第43話 『2番バッター、いくのでちゅわ!』 前編


 世間はこれからお盆休みに入ろうか頃。
 ジュリとその家族、リンク一家、ミカエルとローゼは、葉月島本土から南に800km離れたところにある、離島へと旅行に来ていた。

 そこにある寺の門のところ、リュウが神(キラの父・ポチ)の友人、タマを目の前に、合掌しながら賛美している。

「ああ、タマ様……! 今年も何と神々しい……!」

 と瞳を輝かせるリュウに、家族や仲間一同は苦笑してしまう。
 高僧のタマではあるが、あまりそんな感じはしなくて。
 一体リュウの目にはどのようにタマが映って見えているのか、謎で仕方ない。

 一方、ふふふ、とタマが照れくさそうに笑う。

「どうじゃ、リュウ? この私の新調した袈裟は」

「おお、何と素晴らしい金糸の刺繍だ……! こんな美しい袈裟、見たことねえ……! そう、まるでタマ様のために誂えたかのような……!」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 と、満足そうにうんうんと頷くタマの傍ら。

 あちらこちらから集まってきた野性のブラックキャットたちに一斉に頭を下げられ、キラはまた苦笑してしまう。
 ここの島の生まれで、人間にも仲間にも慕われたポチの娘だからとはいえ、その態度はあまりにも大袈裟で。

「す…凄いな……、今年も」

 そんなキラの言葉に同意したジュリ。
 キラに向かって頭を下げているブラックキャットの中から、とある一匹を指差して声を上げた。

「あっ! ハナちゃん、みーつけた!」

 とのジュリの声に、ジュリの指している方――本堂の近くに顔を向けた一同。
 そこには黒髪のお下げを垂らした、メスのブラックキャットがいた。

 その名をハナ。
 外見年齢は15歳から17歳と童顔だが、実年齢は70歳である。

 キラに向かって下げている頭を元気良く上げるなり、ハナがきらきらと瞳を輝かせてジュリ一同を見渡す。

「ほあぁあぁーっ、今年も一部除いて美しいご一行だべぇぇぇ……! 眩しくてオラの目ん玉つぶれそうだあぁ……!」

「やっぱり出たか、田舎猫」

 と溜め息を吐いたのはリュウだ。
 ハナがうんと大きく頷き、リュウの元へと駆けて来て跪く。

「今年も待ってましたべ、ご主人様。約10年前、腹イタで死にそうになっていたところを助けてもらって以来、オラの中で主はあなた様だけなんだべ」

 ハナのそんな言葉に、リュウに続いてキラが溜め息を吐いた。

「相変わらずだな、ハナ。リュウは私だけの主だと、リュウも私も毎年言っているではないか……。おまえのそれさえなければ、私はおまえのことが好きなんだがな」

「オラはキラ様のこと大好きだべよ」

 そう言って無垢な笑顔を見せるハナに、キラは苦笑するしかない。
 どうも憎めなくて。

 ジュリがハナのところへと向かい、荷物の中から小さな紙袋を出して差し出す。

「はい、ハナちゃん。今年のお土産!」

「うちもあんで、ハナちゃん!」

 と、リーナもジュリに続いた。

 ジュリ一同が毎年やってくると、色々と世話を焼いてくれるハナ。
 リュウを飼い主と慕う一方、ジュリやリーナと仲が良かった。
 ジュリもリーナも、小さい頃からハナに遊び相手をしてもらっていたせいか、よくハナに懐いている。

 ジュリとリーナからハナへの土産は、毎年決まってお下げの先に飾り付けるヘアアクセサリーだ。
 それを手にして喜んだあと、ハナがジュリとリーナ、リュウ、キラの荷物を両手に掴んだ。
 大量の酒類もあるから相当重いのだが、ハナはそれを突然野太い声を上げながら持ち上げる。

「ふぬあーーーっ!!」

「――!?」

 初めてこの島へとやって来たミカエルとローゼが思わずびくっと肩を震わせると、ハナがそちらに顔を向けた。

「おんやー、これまた美しい新入りさんだべーっ。どちらさん方だ?」

「ミカエル王子さまとローゼ王女さまだよ、ハナちゃん」

 と言ったジュリの顔を見たあと、再びミカエルとローゼに目を戻したハナ。
 みるみるうちに顔が驚愕していく。

「お、おおお、王子さまと王女さまぁぁあああぁぁああぁああぁぁあ!? すっげえー、オラ初めて見たべ! ささ、お荷物オラがお持ちしますべ!」

 王子と王女が来たと、続いてタマとキャロルが驚愕してしまう中、ハナがミカエルとローゼの手から荷物を取って寺の中へと入っていく。
 ジュリ一同がタマとキャロルに本堂の中へと案内される一方、ハナはせっせとジュリ一同の泊まる部屋へと荷物を運んでいく。
 それが終わったら寺の台所を借りて茶を用意し、本堂にいるジュリ一同のところへと持っていく。

 ハナが本堂の中に入ると、リュウがタマにあれやこれやと高級品の土産を渡しているところだった。
 まずリュウの膝元に茶を置いたあと、その周りでくつろいでいる一同に茶を渡して回ったハナ。
 最後にジュリに茶を渡し、その傍らに腰掛けた。

「ありがとう、ハナちゃん。僕、ハナちゃんの淹れてくれるお茶大好きなんだ! おいしくて」

 そう言って言葉通りおいしそうに茶を啜るジュリを見て微笑んだあと、ハナは口を開いた。

「ジュリちゃん、今年からハンターになったんだべ?」

「うん、そうだよ」

「誰のお弟子さんになっただ?」

「今は父上の弟子なんだ。ちょっと前までは、リーナちゃんの弟子だったんだけど……」

 そう言って一瞬だけ微笑し、ジュリがまた茶を啜る。

 その横顔を見て、異変を感じたハナ。
 離れたところにいるリーナに目を向けたあと、再びジュリに顔を戻した。
 小声になって訊く。

「リーナちゃんと何かあったんだべか?」

「う、うん……。僕、リーナちゃんの婚約者じゃなくなっちゃったんだ」

「えっ……?」

 とハナが困惑した直後、カノン・カリンが小声で割り込んできた。

「だからジュリお兄ちゃまは、これからあたくちたち2番バッターの作せんでリーナちゃまをとりかえすのでちゅわ!」

「取り返す?」

 と鸚鵡返しに訊いたハナ。
 再びリーナの方へと顔を向け、そのすぐ傍らにいるミカエルを見て察する。

(ああ……、そんなことになってしまっただね)

 ハナが立ち膝になって手を伸ばし、ジュリの頭を胸元に抱き寄せた。

「オラには何があってそんなことになってしまったのか分からねえけんども……、可哀想にな、ジュリちゃん……」

「自業自得ってやつなんだ。僕がバカだったから……」

 ジュリとハナの顔を交互に見たカノン・カリン。

「ああもうっ、インキくちゃいのでちゅわ!」

 と声を上げたあと、はっとして口を押さえた。
 リーナの視線を感じながら咳払いをし、再び小声になって続ける。

「うじうじジメジメしないでほちいのでちゅわ、ジュリお兄ちゃま。ナメクジじゃあるまいち。あたくちたち2番バッターが何とかちてあげるって言ってるじゃないっ」

「う、うん、ごめんね、カノン・カリン。それで、カノン・カリンはどんな作戦を考えてくれたの?」

「いいこと、ジュリお兄ちゃま」

 と、カノン・カリンがジュリの耳元に口を近づけると、近くにいた2人の両親――シュウ・カレンと、それからハナも耳を近づけた。
 カノン・カリンがさらに小声になって続ける。

「ジュリお兄ちゃまがミカエルおうじちゃまにリーナちゃまをとられてから、まだ一ヶ月ほどちかたっていないでしょ?」

 うんうんと頷く、ジュリとシュウ、カレン、ハナ。

「あたくちたちは、10年以上もジュリお兄ちゃまを思いつづけたリーナちゃまが、そうカンタンにジュリお兄ちゃまをわすれられるわけがないとおもうのでちゅわ」

「そういうもん?」

 と、カレンの顔を見ながらシュウが訊いた。
 カレンが少しの間考えてから答える。

「そうかもしれないわね」

「ええっ!? じゃあ何、おまえ親父に振られてからもしばらく親父に恋してたの……!?」

「ちょ、ちょっとアナタ! そーゆー話を娘の前で――」

「まあ、お母ちゃまったら、おじいちゃまにふられたのっ?」

 と、カレンの言葉を遮ったカノン・カリン。
 一瞬カレンの胸元を見つめたあと、納得したようにうんうんと頷いた。

「まあ……、仕方ないとおもいまちゅわ」

「……」

 顔を引きつらせるカレンを見、シュウが慌てて話を戻す。

「そ、それで、カノン・カリン? おまえたちはジュリのために、どんな作戦を考えたって?」

「まあ、いけない。はなちがズレてちまいまちたわ。ついでだから、お父ちゃまもおぼえておくといいのでちゅわ」

「お、おう?」

 こほんと咳払いをし、カノン・カリンが続ける。

「いいこと、ジュリお兄ちゃま、お父ちゃま。レディというものは、あまーいコトバによわいのでちゅわ」

「甘い言葉?」

 とジュリが鸚鵡返しにする傍ら、カレンが頬を染めて同意する。

「そうそう、そうよね! あまーい言葉、言われたいわよねっ♪」

「本当、脳内乙女だなあ、おまえたち……」

 とシュウが苦笑してしまう中、カノン・カリンも頬を染める。

「ええ、言われたいのでちゅわお母ちゃま! ダレにって、もちろんおじいちゃまに!」

 と、黄色い声を上げて顔を両手で覆った2人。
 リュウの方へと駆けて行きながら、ますます黄色い声を上げる。

「おじいちゃま、あたくちたちにあまーいコトバをささやいてくだちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 そんな2人の背を見送りながらシュウが、

「ああ……、なんでお父ちゃまじゃなくて、おじーちゃまが好きなんだ我が娘たちよ……」

 と涙目になる傍ら、ジュリは「へぇ」と声を高くした。
 そのあと、ハナの顔を見つめながら訊く。

「他の女の子も――ハナちゃんも、そういうものなの? あまーい言葉、囁かれたいもの?」

「えっ?」と、短く声を上げ、リュウの方を見つめたハナ。「…うん……、オラも男性にあまーい言葉囁かれてみたいべえ……。こう、ろまんてっくな場所で、2人きりのときに、肩を抱かれながら、ふと耳元でなあ……」

 と、その場面を想像しているのか、恍惚とした。

 その様子を見て、再び「へぇ」と声を高くしたジュリ。
 リーナの方を見つめたあと、覚悟を決めて、うんと頷いた。

(よしっ、リーナちゃんを再び振り向かせるよーな、あまーい言葉を囁くぞっ……!)
 
 
 
 
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