第7話 舞踏会 中編


 リーナがローゼに向かってぶん投げた2本の短刀。
 それはローゼの片手に受け止められ。

「お返ししますにゃんっ♪」

 リーナへと戻されてきた。

「へっ! うちやてそんなショボイの当たるかいな!」と、ひょいと飛んできたそれを避けたリーナは、「あイタっ!」

 ビシっとリュウのデコピンを食らった。

「なにすんねん、リュウ兄ちゃん!」

「おまえが避けたら後ろにいる俺らに当たるだろうがバカ」

 と、左手に2本の短刀を持っているリュウ。
 右手でもう一発リーナにデコピンした。

「いったいなあっ!」

「俺の可愛い黒猫や娘、孫娘に当たったらどうすんだバカ」

 と、さらにもう一発リーナの額にデコピン。

「いっっった!!」

「大体、ここには仕事で来てんだから暴れんじゃねえバカ」

 と、その上さらにもう一発リュウのデコピンを食らい、リーナは額を押さえながら涙目になる。

「いっっったいやないかい!! コブになったがな!! …ああもうっ、うちが悪かったからリュウ兄ちゃん治癒魔法かけてーなっ!」

「かけてやんね」

「うわあぁああぁぁあん、リュウ兄ちゃんなんでそういうこと言うねん!」

「俺にそんな暇はねえ」

「治癒魔法なんて一瞬で済むやないかいっ! そら仕事大変かもしれへんけど――」

「その一瞬が勿体ねーんだよ」

 とリーナの言葉を遮ったリュウ。
 どこからともなくデジタルビデオカメラを取り出し、

「は? カメラ?」

 リーナが眉を寄せる中、

「ほーらほらジュリー。こっち見ろー♪」

 ジュリを撮り始めた。

「し、仕事ちゃうんかいっ!!」

「だってジュリ初の舞踏会だぜ!?」

「そら、分かってるけど――」

「喋んなバカ! 余計な音声入るだろうが!」

「……」

「おー、可愛いぞジュリー! ドレスじゃねーのがおしいが、燕尾服も似合ってるぜジュリー! よし、何か喋ってみろ! 『父上大好き♪』とかおススメだぜ?」

「……」

 もうええわ…。

 とリーナがシュウに顔を向けて助けを求めると、シュウが苦笑しながらリーナのところへとやってきた。
 リーナの額に治癒魔法をかけてやり、その額に軽くデコピンする。

「もう暴れんなよ、リーナ」

「う、うん…、ごめん……」

「まったく、うちの家族も相当短気なのが多いが、おまえもだよな」

「せ、せやかて、ジュリちゃんはうちの婚約者なんに……!」

「相手は王女さまだぜ? 少しは態度慎めよ」

「で、でも……!」と、ジュリとローゼがいたはずの場所へと顔を向けたリーナ。「あれっ!? どこ行ったん!?」

 と、目を皿にして辺りを見回す。
 ジュリとローゼが、さっきまでいた場所にいなくて。

「おー、こっち見ろ、こっち! こっちだ、ジュリ!」

 とリュウの声がした方に顔を向けると、リュウがちょうどダンスホールへと入って行ったときだった。
 その近くでローゼに引っ張られているジュリ。
 ダンスホールに集まった招待客の中へと紛れ込んでいく。

「ああっ! ジュリちゃんっ!?」

 リーナはドレスの裾を持ち上げると、慌てて2匹を追いかけていった。
 
 
 
 
(相手は王女だから態度慎めったって……)

 ダンスホールの端、顔が引きつるリーナ。

(ええ加減にせえや、あの王女!)

 左手にはシャンパン、右手にはデジタルビデオカメラを持っていた。
 キラの相手やらミラの相手やらユナの相手やら、行列を作ってダンスパートナーの順番を待っているご婦人やらの相手で忙しいリュウに代わって、ジュリが踊っているところを撮っている。

 そのダンスパートナー。
 1曲目・ローゼ。
 2曲目・ローゼ。
 3曲目・ローゼ。
 そして現在4曲目も、やっぱりローゼ。

「ああもうっ!」と、溜まらず声をあげるリーナ。「ちょお、ローゼさま!? 次はうちがジュリちゃんと踊る番ですからね!?」

 そんなリーナの声を白猫の耳で聞き取りながらも、振り向かないローゼ。
 より一層ジュリに身を寄せ、ますますリーナが騒ぐ中、目線が同じ高さのジュリの顔を見つめて微笑んだ。

「ジュリさん、次の曲も私と踊ってくださいにゃ♪」

「は、はい……」

 と小さく答えながら、ジュリはダンスホールの端にいるリーナに瞳を向けた。
 むくれた顔をしているリーナを見て、戸惑ってしまう。

 ローゼがジュリの顔を覗き込んで訊く。

「リーナさんが気になるのですかにゃ?」

「はい…。リーナちゃん、ちっとも楽しそうじゃなくて……」

「それがどうかしましたかにゃ?」

「僕はリーナちゃんの笑った顔が好きだから、何だか……」

 と悲しそうに沈むジュリの顔。
 近くで夫・シュウと踊りながら会話を聞いていたカレンが口を挟む。

「あの、ローゼさま……?」

「はい、カレンさん?」

「次の曲では、ジュリちゃんとリーナちゃんを踊らせてあげてほしいのですが……」

「次の曲も私と一緒に踊ると約束したからダメですにゃ」

「し、しかし――」

「ところカレンさん?」と、カレンの言葉を遮ったローゼ。「失礼ですが、おいくつですかにゃ?」

「26ですわ」

「それは驚きましたにゃ」と、声を高くしたローゼ。「もっとずっとずっとお若いと思いましたにゃ」

「まあ! ローゼさまったら、そんな本当のこと――」

「胸元ペッタンコだから」

 一言余計だった。

 ブチブチブチィっ…!

 とカレンの中で何か切れた音。
 ドレスのスカートをがばっと捲り上げ、脚に装備していた2丁のリボルバーを手にするカレン。

「なっ…なんですってえぇぇええぇぇええぇぇええぇぇぇえぇぇええぇぇええぇぇぇえぇぇぇえっ!?」

 とローゼに向かって銃口を向けるが、すぐさまシュウにそれを取り上げられる。

「バっ…! 落ち着け、カレン! 相手は王女さまだぞ!?」

「だからと言って許せないわっ! 許せないのですわっ! 離してシュウっ!!」

「落ち着けっ! 落ち着けって、カレンっ!」

 とダンスを中断し、暴れるカレンをダンスホールの端へと連れて行くシュウ。
 この日のために王が用意させたゲテモノ料理をマナと一緒に頬張っていたグレルに預ける。

「グレルおじさん、カレンのこと見ててくれねえ? オレ忙しいからさ……」

「分かったぞーっと♪」

 とのグレルの承諾を確認したあと、行列を作って待っているご婦人たちに顔を向けたシュウだったが。

「次はわたしたちですなのだ、兄上っ♪」

 リン・ランに引っ張られてダンスホールに戻った。

「こ、こらリン・ラン!」

「わたしたちと先に踊ってくださいなのだ、兄上っ♪」

「なんで3匹で踊るんだよ――って、おまえたち密着しすぎじゃね……?」

 シュウにべったりとくっ付いて踊りながら、息を切らし始めるリンとラン。
 リン、ランと交互に言う。

「ハァハァハァ…! 兄上のお身体ぁーっ……!」

「ハァハァハァ…! ナイスボデーですなのだぁーっ……!」

「ハァハァハァ…! 兄上の匂ひぃーっ……!」

「ハァハァハァ…! 溜まらんですなのだぁーっ……!」

「ハァハァハァ…! おい、リーナ……!」

「ハァハァハァ…! こっちも撮ってなのだっ……!」

 リーナが溜め息を吐いてカメラをシュウとリン・ランに向ける。

「はいはい…。ほら、映ってんでー」

「よし」

 と満足そうに頷いたリン・ラン。
 興奮のあまり、やがてシュウを押し倒したら、

 ズキューーーンっ!

 と足元に飛んできた銃弾。
 飛んできた方向に顔を向けると、そこにはにっこりと笑っているカレン。

 顔面蒼白すると同時に、追い掛け回され始めた。

「リンちゃんランちゃん? 何をしているのかしら? ねえ、何をしているのかしら?」

 ズキューーーンっ!
 ズキューーーンっ!
 ズキュキュキューーーンっ!

「ふにゃあああっ! ふにゃああああっ! ふにゃあああああっ! ご、ごごご、ごめんなさいですなのだカレンちゃあぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあんっ!!」

 ダンスホール中に銃声と招待客の悲鳴が響き渡り、シュウが慌てて声をあげる。

「おい、カレンやめろっ! やめろって! ああもう、グレルおじさん! カレンのこと見ててって言ったじゃねーか!!」

「お? 見てるぞ?」

「どこがだよ!?」

「オレおまえに言われてから、ずぅーっとカレンのこと見つめてるぞーっと♪」

「――みっ、見てての意味がちげええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 とのシュウの絶叫を聞きながら、やれやれと溜め息を吐いたリーナ。

「おい、カレン! 何してんだ!」

 と声のした方――リュウの方へとカメラを向けた。
 キラと共にダンスホールに出ている。

「――って、そういうリュウ兄ちゃんこそ何してんねん」

「あ? 見りゃ分かんじゃねーか」と、キラの尻を撫で回しながら眉を寄せたリュウ。「キラと踊ってんだよ。目ぇ悪いな、おまえ」

「誰がどう見ても痴漢しとるわ、どあほうっ!!」

「ムラムラしてきたぜ、俺」

「ちょお、ここでイトナミ始めんといてな!?」

「なあキラ、ちょっくら一部屋借りてやらねえ?」

「お城をラブホにすんなやっ!」

「なぁに大丈夫だ。8発で終わらせる」

「……。舞踏会終わるぞ、リュウ……」

 とキラが苦笑したとき、燕尾服のズボンが引っ張られ、リュウは足元に目を落とした。
 そこには困惑したネオンの顔。

「どうしよう、おじいさま」

「どうした、ネオン」

「カノンとカリンがいなくなっちゃた」

「――はっ!?」

 と、慌てて辺りを見回すリュウ。
 リーナも辺りを見回し、そしてダンスホールの角に見つけた。

「……おったで、リュウ兄ちゃん」

 リーナの目線を追って行ったリュウが、顔を引きつらせて怒声をあげる。

「誘拐してんじゃねえ! このセクハラ王がっ!」

 両腕にカノン・カリンを抱っこしていた王がびくっと肩を振るわせた。

「み、見つかったか……――って、誘拐とは何だ誘拐とは! しかもこの私に向かってセクシャルハラスメントだと!?」

「セクハラ王じゃねーかよ!? しかもロリコンかよ!」

「な、なんだと!? 私はただ――」

「シオン・シュン・セナ、行け!!」

 とのリュウの命令を承諾したシオンとシュンとセナが、王を殴り始める。

「痛っ! 痛いではないかっ! お、おまえたち私に向かって何てこ――痛っ…いたたたたたたたたたたたっ!!」

 と、ダンスホールの中を逃げ回る王。
 リーナがそれを苦笑しながら見つめていると、サラの声が聞こえてきた。

「ねね、リーナ! アタシとレオ兄も撮って!」

「リーナリーナ! あたしとミヅキくんも!」

 と、続いたレナ。

 リーナが振り返ると、サラ・レオン夫妻とレナ・ミヅキ夫妻が近くで踊っていた。
 まとめてカメラに撮ってやりながら、リーナは深く溜め息を吐く。

「うちはカメラマンちゃうっちゅーねん……」

 と文句を呟いたリーナの声を、近くに立っていたユナの黒猫の耳が聞き取った。
 不服そうなリーナの顔を見て、ユナが慌ててリーナの手からデジタルカメラを取る。

「ああっ、ごめんリーナ! あたしもうパパと踊ったから、あたしが撮ってるね。だからリーナもジュリと踊ってきなよ」

「あ…ありがとう! ユナちゃん!」

 と顔を輝かせたリーナ。
 ダンスホールの中を見回してジュリの姿を探した。

 が、

「――あれっ!? ジュリちゃん!? どこ行ったん!?」

 いつの間にかその姿が消えていた。
 ジュリと踊っていたローゼの姿もない。
 ユナの傍ら、リュウと踊った際に鼻血を噴出し、鼻に治癒魔法をかけていたミラが、リーナの声にはっとしてダンスホールの中を見回す。

「あ、あらっ? あらヤダ、ジュリっ?」

 ミラの傍らでゲテモノ料理を堪能していたマナもはっとする。

「ジュリ…? あれ…、いない…」

「ジュ、ジュリちゃんっ!? うちのジュリちゃんどこや!?」

 と狼狽したリーナ。
 困ったらとりあえず皆が頼る人物――リュウのところへと駆けて行く。

「リュウ兄ちゃんっ!」

「最っっっっっっ高、可愛いぜ俺の黒猫……」

「リュウ兄ちゃんてばっ!」

「酔いしれるぜ、俺……」

「なあ、リュウ兄ちゃんてばっ!」

「ああ、乳……」

「聞いてやっ! リュウ兄ちゃんっ! 聞い――」

「挟みてー」

「聞けっちゅーねんこのドスケベ!!」

 とリーナがリュウの身体をどつく。
 完全に腕の中のキラに目を奪われていたリュウの視線が、ようやくリーナへと移る。

「何だよ、うるせーな」

「うちの話を聞けっちゅーにっ!」

「2代目ヒロイン(ミーナ)と3代目ヒロイン(カレン)に続いて、4代目ヒロインのおまえも哀れだな。初代ヒロイン(キラ)が絶世の美女故に、普通に見たらすげー可愛い方だろうおまえの顔がブスに見える」

「うるさいっちゅーねん!」と、リーナがもう一発リュウをどつく。「キラ姉ちゃんと並べる女はカノン・カリンだけや! 男やったらジュリちゃんが並べるけど! ――って、そのジュリちゃんのことなんやけど!」

「俺の可愛いジュリがどうした」

「おらんのや! いつの間にか、ダンスホールの中から消えとんのや!」

「――何っ!?」ダンスを中断し、ダンスホールの中を見回すリュウ。「バカヤロウ! 何で早く言わねえっ!」

「さっきからうちが必死に聞いて言っとったやろ!?」

「マジでいねえっ……! おい、セクハラ王っ! ジュリをどこに隠しやがった! ロリコンに加えてショタコンだなんて、信じらんねえ!」

「な、な、な、なんだとぅ!? 私ではないわ、バカモノ!!」

 と、怒りに顔を真っ赤にしながら王。
 リーナがリュウの袖を引っ張る。

「王さまちゃうで、リュウ兄ちゃん! あいつや! 王女さまや! ローゼさまがジュリちゃん攫ったんや!」

「さっすがあの王の娘だな。ジュリを上手く丸め込んで将来結婚されちゃ堪んねえぜ! あの王と親戚になっちまうじゃねーか! …おい、皆バラけてジュリを探せ! ただし俺の可愛い黒猫と娘、孫娘は危ねえから俺に着いて来るように!」

「――って、ちょっとリュウ!?」

「何だ、レオン! 早く言え!」

「舞踏会の警護の仕事を放棄するわけには行かないよ!」

「じゃあ、おまえがここに残って続けてろ!」

 と言うなり、己と家族、リーナに一斉に足の速くなる魔法を掛けたリュウ。
 時速約480kmでダンスホールの扉を突き破って行った。

「うおおぉおおぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉおおおっ!! 俺のジュリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!!」

 それに家族やリーナが続いてダンスホールから飛び出して行き、唖然として破壊された扉を見つめる舞踏会の招待客たち。
 やがてその顔は、ゆっくりとダンスホールに残ったレオンに向けられ。

 その痛い視線と静寂の中でレオンは、

「も、申し訳ございませんっ、申し訳ございませんっ!」

 ただひたすら頭を下げるのだった。
 
 
 
 
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