第124話 自惚れたバカ女の翌日 中編


 葉月島を担うヒマワリ城の王にリーナが呼び出されたのは、6月頭の舞踏会の翌朝のこと。
 本日の昼頃、城へやって来て欲しいとのことだった。
 王の願いとなっては断るわけにもいかず、リーナは正午に瞬間移動でヒマワリ城の門へとやって来た。

 そこには門衛たちと共に王が待っていて、リーナが姿を現すなり、瞳を輝かせてその手を取った。

「待っていたぞ、リーナ。ミカエルのことは申し訳なかった。あとでちゃんと、私が仕置きしておくからな」

「いえ、気にせんといてください。それで、今日はうちに何の用で?」

「うむ、リーナに紹介したい者がいてな」

「誰です?」

「その前に、昼食はまだであろう?」

 リーナは「はい」と頷いた。
 昼頃にやって来て欲しいと言われた時から、王が昼食を用意していることくらいは分かったから。

 リーナの返事を聞いた王は、リーナの腰に手を回すと、庭の方へと向かって行った。
 相変わらず季節の花々が咲き乱れているそこには、円形のテーブルと3脚の椅子。
 そして青年が一人、そこに着いていた。

(誰やっけ、あの人……?)

 と、己はこの青年を紹介されるのだろうと察しながら、リーナは首を傾げる。
 でもそれは一瞬のこと。

 その服装や、王・ミカエルと同じブロンドの髪の毛をしていることから、すぐに第一王子だったと思い出した。
 年齢はたしかミカエルよりも3つ上の25歳。
 このリーナよりも深いグリーンをした瞳は死んだ魚のようで、いつもどこかやる気なさそうだ。

「リーナ、紹介したい者というのはこやつのことで――」

「ええ、知ってます、第一王子様のことは」

「そうか」

 と王はリーナに返した後、第一王子へと顔を向けた。
 アイコンタクトでリーナへの挨拶を要求すると、第一王子が気だるそうにリーナへと手を差し出した。

「よろしく」

「ちゃんと立たぬか、バカ者!!」

 と王が怒声をあげると、溜め息を吐きながら立ち上がった第一王子。
 もう一度、リーナに手を差し出した。

「よろしく」

「はい、よろしく……」

 と、続いて手を差し出し、第一王子と握手をしたリーナ。
 王により、第一王子と向き合う形で椅子に座らせられる。

 王はリーナと第一王子の間に腰を下ろすと、パンパンと手を叩き、すぐさま召使に昼食を持って来させた。
 その昼食は当然、ご馳走である。
 リーナの好きなビールもある。

「さあ、リーナ。好きなだけ食べて良いぞ」

 と王がにこにことしながら言うと、リーナは承諾してビールから飲み干した。
 召使が次のビールを持って来る間、近くにある料理を適当に取って食べる。

「良い飲みっぷりだな。仕事は大丈夫なのか?」

 と王が訊くと、リーナが短く笑った。

「ええんです。うち、ハンター辞めたんで」

「何、そうなのか」と声を高くした後、王が「では」と訊く。「今日は、遅くまで城にいられるのか?」

「はい。暇やし」

「おお、そうか! おい、どんどんリーナにビールを持って来い」

 と王が召使に次から次へとビールを持って来させると、次から次へと飲み干していくリーナ。
 ハーフで酒に強いとはいえ、ここに来るまでも飲んでいた故に、そう時間掛からずに酔っ払った。

「ええですなあ、お城は。ビールは飲み放題、ご馳走は食べ放題、欲しい物は買い放題で」

「おお、そうかリーナ! 城は良いか!」と顔を輝かせた王が、「では」と続ける。「こやつの妻に……なんてなってみる気はないか?」

 と、王がこやつ――第一王子をちらりと見ると、リーナも食事を一時中断してそちらに顔を向けた。

 さっきから話しかけてくるのは王だけで、気だるそうにワインを飲んだり料理を摘んだりしていた第一王子。
 視線を感じてか、ようやくリーナの方へと顔を向けた。

「どうかしたのか」

 と訊いてくるも、やっぱり死んだ魚のようなその瞳は全くリーナに興味なさそうだ。

 ふっと短く笑い、リーナは再び食事をしながら王に答えた。

「ええですなあ、それ」

「何、それはまことか!」

 と、さも興奮した様子で立ち上がった王。
 もう一度リーナにたしかめる。

「リーナよ! まことに、まーこーとーにっ、こやつの妻となってくれるのか!?」

「ええ、まこと――ほんまです。プリンセスになれるなんて、うちは世の女たちの憧れの的ですわ。こんな光栄なことありまへんわ」

「お…おおぉおおぉおぉお……!」と瞳をきらきらと輝かせた王が、第一王子に耳打ちする。「ということで、予定通り近い将来リーナはおまえの妻となる! 明日にでもエンゲージリングを贈れ! 良いな、必ず幸せにするのだぞ!? 良いな!? ――って、コラ! おまえはそんなに酒を飲むでない! どうするのだ、後で肝心なことが出来なかったらっ……!」

 と第一王子からワインを取り上げる王を見ながら、リーナはまた短く笑う。
 小声で話されたところで、この距離では全て白猫の耳に聞こえていた。

「では、私はこれで失礼しよう。いつまでもここにいては無粋であるからな」

 と王が浮き浮きとした様子で去っていった後、リーナは口を開いた。

「ええんです、王子さま? うちがフィアンセでも」

「後継者を産める女ならば誰でも良い」

「まあ、酷い男やなあ」

「おまえもどうせ似たようなものであろう。私に言い寄ってくる女共と同じだ。目当ては金か? 地位か?」

「あなたの愛ですわ」

「嘘を吐け」

 と第一王子がふんと鼻を鳴らし、再びワインを飲もうとグラスを手にした。
 それを制止するように、リーナは王子の手に手を重ねて続ける。

「気に障りました? そんなに飲んだらあきまへんで。王さまに言われとりましたやん、『肝心なこと』が出来なくなるて」

「別に気に障ったのではない。平気で嘘を吐く女という生物に呆れただけだ。さらに、女は金や地位のためなら『肝心なこと』も平気でさせるのか。つくづく呆れるな」

「なんやねん、王子さま? イイ年こいて、愛なんて信じてはりますの?」

「笑わせるな」と短く失笑した第一王子が、ナプキンで口の周りを軽く拭いてから立ち上がった。「来い。『肝心なこと』をさっさと終らせてやる。そうでないと親父がうるさくてかなわん」

「はいはいっと」

 と、第一王子に続いて立ち上がったリーナ。
 後ろを付いてくと、辿り着いた場所は城の4階にある第一王子の部屋だった。

 その中から、王の声が聞こえて来る。

「もっとだ! もっと情熱の赤い薔薇を飾れ! まったく、いつ見てもこの部屋は飾りっ気がないな! これではロマンティックなムードが出ないのだ! …む? 何だ? ……おお、そうか! 薔薇風呂が完成したか! よしよし、では2人をここに――」

「もう来ているのだが」

 と第一王子が呆れたように溜め息を吐くと、王がはっとして振り返った。

「おお、済まぬ。では、私たちは失礼するとしよう」

 と、第一王子の顔を見、その傍らにいるリーナの顔を見てにこつき、一緒にいた召使と共に部屋を後にする。

「良いか、リーナを満足させるのだぞ……!?」

 と擦れ違いざまに、第一王子に耳打ちをしてから。
 ドアが閉まるなり、第一王子が浴室の方を顎でしゃくった。

「風呂に入りたければ、さっさと入って来い」

「王さま、薔薇風呂言うてたなあ。あとでのんびり入りたいわ」

「だったら、さっさと服を脱げ」

「さっさと、さっさとって、せっかちやなあ王子さま。それでうちを満足させられるんかいな」

「おまえが満足しようがしまいが、私には関係ない。何度も言わせるな、さっさとしろ」

「はいはいっと」

 リーナは着ていたTシャツを脱ぎ、ショートパンツを脱ぎ、サンダルを脱いで、キングサイズのベッドの端に腰掛ける。

 一方で、ジャケットすら脱ぐ気がないらしい第一王子。
 半ば突き飛ばすように、リーナを押し倒した。

 愛のある言葉があるわけでもない。
 身体の芯までとろけるような、甘いキスがあるわけでもない。
 優しい愛撫があるわけでもない。

 さも面倒そうに下着を剥ぎ取られ、物のように扱われ。

 感じない。
 快楽も、愛しさも。
 何も、感じない。

(――けど、ええんやこれで。うちは、プリンセスになるんや)

 プリンセスになれば、好きなだけビールが飲める。
 毎日朝・昼・晩と、ご馳走にあり付ける。
 今まではとてもではないが手が出せなかった高価なものが、呆気なく買えてしまう。
 命の危険を冒す仕事をせずとも、贅沢な生活が出来るのだ。
 庶民が羨むような。

(せやから、いらへん……いらへん……)

 第一王子に、乱暴に脚が開かれる。
 これから裂けるような痛みを感じると思うと、少しだけ怖かった。

(愛なんか、いらへんのや……――)

 そのときのこと。
 ドアの外から、王の怒声が響いて来た。

「きっ、貴様! 何しに来た! おい、誰かそやつを止めろ!!」

 第一王子がふと手を止め、眉を寄せて戸口の方へと振り返る。

「騒々しいな。何事だ……?」

「…さ、さあ? 誰か、乗り込んできたんやろうか……?」

 と首を傾げながら、リーナの胸が軽く動悸をあげる。
 僅かな期待に。

 続いて、警備兵のものだろう声も聞こえて来た。

「無理です、王!」

「うるさい、止めろ! そやつを止めるのだ! 止めた奴には賞金を与えるぞ!」

「無理なものは無理です、王!」

「ええいっ、ヘタレ兵しかおらぬのか! 誰か早くそやつを――」

「うっ、うわあぁあ、もう駄目だ! みんな逃げろおぉぉぉおおぉおぉおおーーーっ!!」

 と、王の言葉を遮った警備兵の絶叫と、部屋の前を通り過ぎていく幾多の足音。

「お、おい、来るな! おい! 王の命令が聞けぬのか! おい!」

 という王の言葉に全く躊躇う様子なく、大きな音を立てて蹴り開けられた、第一王子の部屋のドア。
 現れた者を見つめて「げっ」と顔を顰めた第一王子の身体が、突然リーナの上から浮き、ドアの外に吹っ飛んで王に激突。
 大理石の廊下の上に、王をクッションにして倒れた。

「ぐえっ!?」

「ありがとな、親父」

「早く避けろ、バカ者! そして、あやつを何とかしろ!!」

「無理」

「無理ではない!!」

「無理無理」

「貴様、いつからそんなにヘタレになったのだ!?」

「そんなに言うなら、親父がなんとかしろよ」

「無理だ!!」

 という騒がしい声が響き渡る廊下の一方、静かに扉が閉じた第一王子の部屋の中。
 ベッドの上に倒れたまま、やって来た人物と見つめ合っているリーナが、ふと短く笑った。

 僅かでも期待した己を嘲笑する。

(一瞬、ジュリちゃんが助けに来てくれたかも……なんて思ったけど)

 そんなわけがなかった。

「ええとこで邪魔してくれたやないかい。あんさんがうちを抱いてくれるん? なあ……、リュウ兄ちゃん?」
 
 
 
 
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