第44話 「2番バッターいくのでちゅわ!」 中編


 2番バッターであるカノン・カリンの作戦は、『リーナの耳元で甘い言葉を囁く』というもの。

 これからそれを実行しようと考えているジュリ。
 一時傍から離れていたカノン・カリンが戻ってくるなり、疑問を口にした。
 同じ部屋(本堂)の中にいるリーナの白猫の耳に聞こえぬよう、小声で。

「ねえ、カノン・カリン。いつどこでリーナちゃんの耳元で甘い言葉を囁けばいいの?」

「オラはろまんてっくな場所で、2人きりのときに、肩を抱かれながら囁かれたいべ!」

 と、頬を染めながらハナ。
 それに対してうんうんと頷き、カノン・カリンは言う。

「そうそう、やっぱりロマンティックなバショでちゅわよね!」

「ええ、そうね!」と続いて同意したのはカレンである。「ここは海が綺麗だし、海が良いんじゃないかしら!」

「くはあぁーーーっ!」と声をあげ、さらに頬を染めたハナ。「リュウ様と夕暮れの浜辺を散歩すながら、肩を抱かれて、耳元で甘い言葉囁かれたいべぇぇぇぇぇーーーっ!!」

 と、興奮した様子で床に転がって悶える。
 それを見て、

「もうっ、おじいちゃまはあたくちたちのものなのでちゅわ!」

 と眉を吊り上げたあと、カノン・カリンは「でも」と続けた。

「ハナちゃまの言うとおり、夕ぐれのハマベをおサンポちながらっていうのはいいと思いまちゅわ。もちろん、2人きりで」

「そっかあ。けど、2人きりになれるかなあ……」

 と、顔を曇らせたジュリ。
 リーナの傍らにいるミカエルを見つめた。
 今のところ、リーナの傍から離れそうにもない。
 つまり、リーナと2人きりにさせてくれそうにもない。

 ジュリの胸中を察したカレンが言う。

「大丈夫よ、ジュリちゃん。ミカエル王子さまのことは、あたくしが引き付けておくわ。だからその隙に頑張って♪」

「はい、カレンさん」と、笑顔で承諾したジュリだったが、再び疑問が頭に浮かんで首をかしげた。「あれ? でも、どういう風に甘い言葉を囁けばいいのかなあ」

「そうよね、イマイチ分からないわよね。――ってわけで、アナタ♪」

 と、カレンが顔を向けたのは夫のシュウである。

「え?」

「ジュリちゃんにお手本見せてあげて♪」

「――バっ……!?」シュウ、驚愕。「バカっ、娘の前でそんなこと出来るかよっ……!」

「いいじゃない、別に。あたくしもたまには甘い言葉囁いてほしいわっ♪」

 と愛する妻に上目遣いで見つめられ、「うっ」と短く声を上げてたじろいだシュウ。
 こほんと咳払いをし、

「い、一度だけだからなっ……!」

 と言ったあと、カレンの肩を抱き寄せた。
 そしてカレンの耳元に口を近づけ、

「…あ……愛してる…………」

 と赤面しながらも囁いた瞬間、

「あんまり甘くないと思います、兄上」

 とジュリのツッコミが入り。
 シュウ、衝撃。

「えええっ!? ジュ、ジュリ、そんな、兄ちゃんは恥ずかしかったけどすげー頑張ったのにっ……!」

「でも、どんな風に言えば良いのか分かりました! カノン・カリン、兄上、カレンさん、ハナちゃん、ありがとう! 僕、頑張ります!!」
 
 
 
 
 そしてその夕方。
 この島へとやってきてタマの寺で1時間ほど休憩したあと、タマとキャロルと共に海で遊んでいた一同。
 もうすぐ夕食にしようかとき、カレンがミカエルのところへと歩み寄って行った。

  「あの、ミカエル王子さま?」

「ん? どうかしたのか、カレン」

「あたくし、これからシュウとお寺に戻って夕食の支度をしなければならないのですが」

「ああ?」

「夕飯何にするんや? カレンちゃん」

 と、わくわくとした様子で、ミカエルの傍らにいたリーナが訊いた。

「そのことなのだけれど。いつも質素な食事をしているタマ和尚さまやキャロルちゃんに、ご馳走を振舞いたいと思うの。だから、お城に出されるようなお料理を作りたいと思って……」

「ああー、せやな。精進料理ばっかで飽きとるやろうし」と、リーナがタマとキャロルの方に顔を向けて同意したあと、ミカエルの顔を見上げた。「お城で出される料理、ミカエルさま作り方分かるか?」

「まあ……、多少はな」

「まあ、良かった。では、あたくしと一緒に夕食の支度お願いしますわ」

 と、にっこりと笑ったカレン。
 ミカエルを半ば強引に引っ張って、寺の方へと向かって行く。

 そのあとをシュウも着いて行く。

「そ、それじゃリーナ、王子さま少し借りるな」

 と言いながら。

「あっ、うちも――」

 うちも行く。

 と言おうとしたリーナの言葉を遮るように、カノン・カリンがリーナの前に立ちはだかった。

「まって、リーナちゃま」

「なんや? カノン・カリン」

「ジュリお兄ちゃまがよんでまちゅわ」

 とのカノン・カリンの言葉を合図に、これから何が行われるか聞かされていた、ジュリを除く一同が四方八方に散らばり始めた。
 それを見回しながら、リーナが訊く。

「な、何や? 皆どこ行くんっ? なあ、おとん、おかんー!?」

「お、おとん、ミーナが向こうの方行ってみたいゆーから、ちょお行ってくるわー」

「そ、そうかいな。ほな、気をつけてなー? ミラちゃんとリンちゃんランちゃんは、夕食の支度の手伝いやろか……、寺の方に行ってるし。あれっ、サラちゃんもめずらしく夕食の支度の手伝いするん!?」

「いーや、アタシはもう寺で飲んでようと思って」

「あー、なるほど。レオ兄ちゃんとネオンに酌させてウハウハすんのや……。マナちゃんはグレルおっちゃん引っ張ってどこ行くんー!?」

「山に薬の材料採りに…」

「あー、そか。ここの島にしか生えておらん薬の材料あるもんな。あ、ユナちゃん、片付け手伝おうか? パラソルとか大変やろ」

「う、ううん! 大丈夫だから気にしないで、リーナ!」

「せやけど……」

「あ、あたしとミヅキくんも手伝うから大丈夫だよ、リーナ!」

「そうかー? レナちゃん。まあ、3人もおれば片付けは充分か……。って、チビリュウ兄ちゃん3匹――シオン・シュン・セナはどこ行くん?」

「向こうで修行」

「そか、頑張ってな。あ、ローゼさまも着いて行くん?」

「は、はいですにゃっ! 特にシオンさんがサボらないか見張りに行くですにゃっ……!」

「ほな、流れ弾食らわないよう気をつけてなー。ん? タマちゃんも寺に戻ってしまうんー?」

「う、うむ。和尚が長い間寺を空けるわけにも行かぬからな」

「あー、せやなあ」

「わたしもそろそろ戻ります。和尚さまの世話しなきゃいけないので」

「そか、キャロルちゃん。大変やなあ。って、あれ? ハナちゃんはどこ行くんっ?」

「こ、この島には天然の美味い食材がたくさんあるんだべ! そ、それを採りにいって、夕食に出すんだべよ!」

「おお、ほんまーっ? 楽しみに待っとるわー! ――で……、リュウ兄ちゃああああああん!?」

「何だ、リーナ」

「そんな岩陰の方にキラ姉ちゃん引っ張ってって何するんーーーっ!?」

「愚問だな」

「……。シュ…シュウくんにこれ以上(変な)弟妹できへんように、気ぃつけてなああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁあああ!?」

 と、叫んだあと、片手をひらひらと振って承諾したリュウの背を苦笑しながら見送ったリーナ。
 ふと目を落とすと、そこにはまだカノン・カリンの姿があった。

「カノン・カリンはどうするん?」

「ええと、あたくちたちは……」

 と、ジュリとリーナの顔を交互に見たカノン・カリン。
 突然染めた頬を両手で押さえ、黄色い声をあげながら去って行った。

「きゃああああああああ! ジュリお兄ちゃま、がんばってくだちゃあああああああああああああああい!」

 そんな2人を、ぽかーんとしながら見送ったリーナ。
 傍にいたジュリに顔を向けて訊く。

「頑張るって……、何をや?」

「えと、その……」

 と、困惑してリーナから目を逸らしたジュリ。
 数秒後、リーナに目を戻して訊いた。

「ふ、2人だけになっちゃったね。ちょっとだけ、この辺お散歩しない?」

「うん、ええで」

 と承諾してくれたリーナに、小さく安堵の溜め息を吐いたジュリ。
 リーナの隣に並んで、ゆっくりと波打ち際を歩き出した。

(去年もたしか、リーナちゃんとこうやってここを歩いたんだよね……)

 ふと、己の左手に目を落とす。
 10cmほど距離を空けた傍らには、リーナの手があった。

(そう…、手を繋いで……)

 リーナの手を握ろうか、握らまいか。

 迷った後にジュリが手を近づけた瞬間、リーナが突然その手を上げて茜色の太陽を指差した。

「見てみぃ、ジュリちゃん。夕日、めっちゃ綺麗やんなあ」

「え? う、うん、そうだねっ……」

 と、リーナに近づけかけた手を引っ込め、リーナの指した方へと顔を向けたジュリ。

「一緒に見たかったんやけどなあ……」

 そんなリーナの呟きが聞こえてきて、再びリーナに顔を戻した。

「誰と?」

 と訊いたジュリだったが、すぐに察して胸が痛んだ。

(誰とって、ミカエルさまとだよね……)

 リーナがジュリの顔を見て、笑顔を作る。

「えっ? あ、ああ……、聞こえたん? こっちの話やから、気にせんといて」

「……」

「あ、そろそろ寺に戻ろか? サラちゃんたちもう飲んどるやろうし、うちも飲――」

「リーナちゃん!」

 とジュリに大きな声で言葉を遮られ、リーナは少し驚いてジュリの顔を見つめた。
 目の前には、ジュリの怖いくらい真剣な顔がある。

 さらにぎゅっとジュリに両手を握られ、リーナのグリーンの瞳が困惑して揺れ動く。

「ジュ、ジュリちゃんっ……?」

「リーナちゃん、僕、リーナちゃんのことまだ好きだよ。リーナちゃんにお嫁さんになって欲しい気持ちは今でも変わらないし、これからも変わることはない」

「ご、ごめん、ジュリちゃん、うち――」

「だからっ……!」

 と、リーナの肩を抱き寄せたジュリを見て、遠くの木の影から様子を窺っていたカノン・カリンが頬を染めた。
 両手で頬を押さえながら、興奮して黒猫の尾っぽをぶんぶんと振り、よく利いてくれる黒猫の耳を最大限に澄ませる。

(きゃあああああああああああ! きたきたきたぁーっ! きたのでちゅわあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああぁあぁぁああっ! さあ、ジュリお兄ちゃま! いざ、リーナちゃまの耳元で!)

 甘い言葉を――、

「チョコっ……♪」

 囁いた。
 
 
 
 
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