第46話 ご主人様のために
ジュリがハナに引っ張られながらやって来た場所は、さっきまでいた砂浜だった。
顔を上げると、この島の自慢の1つである満天の星空が目に飛び込んでくる。
「わあ…、やっぱりここのお星様は綺麗だなぁ……」
「これだけで、ビールが何倍も美味くなるんだべよ」
と言ってハナが、手に持ってきた2本のビールのプルタブを開け、1本ジュリに手渡した。
ビールを1口飲み、星空を見上げてジュリは同意する。
「うん…、そうだねぇ……」
と瞳を輝かせ、再び美味しそうにビールを一口飲んだジュリの横顔を見つめて微笑んだあと、ハナは砂浜の上に正座した。
ぽんぽんと膝の上を叩き、ジュリに笑顔を向けて言う。
「寝ながらの方がお星様が見やすいだよ、ジュリちゃん」
うんと頷き、ジュリは砂浜の上に倒れないようにビールの缶を置いた。
そのあと仰向けに寝転がってハナの膝の上に頭を乗せると視界一杯に星空が広がり、その気分はまるで宇宙のど真ん中にいるようだった。
「わあぁ……、凄いやあ……」
「たまにな、ジュリちゃん」とハナは星空を見上げながら話す。「この星空を見に、この島へやってくる人々がいるんだべよ。ただ単に星が好きな人から、自分を元気付けるためにやってくる人まで、様々な。ジュリちゃんも、少しは元気なったべか?」
そう訊いて、ハナが膝の上のジュリの顔を覗き込むように見た。
ハナの顔を見たあと、ジュリは黄金の瞳をずらして再び星空を見た。
そして、微笑んで頷いた。
「うん……、ハナちゃん。さっきまでね、僕あんまり良い気分じゃなかったんだ。リーナちゃんとミカエルさまが仲良さそうにしているところ、見ているのが苦しくて……」
「そうかあ…、可哀相になあ……」と、ハナの手が優しくジュリ顔を包んだ。「あんなに仲が良かったジュリちゃんとリーナちゃんの間に、どんなことがあってそういうことになってしまったのかオラには分からねえけんども……」
「僕がバカだったんだ、僕が……。あとね、今思えば僕が弱かったからっていうのもあるのかなって……。あ、力が強いとか、そういう意味じゃないよ? こう…、心の強さ……っていうのかな。それがあったなら、リーナちゃんを泣かせずに済んだと思うんだ」
そうか、と頷いたハナ。
でも、と続けた。
「皆な、失敗し、後悔することによって成長し、学んでいくものだとオラは思うだよ。己が愚か? 人間も、人間に近いモンスターのオラたちも、その間に出来たジュリちゃんみたいな子たちも、みぃーんなそういうものだと、オラは思うだよ。己が愚かだと気付けない者が、本当の愚か者だべよ。少なくともそのことに気付けたジュリちゃんは、愚か者ではないだよ?」
「ハナちゃん……」
「己が弱い? それを認めることは、とても勇気のいることだって知ってただか? 認められたジュリちゃんは、強い子の証拠だべよ」
「でもハナちゃん、僕は――」
「ジュリちゃん」と、ジュリの言葉を遮ってハナが続ける。「ジュリちゃんは、己の愚かさに気付くことが出来ただね。己の弱さを認めることが出来ただね。ジュリちゃんはきっと、これから大きく、とても大きく成長できるだよ? 大丈夫……、大丈夫だべよジュリちゃん。時間が掛かってしまうかもしれねんけども、きっとリーナちゃんはまた振り向いてくれるだよ……?」
「――……」
顔は15、6歳と童顔のハナ。
だが、実年齢は70歳。
長い間生きてきた彼女の口から放たれたその言葉たちは、ジュリの黒猫の耳にとても優しく響いた。
まるで、傷ついた心に治癒魔法でも掛けられているようだった。
頬に触れている温かいハナの両手を握り、ジュリは笑った。
もう、大丈夫だった。
「うん……、僕頑張るね!」
その宣言は、何度か口にしている。
だが、ジュリは今回初めて心から誓った気がした。
そして、
「ハナちゃんが居てくれて良かった」
心からそう思った。
ジュリの笑顔を見つめ、ハナも笑う。
「嬉しいこと言ってくれるだね、ジュリちゃん。ところで、今日リーナちゃんにどんな甘い言葉を囁いただ?」
「んーとねー、チョコでしょー、バナナでしょー、キャラメルでしょー、パンケーキでしょー、それから生ドラー」
「……(や、やっぱり愚か者だったべか……)」
とハナが思わず無言になってしまいながら苦笑して、20分後。
星空を見つめていたジュリが、ハナの膝の上で規則正しい寝息を立て始めた。
ハナは微笑んでジュリの頭を優しく撫でると、そっとジュリの頭の下から膝を抜いた。
立ち上がり、背後に振り返って口を開く。
「相変わらず息子思いのお父上ですだね、ご主人様」
ふふ、とハナが笑うと、近くの木陰からリュウが姿を現した。
ご主人様、だなんて呼ばれて、呆れたように溜め息を吐く。
「俺のペットはキラだけだと、何度言えば分かんだおまえは……」
「分かってますだ。だからオラ、リュウ様とキラ様の邪魔をする気はないべよ」
「ちなみに俺が愛せる女もキラだけだ」
「それも分かってますだ。だからオラ、リュウ様に愛してくださいとは言わないだよ。でも、オラの中の主はリュウ様だけなんだべよ」
「……」
再び溜め息を吐いたリュウをまっすぐに見つめながら、ハナは続ける。
「オラの残り短い生涯、リュウ様のために生きたいだよ。どんなことでも良いから、オラにできることがあったら言ってほしいですだ」
「…どんなことでも…か……」
と呟くように言ったリュウ。
眠っているジュリを数秒の間見つめたあと、ハナに目を戻した。
ハナが笑って言う。
「どんなことでもですだ」
「そうか……」
「はいですだ」
「それが俺のペットじゃなく、『ジュリのペットになれ』ってんでもか」
「えっ……?」
と、ぱちぱちと瞬きをして、ハナがリュウの顔を見つめる。
「……なんでもね」
と呟き、眠っているジュリに歩み寄ったリュウ。
ジュリをそっと抱き上げながら、寺へと向かって歩き出した。
その背を見つめ、
「ご主人様」
とリュウを呼び止めたハナ。
リュウが振り返るのを待ってから、
「それがあなたの笑顔に――幸せに繋がるというならば、オラは喜んで従いますだ」
と言って笑った。
ジュリ一同がタマの寺にいられるのは、ほんの3日間。
本当は10日くらい泊まっていたいところだが、ギルド長であるリュウと、副ギルド長であるリンク・レオンが揃いも揃ってそんなにギルドを空けるわけにもいかなかった。
本日旅行2日目。
昨日のリンクとネオン、ミカエルの誕生日パーティーに続いて食堂で宴会が行われる一方、寺の門のところにリュウを除くハンター一同――ジュリとリーナ、ミカエル、シュウ、サラ、リン・ラン、ユナ、カレン、リンク、レオンが集まっていた。
ここ葉月島の離島には、季節ごとに違った種のモンスターが上空を通る。
今年は真夏に通るモンスターが、ちょうどこの日にやって来た。
いつもならば、この離島にある人々の暮らす村――桂月村へとタマが向かって護衛をするのだが、今回はジュリ一同の中からハンターである者がそれを務めることになった。
といっても、宴会に混じっているリュウはタマの酌で忙しそうなので除く。
「まったく和尚さまってば、真昼間から堂々と不飲酒戒(ふおんしゅかい)を破って……」
と、リュウを除くハンター一同のところへとやって来ながら、キャロルが呆れて溜め息を吐いた。
カレンが笑う。
「まあ、いいじゃない? キャロルちゃん。こうやって1年に1度、あたくしたちがやって来たときくらいは」
「まあ、そうですね」
と同意したあと、キャロルは空を見上げた。
舞っているモンスター――小型のドラゴンを見ながら言う。
「モンスターは二流ハンターで倒せる程度……でしょうか。比較的人間を襲わないモンスターですが、何年か前に集団で桂月村に襲い掛かったことがあるので、充分注意してくださいね」
「そっか、二流ハンター程度か。んじゃあ、アタシたち一流ハンター以上が行くまでもないね」
と、サラ。
一流ハンター以上の者たち――シュウ、リン・ラン、カレン、リンク、レオンがそれに同意するのを見て、ユナが「ええっ」と声を上げた。
「あ、あたし二流ハンターだけど、集団で襲い掛かかられてきたら怖いよう……」
と涙ぐむ泣き虫のユナを見て、サラが溜め息を吐く。
「まだそんなこと言ってんの、ユナ? 集団で襲い掛かってきたって、あんたの炎魔法ぶっ放せば一撃だから大丈夫だって」
「せやでー、ユナちゃん」とリーナも続く。「そうやって、泣いて逃げてばっかりやからあかんのや。ほんまはもう、一流ハンターになれる力持っとるのに」
「ま、そうなんだよな……」と、シュウが苦笑しながらユナの頭に手を乗せた。「もう少し頑張れ、ユナ。おまえなら大丈夫だから」
「そ、そんなこと言われたってえぇ……!」と、ますます涙ぐんだユナ。「うっ……うえぇぇぇぇん、助けてパ――」
助けてパパ。
と泣き叫ぼうとした瞬間、サラの手に口を塞がれた。
「はい、すぐ親父に甘えない」
サラの手を剥がし、ユナを声を上げる。
「だってサラ姉ちゃん! だって、だって――」
「だってじゃない。あんたは新人じゃない一人前のハンターなんだから、しゃんとしな」
「……は…はいぃ……」
「よし。それじゃ、桂月村に行ってきな。夕方になったら交代を行かせるから」
「――って、ええっ!? あたし1人で!?」
と驚愕するユナに、サラが続けて言う。
「本当は同じ二流ハンターのリーナや新人のジュリ・ミカエルも行かせようと思ったんだけど、あんた甘えて逃げてばっかりになるだろうからね」
「で、でも無理だよ、あたし1人なんて!」
「無理じゃないってば」
「せやで、ユナちゃん。無理ちゃうで」と、リーナが溜め息を吐く。「てか、余裕やっちゅーねん……。夕方になったらうちが交代で行くから、それまで頑張ってや」
「む、無理! 無理無理無理無――」
と首を横にぶんぶんと振って抵抗するユナの手を引っ掴み、リーナが問答無用で桂月村まで瞬間移動で送り届けた。
数秒後、リーナだけが寺へと戻って来たのを見て、さっきまでのやり取りをずっと苦笑しながら聞いていたミカエルが口を開いた。
「なあ……、本当にユナは大丈夫なのか? ずいぶんと不安そうだったじゃないか」
「だから大丈夫だって。ユナに二流ハンター以上の力は充分ある。自分が逃げたら桂月村の人々が危なくなるっていうプレッシャーもあるし、逃げずに戦ういい機会だよ」
と、サラ。
ミカエルから夫・レオンへと顔を移し、
「さて、イ・ト・ナ・ミ・タ・イ・ム♪」
宿泊している部屋へと、うきうきしながらレオンを引き摺っていった。
続いてそれぞれが散らばっていく中、ミカエルの心配顔を見てリーナが笑う。
「だーいじょーぶやってぇ、ミカエルさま! ユナちゃん兄弟姉妹の中でミラちゃんの次に力あらへんっていったって、あのリュウ兄ちゃんとキラ姉ちゃんの子なんやで? 逆にモンスターの方が哀れやっちゅーねん」
「そうか……、それなら良いんだが」
「そうそう、そやで! ほな、うちらも食堂の中で宴会やってる皆の中に入ろうや! なあ、おかーん! うちにもビールゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
と、食堂の方へと張り切った様子で駆けていったリーナの後を追おうとしたミカエル。
数歩進んで立ち止まり、回れ右。
そして寺の門をくぐり、長い階段を下りて桂月村がある方へと向かって行った。
(陰から様子を見て、それで大丈夫そうだったら戻ってくることにするか……)
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