第45話 『2番バッターいくのでちゅわ!』 後編
茜ざした夕空が美しい、ロマンティックな浜辺。
静かに音を立てている波打ち際、リーナの肩を抱き寄せたジュリ。
「ジュ、ジュリちゃっ……?」
とリーナが困惑した声を出す中、リーナの白猫の耳に唇を寄せ、そして囁いた。
甘い言葉を。
「チョコっ……♪」
――は?
と、きょとんとしたのはリーナに加え、離れたところにある木陰で聞き耳を立てていたカノン・カリンである。
リーナの耳元で甘い声を囁けと言ったのは他の誰でもない、このカノン・カリンであるが、思いもよらぬジュリの言葉が黒猫の耳に飛び込んできて。
ジュリは続けて囁く。
「バナーナっ……♪」
甘い言葉を。
「キャラメルっ……♪」
そう、甘い言葉を。
「パンケイクっ……♪」
思いつく、精一杯の甘い言葉を。
「生ドーーーラっ……♪」
「……」
数秒の間の後、肩に乗っているジュリの手をそっと取ったリーナ。
にこっと笑い、
「ちょっと待っててな」
と言って寺の方へと駆けて行った。
その背を見送りながら、ジュリは期待に胸を膨らませる。
(もしかしてリーナちゃん、ミカエルさまにゴメンナサイしに行った……!? そしてまた僕のこと好きになってくれた……!?)
10分後。
戻ってきたリーナが、ジュリに紙袋を手渡した。
一体何かと首をかしげているジュリに、リーナは言う。
「チョコにバナナに、キャラメルや。ジュリちゃん、食べたかったんやろ?」
「へ?」
「パンケーキ……まあ、ホットケーキは今ミラちゃんが作ってくれとるから。生ドラは誰も持って来てへんかったわ、ごめん」
「あ、あの――」
「ああ、ええからええから! バナナはおとんのおやつやったんやけど、気にせんでええから!」
「リーナちゃ――」
「ほな、うち先に寺に戻ってるな! せっかくご馳走作っとるっちゅーことで、今日おとんとネオンと、それからミカエルさまの誕生日パーティーやってしまおうってことになったから、うちも色々手伝わな! あ、ジュリちゃんは好きなだけ遊んでから戻ってくればええでーっ!」
と、リーナが笑顔で腕を振りながら再び寺へと戻っていく。
その背を見送りながら、困惑して思わず涙目になったジュリ。
遠くの木陰から姿を見せた2番バッター――カノン・カリンに訊いてみる。
「な、なんでぇー?」
「………………」
2番バッター、失敗。
カノン・カリン同様、離れたところから白猫の耳を澄ませてジュリとリーナの会話を聞いていたローゼ。
夕日と向かい合って浜辺に膝を抱えて座り、すすり泣きしながらバナナを齧っているジュリを見て苦笑した。
「そ、その甘い言葉にはローゼも意表を突かれましたにゃ、ジュリさん……」
ローゼの近くで剣術の修行をしていたチビリュウ3匹――シオン・シュン・セナが、手を止めて訊く。
「ジュリ兄、なんてささやいたわけ?」
猫の耳を持つローゼはジュリの囁きがなんとか聞こえたが、人間の耳を持つチビリュウ3匹にはまるで聞こえなかった。
「え、えと……、チョコ、バナナ、キャラメル、パンケーキ、生ドラ……」
「あめー」
「甘いは甘いでも、意味が違うのですにゃ……」
と再び苦笑したあと、ローゼは溜め息を吐いた。
またジュリが落ち込んでしまった。
それを見る度に、己がジュリとリーナの仲を邪魔してしまったことを後悔する。
沈んだローゼの顔を少しの間見つめたシオン。
光魔法を操り、遠くにいるジュリに稲妻を落とす。
ズガァァァァァンッ!
と辺りに轟音が響き渡ると同時に、もろに脳天から稲妻を食らい砂浜に突っ伏したジュリが仰天して声を上げる。
「ふみゃあああああ! 焼きバナナになっちゃったあぁぁ! ……あ、おいしい。それにしても、一体何……!? 今日のお天気は雷なの……!?」
と空を見上げ、辺りを見渡したジュリ。
遠くからシオンの鋭く赤い瞳に殺気を送られていることに気付き、はっとして涙を拭った。
(いけないっ、ローゼさまいたんだっ……!)
と、慌てて涙を拭う。
シオンがジュリに対して怒るときは、必ずと言って良いほどローゼのことでだ。
ジュリと同時に驚いて声を上げたローゼが、慌てて叫ぶ。
「ジュ、ジュリさん大丈夫ですかにゃあぁぁ!?」
「は、はい、大丈夫ですローゼさま!」と笑顔で答えたあと、ジュリは立ち上がって寺へと戻って行った。「僕もそろそろお寺に戻りますね」
と言い残して。
そんなジュリの背中を見送りながら、ローゼは相変わらず驚いた様子で空を見渡した。
「な、なんで突然雷が……!?」
「さあ」
と一言返し、何事も無かったかのように剣の素振りを始めたシオンを見、シュンとセナが溜め息を吐いて声を揃えた。
「なにが、さあ、だ。かわいそうなジュリ兄……」
「加減してやっただろ」
と言ったシオンの顔を、「え?」と首をかしげながら見たローゼ。
(ああ、そっか……、シオンさんはローゼのために怒ってくれたんですにゃ……)
と気付いて頬を染めた。
シオンとローゼの顔を交互に見て、にやりと笑ったシュンとセナ。
シュン、セナとからかったように言う。
「ほんとラブラブだな、おまえら」
「あまいコトバささやいてやれよ、シオン」
シオンがふんと鼻を鳴らして言う。
「くだんねえ。てめーら修行しねーなら寺戻ってろ、うるせーな」
「はいはい、オジャマ虫はきえてやっかー」
とにやにやと笑いながら寺へと戻って行ったシュンとセナの背が見えなくなると、ローゼは剣の素振りをしているシオンをちらりを見た。
こほんと小さく咳払いをし、独り言のように言ってみる。
「ロ、ローゼも甘い言葉囁かれてみたいにゃーっ……」
「あ?」
「別に、独り言ですにゃっ」
「そうか」
と返して、剣の素振りを続けるシオンを見つめてから10秒後。
ローゼは頬を膨らませて喚いた。
「ああもうっ! 独り言じゃないのですにゃっ!」
「なんだよ、うるせーな」
とシオンが溜め息を吐いて剣の素振りを止めると、ローゼはシオンから目を逸らしてもう一度言ってみる。
「ロ、ロ、ローゼも、甘い言葉囁かれてみたいのですにゃっ……!」
「チョコ」
「ジュ、ジュリさんと同じ言葉じゃなーくーてぇぇぇぇぇっ!」
「マシュマロ」
「ちっ、ちーがーくーてぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「ああ、たしかにおまえの乳はマシュマロじゃねえ」
「にゃ、にゃにおう!? ローゼはこれからマシュマロおっぱいになるのですにゃ! ――って、どこ見てんのにゃーっ!!」
と顔を真っ赤にして声をあげ、ピンク色のビキニ姿だったローゼが胸元を腕で隠す。
「それ数年前に流行った某お笑いタレントのパクり?」
「違いますにゃっ! そ、それよりっ、だからっ、そのっ……! ……ああっ、もう良いのですにゃ! 今日は兄上とリンクさんとネオンさんのお誕生日パーティーだっていうし、先にお寺に戻ってますにゃ!」
とシオンに背を向け、寺の方へと向かって不機嫌に歩いていくローゼの耳に、小さなシオンの呟きが聞こえてきた。
「仕方ねーだろ……、甘い言葉だの愛の言葉だの、得意じゃねーんだからよ」
「……」
ローゼが振り返ると、シオンは再び剣の素振りを始めていた。
その横顔は少しむくれているように見える。
「じゃ、じゃあ……、言葉じゃなくて態度はっ……?」
「……」
シオンの手が再び止まった。
少し間を置いてから、ローゼに横顔を見せたまま口を開く。
「……誕生日といえば、俺も来月迎えるんだが」
「そうでしたか」
「だからそのとき、キス……」
「えっ?」
「……くらいしてやるから、有難く思え」
シオンのそんな言葉に、顔を引きつらせたローゼ。
「『キスさせてください、お願いします』の間違いだろですにゃああぁああぁぁああぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあっ!!」
と声を上げた後、シオンのところへと踵を返した。
再び剣の素振りを開始するシオンの傍に腰掛け、怒ったフリをしつつ、動悸を感じながら小さく呟いた。
「は…早く来月にならないかにゃ…なんて……」
リンクとネオンの誕生日パーティーは、ここ葉月島の離島で行われる。
今年は加えてミカエルもだった。
誕生日を迎えてミカエルは22歳に、ネオンは7歳に。
リンクは50歳になったのだが、その童顔ぶりは相変わらずで、ミカエルとそう変わらなく見える。
王族が食べるようなご馳走が並ぶ、タマの寺の食堂。
いつもの一同+タマとキャロル、ハナが食っちゃ飲みして楽しむ中、先月に続いてジュリだけは沈んでいた。
もっとも、顔だけは笑うようにしているが。
「誕生日おめでとう、ミカエルさま」
「ああ、サンキュ♪ リーナからのプレゼントは何だ?」
「ふふ、あとでな。照れくさいから、皆がいないときにこっそり渡すわ」
「そうか、楽しみだな」
そんな離れたところに座っているリーナとミカエルの会話を、黒猫の耳をぴくぴくと動かして聞きながら、ジュリは小さく溜め息を吐く。
(あんまり居心地が良くないな……)
ジュリの隣に座っていたハナ。
ジュリを横目に見てその胸中を察し、ジュリの手をテーブルの下でそっと握った。
ジュリがハナの顔を見ると、ハナがにこっと笑って口を開いた。
「すっかり日が暮れただね、ジュリちゃん」
「うん……、そうだね」
と、ジュリは窓の方に顔を向けて同意した。
もう外は真っ暗だった。
ハナが続ける。
「知ってると思うけど、この島の自慢の1つは満天の星空だべよ。ジュリちゃん、オラと今から一緒に見に行かねべか?」
「え?」
と首をかしげたあと、寄り添って楽しそうに会話をしているリーナとミカエルに顔を向けたジュリ。
2人を少しの間見つめたあと、小さく頷いて立ち上がった。
目が合ったリュウに、
「ハナちゃんとお外でお星様見てきます。そんなに遅くならないうちに戻ってくるので、心配しないでください、父上」
と笑顔を作って言い、片手にビールを2本持ったハナに手を引かれながら食堂を出、タマの寺を後にした。
それから5分ほどして、リュウが手に持っていたウィスキーの入ったグラスを静かにテーブルの上に置いた。
そして突然膝の上から下ろされたキラがどうしたのかと首をかしげる中、ジュリとハナに続いて寺から出て行った
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