第126話 もうすぐ作戦再開です


 葉月ギルドのギルド長室の中。
 リュウの言葉を聞き、リンクが口を開いた。

「せやな、作戦の続きの再開はおれも賛成や。リーナのために、ほんま頼むわ。せやけど」と、リンクはふと思ったことを口にする。「ハナちゃんて、リュウの言うことなら聞くやろ? リュウが一言ハナちゃんに、『ジュリをリーナに返してやってほしい』てなことを言えば、一件落着になるんちゃう?」

 そんなリンクの意見を聞き、リーナがはっとして続いた。

「せ、せや、リュウ兄ちゃん…! お願いやっ……!」

「まあ、たしかにハナは俺の命令をよく聞くから、それで一件落着になる可能性はあるな。よし、やってみるか」

 と賛成したリュウは、リーナの瞬間移動でジュリがいるだろう場所へと向かって行った。
 
 
 
 
 ジュリとミカエルが、本日の仕事にリーナが来ないと知らされたのは今朝のこと。

 ジュリの助手のハナ。
 それから、「今日は仕事をする気にならない」なんて言ってリュウにオフをもらったにも関わらず、武器(弓矢)を持ってミカエルの傍らに並んでいるユナ。
 その2人と共にジュリ宅の玄関でリーナが来るのを待っていたところ、ジュリの携帯電話にリンクからそう連絡があった。

 そのときジュリとミカエルは見つめあいながら、同じことを思っていた。

(ああ、やっぱり……)

 昨夜は互いに、リーナを譲ったはず。
 それなのに、一体どうしてこうなったのかと困惑せずにはいられなかった。

 ジュリの黄金の大きな瞳に映る。
 ミカエルの腕を堂々と愛しそうに抱いている、ユナの姿。

 一方で、ミカエルのブルーの瞳にも映る。
 ジュリと『恋人繋ぎ』をしているハナの姿。

 そして互いに何よりも感じる。
 今までの2人とは異なる雰囲気――恋人同士の雰囲気。

 今朝こうして4人顔を合わせたときから、ジュリとミカエルは察していた。
 本日リーナは、顔を見せないだろうと。

 いや、本日だけではない。
 これからもずっと、リーナは仕事へ来ないだろう。
 来れるわけが、なかった――。

 腹の虫が鳴り始めた正午過ぎの、ヒルガオ平原。
 仕事が一段落し、いつものようにジュリ宅に戻って昼食を取ろうかとミカエルが言うと、ユナがこんなことを言った。

「ううん、ミカエルさま。今パパも帰って来てるだろうし、ここでオフもらったあたしが一緒に帰ったらおかしいでしょ? だからお願い……どこかで外食しよ? 今朝ママにも言っておいたから」

「そうか、そうだな。キラさんの作る飯は天下一品だが、たまには外食も悪くない。ユナの好きなものでも食べに行くか」

 とミカエルがユナの肩を抱いて葉月町の方へと歩き始めると、ハナが呆れたように口を開いた。

「ジュリちゃんとオラもいるのに、『ユナちゃんの好きなもの』だべか、ミカエルさま? まぁーったく、もうすっかりユナちゃんにゾッコンだべね」

 ミカエルが笑う。

「ああ、済まない。好き嫌いが多いユナに、合わせてやってくれないか? 2人とも」

「はい、構いませんけど」

 と承諾し、ハナと手を繋いでミカエルとユナの後方を歩き出したジュリ。
 ユナの肩を大切そうに抱き寄せているミカエルの背を見つめながら、

「今ここに父上が来たら面白いことが――あ、違った。今ここに父上が来たら、大変なことが起きそうだなあ」と言った次の瞬間、「――って、父上こんにちは」

 見つめていたミカエルの背が、瞬間移動で現れたリュウの胸元へと変わり、その顔を見上げて微笑んだ。

「ははは。脅かさないでくれよ、ジュリ」

 なんて笑って振り返ったミカエルの視界にはリュウの後頭部が飛び込み、「うわっ!」と仰天してユナから飛び退る。

「おー、いたいた。探したぜ――って、ん? ここで何してるんだ、ユナ?」

 と眉を寄せたリュウに、

「仕事が大変だったので、僕がユナ姉上を呼んだのです」

 と、適当に嘘を吐いたジュリ。
 狼狽した様子のユナとミカエルに、早く行けとアイコンタクトで伝えながら、「それで」と話を続けた。

「僕に何か用ですか、父上?」

「いや、おまえじゃない。ハナに用があってな」

 それを聞いたハナ。
 ジュリから手を離すと、

「ジュリちゃんも先に行っててだ。オラ、あとから行くから」

 と言って、ユナとミカエルに続いてジュリもその場から去らせた。
 その後、すぐ近くの木からおずおずと顔を出したリーナを見つめながら訊く。

「……リーナちゃん引き連れて、オラに何の用ですだリュウ様?」

「ちと、おまえに頼みごとがあってな」

「リュウ様が、オラに頼みごとっ?」と、黒猫の耳をぴんと立たせ、嬉々としてリュウの顔を見上げたハナ。「何でも言って下さいだ!」

 次のリュウの言葉を聞いた瞬間、一転して眉を吊り上げた。

「ジュリのこと、リーナに返してやって欲しいんだが」

「嫌ですだ」

「即答かよ」

「リュウ様の頼みごとでも聞けないですだ」

「じゃー、言い方を変える。ジュリをリーナに返せ、ハナ」

「嫌ですだ」

「俺の命令に背くか」

「申し訳ないですだ。リュウ様の命令でも、聞けないですだ」

 ハナの視線が、近くの木陰から顔を出しているリーナへと移る。
 びくっと肩を震わせたリーナの瞳に映るハナは、とても鋭い目をしていた。

「リュウ様、オラ……はっきり言って信用ないですだ。リーナちゃんのこと。ジュリちゃんをさんざん傷付けたリーナちゃんのこと……もう信用なんかできないですだ!」

「――」

 ぼろっと大粒の涙を一粒零したリーナ。
 逃げるように、瞬間移動でその場から消え去っていった。

 一方で、呟いたリュウ。

「信用ない……か」

 ふとハナの顎に手を当て、強引に上を向かせた。

 目の前数センチの距離まで顔を近づけてきたリュウに、「えっ?」と驚きながら声を上げ、頬を染めたハナ。
 あたふたとしながら瞳を動かして辺りを見回したのち、覚悟を決めたように目を閉じた。

 それから数秒後、ハナに振ってきたのはリュウの熱いキス。
 ……ではなく、デコピンだった。

「あだっ! リュ、リュウ様何を――」

「おまえも充分、信用ねーよ」

 そんなリュウの溜め息交じりの言葉に、顔がかっと熱くなるのを感じたハナが「あっ」と口元を押さえて俯く。

「しかも、ジュリと付き合い始めた昨日の今日で……」

「……ずっ…ずるいですだ、リュウ様っ……! オ、オラが抵抗できないの知っててっ……!」

「あ? 抵抗できない、じゃなくて、抵抗しなかっただけだろうが。抵抗しようとすりゃ出来んだろ? さっき俺の命令に背いたみてーによ。おまえは俺にキスされたかったんだよ。おまえもリーナと一緒で、充分信用ねーの」

「いっ……一緒にしないでくださいだ!!」と、叫んで顔を上げたハナは、牙を剥いていた。「一緒にしないでくださいだ! 一緒にしないでくださいだ! オラはリーナちゃんみたいに、ジュリちゃんのこと傷つけたりしませんだ! 泣かせたりしませんだ! 絶対に! 絶対に絶対にっ……オラはっ……リュウ様のために!!」

 そう真剣な表情で見つめてくるハナを見下ろしたまま、リュウが口を閉ざす。
 あまりにも長いことリュウが何も言わないでいるものだから、ハナが戸惑いながら口を開きかけたとき。

「おまえ……ジュリと寝たのか」

 リュウが呟くように訊いた。

「え?」

「だから、ジュリとセックスしたのかって――」

「い、意味分かってるから、はっきり言わないでくださいだっ……!」

 と、赤面しながらリュウの言葉を遮ったハナ。
 リュウから目を逸らし、咳払いをしてから答えた。

「…ね…ね…ね…寝ましただよっ……?」

「どうだった」

「か、感想っ? え、えーと……ジュ、ジュリちゃん大きくて……」

「ああ、あんなキラそっくりな顔して、メダルはえげつねえ俺似なんて……! ――って、そういうことを訊いてんじゃねーよ。俺を泣かせてーのか、おまえは」

「ご、ごめんなさいだ! あわわわわ、涙ぐまないでくださいだリュウ様ぁぁぁぁ! あ、あの、えーと……、『どうだった』って何がですだ……?」

 と首を傾げるハナに、リュウがもう一度訊く。

「どうだったんだよ、ジュリと寝て。嫌だとか、そういうこと感じなかったか」

「え……?」

「逆におまえが男で、ジュリが女だったらこんなこと訊かねえよ。つーか、その場合おまえもう俺に殺されてるが」

「リュ、リュウ様……?」

 とまだ首を傾げているハナを見、リュウが苛立たしそうに「だから」と声を大きくした。

「ジュリと――愛してもいない男と寝て、嫌だとかそういうこと感じなかったのかって訊いてんだよ」

「あの――」

「だっておまえ……女だろ」

「――えっ……?」

 どきっと鼓動が高鳴ると同時に、頬を染めたハナ。
 眉を曇らせているリュウの顔を見つめながら、破顔一笑した。

「ありがとうございますだ、リュウ様! オラ、オラ、リュウ様のそのお気遣いだけで、とっても幸せな黒猫ですだ! 愛してもいない男性と寝て、嫌でないのか? ぜーんぜんっっっ! ですだ、リュウ様! リュウ様の幸せを思えば、身体の1つや2つどうってことないですだ! だからオラのことは何も気にしないでくださいだ、リュウ様――ご主人様!」

「おい、ハ――」

「あっ、それじゃオラはジュリちゃんたち待ってるからこれで!」

 と言い残し、止める間もなくリュウに手を振りながら走り去っていくハナ。
 その背が見えなくなると、リュウから深い溜め息が漏れた。

「何も気にすんな……って言われてもな」

 無理がある。
 ハナがこのリュウの、家族となったその日から。

 リュウは携帯電話をポケットから取り出すと、リーナへと電話を掛けた。
 リーナが声を出す前に、一言言って切る。

「戻って来い」

 二秒後、リュウの背後へと現れたリーナ。
 リュウの背に抱きつき、泣きじゃくる。

「リュウ兄ちゃぁああぁああぁあああぁああん! ハナちゃん、ハナちゃん、絶対にうちにジュリちゃん譲ってくれへんわぁあぁああぁあああぁぁああ!」

「そうだな、ハナのあの様子じゃ」

「うわぁああぁああぁああああ――」

「うるせーよ。つかおまえ、人の服に鼻水つけんなよ」

 とリーナの泣き声を遮り、リーナを己の前に引っ張り出したリュウ。
 リーナの頭に手を重ねながら続けた。

「でもま、おまえがまたジュリを振り向かせたそのとき、ハナも今とは何かしら変わるだろ。今夜俺の仕事が終わったあと、うちに来い。残りのバッターを集めて作戦を立ててやる、おまえのためにも……ハナのためにも――」
 
 
 
 
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