第39話 スッポン女 前編


 梅雨が明けたばかりの7月の半ばすぎ。
 ハンターの仕事から帰ってきた一同が昼食を食べてまた仕事へ向かったあと、ローゼはシオンの部屋から裏庭を見下ろしていた。

 そこには青・赤・茶と三色の頭がある。

 青はサラとレオンの間に出来た長男・シオン。
 赤はシュウとカレンの間に出来た長男・シュン。
 茶はレナとミヅキの間に出来た長男・セナ。

 隔世遺伝で祖父(リュウ)そっくりな顔立ちで産まれてきたチビリュウ3匹だ。
 その中で一番年上のシオンは真剣を、真ん中のシュンは木刀を、一番年下のセナは竹刀を持ち、ローゼに横顔を見せる形で素振りしている。

 その表情は皆、真剣そのもの。
 ときどき汗が飛び散る。

(こうして見ると、悪くないですにゃ……)

 3匹のうち、シオンを見つめるローゼの胸が少しだけ鼓動を上げている。

(喋ると嫌な奴だけどにゃ…。って……!?)

 ふとシオンの赤い瞳に捉えられ、ローゼの頬がぼっと染まる。

 シオンが素振りを中断し、口を開く。
 窓は閉まっていたが、ローゼの白猫の耳にはその声が聞こえてくる。

「何見てんだよ」

「み、み、み、見てなんかないですにゃ!」

「窓開けて言えよ。俺の聴力は人間並なんだから聞こえねーよ」

 シュンとセナにも見つめられる中、窓を開けたローゼ。
 声を上げる。

「み、見てなんかないって言ってるんですにゃ! 自惚れんなですにゃ!」

 ローゼの様子を見て、シュンがシオンに顔を向けて訊く。

「何、おまえら今ケンカしてんの?」

 セナが続く。

「わかい分、ケンタイキはえーなあ」

 ローゼははっとして口を塞いだ。
 このジュリ宅に泊まるため、皆にはローゼがシオンの恋人だと偽っているのだ。

「そんなんじゃねーよ」とシュンとセナに返したあと、シオンがローゼを見て訊く。「何か用か」

「え、えとっ…、そのっ……!」

 何て言おうかと、ローゼは必死になって考える。
 シオンに見惚れてた、だなんて本当のことは言えなかった。

「み、3日後のシュンさんのお誕生日プレゼントは何がいいかと思ってっ……!」

「オレの誕生日プレゼント? とくに希望はねーな」

「じゃ、じゃあ、適当に買ってきますにゃっ! ローゼ、お父上からたくさんお金もらってるから気にしないでくださいにゃっ!」

 と言うなり、ローゼが逃げるように窓から顔を引っ込めた。

「おい、ローゼ」

 と呼び止めたシオンの声が聞こえているのか聞こえていないのか、ローゼは財布の入ったバッグを持ってシオンの部屋を飛び出して行った。

「ったく……」

 とシオンが背に剣を戻したのを見て、シュンが訊く。

「なんだよ、シオン……、おまえ剣じゅつサボってローゼについてく気か?」

「1匹じゃ危ねーだろ」

 シオンのそんな台詞に、シュンが短く失笑した。

「スッポン女なんて、ダレもねらわねーっつの」

「……」

 気色ばんだシオン。
 己もローゼのことを『スッポン女』なんて言ってからかうが、最近己以外の誰かに言われると無性に腹が立つ。

「うるせー、シュン。そーゆーおまえのお袋だってスッポン女だろうが」

「んなこと――」

「しかも貧乳」

「あ……?」と、シュンの顔も気色ばむ。「てめー、もういっぺん言ってみやがれ」

「貧乳。おまえのお袋、ド貧乳女」

 次の瞬間、シュンの拳がシオンの頬を強打した。

「ってえな、コノヤロウ!」

 とシオンがシュンを殴り返し、始まった喧嘩。

 チビリュウ3匹はリュウと同様に、火・水・風・地・光の力を受け継いでいる。
 シオンが炎魔法を連打するなら、シュンはそれの弱点――相対する水魔法を連打する。
 シオンの炎魔法が敷地の外に広がっている森の木を燃やし、シュンの水魔法が屋敷の窓を突き破って中を水浸しにする。

 飛んでくる炎や水をひょいひょいと避けながら、溜め息を吐いたセナ。

「くだんねーことでケンカしてんじゃねーよ」と言ったあと、破壊された窓から屋敷の中へと向かって声を大きくする。「おーい、ばーちゃーん。こいつらうるせーからとめてくれねー?」

 少しして、玄関から出て庭から裏庭の方へと歩いて行き、チビリュウたちの前に姿を現したキラ。
 炎が向かってこようが水が向かってこようが、それらの魔法はキラの桁外れの莫大な魔力により、到達する前に掻き消される。

 シオンとシュンがキラの目の前で再び殴り合いを始め、キラが眉を吊り上げる。

「こら、おまえたち。何を揉めているのだ」

 と、キラに首根っこを捕まれて引き剥がされ、完全に頭が血が上っていたシオンとシュンははっとしてキラの顔を見た。

「――さ、さすが絶世の美女・ばーちゃん…! 美しいぜ……!」なんて揃って本音を述べたあと、互いを指差して続ける。「こいつが悪いんだよ! ――って、んだとコラ! てめーだろうが!」

 と胸倉を掴み合った2人を、キラは溜め息を吐いて再び引き剥がす。

「止めぬか、シオン、シュン。おまえたちはリュウそっくりだからな。どっちもどっちだということは分かる。それより」と、キラはシオンの顔を見て訊く。「ローゼはどこへ行ったのだ、シオン? 止める間もなく外へ駆けていってしまったんだが、急用か?」

 はっとしたシオン。
 ポケットの中から携帯電話を取り出し、ローゼに電話を掛ける。

 が、

「ん? シオンの部屋で電話が鳴ってるな」

 と、黒猫の耳をぴくぴくとさせながらキラ。
 それを聞いたシオンが顔を引きつらせる。

「充電したままかよ…! ちゃんと持ってけってんだ、あのバカ……!」と、己の身体に治癒魔法を掛けながら、シオンは葉月町の方へと向かって走って行った。「俺、ちょっと出掛けて来るわ」

 そう言い残して。
 シュンも己の身体に治癒魔法を掛けながら、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ふん、シオンのやつ、本気でやりやがって」

 シオンとシュン。
 2つほど年齢が離れている2匹のバトルは、年上のシオンの方が押していた。
 よって、シュンの方が多く傷を負っている。

 シオンが駆けて行った方を見つめながら、シュンは呟いた。

「あいつ、マジでローゼにほれてんだな……」
 
 
 
 
 ジュリ宅と葉月町は一本道で繋がれている。
 財布の入ったバッグを引っ掴み、ジュリ宅から逃げるように飛び出してその道を駆けているローゼ。

(自惚れんなですにゃ自惚れんなですにゃ自惚れんなですにゃ!)

 頬が染まっているのは、全速力で走って身体が火照っているから、だなんて理由ではなさそうだった。

(見惚れてなんかないですにゃ、見惚れてなんか! 見惚れてなんかっ……)

 葉月町の入り口、ローゼの足が止まる。

(…見惚れてなんか、いたけど……、ちょっとだけ……)

 シオンの姿を思い浮かべ、ローゼの胸が鼓動をあげる。

 シオンは口を開けば憎まれ口ばかりだ。
 でも優しくて、真剣に剣術に打ち込んでいる姿は正直格好良いと思った。

『スッポン女』

 なんて1日5回は聞いているだろうシオンの声が急に頭に浮かんできて、ローゼはぶんぶんと首を横に振る。

(前言撤回ですにゃ! ローゼはあんな奴になんか、見惚れてないのですにゃ!)

 そういうことにして、ローゼは葉月ギルドの右隣にある店――レナ・ミヅキ夫妻が経営するドールショップへと向かって行った。
 今月はシュン8歳と、それからミヅキ28歳の誕生日パーティー。
 ミヅキに誕生日プレゼントの希望を訊きに行くのだ。

「いらっしゃいませー」

 と笑顔で出迎えてくれたのは、ジュリの姉で三つ子の一番下の子――七女・レナだった。

「こんにちはですにゃー♪」

「あれ、ローゼさま! どうしたの?」

「ミヅキさん居ますかにゃ?」

「ミヅキくんなら奥のドール工房で作業してるから、ちょっと呼んで来るね」

 とレナが店の奥へと入って行ったあと、ローゼは店内を見回した。
 ミヅキが作ったドールに、ドールのドレス、ドールウィッグ、ドールアイ、小物などがたくさん並べられている。
 レジの脇には看板息子のシュウドールと、看板娘のレナドールが飾られている。
 どちらもモデルとなった本人にそっくりだ。

 シュウドールの両手を摘み、バンザイさせたローゼ。

「フィーバァァァァァァァァァァァァァ♪」

 なんて実際のシュウの真似て遊んでいたら、レナがミヅキを連れて戻って来た。

「ぼくに何か用かな、ローゼさま」

 と、おかしそうに笑いながらミヅキ。

「はいですにゃ、ミヅキさん! お誕生日プレゼント、何が良いかと思いまして」

「え、ぼくの? そうだなあ、気持ちだけもらっておくよ」

「そうは行きませんにゃ! ローゼお父上からたくさんお金送られてきてるので、気にしないでくださいにゃ」

「そう? それじゃあ、うーん……、今日発売のドール雑誌がいいかな」

「それって、ミヅキさんとレナさんのお部屋の本棚にたくさん並べられてる雑誌のことですかにゃ?」

「そそ、あれがいいな」

「そんなのでいいのですかにゃ?」

「うん、あれがいいよ」

「分かりましたにゃ! ローゼ、本屋さんに行ってきますにゃ!」

 と戸口へと向かって行ったローゼ。
 ドアノブに手を掛けたとき、もう一度振り返る。

「あ、シュンさんへのプレゼントは何がいいと思いますかにゃ? 特に希望はないって言われたけど、ローゼ何がいいのかさっぱり分かりませんにゃ」

「あー、シュンのプレゼントかあ」と、レナ。「シオン・シュン・セナはパパ似だから、武器屋とか防具屋とかに行ってみるといいのが見つかるかも」

 ローゼは承諾して、レナとミヅキのドールショップを後にした。
 近くの本屋へと向かって行ってミヅキへの誕生日プレゼントを買い、武器屋と防具屋の方へと向かって行く。

 だが、途中でローゼはきょろきょろとしながら立ち止まった。

「武器屋さんと防具屋さんって、どこだったかにゃ……」

 こうしてローゼが葉月町を1匹で歩くのは初めてのことだった。
 少しの間困惑したあと、はっとしてバッグの中を覗く。

「ここは誰かに電話して道を訊いてみるのですにゃっ」

 だが、携帯電話は入っていなかった。
 シオンの部屋で充電中だったと思い出す。

「…ロ…ローゼ迷子の子猫ちゃんですにゃあぁぁぁっ……!」

 と、おろおろとしてしまうローゼ。
 その目の前に、2人の男が立ちはだかった。

「ねぇー、泣きそうな顔してどうしたのー? 尻尾生えてないってことは、ホワイトキャットのハーフ?」

「にゃ……?」

 と、ローゼはその2人の男の顔を見上げる。
 年は20歳くらいだろうか。
 身体つきや服装からすると、ハンターを思わせた。

「あ…、えと、武器屋さんと防具屋さんの場所が分からなくて……」

「あー、武器屋と防具屋ね! オレたちよく知ってるから案内してあげるよー」

 と、にこっと笑った2人の男。
 ぱっと笑顔になったローゼ。

「ありがとうございますにゃ!」

 と、その2人の男に着いて行った。

(世の中には親切な人がたくさんいますにゃん♪)
 
 
 
 
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