第48話 ペットが出来ました


 3日間の旅行はあっという間に過ぎ、葉月島本土へと帰る朝。
 ジュリ一同はタマの寺の門のところへと集まっていた。
 タマやキャロルと皆が別れを惜しむ中、ジュリは少し狼狽しながら辺りを見回していた。

(どうしたのかな、ハナちゃん。僕たちもう帰るのに……)

 1日目の夜以降、ハナはジュリたちの前に顔を出さないでいた。
 タマと別れの挨拶を交わしていたリュウのところへと駆けて行き、ジュリは言う。

「帰るのもう少し待ってください、父上。ハナちゃんが来なくって……!」

「ああ……、色々準備してんだろうな」

 とのリュウの言葉のあとに、タマが頷いて続いた。

「持って行くものは少ないが、生まれて70年。ずっとこの島で暮らしてきたハナは、仲間への挨拶等で忙しいじゃろうて」

「え?」

 とジュリが首をかしげると同時に、一同も首をかしげた。
 リュウが一同の顔を見回して再び口を開きかけたとき、噂をすれば何とやらで、ようやくハナが姿を現した。

「お待たせしましただ、ご主人様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 と、片手に荷物と、見送りの仲間たちを連れて。
 それを見て、真っ先に驚愕したのはキラだ。

「――な、何!? まさかリュウ、おまえ……!?」

「ああ、その通りだ。ハナをペットにした」

「ど、どういうことだリュウ! おまえのペットは――」

「ジュリのな」

 と続いたリュウの言葉に、キラはぱちぱちと瞬きをした。

「ハナを誰のペットにしたって?」

「ジュリ」

 辺りに流れる、数秒の静寂。
 その後、一同は声を揃えて驚愕した。

「――ええっ!?」

 ジュリがハナを見ると、ハナがにっこりと笑って頭を下げた。

「これからお世話になりますだ、ご主人様♪」

「ま、待ってハナちゃん! 本当なの!?」

「本当だべよ、ジュリちゃん」

「ど、どうして突然……」

「オラがペットじゃ嫌だべか?」

「う、ううん! ハナちゃんの顔が毎日見られるのは嬉しいけどっ……」

「じゃあ、決まりだべ♪」

 突然そういうことにされてしまって戸惑ってしまうジュリの一方、リーナがはしゃいだ様子で声を上げた。

「ほな、ハナちゃんにいつでも会えるやーん! うち、めっちゃ嬉しいわ!」

 と言葉通り嬉しそうな笑顔を見せるリーナを見たら、一瞬にてジュリの戸惑いが飛んでいった。

「うん、これからよろしくね、ハナちゃん!」
 
 
 
 
 葉月島の離島へ旅行へ行ったときは、合計26人。
 そして旅行を終え、葉月島本土へと戻ってきた人数は+1の合計27人だった。

 その+1=ハナが、ジュリとその家族の屋敷を目の前にして、仰天した様子で声を上げた。

「ほあぁあぁあぁーーーっ! すっげーべえー! まるでお城だべえーーーっ!」

「ううん、お城はもっと大きいよ。ほら」

 と、ジュリがヒマワリ城を指すと、ハナがそちらへと顔を向けてさらに声を大きくした。

「おわあぁああぁぁあぁああ! すっげぇー、本物のお城だべえーっ! オラ初めて見たべよーっ! 行ってみたいだよぉおおぉぉぉおぉおおう!」

「じゃあ、次の――9月の舞踏会の日、父上がお仕事で行くからそのときに僕たちも連れて行ってもらおっか。いいですか、父上?」

「ああ。おまえがそうしたいならな、ジュリ」

 とリュウの承諾をもらい、嬉しそうに笑うハナの手を取り、ジュリは自宅屋敷の中へと入っていった。
 玄関に1階にあるリビング、そこの窓から見える庭、キッチン、大きなバスルーム、トイレ等をハナに案内して周り、2階へと上る。
 続いて兄弟姉妹とその夫や妻、甥、姪の部屋を案内して回ったあと、ジュリはハナを連れて自分の部屋へと入って行った。

「ここが僕の――ううん、これからは僕とハナちゃんのお部屋だよ」

 ハナが部屋の中を見回し、声を高くする。

「ほあぁあぁーっ、大きなお部屋だべねーっ! 2人でも広すぎるくらいだべよ!」

「兄上や姉上たちのお部屋と同じようにバスルームやトイレもついてるから、好きに使っていいからねハナちゃん」

「ええっ!? す、好きに……!? なんだか少し、申し訳ないだよオラ……! オラなんかがこんな豪邸を好きに使って良いんだか!? って、ああもう、凄すぎて目が眩みそうだべーっ」

 言葉通り目が眩んだ様子のハナを見ておかしそうに笑ったあと、ジュリは「あっ」と声を上げて両手を合わせた。

「そうだ、ハナちゃん! 首輪いるよね!」

「ああ、そうだったべ。ペットとなったモンスターは、その証に首輪をつけねばならなねえんだったね」

「首輪なしじゃお出掛けできないから、僕が首輪買ってくるよハナちゃん。何色がいい?」

「うーん……」

「悩むようだったら、僕がハナちゃんに似合う色を選んでくるよ!」

「それじゃあ、ジュリちゃんに任せるべよ」

 とハナがにこっと笑うと、ジュリは財布を持って部屋を出、1階へと続く螺旋階段を駆け下り、屋敷を後にした。
 玄関の扉が閉まる音を黒猫の耳で確認したあと、ハナは改めてこれからジュリと暮らす部屋の中を見回した。
 本当に、まるで想像の中の城の一室ほど広い部屋だと思う。

 田舎育ちで、地味な顔立ちで目立たないタイプのハナ。
 己が暮らすにはあまりにも似合わない部屋だと思ったが、そんなことなど気にしていられない。

(オラはこれからここで暮らしながら、オラの中の本当のご主人様――リュウ様の幸せのため、ジュリちゃんの支えになるって決めたんだから)

 ハナは荷物を床の上に置くと、さっき案内されたリュウとキラの寝室へと向かって駆けて行った。

「リュウ様ぁぁぁぁぁぁ、オラあなた様の幸せのために頑張るだよぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉおおっ!!」
 
 
 
 
 自宅屋敷へと着き、リュウの左腕に抱かれながら夫婦の寝室へと入るなり、キラは口を開いた。

「詳しい事情を話してくれるな、リュウ」

 リュウがキラの顔を見ると、キラが続けた。

「何故ハナを、ジュリのペットにしたのだ?」

「……」

 リュウはキラをベッドの上に降ろしてから、その質問に答えた。

「ジュリにとってハナが必要だと思ったからだ」

「必要?」

「ああ……」

 と頷いたリュウ。
 離島への旅行1日目の夜のことを思い出しながら、続けた。

「ジュリがよ……、ハナが居てくれて良かったって言ったんだよ」

「それでハナに命令したのだな? ジュリのペットになれと」

「本気で言ったんじゃねえよ。だが、ハナ自ら望んだんだ……ジュリのペットになるって」

 同じブラックキャットのキラには分かった。
 そのハナの気持ちが。

「なるほどな……、リュウの役に立ちたかったのだな、ハナは。だがな、リュウ……?」と、キラは真剣な表情になって言う。「ハナの主がジュリになろうと、ハナの中の主はリュウだ。これから一つ屋根の下で暮らすとなれば、ハナはますますおまえのペットになれるかもしれないと、おまえに愛してもらえるかもしれないと、胸を膨らませるだろう」

「大丈夫だ、キラ」

「大丈夫ではない!」と、キラが眉を吊り上げた。「猫モンスターは、主を認めた者をこの上なく愛するのだ! いつかは絶対、私からリュウを奪おうとするに決まっている! 私からっ…、私の主を――リュウを、ハナはっ……!」

「大丈夫だ、キラ。あいつ自身、分かってる。俺のペットになれねえことも、俺に愛されねえことも。だから――」

「そうしたらっ……、そうしたら、私は――」

 興奮して周りの声が聞こえていないキラの言葉を遮るように、リュウがキラをベッドの上に押し倒した。
 キラの唇が、リュウの唇に塞がれる。

 このときになって、ようやくキラの黒猫の耳が察知した。

 誰かがこちらへと向かって駆けて来ている足音を。
 そしてそれは、聞き慣れた家族の足音ではないことを。

 さらにリュウの手が着ていたキャミソールの中に入ってきて狼狽したキラだったが、リュウの腕力には敵わない。
 こんな場面を何度も見られている家族や仲間相手ならまだしも、新しく家族となったばかりの者に見られるのは恥ずかし過ぎるというのに……。

「リュウ様! オラ、あなた様のためにこれから頑張りますだ!」

 と、ハナがドアを元気良く開けて姿を現し、キラはリュウに唇を奪われたまま赤面してしまう。
 同時に、リュウとキラの姿が目に入ってぼっと頬を染めたハナ。

「あっ……! おっ、お邪魔しましたですだべっ!」

 と、慌ててリュウとキラの寝室から出て行き、2階へと戻って行った。

 ハナの足音が遠ざかったあと、ようやくキラから唇を離したリュウ。
 真っ赤になり、何か言いたいのだけれど声が出ず口をぱくぱくとさせているキラの頬に触れて言う。

「大丈夫だ、キラ。俺はハナに期待を持たせることもしねえし、おまえを不安にさせるようなこともしねえ」

 リュウのそんな言葉で、リュウがわざとハナの前であんなことをしたのだと気付いたキラ。
 同時に、さっきまであった不安から解放された。

「――…うむ……」

 と返事をしてリュウの首にしがみ付き、安堵の溜め息を吐く。
 もう一度リュウに唇を奪われたあと、だが、と続けた。

「ハナに対し、残酷な気もするな……」

 それはリュウも感じている。
 それでも、

「変に期待を持たせるよりマシだ」

 それが現実だった。

「俺は複数の女を平等に愛せるほど器用じゃねえし、おまえや子供たち、孫たちの幸せを優先しちまう。だから俺は、ハナがジュリのペットになると言ったとき、断ってやることが出来なかった。俺のためにジュリのペットになるのは止めろと、言ってやれなかった」

「そのことを後悔しているのか、リュウ?」

「まさか。言ったばかりじゃねーか。俺はおまえや子供たち、孫たちの幸せを優先するってよ」

 リュウの唇が再びキラの唇に重なる。
 いつものごとく全身全霊を込めてキラを愛しながら、リュウは心の中で続ける。

(それに、俺の――主の幸せのために生きることが、おまえの幸せなんだろ? ハナ……)
 
 
 
 
(オラの幸せは、主の――リュウ様の幸せ。オラはそのために生きるだよ)

 これからジュリと暮らす部屋の中、窓辺に立っているハナ。
 それなのに、と己に対して嘲笑する。

(何、その邪魔になるようなことをしようと考えてただよ、オラは。リュウ様にはキラ様という、リュウ様の幸せのための掛け替えのないお方がいるというのに……。一緒に暮らす以上、邪魔しねえように細心の注意を払わねえといけねえだね)

 ふう、と溜め息を吐いたあと、気を取り直したハナ。

「さぁて残りの短い生涯、ご主人様のために頑張って生きるだよぉぉぉぉぉぉぉぉう!!」

 と、元気良く窓の外に向かって叫びながら、改めて誓った。
 
 
 
 
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