃなくてだな、こんなところでそういうことは……」
とミカエルが苦笑する一方、ジュリがはっとしてリサを突き飛ばした。
「どいてください、リサさん!」そして慌てて立ち上がり、下敷きにしてしまったリーナの手を引く。「ごめんね、リーナちゃん! 大丈夫っ……!?」
「う、うん、大丈夫。ジュリちゃんが悪いんやないし、気にせんといて」
と言いながら、ジュリに手を引かれて立ち上がったリーナは、ちらりとリサに目を向けた。
サラよりも少し高いくらいの身長に、スタイル抜群の身体。
ポニーテールに結った艶のある黒髪に、リュウとよく似た顔立ち。
その美女っぷりには、リーナも思わず少し引け目を感じてしまう。
(めっちゃ綺麗な人やな…、リュウ兄ちゃんに似てて……。なんか、中身もめっちゃ似てるけど……)
視線を感じ、リサがリーナへと目を向ける。
どきっとしてリーナが目を泳がせると、リサが口を開いた。
「どっか怪我でもしたか、リーナ」
と名を呼ばれ、リーナは「え?」と首を傾げながらリサに目を戻す。
「何でうちの名前知って……?」
「キラたちから聞いた」
「あ、もうキラ姉ちゃんたちには会ってはったんですか」
「おう」
「さいですか。…そ、それで、えと、リサさん? あの、もしかしてジュリちゃんのこと――」
ジュリのこと好きなんですか?
と訊こうとしたリーナの言葉を遮るように、リンクの言葉が割り込んできた。
「おーい、そろそろ雪合戦大会始まんでー。これからチーム決めやから、審判のゲールが持ってる箱の中に入っとるクジ引きに行くでー」
ジュリたちが振り返ると、そこにはハンターであるシュウとサラ、リン・ラン、ユナ、カレン、レオン、グレル、リンクがやって来ていた。
他の家族や仲間はどこかと探すと、少し離れたところで見物しているようだった。
ふと、ユナとミカエルの目が合う。
昨日のリュウ・キラの誕生日パーティーのとき、ユナは姿を見せたもののミカエルの方を見ようとはしなかったのだが。
「…あ…、えと…、頑張ろうね、ミカエルさま」
そう笑顔を見せた。
一瞬戸惑って「えっ?」と声を上げたミカエルも、少し安堵しながら笑う。
ユナがもう、以前のように元気に見えたから。
「ああ、頑張ろうな。ユナ」
「もう他のハンター、クジ引き始めてるよ。早く行かなきゃ」
「ああ、そうだな。行くぞ、リーナ」
とミカエルがリーナの手を引いてクジを持っている超一流変態・ゲールのところへと歩き出すと、他の一同もそれに続いた。
リーナはミカエルに手を引かれつつ、ちらりと後方にいるリサに目を向ける。
(……ほんまに、中身までリュウ兄ちゃん似やな。この人、訊くまでもなくジュリちゃんのこと好きなんや)
突然リサの左腕に抱っこされ、ジュリが困惑した声を上げている。
「あ、あの、リサさんっ?」
「何だ、俺の可愛いジュリ」
「じ、自分で歩けますっ…! お、降ろしてくださいっ……!」
「遠慮しなくていいぞ」
「え、遠慮じゃなくてっ…、な、何だか恥ずかしいんですっ……!」
とジュリが言葉通りに恥ずかしそうに頬を染めるが、リサはにやにやと笑っているだけで、まるで降ろそうとしない。
リーナは少し顔を顰めた。
(ジュリちゃん嫌がっとんのやから、降ろしたったらどうやねん……)
ジュリが足をばたつかせて続ける。
「お、降ろしてくださいっ、リサさんっ」
「照れてるのか、ジュリ。可愛いぜ」
「て、照れてるんじゃなくてっ…、僕もうそんなに子供じゃありませんからっ……!」
「おお、そうかジュリ。んじゃ、俺があとで大人の世界をたっぷりと教えてやるからな」
「…お、大人の世界……?」
とジュリが首を傾げる一方、さらに顔を顰めたリーナ。
(はぁ!? 大人の世界ってイトナミのことか!? 何考えてんねん、この痴女……!)
ミカエルの手を振り払い、ジュリとリサのところへと歩いて行った。
リサに見下ろされながら、声を大きくする。
「あの、リサさん!?」
「どうした、リーナ」
「え、えとっ……」
と、リーナは困惑して口を閉ざした。
何て言おうか。
(ただ普通に、ジュリちゃんを降ろしたってなんて言ったって、この様子じゃ降ろしそうにもないし。ええとぉ…、リュウ兄ちゃん似やから、こういうときは……)
と、遠くにいるキラに顔を向け。
キラを指差して「ああっ」と声を上げた。
「キラ姉ちゃん、パンチラっ!!」
そして案の定、
「何っ!?」
と、リサが物凄い勢いでキラの方へと振り返る。
その隙にリサの腕からジュリを引き摺り下ろし、リーナはジュリを引っ張って逃げるようにゲールのところへと駆けて行った。
「今のうちやで、ジュリちゃん!」
「う、うん、ありがとうリーナちゃん」
脇を通り過ぎて行ったリーナの背を、ミカエルが立ち止まったまま見つめる。
ユナがその顔を見ると、青い瞳が少しだけ不安の色を浮かべていた。
「あたしたちも行こ、ミカエルさま」
そう言ってユナがミカエルの袖を引っ張って歩き出すと、ミカエルがはっとして目を落とした。
そこにある笑顔を見ながら、頷く。
「あ、ああ、行こうユナ。クジを引くんだったな。ええーと、クジを引いて、最初どこのコートでやるか決めるんだったか?」
「うん。今年は、AコートからEコートまであるんだって。各コートで雪球に当たらずに勝ち進んだ5名だけが、次に進出できるの」
「うーん、5名か。厳しいな。どうせなら優勝したいんだが」
「もしかしたら、出来るかもしれないよ! 頑張って、ミカエルさま!」
とミカエルとユナがそんな会話をしながらゲールのところへと辿り着くと、ジュリとリーナがクジを引き終わったところだった。
お互いのクジを見合っている。
「あっ、ジュリちゃんうちと同じCコートや!」
「あっ、本当だ! リーナちゃんも僕と同じCコートだ!」
「頑張ろうな、ジュリちゃん!」
「うん、頑張ろうねリーナちゃん!」
と、はしゃいだ様子のジュリとリーナを横目に、ミカエルとユナもクジを引く。
すると、2人もCコートだった。
「え? ミカエルさまとユナちゃんもCコートやったん? ほな、とりあえず4人で頑張ろかー」
と、リーナ。
遅れてやって来たリサが、クジを引く姿に目を向けた。
背伸びをしてリサのクジを覗き込むと、そこには『A』と書かれている。
「あー、リサさんAコートなんか。残念やったなー、ジュリちゃんと別々になってもうて」
と、にやりと笑いながら言ったリーナの前、リサがキャミソールの上に着ているダウンジャケットのポケットから、1本のペンを取り出した。
何をする気かとリーナが眉を寄せると、リサが『A』と書かれている文字を二本の線を引いて消し、新たに『C』と書き直した。
「なっ…、何してんねん、あんさんっ!? そんなのあかんて! なあ、審判!?」
と、リーナがクジ引きの箱を持っているゲールに顔向けると、ゲールが頷いて口を開いた。
相変わらずの、遅い口調で。
「…そこのリュウ似の君…」
「リサだ」
「…ハンター・リサ…、勝手なことをしないでくれ…。…君はおとなしくAコートに――」
「うるせーよ」
バキッと一発リサの拳を顔面に食らい、超一流変態・ゲールの身体を猛烈な快感が駆け抜ける。
吹っ飛ばされ雪の上に仰向けに倒れ、快楽に悶えるゲールにリサが訊く。
「で、俺のコートは?」
「…Cっ…♪」
そういうことになり。
リーナの顔の筋肉が、見る見るうちに引き攣っていく。
それを見たリサが眉を寄せた。
「おい、リーナ。何だその、ぶっさいくな顔は」
「うっ、うっさいわ! リ、リサさん、あんた、そこまでしてジュリちゃんと同じコートになりたいんか!」
「おう。ジュリを守ってやれるのは俺だけだ」
「ふん! ジュリちゃんはもう、そんなにか弱くなんかあらへんわ! 安心してAコートに行きや!」
「冷てーこと言いやがる。ジュリと一緒にいれば、おまえらもまとめて守ってやれんのに」
「守ってくれへんで結構! はようAコートに行ってや! あんた、はっきり言って邪魔や!」
そう言って牙を見せるリーナに、リサが溜め息を吐く。
「リーナおまえ、何をそんなにカリカリしてんだ」
「うち、あんたと似とるリュウ兄ちゃんのことは好きやけどな、あんたのことは嫌いや! 見ててめっちゃムカつくっちゅーねん!」
「へえ、何で」
「それはっ……」
と、リーナは口をつぐんだ。
ふと困惑する。
(あ…あれ……? うち、何でここまで腹立ってんのやろう…。うち、何でここまでリサさんのこと気に食わへんのやろう……)
返答出来ないでいるリーナを見、リサがジュリの腰に手を当ててCコートに向かいながら続けた。
「ま、それは俺が『女だから』だろうな」
「はぁ? ――って、ちょちょちょ! 待ちぃや!」
とジュリとリサの後を追いかけようとしたリーナ。
「つまり、嫉妬……か」
そんなミカエルの呟きが白猫の耳に飛び込んできて、ドキッと強い動悸を感じると共に足が止まった。
ミカエルの方に振り返ると、何食わぬ顔をして仲間一同と会話をしている。
それを数秒の間見つめた後、リーナはジュリへと顔を戻した。
どくん、どくんと、あまり心地の良くない動悸がする。
グリーンの瞳が、困惑して揺れ動く。
(し…嫉妬…? 嫉妬やなんて、まさか……。そんなん、まるでうちがまたジュリちゃんのこと好きみたいやん――)
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