第32話 王子の告白
7月頭の舞踏会の翌日。
今日は梅雨の中休みで、空から太陽の陽が差していた。
話は遡って1時間前のこと。
ヒマワリ城の門のところで、リーナが瞬間移動で迎えに来るのを待っていたミカエル。
落ち着かず、そわそわとしていた。
(昨夜、ローゼがジュリの家に泊まっただなんて……)
そのことを、ミカエルは今朝になって父親である王から聞かされた。
昨夜は舞踏会の途中にジュリたちから離れ、ローゼの虐待のことで母や姉、妹と深夜まで口論していたが故に、まるで気付かなかった。
(リーナは大丈夫だったのだろうか……)
と心配で心配で、門番と門番の間をうろうろとする。
そこへ、ポケットの中で震えた携帯電話。
誰からかと確認すると、それはリュウからの電話だった。
「もしもし、リュウか?」
「おう。用件だけ言うぞ」
「お、おう?」
「リーナは今日1人で行かなきゃいけねー仕事に向かったから、おまえ今日休みな。ジュリもローゼもだ」
「1人で行かなきゃいけない仕事だって?」
「ああ。ハンターにゃそういう仕事だってあんだ。じゃーな」
とリュウが電話を切る。
「そうか…、そういう仕事もあるのか……」
と携帯電話をポケットに戻し、城の中へと戻ろうと歩いて行ったミカエル。
(それは本当なのか、リュウ…? リーナは本当に仕事へ向かったのか…? 昨日の今日で、リーナは大丈夫なのか……?)
途中で立ち止まり、進行方向を変えた。
自分の自転車が置いてあるところへと向かい、先日ようやく補助輪無しで乗れるようになったそれに跨る。
そして、
「いざ、レッツゴォォォォ!」
リーナの自宅マンションへと向かって行った。
そして現在。
やっぱり仕事に向かっていなかったリーナをデートに誘ったミカエルは、リーナを自転車の後ろに乗せて葉月町を走っている。
ミカエルの肩に手を乗せ、立ち乗りしているリーナ。
心地良い風を浴びながら微笑んでいる。
「今日、梅雨の中休みやったんやな。やっぱり晴れの日は気持ちええなあ」
「そうだな、リーナ。ちなみに良い子のみんなはチャリンコ2人乗りなんて悪いことマネしちゃダメだぞ♪」
「まったくやで……。ところでミカエルさま?」
「ん? 何だ?」
「気になることがあるんやけど……」
と言った直後に、
ぐーぎゅるるるる…
と腹が鳴り、リーナは赤面してしまう。
「…き、聞かんかったことにしといてっ……」
おかしそうに笑ったミカエルが言う。
「よし、朝食でも食いに行くかっ♪ 私も今日は寝坊して食べてないんだ。何か食べたいものはあるか、リーナ?」
「う、うーん……。せやなあ、最近葉月町のあちこちに出来始めた純猫モンスターが店員やっとるファーストフード店に行ってみたいわ。ニャクドニャルドバーガーとか、ニャスバーガーとか、ニャッテリアとか、ニャンタッキーあたりに」
「合点承知乃助! んじゃ、一番近くにあるニャクドニャルドで朝ニャックしようぜっ♪」
と、ミカエルはバーガーショップへと自転車を走らせて行った。
レジに立っているブラックキャットの店員から朝限定のバーガーセットを受け取り、明るい窓際の席に座る。
そして2人同時に、猫の顔の形をしたハンバーガーに齧り付いた。
「おお、美味いなリーナ! 朝ニャック!」
「うん、美味いな朝ニャック!」
と笑顔で頬張るリーナを見て、ミカエルは微笑んだ。
「安心した」
というミカエルの言葉に、リーナがぱちぱちと瞬きをして訊く。
「ん? なんや、ミカエルさま?」
「いや、いつものリーナだと思ってな」
「え?」と首をかしげたあと、リーナはミカエルの言いたいことを察して笑った。「ああ、ローゼさまがジュリちゃん家に泊まったことでも聞いたん? ありがとう、心配してくれて。うちもう大丈夫やで! リュウ兄ちゃんの言葉で元気になったん!」
「そうか、リュウが……。だが、昨夜は泣いたというような顔をしていたぞ」
「ああ…、うん。ちょっとローゼさまのこととか考えてもうて……」
と言ったあと、はっとしたリーナ。
狼狽したように椅子から半分立ち上がり、向かいの席に座るミカエルに顔を近づけて訊く。
「せ、せや、ミカエルさま! ローゼさまのこと、どうなったん!? お母さんや姉さん、妹さんと話し合ったんやろっ……?」
「ああ。もうローゼへの虐待は止めろと、夜中まで口論していた。だが……」
と静かに首を横に振るミカエルを見て、リーナのグリーンの瞳が困惑して揺れ動く。
「や…止めてくれへんのか…、虐待っ……」
「まるで反省した様子がないんだ」
「…そ…そうか……」
と、再び椅子に座ったリーナ。
呟くように続ける。
「ほな…、やっぱりローゼさまはジュリちゃん家におった方がええねんな……」
「いや、ローゼのことは気にしないでくれ、リーナ。城の中にいるときは、私がローゼのことを守るから大丈夫だ」
「せ、せやけど――」
「本当に大丈夫だ、リーナ。今夜ジュリの家を訪ねてローゼを城に連れて帰る。城に帰ったら、私はローゼから目を離さない。だから大丈夫だ。気にするな、リーナ」
「ミ、ミカエルさま……」
「なっ♪」
と笑ったミカエルの顔を数秒の間見つめたリーナ。
「うん……、ありがとなミカエルさま!」
と続いて笑った。
それ見て微笑んだあと、ミカエルは窓の外に顔を向けた。
「それにしても今日は本当にいい天気だな」
「せやなあ」と、リーナも窓の外に顔を向ける。「食べ終わったら、どこ行く?」
「いつものクレープ食いに行くか♪」
「まだ食べるん?」
「リーナの好きなストロベリーが入ったやつだ♪」
「ああ、それなら食べたいわ」
「それでそのあと、リーナの好きなところを回って、そのあと海に行ってやってみたいことがあるんだ♪」
「やってみたいこと?」
と眉を寄せたリーナ。
それは、
「ムサシとコジロウごっこだ!」
と、夕刻の砂浜の上、木の枝を1本持ったミカエル。
「ああ……」とリーナも木の枝を1本持ち、「絵本に出てた別世界のミヤモトムサシとササキコジロウのガンリュウ島での戦いごっこな。ミカエルさまが一刀流のコジロウってことは、うちは二刀流のムサシやな! ほな、始めるでー!」
と、張り切ってミカエルと木の枝の刃を交える。
デート、なんていう割にはずいぶんと色気の無いことを始めて約30分。
十数本の木の枝を折った後、決着がつかぬまま2人同時に息を切らして砂浜に寝転がった。
「さすがハーフだな、リーナ。恐れ入ったぞ」
「まあな! けど、ミカエルさま手抜きしとったやろ。そんなん、バレバレやで。普段のミカエルさま見とれば分かる。うちより強いってこと。にしても、やっぱりハンターのうちらには木の枝の剣なんて向いてへんなあ。折れまくりやん」
「だなあ。折れた枝で、キャンプファイヤー? ってやつでもするか♪」
「どんなちっこいキャンプファイヤーやねん。てか、キャンプしてなきゃキャンプファイヤー言わへんやん」
と傍らに寝転がって笑っているリーナを見つめ、ミカエルは微笑む。
「なあ、リーナ。今日は楽しんでくれたか?」
「ん?」と、ミカエルの顔を見たリーナ。「せやな、笑ってばっかりで、めっちゃ楽しかったな」
とまた笑った。
それを満足そうに見つめているミカエルに、リーナは首をかしげる。
「なんや? なんだか今日1日、えらくうちの顔ばっか見てへんか?」
「ああ、見てるぞ」
あはは、とリーナが笑う。
「まぁーったく、心配性やなあ、ミカエルさまは。もううちは大丈夫って言ったやん」
「そうか」
「もしかして、ミカエルさまってうちに惚れてるんちゃうん?」
「ああ、惚れてるぞ」
「あー、はいはい」
とミカエルが冗談を言ったものだと思い、笑い飛ばしたリーナ。
「おまえに惚れてるぞ、リーナ」
もう一度そんなミカエルの言葉が聞こえてきて、ぴたりと笑い声を止めた。
目の前には、微笑んでいるミカエルの顔がある。
「私はおまえが好きだ、リーナ」
「…ミ…ミカエルさまっ……?」と、リーナの頬が少し染まった。「な、なんやねん…、いきなりそんな冗談っ……」
「女たらしの父を持ってはいるが、私は冗談でこんなことは言わないぞ」
「……」
リーナのグリーンの瞳が揺れ動く。
冗談ではないことはミカエルの真剣なブルーの瞳を見れば分かった。
だからこそリーナは困惑した。
ミカエルが己のことを、そんな風に思っているとはまるで知らなかったから。
「……ミ…ミカエルさま、うちなっ……?」と、リーナはミカエルから目を逸らして言う。「ジュ、ジュリちゃんのこと一度はめげそうになったんやけど、また頑張ろうって決めたんよっ…! せ、せやからなっ……?」
「ああ。分かってる」と、ミカエルは言う。「リーナに返事を求めているわけじゃないんだ。ただ、そのことを知っててほしいと思っただけなんだ」
「え……?」
と再びリーナの視線に捉えられながら、ミカエルは続ける。
「もちろん、リーナが私に振り向いてくれたなら、それほど嬉しいことはない。でも、リーナがジュリを想っているときに見せる笑顔……、それが1番リーナの輝いてる表情だって知ってたか? その笑顔を傍らで見つめているのも、不思議とそんなに悪くないものだ。だからこのままでも、私はいいんだ。まあ、さすがにジュリがリーナを泣かせたときは強引にでも奪ってやろうとか一瞬考えたけどな」
「…ミ、ミカエルさま……」
「迷惑だったか? リーナ」
とのミカエルの言葉に、リーナは慌てて首を横に振った。
「う、ううんっ! そんなことないでっ! ただ、まったく知らへんかったから、驚いてっ……!」
「私はまったく気付かれないことに驚いてたぞ、リーナ……」
「ええっ!? う、うちが鈍いみたいやんっ!」
と言ったあとに、今までのミカエルの言動を考えて気付く。
(ミカエルさまって優しいと思っとったけど、もしかしてそれって全部うちが好きだからってことか……?)
いや、もしかしなくてもそうだろう、と自分に突っ込み、リーナは苦笑する。
「ご、ごめん…、鈍かったな、うち……」
「そうだな」
とミカエルが笑う。
「わ、笑わんといてっ!」と少し赤面したあと、リーナはミカエルから目を逸らした。「それでそのっ…、ありがとなミカエルさまっ…! うち、ほんまにミカエルさまに好かれるのは嫌やないでっ……!」
「そうか」と、安堵したように笑い、ミカエルが続ける。「じゃあ、リーナが辛くて辛くて耐えられなくなったとき、私のところに来てくれるか?」
頬を染めながらミカエルに目を戻したリーナ。
黙ってこくんと頷いた。
夜9時過ぎまでデートをしたあと、リーナとミカエルは瞬間移動でジュリ宅へと向かった。
ミカエルがローゼを城へと連れて帰るために。
「楽しかったな、キャンプファイヤーってやつは♪」
「単なる焚き火やっちゅーねん」
なんて笑いながら会話をして自転車を玄関の外に止め、ジュリ宅のドアを開けたとき。
「お願いします、父上! お願いします!」
とジュリの必死な声が聞こえてきた。
リーナの白猫の耳には、ローゼの泣きじゃくる声も聞こえてくる。
リーナとミカエルは何事かと眉を寄せてお互いの顔を見合ったあと、声の聞こえたリビングの方へと駆けて行った。
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