第49話 『3番バッター、行くのですわ!』 前編
ハナがジュリのペットになったのは、約半月前――8月の半ば頃。
それからというもの、現在リュウの弟子であるジュリに加え、ハナもリュウの仕事へと着いてくる。
(ハナをジュリのペットにして良かったな)
と、リュウは心から思う。
ハナがペットになってから、以前のような明るいジュリに戻ってくれた。
溜め息を吐かなくなったし、見せてくれる笑顔は自然なもの。
(ああ……、最高可愛いぜ俺のジュリ……)
と恍惚とした顔でジュリをデジタルビデオカメラで撮りつつ、凶悪モンスターを次から次へと剣でみじん切りにしていくリュウに顔を向け、ジュリが声を高くする。
「わあ、凄いです父上! 敵を見ないで戦ってるうー!」
「そうだろう、ジュリ! 父上は凄いだろう!」
「さすが父上です! かっこいいーっ!」
なんてジュリに褒められ、にやにやとしているリュウの顔を見つめて微笑んだハナ。
リュウが「あ」と短く声を上げ、突然カメラを向けてきたものだから狼狽してしまう。
「あわわわ、リュウ様オラは撮らないでくださいだあぁ! ジュリちゃんと並んだら、オラますます地味見えるべえぇ!」
ハナの話を聞いているのか聞いていないのか、リュウはハナにカメラを向けたまま言う。
「そういや、おまえのドレス買いに行かねーとな」
「え? オラのドレス……?」
「明日のヒマワリ城の舞踏会、ジュリと一緒に着いてくるんだろ?」
「ああ、そうそう! そうだったね!」と、ジュリ。「ハナちゃんのこと、明日の舞踏会に連れて行ってあげなきゃ! お仕事終わったら、ハナちゃんのドレス買いに行こう!」
「えええっ!? いーんだべかジュリちゃん!? ほあぁああぁぁーっ、初めてのドレスどきどきするべぇぇぇぇぇぇっ!」
と大声で騒いだあと、凶悪モンスターを倒し終わったリュウに「うるせー」と言われて落ち着いたハナ。
ふと疑問を思ったことを口にしてみる。
「舞踏会となれば、やっぱり王子様のミカエル様と、王女様のローゼ様も行くんだべか?」
リュウが「ああ」と頷いて答える。
「王子と王女が出ねーわけには行かねーからな。まあ、ミカエルの奴は何度もサボッてたが、リーナが行きたいってんで明日の舞踏会には出るらしい」
「え、それじゃ明日はリーナちゃんも行くんですかっ?」
とのジュリの問いにリュウが頷くと、ジュリが笑顔になった。
「そっかあ…、明日はリーナちゃんも舞踏会に行くんだあ……」
ハナが微笑んで言う。
「リーナちゃんと踊れると良いだね、ジュリちゃん」
「うん、そうだといーなあ」
と言ったジュリの頭に手を乗せ、リュウが言う。
「安心しろ、ジュリ。明日は3番バッターがおまえとリーナを踊らせてくれる」
「3番バッター?」
とジュリとハナが声を揃えると、リュウが続けた。
「カレンだ。舞踏会を利用とは、未だに乙女な脳内してるアイツらしい考えだな。日々頭ん中で、王女にでもなった気分でバカシュウと踊ってる自分の姿を想像してウットリしてそうだぜ」
「ほあぁあぁぁああーっ! オラもウットリしてしまいますだあぁぁぁぁ!!」
リュウ様と踊っている自分の姿を想像すると。
と、心の中で続けたハナ。
リュウにまたうるさいと怒られる前に、「じゃあ」と続けた。
「明日の舞踏会は、リュウ様とジュリちゃん、リーナちゃん、カレンさん、ミカエル王子様、ローゼ王女さま、オラの7人で行くんですだか?」
「加えて、シュウとシオンもだな」
「シュウさんとシオンさんも?」
何故かとハナが首をかしげると、ジュリがその疑問に答えた。
「毎月始めに舞踏会の警護に行く父上のお手伝いで、兄上とレオンさんも交互に行ってるんだよ。明日はカレンさんが行くから、兄上が行くんじゃないかな。ほら、仲良し夫婦だから一緒に踊りたいだろうし♪」
「ほおぉ、なーるほど! そういうことだっただね。シオンさんはローゼ様と踊りたいからだべか?」
「それもあるだろうが、まあ、ローゼの護衛が目的だろうな」
と、リュウ。
ハナが「護衛」と鸚鵡返しにしたあと、頬を染めて顔を両手で包んだ。
「シオン君て、本当にローゼ様のこと大切にしてるだね。カッコイイべぇーっ!」
「俺はもうひいじーさんになりそうで怖ぇぜ……」
と、顔を引きつらせながら呟いたリュウ。
ポケットから財布を取り出し、現金をジュリに手渡しながら続けた。
「おまえたち2人、今日はもういいからハナのドレス買いに行って来い」
2人が手を繋いで去って行ったあと、リュウは次の仕事現場へと向かいながら、ふと思い出した。
(そういや、ユナも先日舞踏会に行きたいみてーなこと、言ってたような……)
翌日、9月の頭。
今夜はヒマワリ城で舞踏会だ。
夕方、ドレスに着替えなければならないローゼと共にシオンが一足先にヒマワリ島へと向かう一方、シュウとカレンの部屋に、燕尾服に着替えたジュリと、ドレスに着替えたハナとユナが入って行った。
カレンに呼ばれて。
「まあ、ハナちゃんグリーンのドレス素敵よ! お化粧するからここに座って」
と、ドレスに着替えたものの、普段のままスッピンとお下げ姿でいるハナを鏡台の前に座らせ、メイクアップをしてやり始めたカレン。
鏡に映っているジュリを見つめ、真剣な顔になって言う。
「あたくしの――3番バッターの作戦開始よ、ジュリちゃん! 先日は娘の作戦が失敗したけれど、あたくしの作戦はきっと大丈夫よ!」
「はい、カレンさん。よろしくお願いします!」と頭を下げたあと、ジュリはさっそく訊く。「それで、僕は何をすれば?」
「まあ、普通に踊れってことだな。リーナと」と、舞踏会へと行く準備を終え、ベッドで待っているシュウ。「ハニーいわく、舞踏会では男も女も普段の7割増しになってるから、ときめきやすいとか。そんなもんかね……?」
と苦笑すると、カレンがシュウに顔を向けて言った。
「あら、何よアナタ? ドレス姿のあたくしにときめかないと言うのかしら?」
「ときめきゅっ……!!」
と、シュウがドレスに着替えたカレンを見て鼻血を垂らし、鼻に治癒魔法を掛ける。
そのあと、ジュリに向かって親指を立てた。
「大丈夫だぜ、ジュリ! これはいける!」
「…そ、そっかぁ……! よし、頑張るぞっ……!」
とドキドキしながら気合を入れたジュリを見て、カレンが続ける。
「リーナちゃんと普通に踊るだけって言っても、会話も重要よジュリちゃん? リーナちゃんのこと、大袈裟なくらいに褒めてあげるのがいいわ。綺麗とか可愛いとか、そういう内容のことをね」
「はい、カレンさん! で、でも、ミカエルさま、ずっとリーナちゃんと踊ったりしないかな……」
「そこは安心して、ジュリちゃん。あたくしがミカエルさまをダンスに誘うから――」
「えー」
と、カレンの言葉を遮り、不服の声を出したのはシュウだ。
カレンがシュウに笑顔を向けて言う。
「一曲だけだから我慢して、アナタ♪」
「でも――」
「あなただって、何曲も何曲もレディたちのダンスパートナーを務めているじゃない?」
「う゛っ……!」
と顔を引きつらせたあと、しぶしぶ「分かった」と承諾したシュウが黙ったのを確認したあと、カレンがジュリを見て話を戻した。
「だから安心して、ジュリちゃん。あたくしがミカエルさまを誘ったら、すぐにリーナちゃんのところへ行ってダンスに誘うのよ? 一曲が限界かもしれないけど……」
と言ったあと、カレンは「あっ」と声を上げてユナとハナを見た。
「もう一曲……ううん、もう二曲リーナちゃんと踊れるかもしれないわ、ジュリちゃん! ユナちゃんとハナちゃんも舞踏会に行くし、協力してもらえば! ねえ、ユナちゃん、ハナちゃん、お願い!」
カレンのそんなお願いに承諾したハナの一方、
「へっ?」と声を裏返したユナ。「そ、それって、あたしもミカエルさまをダンスに誘って踊るってこと?」
カレンがそうだと頷くと、ほんのりと頬を染めた。
シュウが訊く。
「なあユナ、おまえどうして今夜の舞踏会に行きたいわけ? 昨夜親父に新しいドレスまで買ってもらって、ずいぶんと気合入ってんじゃん」
「えっ?」と再び声を裏返し、ユナが目を泳がせる。「え、ええとぉ……」
「親父と踊りたいのか、やっぱ」
「う、うん! もちろん、それもあるんだけど……」
「あるんだけど?」
とシュウが鸚鵡返しに訊いてから、数秒後。
ユナが声を上げた。
「な、なんだっていーでしょっ! 放っておいてよ、兄ちゃん!」
「なっ、なんだよ……、兄ちゃんに教えてくれたっていいじゃねーかっ……!」
とシュウが不貞腐れる一方、シュウに背を向けたユナ。
(言えるわけないよっ……)
と、少し動悸の感じる胸に手を当てた。
(パパはもちろん、ミカエルさまとも踊ってみたいと思ったから……だなんて)
2時間後。
ジュリとリュウ、シュウ、ユナ、カレン、ハナは、迎えに来たリーナの瞬間移動でヒマワリ城へとやって来た。
ダンスホールの入り口のところには、一足先に来ていたシオンとローゼ、ミカエルの姿。
「あっ、ミカエル様! やっぱ王子さまらしい服装もかっこええわーっ!」
とリーナが、ミカエルのところへと向かって駆けていく。
それを見たジュリの胸が痛む寸前、ハナがジュリの手を握って微笑んだ。
「ミカエル様もカッコイイけど、ジュリちゃんも負けてないだね。きっとリーナちゃん、ジュリちゃんの腕に抱かれて踊りながら、どきどきしてしまうべよ?」
「ありがとう、ハナちゃん」
とジュリがハナに笑顔を返してから、間もなく。
舞踏会が始まった。
さっそく最初に流れ始めた曲――ワルツを踊り始めたリーナとミカエルを見つめながら、とりあえずダンスホールの端にやって来たカレンがジュリに耳打ちする。
「ヒマワリ城の舞踏会はワルツに始まり、ワルツに終わるの。曲の半数もワルツ。ヒマワリ城の舞踏会では、もっとも男女が寄り添って踊る曲よ。そうね……、あたくしが中盤あたりで流れるワルツのときにミカエルさまを誘うから、そのときジュリちゃんはリーナちゃんを誘って頑張って!」
「はい、カレンさん」
と承諾し、頷いたジュリ。
ミカエルと楽しそうに踊っているリーナを見つめながら、気合を入れた。
(よぉぉぉぉし、頑張るぞっ!)
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