第40話 スッポン女 中編


 ローゼから5分ほど遅れて自宅屋敷を飛び出したシオン。
 キラの銅像前――葉月町の中央で辺りを見回してローゼの姿を探したあと、すぐ近くの葉月ギルドへと入って行った。
 リュウに代わってギルド長の仕事をこなしている副ギルド長・リンクを訪ねる。

「え、ローゼさま? ここには来てへんなあ」

 とのリンクの返事を訊いたあと、今度は葉月ギルドの右隣にあるレナ・ミヅキ夫妻の経営するドールショップへと入って行った。
 ローゼを知らないかと訊くシオンに、シオンの叔母でセナの母であるレナが答えた。

「ああ、ローゼさまならついさっき来たよ。5分前くらいかな。ミヅキくんの誕生日プレゼント、何がいいか訊きに」

「で、どこ行ったっぽい」

「たぶん本屋かな。それか、セナのプレゼント買いに武器屋か防具屋だと思うよ」

 それを聞くなり、シオンはドールショップを出て本屋へと向かって行った。
 気が揉めてしまう。

  (スッポン女だなんて、家の中だけの話だ……)
 
 
 
 
 葉月町を歩いていたら、目の前に現れたハンターらしき男の2人組。
 道に迷っていたローゼは、道案内してくれるというその2人に着いて行った。
 そして無事に目的地――武器屋と防具屋でシュンへの誕生日プレゼントを買い終わり、店の外へと出たローゼ。

 そこにまだ立っていた2人に笑顔で頭を下げた。

「どうもありがとうございましたにゃ。とても助かりましたにゃ」

 では、と去ろうとしたローゼの腕を2人が掴む。

「待ってよー。これからヒマ? どこか遊びに行かない?」

「にゃ?」

 と首をかしげたローゼ。
 にこにこと笑っている2人の顔を見たあと、戸惑いながらも誘いに乗った。

「そ…、それじゃあ、少しだけ……」

「じゃー、まずカラオケ行こっかカラオケー!」

 と、ローゼは2人に腕を引っ張られていった。

 2時間に渡ってカラオケを楽しんだあとは映画を見て、時刻はすっかり夕刻。
 葉月町の中央――キラの銅像前、ローゼは赤く染まっている空を見て立ち止まった。

「そ…そろそろ、ローゼ帰りますにゃ。みんな心配するからっ……」

「えー? いーじゃん、もうちょっとー。飲みに行こうよ、オレたちが奢るからさー!」

「で、でも、ローゼは――」

 まだ10歳だから飲めない、と言おうとしてローゼは口を閉ざした。
 ふと、先日シオンに嫌がらせをされたことを思い出して頬を膨らませる。

(ローゼより年下のクセに、お酒飲みやがって生意気なのですにゃ! まだ飲めないローゼを目の前にニヤニヤ嫌味に笑いやがって、ムカつくのですにゃ!)

 どうやら予想通りハンターらしい2人の顔を見上げ、ローゼは声を大きくした。

「分かりましたにゃ。ローゼ、飲みに行きますにゃ!」

 猫モンスター好きな現在の王が即位してからというもの、葉月町には猫モンスターが働ける店が増えた。
 美少女猫店員のいる飲み屋には、王がこっそり顔を出しているとか出していないとか。

 猫店員だらけの居酒屋に連れて来られたローゼ。
 飲み放題で猫モンスターの舌にさらに合うように改良されたビールを注文し、一気飲みする。

「ぷはぁーっ」

「どんどん飲んで、どんどん! 飲み放題だしオレたちの奢りだし、気にしなくていいからさ!」

 というハンターの男2人の言葉に乗せられ、次から次へとビールを飲んで行くローゼ。
 普通のビールよりもアルコールが強いそれは、ハーフのローゼといえどジョッキで7杯も飲めばほんのり頬が染まる。

「ねー、しつこいようだけどさー、本当可愛いよねー、ローゼちゃんて。すげー美少女がいるって、びっくりしよオレたちー」

 今日1日何度も言って来るその台詞に、ローゼは笑顔を返す。

「ありがとうございますにゃ♪」

 正直、褒められることは嬉しかった。
 普段が普段なだけに。

(いい人たちですにゃ。スッポン女、スッポン女って言う誰かさんとは大違いなのですにゃ)

 ローゼの向かいと隣に座っているハンターの男2人のうちの、隣の男が訊く。

「ローゼちゃんハーフってことはさー、親のどっちかハンターなんだよね?」

「はいですにゃ。一応お父上がハンターの資格持ってるみたいですにゃ。普段ハンターの仕事はしてないけど」

「ふーん? 別の仕事してるんだ。よくいるんだよね、ハンターの仕事が辛くて辞めてっちゃう人」

「いえ、お父上は……(王だからハンターの仕事するわけには……)」

「比べてオレたちってもうハンター歴4年になるし、結構根性あんのかもー」

「何流ハンターさんなのですかにゃ?」

「二流だけどね」

「わあ、それでも凄いですにゃ」と声を高くしたローゼ。「ムカつく奴がいるから、ギャフンと言わせてほしいですにゃ」

 そう言って、ふんと鼻を鳴らした。

「え、何、ローゼちゃん変な奴に付き纏われてんの? いいよー、オレたちがボッコボコにしてあげる」

「……や…やっぱりいいですにゃっ……!」

 と、ローゼは少し狼狽しながら返した。
 シオンが傷付くのは見たくないと思った。

(ムカつくし、嫌な奴だけどにゃ! それでも……)

 やっぱり見たくない。

「そ?」

「は、はいですにゃ」

「そっかー。じゃあ止めとくー」

 との返事を聞いて、ローゼは小さく安堵の溜め息を吐く。

「……あ、ねえ、次何飲んでみるー? ここのは猫モンスターの舌に合わせてるから、ビールじゃなくても美味いと思うよー」

「じゃあ、何か甘いのくださいにゃ」

「カクテルねー、分かったー」

 運ばれてきた甘いカクテルを飲みながら、店内の時計を探したローゼ。
 壁に掛けられたそれを見つけると、午後8時を回っていた。

(飲み終わったら、すぐに帰らないと……)
 
 
 
 
 葉月町を駆け回ったあとキラの銅像前で立ち止まり、携帯電話で時刻を確認したシオン。

(9時過ぎだっつのに、まだ見つからねえっ…! どこのカスヤロウに捕まりやがった……!)

 顔に伝った汗を腕で拭い、葉月町を行き交う人々を見渡す。
 必死にローゼを探す。

 嫌な予感に襲われる。

(また間に合わねえのかよ、俺…! 舞踏会のときみたいに、また守ってやれねえのかよ……!)

 あれは今月の頭の舞踏会のときのこと。
 ミカエルの母と姉、妹から、ローゼを守ってやれなかった。
 助けたけれど、ローゼはすでに暴行を受けていた。
 間に合わなかった。
 もっと早く己が駆けつけてればと、シオンは悔やんだ。

(あんな思い、二度とごめんだ!)

 とシオンが再び走り出そうとしたとき、ポケットの中で携帯電話が鳴った。

 もしかしてローゼからかもと急いで取り出してみると、そこにはローゼの兄であるミカエルの名前が出ていた。
 兄であるミカエルには連絡が行くかもしれないと思い、昼間シオンはミカエルにローゼがいなくなったことを伝えていた。
 それ以来ミカエルと、それから一緒にいたリーナも、シオンと手分けしてローゼを探している。

 シオンが口を開く前に、ミカエルの声が聞こえてきた。

「もしもし、シオンか!? たった今、ローゼらしき女の子を見たって情報を得たぞ!」

 その奥からリーナの声も聞こえてくる。

「ローゼさまをどこに連れ込もうとしとんねん! ナンパヤロウ、見つけ次第絞め殺すでえぇぇええぇぇええぇぇええぇぇえぇぇえ!!」

「お、落ち着けリーナ」と、ミカエル。「シオン、それでそこの場所なんだが……」

 シオンはミカエルの言葉を聞くなり駆け出した。
 もう何時間も走っているが、疲れただなんて言ってられない。
 ローゼが危ない目に合っているかもしれないのだ。

 着いた場所はブティックホテル・ラブホテルばかりが並んでいる通り。
 シオンがリーナとミカエルを見つけたとき、2人は通行人を引き止めてローゼの情報を聞き出しているようだった。

「おい、ローゼは!?」

 シオンが2人のところへ駆けて行きながら訊くと、リーナがシオンを手招きしながら駆け出した。

「こっちこっち! こっちやて、シオン! ローゼさまらしき子が2人のハンターに連れ込まれてったラブホは!」

 リーナとミカエルに着いて行き、ローゼの元へと向かうシオン。

(頼む、無事でいてくれ……!)

 と必死に願った。
 
 
 
 
 飲み屋を出たあと、酔っ払って足元が覚束ないローゼ。
 一緒にいたハンターの男2人に引っ張られるがままに歩いて来て、辿り着いたところを首をかしげながら見回す。

「ここは……?」

 整えられた赤いベッドを見て、とりあえずホテルの一室だということは酔っ払った頭でも分かった。

「ここに宿泊してるのですかにゃ?」

「やだな、オレたち普段こんなところに来ないよ」

 とハンターの男1人が言い終わるか言い終わらないかのうちに、ベッドの上に押し倒されたローゼ。

(――えっ……!?)

 酔いが醒めた。
 ようやく自分がどういう状況に置かれているか気づく。

「…あっ…あのっ、ローゼもう帰らないとっ……!」

「大丈夫、1時間以内には帰してあげるし」

「で、でもっ……!」

「大丈夫、大丈夫。酷いことしないから」

「……や、止めてくださいにゃっ!」

 ローゼだって身体に流れる半分の血はモンスター。
 相手を突き飛ばして顔面パンチで鼻の骨をへし折り、金的蹴りをかまして蹲っている間に逃げることくらい出来る。

 相手が、普通の人間の男2人なら。

 でも相手はハンターだ。
 それなりに力を持っている。
 片腕ずつ2人に力一杯押さえつけられ、まるで動くことが出来ない。

 女の怖さは知っていた。
 ミカエルの母や姉、妹にさんざん陰湿なことをされて来たから。

 現在、男の怖さも知った。
 ハンターの男2人掛かりじゃ、まるで力が敵わない。

 目の前にある、いやらしく笑んだ2つの顔。
 服の中に手が入ってきて、身体が震え出す。

「や、やめっ…! やめてくださっ……!」

 恐怖に涙が零れ落ちた。

 後悔した。
 こんな奴らの誘いに乗ったことを、1匹で行動したことを。

「けて…、…っ…さんっ……!」

 ローゼは叫ぶ。

 口を開けば憎まれ口ばかりのクセに、時たま優しくなる。
 腹が立たない日はないけれど、本当は好きで好きで仕方ない少年の名を。

「助けて、シオンさんっ!!」

 数秒後、ローゼの白猫の耳に聞こえてきたのは部屋の外からのリーナの声。

「ここや! ここの部屋からローゼさまの声がっ! くぉら、従業員! さっさカギ出さんかい!!」

 続いてミカエルの声。

「ローゼ!? 無事か!? ローゼ!? おい、早く鍵をよこせ!」

 そして、シオンの声。

「どけ! 下がってろ!」

「シオンさんっ!!」

 とローゼがもう一度泣き叫んだ瞬間、

 ズガァァァァァァァァァン!!

 と物凄い音を立てて、ドアが吹っ飛んだ。
 
 
 
 
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