第12話 初めての公衆浴場にて 前編


 ジュリがハンターとして初めて1匹で仕事を完了させてから、約2週間。
 あれ以来、ジュリはリーナの弟子としてしっかり働いているようだった。

 そしてその日辺りから、リュウにとある人物から毎日のように電話やメールが来る。

 現在5月の半ば、シュウ28歳の誕生日を迎える前日。
 いつものように騒がしい朝の食卓で、ポケットの中の携帯電話が震えたリュウ。
 緊急の仕事かもとそれを取り出してみると、来たのはメールだった。

 そして誰からか確認して眉を寄せる。

「またかよ……」

「また来たのか、リュウ」と、キラ。「今度は何と? 王は」

「王?」

 と声をそろえ、リュウに顔を向けた家族一同。
 リュウが溜め息を吐き、携帯電話の画面を一同に向ける。

「ここんとこ、似たようなメールがしょっちゅう届くんだよ……」

 家族一同がリュウの携帯電話に注目すると、そこには王からのメール。

『やはり妻は1人または1匹の方が良いか?』

 と書かれていた。
 ちなみに受信した相手の名前のところには『王』ではなく『セクハラ王』と書かれている。

 バキッ…!

 と、キラの手の中で折れた箸。

「ど、どうしたキラ」

「なんでもないぞ、リュウ。一瞬、一夫多妻制になったときのことを考えただけだ」

「お、落ち着け……。俺はおまえ以外の妻なんていらな――」

「ええっ!?」

 と、リュウの声を遮ったのはミラである。
 染まった顔を両手で押さえながら声をあげる。

「そんなっ…そんな、一夫多妻制だなんてっ! 私パパと結婚できちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ(ハート)」

「えええっ!?」と、続いて声をあげたのはリン・ランだ。「と、ということは、わたしたちも兄上と結婚できちゃいますかなのだ!?」

「まあ」と、さらに続いたカノン・カリン。「あたくちたち、おじいちゃまとケッコンできるのかちら?」

 リュウの足元へと駆けて行き、キラとそっくりな顔立ちを輝かせて訊いた。

「う、うーん……」と、ちらりとキラに目を向けたリュウ。「……。…む、無理みたい……」

 と冷や汗を掻きそうになりながら呟き、カノン・カリンを抱っこした。

「てか、親子も兄妹も祖父母と孫も結婚できないんだから変な期待してんじゃないよ」と、溜め息を吐いたサラ。「ま、アタシは反対だね。一夫多妻制だなんて! レオ兄に寄って来た女マジ殺ス」

 カレン、レナと続く。

「あたくしも大反対ですわ! あたくし以外の妻を迎えたらどうなってるか分かってるわね、シュウ!?」

「あたしも絶対ヤダからね、ミヅキくん!」

 妻の顔を見たシュウとレオン、ミヅキ。v  蒼白した顔をリュウに向け、別の話題に変えてくれと目で訴える。

 もう一度ちらりとキラの形相を見たあと、小さく頷いて承諾したリュウ。

「そ、そういえばよ?」と話を逸らした。「明日はおまえの誕生日だな、シュウ」

「えっ?」

 と、驚いたように声をあげたシュウ。
 少し照れくさそうに笑った。

「な、何だよ親父っ…、オレの誕生日ちゃんと覚えててくれたのかっ……!」

「ああ、もちろんだぜシュウ。おまえは俺の可愛い息子なんだからよ。俺がおまえの誕生日を忘れるわけねーだろ? よって明日のおまえの誕生日パーティーは……!」

「う、うんっ?」

「ジュリのための1日にする」

 とのリュウの言葉に、シュウ驚愕。

「――はっ!? 何でっ!?」

「だって俺、おまえよりジュリの方が可愛いし」

「それは承知してるけど!? 重々承知してるけど!? 何でオレの誕生日に!?」

「だって俺、誰かの誕生日パーティーの日とかじゃねーと暇ねーし」

「今月はカノン・カリンとセナの誕生日もあるんだけど!?」

「それは祝ってやる。何おまえ…、可愛い娘と甥っ子の誕生日祝ってやらねーって言うのか?」

「そうは言わないけど!? 何でオレの誕生日は祝ってくれねーの!?」

「うるせーな、文句あんのかよ」

「あっ、あるから言ってんだっ! さっき、オレのこと可愛い息子って言ったのは嘘だったのかよっ!?」

「誠意を持って認めるぜ俺」

「認めるなああぁぁああぁぁああぁぁああぁあああぁぁあぁあああぁぁああぁあああぁぁあっ!!」

 と喚くシュウを無視し、リュウはジュリに顔を向ける。

「見てくれジュリ。おまえの父上ってこんなにも素直」

「はい」

 と、話を聞いていたのか聞いていなかったのか知らないが、大好きなタラコとご飯を頬張って機嫌良さそうににこにこと笑っているジュリ。
 リュウが訊く。

「で、ジュリ? 明日はどこへ行きたいんだ?」

「明日ですか?」

 と、首をかしげて考えたジュリ。
 一同が注目する中、

「公衆浴場です」

 と答えた。
 それを聞いた瞬間、リュウの顔が強張った。
 
 
 
 
 翌日。
 本来ならば毎年シュウの誕生日パーティーを行っているはずのジュリとその家族、リンク一家であるが、今年は葉月町で一般庶民に人気らしい公衆浴場へと来ていた。

「まあ、ジュリがこういうとこ来てみたいっていうのは納得や。高級旅館とかの温泉しか入ったことあらへんのやから」

 と、男風呂の脱衣所で衣類を脱ぎながら言うリンク。

「せやけどな」と、顔を引きつらせて続けた。「一体、コレのどこが公衆浴場やねんっ!!」

 コレ=貸切。
 ジュリとその家族、リンク一家以外の者は店員だけだった。

「早朝とかならそういうこともあるかもしれへんけど、今は夕刻過ぎやで!? 一般庶民の皆様方で混み合ってる時間帯やで!?」

「まあ、リュウが遊びに行くところ先々を貸切にするのはいつものことだからね」

 と、苦笑したレオンの顔を覗き込み、シオンが訊く。

「嫌なのかよ、親父?」

「嫌なんじゃなくて、何だか僕たちのために悪い気がしてね?」

「気にすんなよ。こんでるとこなんかに来たくねーし、俺」

 というシオンに、

「そうそう、こんでるとこなんか来たくねーよ」

 シュンが続き、

「ひとゴミうぜー」

 セナが続いた。
 3匹そろい、浴室の方へと駆けていく。
 そのあとをネオンが慌てたように着いて行き、グレルも駆けて行って浴槽に飛び込み、大きな水しぶきを上げた。

「ったく、あの3匹――シオン・シュン・セナは本当親父そっくりだな」

 と言いながら、溜め息を吐いてリュウに顔を向けたシュウ。
 眉を寄せた。

「――って、何してんだよ親父?」

 脱衣所の隅の方で、衣類を脱がずに壁と向き合っているリュウ。
 ジュリが全裸になり、はしゃいだ様子で浴室へと駆け出そうとしたとき、慌てて口を開いた。

「ジュ、ジュリ!」

「はい、父上?」

 と、ジュリがリュウに顔を向ける。

「そ、そそそ、その、だな、ジュリ? お、おおお、おまえは女風呂に行った方がいいと思うぜ、父上はっ……!」

 ジュリが首をかしげて訊く。

「どうしてですか、父上? ジュリは男だから、男風呂ではないのですか?」

「な、なぁに、そんな決まりはない!」

「あるから男女に分かれてんだろ……」

 とのシュウの突っ込みを無視し、リュウは続ける。

「ジュリ、おまえはいつも母上や姉上たちに背を流してもらっているな?」

「はい、父上。兄上やレオ兄さま、ミヅキさんも流してくれますが」

「あ、あれだ…。いつも世話になっている母上や姉上たちに、今日は礼をするべきだと父上は思う! よって、母上や姉上たちの背を流して来い!」

 そんなリュウの命令を聞いたジュリ。
 笑顔で承諾し、素っ裸のまま女風呂へと駆けて行った。

 リュウが安堵してようやく衣類を脱ぎ始める一方、リンクが顔を引きつらせて声をあげる。

「ちょ、ちょお、リュウ! ジュリはもう15なんやで!? 女風呂はあかんやろ、女風呂は! う、うちのリーナやっておるのにっ……!」

「うるせ。文句のある奴は半殺しにしてやっから掛かって来い。いいか、おまえら。俺はっ……」と、頭を抱えるリュウ。「俺は信じたくねえんだっ…! ジュリの股間に男の印であるアレが生えてるのなんて、信じたくねえんだああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁっ!!」

 と半ば発狂した。

「はいはい……」と声を揃え、苦笑したシュウとレオン、リンク、ミヅキ。「でも……」

 大丈夫かなあ……?

 と、女風呂がある方向へと顔を向けた。
 
 
 
 
 男風呂でグレルが大きな水しぶきを上げるとほぼ同時に、女風呂でもリーナが水しぶきを上げた。

「イヤッホォォォォォォォイっ! うち、ここの銭湯によく来るんやけど、貸し切って入るのは初めてやで!」

 リーナの後、女一同が脱衣所から浴室へとぞくぞくとやって来て浴槽に浸かる。
 ミラが浴室の中を見渡して言った。

「銭湯って、結構広いのねえ」

「…もしかしてジュリちゃんだけやなく、一家そろって銭湯に来たことないんかいな」

 と苦笑してしまうリーナ。
 もしかしてというか、そうだった。
 思えば、ジュリとその家族が高級旅館などの温泉に行ったことはあっても、こういった公衆浴場へ行ったところは見たことがない。

「うーむ、混浴じゃないのが残念だぞ……」

 と、リン・ラン。

「まあ、ここの銭湯は混浴あらへんな。あるとこはあるんもんやけど。……って、なんやねん、リンちゃんランちゃん。痴女やなあ」

 とリーナが呆れたように溜め息を吐くと、リン・ランが慌てたように手と首を横に振って否定した。

「な、何を言うのだリーナ! わ、わたしたち、兄上のお身体を洗ってあげようと思っただけなのだ!」

「シュウくんのドコを洗う気やったん?」

 サラが短く笑って言う。

「股間のアレに決まってんじゃん、アレに」

「ち、ちちち、違いますなのだサラ姉上っ! わ、わわわ、わたしたちそんな、兄上の大事な銅メダルなんてっ……!」

「そういえば昔、男たちがアレの大きさ比べをしたとき、シュウは銅メダルだったな」

 と、リーナの母・ミーナ。
 リーナとそっくりな顔に眉を寄せて思い出す。

「そして、うーんと…? グレル師匠が金メダルで、リュウが銀メダルだったな? んでシュウが銅メダルで、そのあとはたしかレオンが鉄メダルで、リンクがアルミメダルだったか?」

 サラが頷いて続く。

「そそ。でもアタシ一度ミヅキのパンツの中覗いて見たことあるんだけど、リンクさんよりあったよ」

「ほお、ではミヅキがアルミメダルで、わたしの旦那のリンクは紙メダルに降格したのか!」

「いやあ、もっと降格するかもしれんで、おとんは!」と、リーナ。「せやかて、ほら、昔はジュリちゃんが約4歳と小さかったから勝負に入ってへんかったやろ? 15歳になった今、おとんのこと抜かしてるんちゃう?」

 そう言ったあと、キラとその娘たち、カレンの顔を見回した。
 どきどきとしながら小声で訊いてみる。

「な、なあ、あんたら、普段ジュリちゃんの背中流してあげとんのやろ? ジュリちゃん、どうなんっ……?」

「む? 背中を流すだけだから前の方は見てないぞ」

 と、キラが言うと、その娘たちとカレンが同意して頷いた。
 マナが続ける。

「あたしたち、本当にジュリの背中しか流してない…。だから服着たままで済むし…」

「えっ、そうなんっ? うち、もろに裸見合ってるヤバイ姉弟やと密かに思っとったで!」

 なんて、リーナが声を高くしたときのこと。
 噂をすれば何とやらで、脱衣所の方からジュリの声。

「母上ー、姉上ー、カノン・カリンー、カレンさーん、ミーナ姉さまー、それからリーナちゃーん!」

 顔を見合わせた女たち。
 リーナが首を傾げながら訊く。

「ジュリちゃん、どうかしたん?」

「お背中流します♪」

 とジュリが素っ裸で浴室に現れた瞬間、女風呂から悲鳴が上がった。
 
 
 
 
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