第33話 リーナの心 前編
デートの帰り、ジュリ宅へとやって来たリーナとミカエル。
リビングの方からジュリの必死な声が聞こえてきて、玄関からそちらへと駆けて行く。
そしてリビングに入ると、そこにはジュリの家族全員が集まっていた。
「お願いです、父上! ローゼさまが可哀相です! だから父上、ローゼさまを家に泊めてあげてくださいっ……!」
と必死に声をあげているジュリに、困惑顔でいるリュウ。
ジュリを宥めているレオンとミヅキ。
ソファーに座ってビールを飲んでいるサラに、その傍らで酌をしている息子のネオン。
ソファーやその下に敷かれている白いカーペットに腰掛け、緊張した面持ちでジュリとリュウのやり取りに顔を向けている他の一同。
それから、ジュリの傍らにいるローゼ。
「お城になんか帰りたくないですにゃあっ……!」
と泣きじゃくっている。
「どうして家に泊まらせてあげちゃ駄目なんですか、父上! ローゼさまこんなに泣いてるのに!」
「だからな、ジュリ、ローゼ……」と溜め息を吐いたリュウが、ふとリビングの入り口のところにいるリーナとミカエルに顔を向けた。「おう……、来てたのか」
リュウに続き、一同がリーナとミカエルに顔を向ける。
2人の姿を見て、ジュリが眉を寄せた。
「え…? リーナちゃんとミカエルさま、どうして一緒にいるの…? リーナちゃん今日、1人でお仕事に行ったんじゃ……?」
「あっ……、えとな、ジュリちゃ――」
「リーナの仕事が早く終わったから、私が遊びに誘ったんだ」
と、ミカエルがリーナの言葉を遮った。
「え……? リーナちゃんとミカエルさま、2人で遊んでたの……?」
とジュリが胸にもやもやとしたものを感じた一方、ローゼに顔を向けたミカエル。
「こら、ローゼ」とローゼの方へと歩いて行き、その手を取る。「駄々をこねてないで、城に帰るぞ。大丈夫だ。城にいるときは、私が一緒にいる。もう2度と母上たちにひどいことはさせない。だから帰ろう、ローゼ」
「嫌ですにゃあ!」とローゼがミカエルの手を振り払った。「ローゼはあの人たちがいるお城になんか、帰りたくないのですにゃあ! ここでジュリさんといる方が幸せなのですにゃあ!」
「迷惑を掛けるんじゃない、ローゼ。さあ、帰るぞ」
と、ミカエルがローゼの手を引っ張ってリビングの戸口へと向かっていく。
「嫌にゃっ……! 嫌にゃあぁぁぁっ!」
と必死に抵抗して泣き喚くローゼを見て、ジュリがはっとして駆け寄った。
ミカエルの手をローゼから剥がし、ローゼを背に庇って声をあげる。
「止めて下さい、ミカエルさま! 僕はローゼさまをお城に帰させません!」
「……ローゼをずっとここに置いておく気か、ジュリ」
「はい! ちょっと早いか遅いかの違いです! だって僕は将来、ローゼさまとも結婚するんですから!」
リーナがいるにも関わらずジュリからそんな台詞が吐き出され、ミカエルの顔が怒りに強張る。
「ジュリ、おまえな……!」
同時に他の一同の目がリーナに向けられた。
ずきずきと胸が痛んでいるリーナ。
笑顔を作るが、それは上手く作れずに歪んでしまう。
「リーナ」
と呼んだリュウが、顎でジュリを指した。
リュウの言いたいことを、リーナは察する。
己の幸せのために少しは我侭を言え、とリュウは言っているのだ。
「う…うんっ……」
とぎこちなく頷いたリーナは、ジュリのところへと歩いて行った。
恐る恐るといったように、口を開く。
「な…、なあ、ジュリちゃん……?」
「何、リーナちゃん」
と、ジュリはぶっきらぼうに返事をした。
今までリーナとミカエルが2人で遊んでいたことを思うと、無性に腹が立つ。
「そ、その……な? ジュ、ジュリちゃん、どうしてローゼさまとも結婚するって言うんかなっ……」
「それはもちろん、ローゼさまが僕と結婚したいって言うからだよ。僕はリーナちゃんとも結婚して、ローゼさまとも結婚して、皆で幸せになりたいって思ってるよ」
「そ、そか…。で、でもな、ジュリちゃん。う、うちは、ジュリちゃんにうちだけをお嫁さんにしてほしいって思ってんねんけどっ……!」
「え?」
とジュリの眉が寄ると同時に、ローゼの泣き声がさらに響く。
「いっ……、嫌ですにゃあぁぁぁっ! ローゼだって、ジュリさんのお嫁さんになりたいのですにゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「そうだよ、リーナちゃん!」と、ジュリが眉を吊り上げた。「どうしてそういうこと言うの!? リーナちゃんらしくないよ!」
「えっ……?」
「リーナちゃん、いっつもいっつも人助けするじゃない! それなのにどうして!? それじゃローゼさまが幸せになれないよ! ひどいよ、リーナちゃん! ひどい!」
静まり返るリビングの中。
呆然としているリーナが、再び小さく口を開く。
「……ごめん、我侭なんか言って。…ご、ごめんっ……」
と瞬間移動で消えたリーナ。
大粒の涙を一粒、ぽたりと床に落としていった。
それを見たあと、急激に騒がしくなるリビングの中。
「リ…リーナっ……!」
とミカエルがリーナを探しに外へと駆けて行く一方、シュウ、ミラ、リン・ラン、ユナ・マナ・レナとジュリに強張った顔を向けて口を開く。
「ジュ、ジュリ…!? い、今のは兄ちゃんないと思うな……!?」
「お、お姉ちゃんも今のはちょっとどうかと思うわよジュリ……!?」
「わ、わたしたちも今のはいけないと思うぞなのだっ、ジュリっ……!」
「そ、そうだよジュリ…! 今のは駄目だと思うよ、お姉ちゃんはっ……!」
「まずいね…」
「てか、やばいってジュリ! 何てこと言っちゃったのおぉぉ!」
と狼狽するシュウたちの傍ら、呆れたような深い溜め息もあちこちから漏れる。
そこへ、
ガンッ!!
と鳴り響いた大きな音。
一同がはっとしてそちらに顔を向けると、そこにはビールジョッキをガラステーブルに置いたと思われるサラの姿。
「ああー、苛々する……!」
とジュリを睨み付けながら立ち上がったサラに、リュウが慌てたように口を開く。
「お、落ち着け、サラ」
「バカ親の親父はすっこんでて!」
「バ、バカお…? 父上は傷心だサラ……」
「ウチの家族はどいつもこいつもジュリに甘いんだよ! アタシはジュリだけを贔屓なんてしない! リーナのことだって、本当の妹みたいに思ってるからね! いい加減、黙っちゃいられないよ! ネオン、アタシとジュリの武器持って来な。ついでに靴も」
「えっ!? お、お母さ――」
「早く!」
「は、はいっ……!」
と慌ててリビングから出て行くネオンを見送ったあと、ジュリが恐る恐るサラに顔を向けた。
「サ…サラ姉上っ……?」
目の前まで歩み寄ってきたサラの顔を見上げ、声が震えてしまう。
家族の中で一番ジュリに対して厳しいのはサラだ。
皆がジュリに対して甘くなってしまう中で、サラだけは容赦しない。
「ジュリ、あんたちょっと」
「は、はい、サラ姉上っ……」
「表に出なぁっ!!」
ビシィッ!!
とサラの強烈な張り手を食らい、吹っ飛んだジュリの身体。
ガシャァァァァァァァン!!
と窓を突き破り、庭の芝生の上を3m滑って止まる。
「――…っ……!?」
一同が顔面蒼白して固まる中、サラはネオンが引きずりながら持ってきた自分の武器――長戟を受け取った。
人間の男が両手でやっと持てるだろう重さのそれを、超一流ハンターのサラは片手で軽々と肩に担ぐ。
そしてネオンが窓の外に置いた靴を履き、ジュリのところへと歩いていく。
殴られた頬に激痛が走るジュリ。
リーナのビンタも食らったことがあるが、まるで比べ物にならない痛さにしゃくり上げ始め。
そして、
「ふみゃああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁぁああぁぁああんっ!!」
と大泣きし、辺りに嵐を巻き起こそうか寸前、
ビシィッ!!
と再びサラの張り手を食らった。
「泣けばいいってもんじゃないんだよ……!」
「――!?」
あまりの驚愕と恐怖に、ジュリの泣き声がぴたりと止まる。
「身体の痛みが何。そんなもん治癒魔法かければ治る。リーナの心はね、もっと痛い思いをしてるんだよ!」
「えっ……!?」
「ネオン!」
とサラがネオンに顔を向けると、ネオンがジュリのところへと駆けてきて武器――チャクラムを2つ渡した。
「持ちな、ジュリ。ここはハンターの姉弟らしくド派手に喧嘩と行こうじゃん。刃を交えでもしなきゃ、アタシの苛々は治まらないんでね」
「サ…サラ姉上っ……!」
「さっさと着いて来な」
と、サラが裏庭の方へと向かって歩いていく。
途中、慌ててサラに駆け寄ったローゼ。
「サラさんっ! ま、待ってくださいにゃ!」
そう呼び止めながら、膝が震えた。
普段のサラは好きだ。
でも、今のサラはとてつもなく怖い。
「ご…ごめんなさいにゃっ…! ロ、ローゼが我侭を言ってっ……!」
「ローゼ」
とサラが振り返り、ローゼの肩が小さく震える。
「は、はい…、サラさんっ……!」
「アタシはあんたを咎めるつもりはないよ。あんたは何も悪くないんだから、気にするんじゃない」
「は、はいっ……」
「アタシが腹立ってんのはね、我が弟のあまりのバカさにだよ。あんたは危ないから下がってな。……ジュリ、さっさと来な!!」
と再び裏庭へと歩いていくサラの後を、ジュリが怯えた様子で小走りになって着いて行く。
それを見送ったあと、リビングで硬直している一同がようやく口を開いた。
「……な、なあ、キラ」
「……なんだ、リュウ」
「俺たちの娘、鬼じゃね…!? な、何だあの容赦のなさは……!」
「何だって、おまえに似たんだぞリュウ」
「おお、道理で! 優しいな、サラ」
「……訂正するな」
裏庭の方から、刃を交える音が響いてきた。
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