第47話 恋の予感?


 ジュリの姉である三つ子――五女・ユナと六女・マナ、七女・レナは、現在24歳。
 どちらかというと母親似の顔立ちに黒猫の耳、母親譲りのガラスのような銀髪、父親譲りでも母親譲りでもない淡い紫色の瞳。
 大人になってからの身長は、父親のように大きくも、母親のように小さくもない162cm。
 どこを見ても同じで、鏡に映しているかのように瓜二つの双子である三女・リンと四女・ランに比べ、ユナ・マナ・レナは割と見分けが付きやすかった。

 ユナは鎖骨まである髪の毛に、気の弱そうな顔つき。
 マナは胸まである髪の毛で、基本的に無表情。
 レナは顎の先まである髪の毛と、色気などまるでなしだった昔ほどではないものの、活発な顔つきをしている。

 髪型や顔つきも違うならば、その性格や舌、胃袋も違った。

 ユナはとにかく泣き虫で、極端な偏食。
 マナは基本的に泰然自若としていて寡黙、その舌は大のゲテモノ好き。
 現在の夫であるミヅキと出会ってからのレナはすっかり女の子っぽくなったものの、やっぱり元気一杯で、その胃袋は巨大だ。

 また、現在ユナは二流ハンター。
 マナは、魔法薬専門の大学に通う6年生。
 レナは、ミヅキと共に葉月ギルドの右隣に建てたドールショップで働きつつ、息子・セナの世話に手を焼いている。

「うえぇぇぇぇぇぇん! パパァァァァァァァァァァァ!」

 なんて、改めて紹介して早々に泣き喚いてくれちゃっているのは、三つ子のうちの一番上の子――泣き虫のユナである。
 葉月島の離島にある桂月村に、渡り鳥ならぬ渡りモンスターから村人を護衛するために来ているのだが、それどころではなさそうである。

「助けてぇぇぇぇぇ! パパァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

リュウから炎魔法を受け継ぎ、12歳で魔法学校に入学し、6年間学んだのち、ハンターになったユナ。
 兄弟姉妹の中で長女・ミラの次に弱いものの、魔法学校の炎学部ではトップだった。

 それからミラよりはマシなものの、未だファザコンから卒業できず、彼氏いない歴=年齢。
 将来の夢は『パパよりカッコイイ人と結婚すること』であるが、そういう人が見つからず諦めつつある。

 只今、桂月村の中央、武器である弓を腕に抱え、ユナはパパ、パパと泣き叫びっぱなしだった。

「モンスター怖いよおぉぉう!」

 と言っているが、別に上空を通っているモンスター――小型ドラゴンに襲われているわけではない。
 しかも、桂月村の人々を守りに来たはずなのに、逆に守られてしまっている次第。

「ユナさん、大丈夫だべ! モンスターが襲ってきても、オイラたちが守ってやっぺ!」

「ダメです! 皆さんは危ないからお家の中に入っていてくださぁぁぁぁぁい!」

「って、言われてもなあ……」

 と苦笑する村人を見て、さらに苦笑したのは近くの岩陰に隠れていたミカエルである。
 ユナの様子を見に来たのだが、それは思った以上にひどかった。

(一体これのどこが大丈夫なんだ……。このままでは村人に怪我をさせてしまう)

 と、ミカエルは岩陰から出てユナのところへと向かって行った。
 その途中、ユナの周りにいる村人を見ながら言う。

「皆家の中に入っていろ、危ないぞ」

 振り返ったユナと村人たち。
 村人の1人が訊く。

「おんやあ? 初めて見る顔だんべ。どちらさんだ?」

「あ、この人はミカエルお――」

 ミカエル王子。

 と言おうとしたユナの口を、ミカエルが塞いだ。
 ミカエルが村人に笑顔を向けて答える。

「私はリュウ一家の親しい友人でな。新人とはいえ、一応ハンターなんだ。もう大丈夫だから、家の中に入っていてくれ」

 それを聞き安堵した村人たちがそれぞれ自分の家の中に入っていくと、ミカエルはユナの口から手を離した。
 溜め息を吐いて言う。

「私が王子だってことを言ったら、ますます気を遣われるじゃないか」

「あ、そっかっ……! ごめんなさいミカエルさまっ……!」と頭を下げたあと、ユナがミカエルの顔を見上げながら訊いた。「ところでミカエルさま、どうしてここへ?」

「いや……、皆ユナは大丈夫だと言っていたが、どうも心配でな。様子を見にきたら、案の定この通りだった」

「あっ…、ご、ごめんなさいっ……!」

 と再び頭を下げたユナ。
 途端に向き合っている大地に涙が一粒染み込み、ミカエルは慌てて続けた。

「別におまえを責めてるわけじゃないんだ。涙を拭いてくれ」

「あっ、はい、ごめんなさいっ……!」

 とまたまた謝り、ユナがミニスカートのポケットからハンカチを取り出して涙を拭く。

「そんなに謝らないでくれ。私が苛めているようで、気分が良くないじゃないか……」

 と言っているにも関わらず、

「ご、ごめんなさいっ……!」

 とユナにまたもや涙目になって謝られ、ミカエルは苦笑するしかない。
 何だか切りがなさそうなので、話を変えた。

「ずいぶんと泣いていたが、モンスターに襲われでもしたのか?」

「う、ううん。で、でも、あたし怖くって……」

「そうか。もしモンスターが襲ってきたら、泣いてばかりいないで倒さないと駄目だぞ?」

 と言ったミカエル。
 狼狽したユナに突っ込まれる前に続けた。

「なぁに大丈夫だ。すぐ傍に私もいるから、おまえが危なくなったらすぐに助ける。だから安心してやってみろ」

 と笑ったミカエルの顔を数秒の間見つめたあと、頷いたユナ。
 さっきまで泣き喚いていたが、少し冷静になって上空を舞う小型ドラゴンの様子を見つめ始めた。

 2人でたわいない話もしつつ、約1時間。
 1匹の小型ドラゴンが村へと急降下してきて、ユナが「あっ」と短く声を上げると同時に、ミカエルも声を上げた。

「来たぞ、ユナ! さあ、やってみろ!」

「う、うんっ……!」

 と背に装備していた箙(えびら)の中から矢を一本取り出し、魔法で矢尻に点火したユナ。
 それを急降下してくる小型ドラゴンに向かい、腕に抱えていた弓で放つ。
 相当な強弓だが、両親のどちらに似ても力のあるユナは、難なくその弦を引いてみせた。

 ギュンッ!

 と力強く音を立てながら飛んでいった火矢は、小型ドラゴンの首の根元に命中。
 矢尻で燃えていた魔法の炎は消えることなく、小型ドラゴンの体を包み込んだ。

 ギャアギャアと断末魔を上げながら地上に落ちてきた小型ドラゴンを見て、ユナが安堵したのも束の間。

「次が来たぞ!」

 とのミカエルの声で、ユナは慌てて空を見上げた。
 仲間がやられて逆上したのか、10匹以上の小型ドラゴンの集団がユナ目掛けて口から炎を噴射し始めた。

 ユナは溜まらずミカエルのところへと逃げ出す。

「きゃっ、きゃああぁぁああぁぁああぁああぁぁあぁぁあっ!」

 一方、ユナを腕に抱きかかえたミカエル。
 ぴょんぴょんと跳びはねながら、次から次へと飛んでくる炎を避け始めた。

「ほらユナ、大丈夫だから早く倒すんだ」

 とミカエルは言うが、ユナはミカエルの首にしがみ付いて泣き叫ぶ。

「パ、パパァァァァァァァァァァァっ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「おい、ユナ――」

「怖いよおおぉおぉぉおぉおおおう!」

「こら、ユナ――」

「いやあぁぁああぁぁああぁああぁぁあぁぁあああっ!」

 と、パニックに陥っていて、まるでミカエルの言葉が聞こえていない様子のユナ。
 ミカエルは大きく息を吸い込み、眉を吊り上げて一喝した。

「落ち着けっ!!」

「――!?」

 びくっと肩を震わせ、泣き止んだユナ。
 目を丸くしてミカエルの顔を見ると、ミカエルが続けた。

「落ち着いて、よく周りを見てみろ。このままでは村が火の海になってしまう。おまえには村人の叫びが聞こえないのか?」

 ユナは、はっとして村人の家々を見渡した。
 あちこちから恐怖に泣き叫ぶ女子供の声が聞こえてくる。

(大変、何やってるんだろう、あたし……!)

 我に返った様子のユナを地に降ろしたミカエルは言う。

  「大丈夫だ、ユナ。怖くなどない。おまえなら出来る」

 ミカエルの顔を見つめたあと、うんと頷き、深呼吸をしたユナ。
 空を舞う小型ドラゴンの集団目掛けて両腕を伸ばし、精一杯の力を込めて魔法を放った。

「ファイアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」

 ゴオォォォォォォォッ!!

 と、轟音を立て、ユナの両手から空へと突進していった巨大な炎。
 それは寄せ来る炎を押し返し、小型ドラゴンの集団を呑み込む。

 あっという間に火達磨となった小型ドラゴンの集団は空で烈火炎々と燃え上がり、大地に落ちる間もなく断末魔を響かせながら消滅していった。

 それを見たミカエルが思わずといったように「おおっ」と声を上げた。

「やれば出来るじゃないか、ユナ!」

 えへへ、と照れくさそうに笑ったあと、ユナはミカエルの顔を見上げた。

「さっきは助けてくれてありがとう、ミカエルさま! それから、あたしが逃げずに頑張れたのって、ミカエルさまのお陰だよ!」

「おう、そうか!」

 と笑い、ユナの頭を撫でたミカエル。
 気分は泣き虫で手の掛かる可愛い姉……いや、どちらかというと妹を持った気分である。

 一方、頭を撫でられて頬が熱くなったユナ。

(あ、あれ……? おかしいな……。あたしの将来の夢は『パパよりカッコイイ人と結婚すること』なのに……)

 と、戸惑いながらミカエルの顔をじっと見つめ、首をかしげながら呟いた。

「な…何でだろう……?」

 ユナの呟きが聞こえたミカエルが、何がだと訊く前に、ユナの呟きは続く。

「顔はパパより劣ってるし……」

「……」

「大してセクシーでもないし……」

「…………」

「凄く強い方なんだろうけど、パパと比べるとミジンコ並だろうし……」

「………………」

「あたし一体どうし――」

「聞こえてるぞ、ユナ」

 と言うと同時に苦笑したミカエルの顔を見て、はっとしたユナ。
 横に手を振り首を振り、慌てて前言を取り消す。

「きゃあぁぁああぁあ、ヤダ、独り言聞こえてた!? う、嘘! さっきのぜーんぶ、嘘! 嘘だよ、嘘!」

「いいんだ、本当のことだからな……」

「って、ミカエルさま落ち込んでるしぃぃぃぃっ!」

 とユナが騒いでいると、リーナが瞬間移動で姿を現した。

「モンスターが口から炎ぶっ放しまくってたのが見えたんやけど、ユナちゃん大丈夫やったか? ――って、あれ? ミカエルさま、ここにおったんか! 探したんやでーっ!」

「ああ、済まない」と、ミカエルがリーナに顔を向けた。「ユナがちゃんとやれるか心配で、様子見に来たんだ」

「そか。けど、大丈夫やったやろ?」

「だな。二流ハンターとは思えないほど強かったな」

「せやから言ったやん。うちも遠くから見てたで、ユナちゃんが炎魔法でモンスター集団を火達磨にしたとこ! モンスターの方が哀れやっちゅーねん!」と笑い、リーナがユナを見て続ける。「まだ交代の時間ちゃうけど、ユナちゃんはもう寺に戻ってええで。あとはうちが護衛するから」

「ありがとう、リーナ。じゃあ、あとはお願いね。あ、瞬間移動で送ってくれなくていいよ。お寺までの道のり、お散歩していきたいから」

「そうか? ほな、気をつけてな」

「うん、リーナもね」

 と、リーナと手を振り合い、桂月村を後にしたユナ。
 タマの寺の方へと向かって歩いて行って、約20秒後。

 ふと立ち止まって振り返り、引き続き桂月村に残って、今度はリーナと共に村人の護衛をしているミカエルを見つめた。

(まさか……ねぇ?)

 まさか、

(あたし、ミカエルさまのこと、気になったりしてない……よね?)
 
 
 
 
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