第123話 自惚れたバカ女の翌日 前編


 6月の頭、ヒマワリ城での舞踏会が終わった後のこと。

「まったく、あやつはまた舞踏会をサボッたのか! 王子とあろうものが!」

 と、腹を立てているヒマワリ城の王。
 次男――第二王子・ミカエルの部屋の扉を開けようとした途端、警備兵に制止された。

「お待ち下さい、王。ミカエル王子は、ただいまご入浴中の模様にございます」

「そんなことどうだって良い! 開けろ!」

「しかし、ユナさんもご一緒でして……」

「何? ユナだと?」

 と声を高くした王は、目を丸くして数秒ほど警備兵と見つめ合った後、自室の方へと向かって行った。
 その足取りは、えらく軽い。

(よくぞやった! よくぞやってくれた、ミカエルよ! あの美しいユナを手に入れるとは、さすがは私の息子だ!)

 ヒマワリ城4階の廊下に、王の高笑いが響く。

「見たか、リュウ! 憎いおまえにキラを取られた上に、おまえの孫に娘を取られたからな、仕返しだ! はーーーっはっはっはっはっは!! ――って、ちょっと待てよ……?」

 と、ふと立ち止まり、王は眉を顰めた。

(ミカエルおまえ、リーナのことはどうしたのだ…? リーナが本命でユナが愛人、もしくは、ユナが本命でリーナが愛人……なのか?)

 なんて一瞬思った王だが、それはなさそうだった。

(あやつは私と違って不器用だからな。2人のレディを同時に愛すなんてことはないだろう)

 ということは、

(やはり、リーナと別れたのかミカエル! あんなに愛らしいレディを手放すとは、なんと勿体無いことを! ミカエルおまえは、とんだ愚か者だ!!)

 大衝撃を受けた王。
 狼狽しながら30秒ほど右往左往した後、ふと近くにあった部屋――第一王子の部屋に顔を向けた。

(そういえば、コッチの方は恋愛に疎く恋人すらいなかったな。一体誰の子だ、情けない…。将来王の座につかねばならぬ者が、それでは困るのだ……! ――って、おお、そうだ! 一石二鳥の、良いことを思いついたぞ!)

 と、顔を輝かせた王。
 第一王子の部屋の扉を開けるなり、こう言い放った。

「おい、おまえに素晴らしい縁談を持って来た。早速明日、見合いをしろ」
 
 
 
 
 舞踏会の翌朝の、リンク一家のマンションにて。
 娘――リーナと向き合って朝食を取っていたリンクは、リーナの言葉に眉を寄せた。

「は? ビールを持って来い?」

「せや」と頷き、リーナはリンクの隣で朝食を取っているミーナを見て言う。「はよ持って来てや、おかん」

「う、うむ……」

 と、戸惑った様子を見せながらも、立ち上がって冷蔵庫の方へと行こうとしたミーナの手を引いたリンク。

「持ってこんでええわ、座り」とミーナを再び席に着かせたあと、リーナに顔を戻して眉を吊り上げた。「朝っぱらから何言ってんねん、おまえは!」

「うっさいわ。リュウ兄ちゃんやて朝っぱらから酒飲むやん」

「ああいう大人になったらあかん!」

「うちはもう大人やっちゅーねん。更生しようにも、手遅れや手遅れ。はよう持って来てや、ビール」

「あほう! オフの日ならまだしも、おまえこれから仕事なんやで!?」

「行かへん、仕事。うち、ハンター止めるわ」

「は…はあっ……!?」

 と、リンクは耳を疑ってしまう。

「ええから、はようビール持って来てや」

「せやから――」

「聞こえんのかいな」と、リンクの言葉を遮ったリーナが、突然怒声をあげた。「はようビール持って来いっちゅーねん!!」

 ミーナが慌てて立ち上がって冷蔵庫へと駆けて行く一方、リンクは困惑してリーナの顔を覗き込む。

「お、おい、リーナ? おまえ、ほんまにどうしたん? おかしいで? 昨日、ジュリやミカエル王子と何か――」

 リンクの声を遮るように、リーナの手から椀が飛んだ。
 顔面に熱い味噌汁が掛かり、リンクが声を上げる。

「熱っ! リ、リーナおま――」

「次そいつらの名前出してみい。いてまうどコラ」

 とリーナが冷然とリンクを睨む一方、ミーナが狼狽しながらリンクに駆け寄ってきた。

「リ、リンク! 大丈夫かっ……!?」

「う、うん、大丈夫や。心配せんといて、ミーナ」

 と笑うリンクを見た後、ミーナが手を振り上げた。
 力いっぱい、リーナの頬を張り飛ばす。
 ぱんと乾いた音が、キッチンの中に響いた。

 少しの静寂の後、リーナから再び怒声があがる。

「――なっ……にすんのやコラァ!!」

 一方、眉を吊り上げたミーナからも怒声があがる。

「こっちの台詞だ! リンクに八つ当たりをするな!」

「はあ? 八つ当たりやて?」

「八つ当たりだろう! 結果的にジュリもミカエルも失ったおまえは、自業自得だったのだ! それなのに、何を怒っているのだ!」

 リンクが「えっ?」と短く声を上げる一方、リーナの顔が酷く歪んだ。

「そいつらの名前、出すな言うたやろ。いてまうど」

「何だ!? おまえは、ジュリとミカエルを憎んでいるのか!? 2人をさんざん振り回したのはおまえの方なのに、意味が分からぬぞ!」

「黙れや、おかん」

「おまえは、ジュリとミカエルに裏切られたとでも思っているのか!? 被害者のつもりなのか!? だとしたら大間違いだ! ずっとずっと2人を裏切ってきたのは、おまえの方なのだ!」

「おい、おかん。黙れ言うてんのが聞こえんのかいな」

「おまえは、あのままでずっとジュリとミカエルの2人に想われている自信があったとでも言うのか!? 失笑させるな! リーナおまえはっ……おまえは、自惚れたバカ女以外の何でもないっ!!」

 とミーナが言った瞬間、牙を剥いて立ち上がったリーナ。

「黙れっつっとんのやあっ!!」

 爪を光らせミーナに殴り掛かろうか瞬間、その手はリンクの片手に掴まれた。
 リーナの爪が刺さり、リンクの掌から血がぽたりぽたりと床の上に落ちていく。

「おかんに手を上げたら、おとんが許さへんで」

 そう言ったリンクと数秒の間睨み合った後、リーナはふんと鼻を鳴らしてその場を後にした。
 冷蔵庫を乱暴に開けてビールの缶数本を取り出し、自室へと入って鍵を閉める。

 ベッドに腰掛けてビールを一気飲みしている最中、白猫の耳がミーナの泣き声を捉えた。
 その途端に感じた、酷い自己嫌悪。
 怒りをぶつけるように、壁に向かってまだ飲み干していなかったビールの缶を投げつける。

「嫌やっ、もう…! 嫌やっ……!」

 と膝を抱えたとき、机の上に放り投げておいた携帯電話が鳴った。
 誰からかと出てみると、それはヒマワリ城の王からだった。
 
 
 
 
 リンクからリュウに呼び出しの電話があったのは、リュウがちょうど昼食を終えたときのことだった。
 よっぽど悩んだ末に、堪らなくなって電話を掛けてきたのだろう。
 リュウが葉月ギルドのギルド長室へと入ると、リンクが酷く思いつめた顔をしてデスクに着いていた。

「あっ、リュウっ…!」と、リュウの顔を見て立ち上がる。「ご、ごめん、仕事忙しいのに呼び出して……! おれ、せめておまえが今日の仕事終ってからにしようと思ったんやけど、でも――」

「リーナのことか」

 とリュウがリンクの言葉を遮りながらソファーに腰を下ろすと、リンクが頷いて続けた。

「お、おれ、詳しいことは聞いてへんのやけど…。昨日リーナ、ジュリやミカエル王子と別れたって、ほんまなんっ……?」

「本当っぽいぜ」と、リュウは間を置いてから続ける。「まあ、俺も詳しいことは知らねーんだが……ジュリとミカエル、両方と上手くいかなかったそうだ。ミカエルの方はどうしてか知らねーが、ジュリはハナとくっ付いて帰って来たな。ジュリがリーナを振るわけがねーんだが、どっちかっつーとリーナが振られたように思えなくもねえ」

「…そ、そか。それでリーナは、あんなに……」

 と俯いたリンクに、リュウが訊く。

「あんなにって、リーナ今どうしてんだ」

「大荒れや。21にもなってグレたかも。今朝、おれやミーナと大喧嘩したし、仕事も止めるって言うし…! せ、せやから、もうおれ、どうしたらええのか……!」

 と頭を抱えるリンクを見て、溜め息を吐いたリュウ。

「ほら」と、リンクに向かって片手を出した。「さっさと貸せ。ミーナは俺ん家に来てたから、開いてねーだろ」

 リュウを見、ふっと笑ったリンク。
 差し出されているリュウの片手に、ぽーんと投げて渡す。

 自宅マンションの鍵を。

「ありがとな…リュウ……」

「気にすんじゃねえよ、バーカ」

「うん。せやけど、ほんまにいつもありが――」

「料金がたったの100万ゴールドでも」

「――って、有料かいな! っていうか、高っ!!」

「優しいな、俺」

 リュウは葉月ギルドを後にすると、足の速くなる魔法を掛けてリンク一家のマンションへと向かって駆け出した。

(ったく、世話の焼けるガキめ……)

 とリーナの顔を思い浮かべて溜め息を吐く。
 今頃部屋で一人、呼吸もままならないほどに泣きじゃくっている気がして。

 だが、予想外なことに。
 リンク一家のマンションに辿り着き、リンクから渡された鍵を使ってドアを開け、ノックもなしにリーナの部屋を開けたリュウは眉を顰める。

「どこ行ったんだ、リーナの奴……」

 と、そこには誰もいなくて。
 リビングを見ても、キッチンを見ても、風呂場を見ても、トイレを見ても、その姿は見当たらない。

 再びリーナの部屋に戻って中をよく見渡してみると、空になったビールの缶がいくつも転がっていた。

「ヤケ酒かよ。ビールが切れて買いに行った……または、酔っ払って自殺……だったらやべーな」

 と、携帯電話を取り出したリュウ。
 リーナの番号を探している最中に王から電話が掛かって来、溜め息を吐きながら不機嫌露わに出る。

「なんだよ、うるせーな。こっちは忙しいんだよ、セクハラ王」

「誰がセクハラ王だっ!!」と怒声をあげた王だが、そのあとすぐに笑い出した。「どうだ、リュウ! 悔しいか、悔しいだろう!」

「何が」

 とリュウが眉を顰めると、王が声高らかに続けた。

「おまえの大切なものを、もう一人奪ってやったぞ!」

「は?」

 何の話だ。

 とリュウがさらに眉を顰める一方、王は続ける。

「それは誰のことだって? ふっふっふ、聞いて悔しがれ! おまえの親友の娘を奪ってやったのだ! いや、これから奪うのだ!」

「は?」

「私の息子がな!」

「は?」

「悔しいか!? そうかそうか、悔しいか! はーーーっはっはっはっはっはっはっ!!」

 と王の高笑いの後、切れた電話。

(リンクの娘――リーナを奪う…? セクハラ王の息子が……?)

 それは第二王子――ミカエルのことだろうか。
 いや、それはない。
 今朝、リーナはミカエルとも上手く行かなかったと聞いたのだから。

 だとしたら、あとは第一王子しかいなかった。

「――あの、クソ王が」

 リンク一家のマンションを飛び出したリュウ。
 今度は、ヒマワリ城の方へと向かって全力疾走していった。
 
 
 
 
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