第125話 自惚れたバカ女の翌日 後編


 ヒマワリ城の4階にある、第一王子の部屋の中。
 裸でベッドに横たわっているリーナから出た言葉に、リュウが思わず失笑する。

「そういう冗談は、せめて上から87のF・55・82のエロエロセクシーダイナマイツキラ風ボディになってから言え。マジ吹いたぜ」

「うっさいわ、このキラバカ! 素っ裸の乙女が誘惑してやったっちゅーのに、こーのーオートーコーはぁぁああぁぁあぁぁああーーーっ!!」

「うるせーな、帰るぞ。ほら」

 と、リュウが脱ぎ捨てられた衣類を差し出すと、それをリーナが振り払った。

「帰らへん! うちは、第一王子さまのプリンセスになるんや!」

「あいつの性格はおまえに合わねーよ、止めておけ」

「性格なんて、どうでもええねん! プリンセスになったら、苦労せんでもめっちゃ贅沢な暮らしが出来る! 愛なんかいらへん! 男と女の愛なんか、愛なんかっ……この世にあらへんもんっ!!」

 そんな言葉を聞いたリュウから、深い溜め息が漏れた。

「おまえ、物心ついたときから両親や俺とキラの仲を見ておいて、どうやったらそう思えるんだ。特に俺のキラに対する愛のデカさは、傍から見ても異常だろ」

「……自覚あったんや、異常って」

「イトナミは当然毎朝毎晩ときどき昼飯後。朝は時間ねえから3、4発だが――」

「充分多いっちゅーねん」

「夜は最低10発以上」

「ほんまに異常やな」

「俺の可愛い黒猫は喜んでいる!」

「あーハイハイ、良かっ――」

「泣いて☆」

「――って、それ嫌がっとんのや、どあほうっ!!」

「おお、さすが俺。えげつねえぜ」

「ほんまにな……」

 と顔を引きつらせたリーナ。

「ほら、早く帰るぞ」

 とリュウにもう一度衣類を差し出され、再び振り払った。

「帰らへん言うてるやろ! うちは第一王子さまのプリンセスになるって、もう決めたんや! 愛なんかいらへん! どうせ、うちを愛してくれる男なんかおらへんもん! せやから帰らへん! 絶対に帰ら――」

「いい加減にしろ!!」

 とリュウの怒声に言葉を遮られ、リーナの肩が震えた。

「俺はムラムラしてんだよ!!」

「――って、は……?」

「さっきのあの会話じゃー誰だって発情するわ。はぁーっ、早く帰ってキラ泣かせてえ」

「こっ、こんの万年発情期ドドドS男がぁああぁぁああぁぁああああぁぁああぁあああ――」

「ったく……」

 と、リーナの言葉を遮るように溜め息を吐いたリュウ。
 リーナの頭の上に、衣類を投げて被せた。

「2人の男にさんざん愛されたおまえが、何言ってんだって話だな」

「――」

 会話が、途切れた。

 頭の上から被さっている衣類で隠され、リーナのその顔は見えないものの、ぽたりぽたりと大粒の涙が落ちて華奢な太股を濡らしていく。

 再び溜め息を吐いたリュウの手が、リーナの頭の上に重なった。

「ジュリとミカエル、どっちの男の愛も失っちまった理由なんて、おまえ本人が一番分かってんじゃねえの」

「……分かっとるよ」そう再び口を切ったリーナから出た声は、涙に震えていた。「分かっとるよ…分かっとるよ、リュウ兄ちゃん……。ほんまは、分かっとるよっ……自業自得やなんてことは」

 でも、

「言ったのになあ……ジュリちゃん。ついこの間、言ったのになあ……うちのこと、ずっとずっと想っていてくれるって……言ったのになあ……! それなのにっ……」

 それなのに、どうしてだろう。
 どうして、ジュリは別の女を選んでしまったのだろう。

 悪いのはこのリーナで、自業自得だなんてことは重々承知している。
 痛いくらいに分かっている。

 それでも――

「どうしてやねん、ジュリちゃんっ……! うち、ジュリちゃんのこと、めっちゃめっちゃ……信じてたのにっ……!」

 第一王子の部屋の中、リーナの泣き声が響く。
 少ししてリュウが口を開こうかとき、王の怒声と共にドアが開け放たれた。

「おい、リュウ! リーナは将来、私の息子の妃となるのだ! 分かったら、さっさと帰――」

 王の言葉を遮るように、リュウの腰から抜刀された刃。
 それはリュウの手から放れ、王の顔の横数センチの距離を通り、ドアを破壊して廊下の壁に突き刺さった。

「うるせーよ、ボケクソセクハラ王が」

「なっ、なっ、なっ……!」

 と王が腰を抜かして床に尻を着く一方、その視線からリーナを隠すように立ちはだかったリュウ。

「話はここを出てからだ。早く服を着ろ、リーナ」

 頷いて手早く衣類を身に纏ったリーナを、その左腕に抱き上げた。
 首にしがみ付いてきて泣きじゃくるリーナを連れ、第一王子の部屋を出る。

 その途端、

「お、おい、待ってくれ……!」

 と、慌ててリーナに伸ばしてきた王の手を振り払い、怒声を上げる。

「うるせーっつってんだろうが! 黙れ! 俺は葉月島のギルド長だぞ!!」

「――って、こっちは葉月島の王だ、バカ者ぉぉぉおおぉおおおおぉぉぉぉぉぉおおおーーーっっっ!!」

 と城中に怒声を響かせた王を、ふんと鼻であしらったリュウ。

「触んじゃねえよ、汚ねえな。殺すぞ、セクハラ王が。こいつは――リンクの娘は、俺の娘同然なんでな。あんたの次男の方ならまだしも、ろくでなしの長男にゃやれねえよ」

 そう言って壁に突き刺さった剣を抜き、すっかり警備兵の逃げ去った廊下を威風堂々と歩いてヒマワリ城を後にした。

 向かう先は親友のいる――リンクのいる葉月ギルド。
 泣きじゃくるリーナを左腕に抱いたまま、駆けて行く

(これからこいつのこと――リーナのこと、どうしようか……)

 そんなことを考えながら。

 擦れ違う人々の視線気にした様子なく、リーナはしゃくり上げて訊く。

「どうすればええの、リュウ兄ちゃんっ…! うち、うち、どうすればええのっ……!?」

「ああ……」

 どうしようか…。

「ジュリちゃんはもう、うちのこと愛してくれへんのっ…!? うちはこんなにジュリちゃんのこと、恋しいのにっ…愛しいのにっ……!」

「ああ……」

 どうしようか…。
 どうしようか……。

「なあ、どうすればっ…!? どうすればうち、この苦しみから、悲しみから、解放されるんっ…!? なあ、リュウ兄ちゃん! 教えてやっ……!」

「ああ……」

 どうしようか…。
 どうしようか……。
 どうしようか………――

「どうしようか…………このムラムラ」

「――って、あんさんまだ欲情しとったんかいっ!!」

「マジ1回ムラムラすっと1、2発かまさねえと治まんねえんだけど」

「この変態っ!!」

「ああ悪い間違った、今のとこ1、2発じゃなくて最低3発だった。1、2発で治まるとか100歳過ぎの爺さんか(笑)」

「(笑)って音声にせんでええから、音声に! てか、イトナミはそれが普通や、フ・ツ・ウ!! ほんっっっまに万年発情期やな自分!!?」

「おお、流石俺。股間で輝く金メダルが未だに天を仰ぐだけあるぜ」

「あんた50歳やろ!? 一体どんな身体し――」

「ふ、見るか……?」

「――って、何優しい微笑と共に囁いとんねんっ! そんなえげつないもんはあんさんの一部の熱狂的ファン、もしくは(変態の)ミラちゃんしか喜ばへんわ、どあほぉぉおおぉぉぉおおぉぉおおおぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおうっっっ!!」

 と絶叫したリーナが息を切らしながら周りを見回すと、そこはいつの間にか葉月ギルドのギルド長室へとやって来ていた。
 デスクに着いて仕事をしていたリンクが立ち上がり、あたふたとしながらリュウとリーナのところへと駆けて来る。

「お、遅かったな、リュウっ? どうしたんっ? リーナに何かあったんっ? だ、大丈夫か、リーナっ……!?」

「…う…うん……心配かけてごめん、おとん……」

 と、呟くように言ったリーナを腕から降ろし、リュウが口を開く。

「危なかったけどな。バカクソセクハラ王の企みで」

「え!?」

「でもま、もう大丈夫だから気にすんな」

 とリンクに言ったあと、3人掛けソファーの真ん中に腰を下ろしたリュウ。
 リーナの顔を見つめながら、「さて」と話を続けた。

「どうすっかな……」

 リーナが再び、泣き出す。

「…助けてや…リュウ兄ちゃん……! お願いやから、うちのこと助けて……! めっちゃ悲しいよ…、めっちゃ苦しいよ……! ジュリちゃんがもううちのこと愛してくれへんなんて……もう、死んでしまいたいわっ……!」

「な、何言ってんねん、リーナっ……!」と狼狽した様子でリーナを抱き締めたリンクが、リュウに顔を向けた。「な、なあ、リュウ。ジュリは? ジュリは、どうしてリーナのこと……?」

「ハナちゃんや」と答えたのは、リュウではなくリーナだった。「うちは、ハナちゃんに負けたんやっ……!」

「え、ハナちゃんっ……!?」

 と、耳を疑ったリンクは目を丸くしてリュウを見つめる。

 リュウの親友であるリンクは知っていた。
 言われずとも、察していた。
 表向きはジュリのペットであるハナだが、ハナの中の本当の主はリュウであることを。
 ハナにとって、誰よりも愛しい存在がリュウであることを。

(それやのに、何でハナちゃんはジュリと……?)

 とリンクが心の中で思った疑問に答えるように、リュウが言う。

「だからだ、リンク。だからだ……」

「え?」

 と一瞬首を傾げたリンクだったが、すぐにリュウの言葉の意味を理解した。

(せや、ハナちゃんは主の――リュウの幸せを1番に考える。リュウの大切な息子のジュリの幸せは、リュウの幸せ。いつまでもリーナに振り向いてもらえへんジュリを、ハナちゃんが放っておくわけがあらへんのや――)

 リュウがリーナに顔を向けて訊く。

「ジュリが好きか」

 しゃくり上げながら、リーナが頷いた。

「ジュリにだけ愛されていれば、もうそれでいいか」

 再び、頷いた。

「いや……ジュリにだけ愛されていれば、おまえはこの世一の幸せな半白猫になれるか」

 とても深く頷いて、そして絶叫した。

「うちはジュリちゃんが好きや! めっちゃ好きや! もう同じ過ちは繰り返さへん! ジュリちゃんが、もう一度傍におってくれるなら、もう一度うちを想ってくれるなら、うちはもう、それだけで……!」

 と声を詰まらせ、呼吸もままならないほどに泣きじゃくり始めたリーナを見つめ、「そうか」と呟くように返したリュウ。
 少しの間口を閉ざし、そしてソファーから静かに立ち上がった。

「残りのバッターは、誰が残ってたか。詳しいことはあとから確認するとして、恐らく俺とシュウ、リン・ラン、レナ、レオン、ミヅキ、セナ、ネオン……」

 と指を折りながら人数を数えているリュウを見て「え?」と首をかしげ、さらに、

「あ、一応おれとミーナも入れてや。せやから、リン・ランは2人で1人とすると、残りのバッターは合計10人もおる。なんとかなるかもしれへん」

 と続いたリンクを見て、また「え?」と首を傾げたリーナ。
 2人の顔を交互に見て、訊く。

「バッター……って何の話?」

 リンクが答える。

「実はリュウたち家族な、ジュリが再びおまえに振り向いてもらえるよう裏で作戦練ってたんよ。まあ、1番バッターから大失敗してもうたけどな……グレル師匠の作戦やったもんやから」

「へっ?」

 とリーナが声を裏返す一方、リュウが続けた。

「ジュリがリーナを振り向かせようが、リーナがジュリを振り向かせようが、要は2人をくっ付かせる作戦ってことにゃ変わりねえ」

 ということで、

「作戦の続き、再開と行くか」
 
 
 
 
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