第6話 舞踏会 前編


 5月の頭。
 今夜はヒマワリ城での舞踏会があり、ジュリとその家族全員+リーナで行くことになっている。
 だが、昼間はいつも通りそれぞれ仕事や学校へ行っていた。

 先日も来たジュリ宅の裏に広がる森の中、リーナはきょろきょろしながら辺りを見回していた。

「おかしいなあ。ほんまにおらんわ」

 またローゼに怪我させた凶悪モンスターがいるとヒマワリ城から連絡をもらったのだが、その姿をいくら探しても見当たらなかった。 「本当だね、リーナちゃん」

 と、リーナと同様に辺りをきょろきょろと見回しているジュリ。
 その顔を見ながら、リーナは言う。

「探してるモンスターが現れたら、ジュリちゃん分かってるな?」

「リ…、リーナちゃん、僕……」

 と困惑顔になったジュリの両手を、リーナが握る。

「ジュリちゃん…、いつまでもそうしてるわけにはいかんのやで? ジュリちゃんは、ハンターなんやから。人々の命を救うため、がんばらなあかんのやから……」

 そんなリーナの言葉に、大きな黄金の瞳を揺れ動かすジュリ。
 はい、と頷くことは出来なかった。
 
 
 
 
 その夜。
 舞踏会INヒマワリ城。
 いつもはリュウと、シュウまたはレオンが招待客のフリをして警護の仕事に来ているのだが。
 本日はジュリとその家族+リーナも来ていた。

 ブロンドの長いウェーブヘアに、ブルーの瞳、甘い顔立ちをした現在の葉月島を担う王。
 愛するキラやその美しい娘たちに会えると、瞳を輝かせてダンスホールの入り口でジュリ一同を迎えた。

 のだが、

「どうも」

 なんて刺々しい声と共に、燕尾服を身にまとったリュウとチビリュウ3匹――シオン・シュン・セナが真っ先に目の前にどーんと現れ、顔を引きつらせた。

「え、ええいっ! リュウ! 何だこのおまえにそっくりな腹の立つ顔をした子供は!? しかも、舞踏会だというのに堂々と物騒なものを背負わせるでない! おまえらは舞踏会の招待客のフリをしなければならないのだぞ!?」

 チビリュウ3匹は、いつも剣術の修行のときに使っている武器を背に装備していた。
 シオンは真剣を、シュンは木刀を、セナは竹刀を。

「俺らが招待客のフリするつったって、もう俺らの顔を知らねー人なんていねーんだから意味ねーです。青い頭がシオン、赤い頭がシュン、茶色い頭がセナ。俺の孫っすけど何か文句が」

「な、何なんだその強烈な遺伝子は!? 隔世遺伝するならキラ似の――」

 と、リュウの足元から小さな愛らしい2つの姿が現れ、言葉を切った王。
 赤い髪をしているものの、キラそっくりなその顔立ちを見て頬を染めた。

「お…おおおっ……! な…なんと可愛いのだっ…美しいのだっ……! おい、リュウ、この子猫ちゃんたちもおまえの孫か!?」

「シュウとカレンの娘っす。カノン・カリン、一応コレが葉月島の王だから挨拶してやれ」

 リュウの脚に抱きついているカノンとカリン。
 王を見上げて微笑み、声をそろえた。

「はじめまちて、おうちゃま」 

「あたくちはカノンですわ」

「あたくちはカリンですわ」

「おお……!」と瞳を輝かせる王。「よしよし、おいでカノンにカリン」

 とカノン・カリンに手を伸ばした瞬間、

「行け」

 と下ったリュウの命令。
 そして、

「おう」

 承諾したチビリュウ3匹。

 ドスゴスムギュっ!

 とシオンの拳が腹に、シュンの拳が股間に、セナの靴が爪先に飛んできて、王はその場に蹲る。

「ぐあぁあっ…! きっ、貴様シュンっ…! どっ、どこを狙っているのだっ……!」

「だってなぐりやすいとこにコカンが。王相手だからと力ぬいてやったぜオレたち」

「それでも痛いわ、このバカモノどもめ!」

 なんて王の怒声を聞き、リュウの背後から慌ててチビリュウ3匹の親が顔を出す。

「こら、シオン! 王さまに謝りな!」

「何してんのシオン! 申し訳ございません、王様! 僕の教育がなってないばかりに!」

 とサラ・レオン夫妻がシオンに頭を下げさせ、

「うっわああぁぁあぁぁあ! バっ、おまっ、シュンっ! 何てことしてんだよおまえは!?」

「ああもう、何てことするのよシュン! 王さま申し訳ございません!」

 シュウ・カレン夫妻もそれに続いてシュンに頭を下げさせ、

「ちょ、ちょっとセナ!? 暴力振るっちゃダメって、ママいつも言ってるじゃん!」

「ったくもう、お義父さん似なんだから! も、申し訳ございません、王様!」

 さらにレナ・ミヅキ夫妻も続いてセナに頭を下げさせる。

「良い、頭をあげるのだ。――って、おまえたち男には言ってないわ! おまえたち男は一生頭を下げておれ!」

 と、王はサラとカレン、レナに頭を上げさせたあと、リュウの後方に顔を向けた。
 真っ先にキラの姿を見つけ、その手を取って微笑し、頬を染める。

「ああ…キラよ、そなたは相変わらずこの世に並ぶ者が無いほど美しいな。元気であったか? キラ」

「はい」と笑顔を作るキラ。「王さまも元気そうで何よりでございます」

 誇り高い超一流ハンターである主――リュウの名を汚さぬよう務めるところは、昔も今も変わらない。
 もっとも、リュウはキラに笑顔など振りまかないでほしいが。

 キラの手にキスしたあと、王がさらにリュウの後方に目をやる。
 リュウ・キラの他の娘たちを見回して嬉しそうに笑ったあと、辺りをきょろきょろと見回した。

「おや? おい、リュウ? ジュリとリーナはどうした?」

「ジュリとリーナなら……」

 とリュウが近くにあった柱に目を向けると、その影からジュリとリーナが姿を現した。
 リーナはジュリの手をしっかりと握っている。

「王さま、初めまして、ジュリです」

 とキラとカノン・カリンの笑みに続いてジュリに必殺・破顔一笑され、思わず眩暈で倒れそうになる王。

「ああ…、何てことだ……! そなたがまことに男か疑ってしまうぞ私はっ……!」

 ジュリの傍ら、リーナが不自然な笑顔を作る。

「は…初めまして、王さま。リーナです」

「おお、そなたがリーナか!」とジュリからリーナに目を移し、瞳を輝かせた王。「何とミーナそっくりで愛らしいレディなのだ!」

「は、はあ……」

 と適当に返事をしながらグリーンの瞳をせわしなく動かしてしまうリーナ。
 王女――ローゼがいつ現れるかと、そわそわしてしまう。

 王に手を取られ、そこにキスされながら、リーナは訊いた。

「あ、あの王さま?」

「何だ、リーナ?」

「うちとの約束、守ってくれはりましたよね?」

「む?」

「ローゼさまに、ジュリちゃんのこと諦めるよう説得してくれはりましたよね?」

「ギクっ……」

「ギクっ?」

 と眉を寄せるリーナ。
 強張った王の顔を見て、まさかと察する。

「王さま、ローゼさまのこと説得してくれはってないんです!?」

「…そ…そのぉ……」

 額に冷や汗を掻き始めた王が、リーナからそのブルーの瞳を逸らす。
 否定しない王に、リーナがどういうことかと声をあげようとしたとき。

「あっ、ジュリさんですにゃ!」

 と、聞き覚えのある女の子の声。
 リーナの白猫の耳に、ひどく心地が悪い声。
 さらのその声の持ち主が、ダンスホールに集まっている人々の中から姿を現し。

「ジュリさあああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」

 とジュリ目掛けて突進してくる。

「させるかいなボケェっ!!」

 と声をあげたリーナ。
 ドレスのスカートをがばっと捲くり上げ、脚に装備していた2本の短刀を抜いてジュリの前方2mに立ちはだかる。

 刃物をちらつかせているのにも関わらず、

「会いたかったですにゃああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 突進してくる物体の勢いは衰えるどころか、さらに増し。

「ふん、ええ度胸やないかい! 上等やっ!」と短刀を逆手に持ち、戦闘態勢に入ったリーナ。「かかってこいやあぁあああぁあああぁああぁぁあああぁぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」

 と絶叫した直後、

「――へっ?」

 と声を裏返し、目を丸くする。
 煌びやかなドレスの裾を両手で持ち上げた、その突進してくる物体――ローゼ。

「ジュリさあああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」

 リーナの目の前、それはぴょーんと高く舞い。

「――げっ!?」

 うちのとこに落ちてくる!

 と顔を引きつらせたリーナの頭を片足で踏ん付け。

「どわぁっ!?」

 リーナの身体が前のめりに倒れていくと同時に、再び高く舞い。
 リーナの後方に立っていたジュリ目掛けて落ちて行き、

「わわっ!? ローゼさま危ないっ!」

 ドサっ…!

 と、慌てて腕を伸ばしたジュリに抱き留められた。

 にこにこと笑っているローゼ。
 ジュリの首に腕を回し、

「会いたかったですにゃんっ♪」

 ジュリの唇を奪った。

「あ」

 と、ぱちぱちと瞬きをする一同の中、

「――!!?」

 一匹だけ大衝撃を受けたリーナ。
 うつ伏せに倒れたまま後方の2匹を見つめ、声が出ずただ口をぱくぱくとさせる。

(ジュ…ジュリちゃんがっ…! う、うちのジュリちゃんの唇がっ……!!)

 リーナとローゼの顔を狼狽しながら交互に見た王。
 苦笑してリーナに駆け寄り、手を差し出した。

「だ、だ、だ、大丈夫かい? 子猫ちゃんっ?」

「…あっ…あっ…ああっ……!」

「そ、そのっ……、わ、わ、わ、悪かったねっ?」

「うちのジュリちゃっ…、ジュリちゃっ…! ああっ…、あああっ……!!」

「ロ、ローゼにはちゃんと言ってお――」

「ああぁあああぁぁああぁぁああぁぁあああああぁぁあああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああっ!!」

 と王の言葉を遮り、絶叫したリーナ。
 倒れた際に手から離れた2本の短刀を再び握り、

「死にさらせやぁあああぁぁあああぁああぁぁあああぁぁあああぁぁああぁあああぁぁああっ!!」

 ローゼ目掛けて、それをぶん投げた。
 だがその2本の短刀は、

「にゃにゃんっ♪」

 とローゼの右手の人差し指と中指、中指と薬指の間に挟まれ。

「甘いですにゃ♪ 銃弾ならともなく、ローゼにこんな遅いもの当たらないですにゃっ♪」

「――なっ……!?」

 と驚愕しているリーナのところへ、

「お返ししますにゃんっ♪」

 戻されてきた。
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system