第42話 毎年旅行するんです


 ジュリ宅のリビングで毎月行われる誰かの誕生日パーティー。
 今月――7月は、シュウ&カレン夫妻の息子シュンと、レナの夫であるミヅキが主役である。
 シュンは8歳に、ミヅキは28歳になった。

 いつものように食っちゃ飲みして騒ぐ中、重く沈んでいるのが1人。

「うっ、うっ、ううっ…! リーナちゃん来てくれなかったようっ……!」

 ジュリである。
 ソファーの上、リュウに抱っこされているキラの膝に突っ伏して泣いている。

 キラがその頭を苦笑しながら撫でた。

「仕方ないと言えば仕方ないぞ、ジュリ……。先日のおまえのアレは、たしかに恐怖でしかない。リーナに恨まれていると思われるのも無理はないと、母上は思うぞ……」

 毎月誰かの誕生日パーティーに来てくれていたリーナが、この度初めてやって来なかった。
 最近来てくれていたミカエルもリーナに付き添っているのか、来ていない。
 2人からのシュン・ミヅキへのプレゼントだけが届けられた。

 リュウの右隣に座っているリーナの母・ミーナが溜め息を吐いて口を開く。

「済まないな、ジュリ。来るよう説得したのだが……」

「ほ、ほんまにごめんなあ、ジュリ」と、リーナの父・リンクも続く。「ジュリに恨まれとるから行かへんって、聞かなくてなあ」

「つか」

 と、リュウの左隣に座っているシオンが口を開いた。
 ジュリが顔を上げてシオンを見ると、そこには睨むように見下ろしてくる赤い瞳。

「(ローゼの前では、リーナに関することで)泣くなって言ってんだろ、ジュリ兄」

 シオンの隣で俯いているローゼを見、はっとしてジュリは涙を拭う。
 一方サラが、夫であるレオンと、息子の次男・ネオンに挟まれて酌をされながら口を開いた。

「にしても、リーナが家に来る予定だった今日、2番バッターの作戦実行しようと思ってたのに、これじゃあ駄目だね」

「まったくでちゅわ」

 と声をそろえて溜め息を吐いたのは2番バッター――シュウとカレンの娘の長女・カノンと次女・カリンだ。
 母親譲りの赤い髪に、祖母・キラそっくりなその顔立ちは、7歳ながら絶世の美少女。

「あたくちたちが、せっかくステキな作せんをかんがえてたのに」

「困ったわねえ」と続いて溜め息を吐いたミラ。「このままじゃ、来月のお盆の旅行にも来てくれないかも」

 そんな不安を口にした。

 ここ約10年、ジュリとその家族、リンク一家はお盆になるとそろって葉月島の離島へと旅行している。
 昔シュウとカレン、サラ、レオンが流刑にされた場所であるが、そこにはキラの亡くなった父の友人がいる。
 ちなみに、8月に誕生日を迎えるネオンと、リンクの誕生日パーティーもそこで行われている。

「大丈夫だ、それには絶対連れて行くぞ!」と声をあげたのはミーナである。「そこにはキラの命を2度も救ってくれた神の友人がいるのだから! 挨拶に行かぬなど、とんでもない! 何が何でも絶対に連れて行くぞ!」

 当然だ、とリュウが続く。

「神のご友人……、そう、タマ様に挨拶に行かねえなんてとんでもねえ! リンク、ミーナ、何が何でもリーナを引き摺って持って来い!」

 リンクとミーナが承諾する。

「ローゼ、うちの家族に深く関わった以上、今年はおまえも連れて行く!」

 ローゼも承諾する。

「そしておまえの兄――ミカエルもだ! 今年はいつものウチの家族21人とリンク一家3人、そして他2人を足した合計26人でタマ様のところへ行くぞ!」

 どうやら、今年はそういうことになるらしい。

 ミカエルも一緒となると複雑な気持ちなジュリだったが、その方がリーナに会える気がした。

(どうか、リーナちゃんが来てくれますように……)
 
 
 
 
 そして8月。
 毎年この季節になると10日間ほど修行に行くシュウが帰って来ると、世間はそろそろお盆休みに入ろうかという時期。
 ジュリとその家族、リンク一家、ミカエルとローゼは、旅行の準備が出来た者からジュリ宅の玄関先に集まっていた。

 大きなバッグにあれやこれやと荷物を詰め込み、ぞくぞくと玄関先に集まってくる一同をきょろきょろと見回しながら、ジュリは不安に駆られてしまう。
 リーナの父・リンクと母・ミーナはもう来ているのに、リーナの姿はまだ見当たらないのだ。

「大丈夫やで、ジュリ。リーナならちゃんと来るから」

 と、ジュリの胸中を察したリンクがそう言ってから間もなく、ジュリから少し離れたところにリーナがぱっと瞬間移動で姿を現した。
 その傍らには、ミカエルもいる。

「あっ…、リーナちゃんっ……!」

 来てくれたと、ほっと安堵して笑顔になったジュリの顔を、リーナが恐る恐るというように見つめる。

「ジュ…、ジュリちゃん、ひ、久しぶりやんなっ……」

 本当に久しぶりだった。
 約一ヶ月ぶりだ。
 こんなにリーナと顔を合わせないのも、口を聞かないのも、初めてのことだった。

 リーナがジュリの全身を見渡して続ける。

「か、身体とか体毛とか、元に戻ったようで良かった……。そ、その……、ジュリちゃん? せ、先月のあれは一体……? う、うちのこと、恨んどるんかなっ……!?」

 ジュリは慌てて首を横に振った。

「ち、違うよ、リーナちゃん! 僕がリーナちゃんのことを恨んでるだなんて、そんなこと絶対ないから!」

 そうだったかと、リーナが必死に否定するジュリを見て安堵する。
 そのあと、眉を寄せながら訊いた。

「何であんなことしたん? 察するに、マナちゃんの薬飲んだんやろうけど……」

「うん。グレルおじさんがね、男性はああいう姿が一番カッコイイって言ったから……。僕もカッコイイって思ったんだけど、リーナちゃんは気に入らなかったみたいだね、ごめんねっ……!」

「…………」

 あんたのせいかい、この天然バカ熊。

 と、旅行先で泳ぐ気満々なのか、海水ビキニパンツ+腰周りに浮き輪姿でいるグレルを、顔を引きつらせながら見つめたリーナ。

「あ、あの、リーナちゃん」

 とジュリの声が聞こえてきて、再びジュリに顔を戻した。
 そこには不安そうに揺れ動いている黄金の瞳がある。

「なんや、ジュリちゃん?」

「そ、その……」

「うん?」

「ぼ、僕のこと、まだ怖いかなっ……」

「え?」と首を傾げたあと、「ああ……、もう怖くないで。気にせんで、こっちに来いや」

 と笑ったリーナを見て、愁眉を開いたジュリ。
 リーナに近づこうと一歩前に出た時、ふとリーナの手元が目に入って足を止めた。

 いつもジュリの手を引っ張ってくれていた、リーナの小さな手。
 それは今、ジュリよりも一回り大きな手を握っている。

 ずきん、と胸が痛んだ。

 一瞬、忘れかけた。

(リーナちゃんの心が、僕の傍にないことを)

 現在のリーナの心は、ジュリではなく握っている手の相手――ミカエルを、想っている。

   顔をゆっくりと上へ向けて行き、ジュリはミカエルの顔を見上げて再び小さく口を開いた。

「お久しぶりです……、ミカエルさま」

「ああ、久しぶりだな、ジュリ」

 そう言って笑ったミカエルの顔も、久しぶりに見たジュリ。
 笑顔を返そうと思ったが、それは上手く作れなかった。
 優しいミカエルのことは、決して嫌いではないのに。

「仕事の方はどうだ、ジュリ?」

「えと……、リーナちゃんの弟子を辞めたあとは、父上の弟子として頑張ってます」

「そうか、リュウの弟子になったのか。リーナのときと比べてどうだ? 何だか、物凄く甘やかされている気がしてならないんだが……」

「リーナちゃんのときと比べて? うーん……、ほとんど戦うことがなくなりました」

「…………」

 ミカエル、苦笑。
 キラと共に一番遅れてやって来たリュウに顔を向ける。

「なあ、リュウ……」

「おう、悪い。キラとイトナミしてたら遅れた」

「するなよ、出かけ間際に……」

「うるせー。タマ様のところに行くと、普段よりイトナミする時間がねえんだ。今のうちにたっぷりやっておかねーと、俺が病気になんだろーが」

「……。……それで、ジュリのことなんだが」

「おう?」

「リュウの元では甘やかされ過ぎて、ハンターとして成長出来ないと思うんだが」

「あ?」

「ジュリに戦わせていないみたいじゃないか」

「仕方ねーだろ」

 と言ったリュウ。
 ジュリの頭に手を乗せ、心の中で続けた。

(リーナがミカエルのところへ行き、天然バカ師匠の作戦が大失敗してからというものの、ジュリはずっと気を落としたままだ)

 新たに師となったリュウに着いて、日々仕事に向かうジュリ。
 時々ボーッとしているし、溜め息は多い。
 そんな状態で戦わせたら危なかった。
 リュウの仕事のモンスターは、超一流ハンター用の中でも特に危険なものばかりだから。

 ローゼの前では笑顔でいるジュリだが、それは作り物でしかない。
 愛する息子の本当の笑った顔なんて、父親のリュウは当然知っている。

(今日リーナが来てくれたことによって、少しは元気になってくれればいいんだが……)

 と、リーナの手元に目を落としたリュウ。

(難しい……か)

 と、ミカエルの手をしっかりと握っているリーナの手を見て、小さく溜め息を吐いた。

 リーナが首をかしげ、リュウの顔を覗き込む。

「リュウ兄ちゃーん? 溜め息なんか吐いて、どうしたん?」

「いや……」と小さく返し、リュウは手をジュリの頭の上からリーナの頭の上に移動させた。「全員集まったから、瞬間移動頼む」

「合点承知之助やで!」

 と、承諾したリーナ。
 一同が「レッツゴォォォォ!」と声を揃える中、葉月島本土から旅行先に向かって瞬間移動した。
 
 
 
 
 というわけで、ほんの1秒後。
 ジュリ一同は、葉月島本土から南に800km地点にある離島へとやって来た。
 瞬間移動して来た場所は桟橋の上で、最初に一同の目に入ったのは青く輝く海。
 真っ先に聞こえてきたのは穏やかな波の音と、その短い生涯を精一杯生きるセミたちの声。

 初めてこの場所へとやってきたミカエルとローゼは、青く輝く海を見渡して早速はしゃぎ出した。

「おお、いいところじゃないか! おっ、あれナマコかっ?」

「にゃあぁ、海とっても綺麗ですにゃーっ! あっ、お魚見えますにゃっ!」

「おい、あんまりはしゃいでっと海に落ちっぞ」

 とシオンがローゼの手を引く一方、サラとカレンが腕を組んで海から山の方へと身体の向きを変えた。
 その目線の先の山には長い階段があり、それを上り切ると寺がある。

 そこには和尚であるタマと、それからもう一人、レッドドッグというイヌ科のモンスターのハーフである、キャロルという尼僧がいる。
 昔はシュウやその妹たち、カレンと一悶着起こしたことがあった問題児のキャロルだったが、今ではすっかりタマの元で更正され、一人前の尼僧としてこの離島で人々を救っている。
 サラとカレンの、とても仲の良い友人だ。

「早くキャロルのとこに行こ、カレン!」

「ええ、行きましょう、サラ! キャロルちゃん、元気にしているかしら!」

 と、サラとカレンが腕を組んだままスキップし、タマとキャロルのいる寺へと向かって行く。
 その後方を、リュウを先頭に他の一同も着いて行く。

 寺へと続く階段を中央まで上ったとき、猫の耳を持つ一同にタマとキャロルの声が聞こえてきた。

「のう、キャロル。この新調したばかりの私の袈裟、どうじゃ?」

「どうって……。何で毎年この時期にわざわざ僧衣を新調するんですか、和尚さま。しかも、やたらゴージャスな物ばかりに」

「だ、だってリュウたちが来るから…その……」

「その、何です? 格好付けたいんです?」

「そ、そそそ、そんなんじゃないもん!」

「はい、嘘吐いた。不妄語戒(ふもうごかい)に反しますよ、和尚さま」

「う、嘘なんかじゃ――」

「まったく、バッカみたい。何着たって一緒なのに。お金を無駄遣いしないでください」

「な、なんじゃとう!? 師に向かって生意気なっ!」

「――いったぁーいっ! 何するんですか、このハゲ頭っ!」

「ハゲではなく坊主だ! って、そういうおまえも坊主ではないかキャロルっ!」

 なんて2人の会話を聞きながら、猫耳を持つ一同がくすくすと笑う。
 キャロルとタマのコンビのやり取りは、昔から変わっていない。

 サラが寺に向かって叫ぶ。

「キャッロルーーー! ターマちゃーーーん! 来ったよぉおおぉおおぉぉぉおおおぉおぉぉおお!」

「あっ、来た!」

 と、猫耳を持つ一同の耳に聞こえてきた、キャロルとタマの声。
 それから少しして、寺の門のところに2人が姿を現した。

 純粋なブラックキャットであるタマには、黒猫の耳と尾っぽ。
 レッドドッグのハーフであるキャロルには、赤い犬の耳。

 タマの実年齢は今年で72歳だが、純モンスター故に大人になってからは老けることなく、外見年齢は25歳ほど。
 サラやカレンと同い年で、今年で27歳のキャロルも、ハーフ故にまだ20歳の頃から外見が変わっていない。

「皆さま、ようこそいらっしゃいました。今年も心よりお待ちしておりました。どうぞ御緩りと」

 と、僧衣を身にまとった姿で合掌し、挨拶をするキャロルの姿は、すっかり様になっている。

 その傍ら、「タマ様!」と声をあげ、瞳を輝かせたリュウを階段の上から見下ろしたタマ。
 こほん、と咳払いをして口を開く。

「うむ……、来たかリュウ。待っていてやったぞ」

 と仁王立ちして言ったタマの足を、キャロルが踏んづける。

「――って、いった! な、何をするキャロル!」

「そんな偉そうに挨拶をする僧がありますか。ちゃんとしてください、和尚さま」

「わ、わ、わ、分かってるもんっ……!」

 と、タマもキャロルに続いて合掌したあと、寺の門のところで合流した一同。
 リュウがタマを目の前に熱く賛美する一方、野生のブラックキャットたちが次から次へと寺に姿を現す。

 純粋なブラックキャットは相手が闇の力を持っていると、それが分かるもの。
 葉月島本土のブラックキャットよりも強いと言われている、この島のブラックキャットたちは、尚更それを強く感じることが出来る。
 それ故に、ここで生まれ、仲間たちの中でも飛びぬけて強かった父親・ポチの力を受け継いだキラがこの地に足を着けた途端、この島のブラックキャットたちは分かるのだ。

 キラが来たと。
 あの、とても強く優しく、人間からも仲間からも慕われたポチの娘が来たと。

  「す…凄いな……、今年も」

 と、キラは集まったブラックキャットたちに崇拝されながら、毎年のごとく苦笑してしまう。
 その傍らで、「そうですね」と同意したジュリ。
 キラに向かって頭を下げているブラックキャットの中から、とある一匹を探す。

 そして、「あっ」と声を上げると共に、本堂の近くを指差した。

「ハナちゃん、みーつけた!」
 
 
 
 
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