第50話 3番バッター、行くのですわ! 後編
ヒマワリ城での舞踏会。
集まってきたご婦人たち一人一人踊りながら、ジュリは遠くでミカエルと踊っているリーナを気にしていた。
(舞踏会の中盤頃か、僕がリーナちゃんと踊るのは……。もうそろそろかな)
3番バッターのカレンの作戦で、ジュリはこの舞踏会でリーナとダンスをする予定だ。
舞踏会の中盤頃にカレンが、その次にハナが、さらにその次にユナが、リーナと踊っているミカエルを上手くダンスに誘い、その間にジュリはリーナを誘って踊ることになる。
(リーナちゃんのこと大袈裟なくらいに褒めるのがいいって、カレンさん言ってたっけ)
何て褒めようかと一瞬考えたジュリだったが、考えるまでもなかった。
レモン色のドレスを着ているリーナ。
もしかしたらミカエルに選んでもらったのドレスかもと思うとあまり気分は良くないが、ジュリにとってこの舞踏会の中でリーナが一番輝いているように見えた。
他のペアとペアの間から垣間見えるリーナの笑顔は決してジュリを想ってのものではないが、それでもジュリの大きな黄金の瞳はその笑顔に奪われてしまう。
「――きゃっ……!」
とパートナーの少女の声が聞こえると同時に、ジュリははっとして顔を戻した。
慌ててしゃがみ込み、今踏んでしまった少女の足先を見つめる。
「ごめんなさいっ、大丈夫ですか……!?」
「はい、大丈夫です」
と笑って許してくれた少女の顔を見てジュリが安堵したとき、流れていた曲が鳴り止んだ。
そろそろ舞踏会の中盤だろうかとジュリが思ったとき、カレンが脇を通り過ぎていきながら囁いた。
「行くわよ、ジュリちゃん」
「あっ、はいっ……」
と頷き、カレンの少し後方を着いて行ったジュリ。
カレンがミカエルを上手く誘ったあと、すぐリーナに声を掛けられるように近寄っておく。
リーナとミカエルのところへと着き、立ち止まったカレン。
どうしたのかと2人が首をかしげる中、にっこりと笑って口を開いた。
「ねえ、リーナちゃん。お願いがあるのだけれど」
「ん? なんや、カレンちゃん?」
「ミカエルさまと一曲だけ踊らせてくれない?」
「えー?」と、リーナが不服そうに顔を顰める。「なーんでうちのダーリンと踊りたいねん、カレンちゃん」
「だぁーって、本物の王子さまなのだもの♪ レディとしては、踊ってみたいじゃない?」
「ああもう、ほんまに乙女やなあ、カレンちゃん」
「だからお願い、リーナちゃん♪」
「仕方あらへんなあ、もう。一曲だけやからな?」
「ええ、もちろんよ! ありがとう、リーナちゃん♪ ねえ、ミカエルさま? あたくし、あちらの空いている方で踊りたいのですわ♪」
とカレンがミカエルを引っ張り、リーナから遠ざかっていく。
その背を見送ったリーナがダンスホール脇へと向かって行く途中、予定通りジュリは声を掛けた。
「リーナちゃんっ……」
「ん?」と、振り返り、リーナが訊く。「どうしたん? ジュリちゃん」
「ぼ、僕と踊ってくれないかな」
「え?」
とぱちぱちと瞬きをしたリーナを見て、ジュリは悪い意味で動悸を感じてしまう。
(断られる……?)
リーナが遠くへと行ってしまったミカエルに顔を向けたあと、ジュリに顔を戻して答える。
その間のほんの少しの時間が、妙に長く感じたジュリ。
「うん、ええで。ミカエルさまカレンちゃんに取られてしもて、暇やし」
そんなリーナの返事を聞き、安堵して笑顔になった。
「ありがとう、リーナちゃんっ……」
と、リーナに手を差し出す。
リーナの小さな手がジュリの手の上に重なると同時流れ始めた、次の曲――ワルツ。
カレンいわく、ヒマワリ城の中ではもっとも男女が寄り添って踊る曲。
ジュリは戸惑い気味にリーナの小さな身体に片腕を回した。
リーナに嫌がられないかと心配したが、リーナにそんな様子はないので胸を撫で下ろす。
「あれ、ジュリちゃん少し背ぇ伸びたんちゃう?」
「そ、そうかな」
「うん、たぶん伸びとる。キラ姉ちゃん似でめっちゃ可愛い顔しとるけど、やっぱり男の子やんな。これからどんどん大きくなって、シュウくん抜かすんちゃうか?」
と笑うリーナの顔を間近で見つめて、ジュリの胸が心地良い鼓動をあげていく。
「リーナちゃんは少し、綺麗になったね」
その理由はきっと、ミカエルの力だろうとジュリは感じた。
リーナがぱちぱちと瞬きをしたあと、嬉しそうに笑って訊く。
「それ、ほんまー?」
「うん、本当。レモン色のドレスも、凄く似合ってる」
あはは、とリーナが笑った。
「そんなお世辞なんていらへんで、ジュリちゃん。うちが前に、このレモン色と似たような黄色が使われてるドレス着とったとき、他の色の方が似合ってるって言ってたやん」
「違うんだ、リーナちゃん。違うんだ……」
真顔でそう言ったジュリの顔を見つめ、リーナは首をかしげる。
「ジュリちゃん……?」
「あのとき本当は、凄く似合ってるって思ってたよ」
「ジュリちゃ――」
「思ってたのに」と、ジュリがリーナの言葉を遮って続ける。「ミカエル様に嫉妬した僕は、心にも無いことをリーナちゃんに言っちゃったんだ」
「――えっ?」
嫉妬。
その言葉に、リーナの笑顔が消えた。
(――うち、何でそのことに気付かなかったんやろう)
と、今さらながら思った。
「ローゼ様が僕の家にずっと泊まりたいって言ったときも、僕はリーナちゃんに酷いことを言っちゃったね。あのときもそう。リーナちゃんがミカエル様と2人で遊んでたって知って、嫉妬して、物凄く腹が立って、怒鳴っちゃったんだ」
リーナは思い出す。
その当時のことを。
(自分が傷付いて、精一杯で、うちはジュリちゃんのそんな気持ち考えたこともあらへんかった……)
ジュリが続ける。
「バカな僕はローゼ様とも結婚しようと思ってたことは事実だけど、リーナちゃんが僕の中で一番大切だったことも事実だよ。嘘じゃないよ。本当だよ。あのときリーナちゃんは僕に、リーナちゃんだけを僕のお嫁さんにしてほしいって言ったね。僕がもっと強かったら、感情的になってあんな言い方しなかったんだ。もっと、リーナちゃんと話し合えたはずなんだ」
「――」
リーナのグリーンの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
(なあ、ジュリちゃん……?)
同時に、リーナを見つめるジュリの黄金の瞳にも涙が浮かぶ。
「ごめんね、リーナちゃん」
(あのとき、ジュリちゃんも精一杯やったんやね)
「たくさん傷つけて、ごめんね」
(あのとき、ジュリちゃんもごっつ傷付いてたんやね)
「僕がもっともっと、強かったら傷つけたりなんかしなかったのに」
(あのとき、うちも強かったら、ジュリちゃんの気持ちも考えてあげられてたんやね。そしたらきっと、うちとジュリちゃんはまだ……)
リーナの頬を、一粒の涙が伝った。
「なあ、ジュリちゃん……?」
リーナの涙を見、ジュリは困惑してしまう。
「リ、リーナちゃんっ……? 僕、変なこと言った?」
ジュリの問いには答えず、リーナが続けた。
「お互いが強ければ、お互いのこと今も好きやったんかな」
「――えっ?」
「ずっとずっと、昔みたいにお互いのこと好きなままでいられたんかな……」
そうリーナが掠れた声で言うと同時に、鳴り止んだワルツ。
そっと腕の中から離れていくリーナの手を、ジュリがすかさず握った。
「待って、リーナちゃんっ……!」
振り返らないリーナを見つめながら、ジュリは伝える。
「僕は昔も今も、ずっとずっとリーナちゃんのこと好きだからね。そのこと、忘れないで……」
「……」
ジュリの手を振り払ったリーナ。
ダンスホールの外へと小走りで去っていきながら、次から次へと頬の上に涙を落としていく。
(もう遅いんや、ジュリちゃん。もううちは、他の人を想ってるから。弱いうちは、ジュリちゃんのこと愛し続けられずに、もう……)
他の人のところに、逃げてしまったから――。
リーナの背を見送ったジュリ。
零れた一粒の涙を拭い、カレンの姿を探した。
そして見つけると、カレンもジュリを探して寄って来ていたところだった。
「ジュリちゃん! 続けてハナちゃんもミカエルさまと踊ることになったから――って、あら?」と、カレンがダンスホールの中を見渡す。「リーナちゃんはどこへ行ったのかしらっ? 早くしないと次の曲が――」
「カレンさん」とカレンの言葉を遮り、笑ったジュリ。「僕、作戦失敗しちゃったみたいです。ごめんなさい」
そう言うなり、リーナに続いてダンスホールを出て行った。
それを遠くから見、次の曲をミカエルと踊る予定だったハナもジュリを追ってダンスホールから出て行く。
「あっ、ハナちゃっ……! ていうか、えっ? ジュリちゃっ……?」
3番バッター、失敗……?
と首をかしげるカレンに、背後から声が掛かった。
「失敗……かどうか分からねえが、なんだかしんみりした話してたみたいだぜ。リーナも泣きながらダンスホールから出て行ったし、ジュリも泣いてた」
振り返ると、再び鳴り始めた曲を寄せ来る婦人たちの中の一人と踊っているリュウだった。
「そうですか……。ジュリちゃんとリーナちゃん、一体どうしたのかしら」
「ったく、これだから貧乳の作戦は」
「ええ、ごめんなさい。――って、お義父さまぁぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁっ!!?」
ズキューーーンッ!
と、カレンが脚に装備していた拳銃をぶっ放し。
ダンスホールの中に悲鳴が上がると同時に、シュウが慌ててカレンを押さえつける。
「うっわぁぁあぁぁああ! 落ち着けハニィィィィィィィィィ! 最高だぜ貧乳ぅぅぅぅぅうぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅううっ!!」
「アナタまで貧乳抜かすんじゃないわよぉおおぉぉぉおおぉぉおぉぉおぉぉおっっっ!!」
ズキュキュキューーーンッ!
とカレンがさらに拳銃をぶっ放し、シュウがぎゃーぎゃーと絶叫しながらカレンを抱きすくめてダンスホールの外へと向かって駆けていく。
騒然としているダンスホールの中、ミカエルが顔を引きつらせた。
「と、とんでもないな、カレンは……。リュウが弾丸を全部手で受け止めたから怪我人はいないようだが、なんと恐ろしい……」
「え、えと、ごめんなさい、舞踏会台無しにしちゃって」
と声が聞こえてミカエルが振り返ると、そこにはユナの姿があった。
ミカエルがふと笑顔になって訊く。
「おお、ユナ。今日の舞踏会にはどうして来たんだ? リュウと踊りたかったのか?」
「う、うん、そんなところっ……」
「そうか。ミラほどではないんだろうが、おまえも本当にファザコンなんだな」
とおかしそうに笑うミカエルの顔を見つめ、ユナは少し頬を染めながら目を泳がす。
(ジュリもリーナもいなくなっちゃったし、あたしがミカエルさまをダンスに誘う必要はもうないんだよね……。けど……)
けど、それが残念に感じるのは何故か。
ユナが考えていると、ミカエルが辺りを見回しながら続けた。
「リーナがいないな。どこへ行った? よく見ればジュリもいない」
「あっ、えと、ダンスホールの外に出て行ったみたい」
「え? リーナとジュリ一緒にか?」
「ううん、別々にっ……! あとから出て行ったジュリ、リーナを追い掛けて行った感じじゃなかったから大丈夫だよ! トイレとかじゃないかなあ?」
「そうか」
と言ったミカエルに、うんと頷いたユナ。
ダンスホールに突っ立って話していたものだから、他のペアにぶつかって「きゃっ」と短く声をあげた。
「ご、ごめんなさいっ……! 皆もうダンス再会してたんだ。ここじゃ邪魔になっちゃう」
「そうだな」
と同意したミカエルが、ダンスホールの端の方へと向かって歩いていく。
同様にそうしようと思ったユナだったが、己の取った行動はまったく別のものだった。
「――あっ……!」
と、頬が染まってしまう。
己の手が、ミカエルの服の袖を引っ張っていて。
ミカエルが振り返ってユナを見下ろし、首をかしげる。
「ん? どうかしたか?」
「え、えと、そのっ……!」
赤面しながら、狼狽してしまうユナ。
(ああもう、何やってんのあたし! あたしがもうミカエル様をダンスに誘う必要はないんだってば!)
と思っているのに、出てきた台詞はやっぱりまったく別のものだった。
「や、やっぱり暇だから、あたしと踊ってくれないっ……?」
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