第107話 一流ハンターとして初仕事です
ギルドで身体測定が終わりジュリ宅で昼食を取ったあと、ジュリとリーナ、ミカエルは再びギルドへと戻ってきた。
カレンにより破壊されかけたギルド長室へと向かい、そこで一人昼食中のリンクを訪ねる。
「はいはいー、では失礼しますー」と愛妻弁当片手に仕事の依頼の電話を切り、ジュリたちに顔を向けたリンク。「ちょお、待ってな!」
と弁当を口に掻き込んで口の中のものを茶で胃に流し、デスクの端に積まれている書類の中から5枚ほど紙を取り出した。
それらは全て、一流ハンターとなったジュリとミカエル、それから助手のリーナへの仕事の依頼内容が書かれた紙だ。
「ほな、今日のおまえたちにはこれな」
とリンクがその5枚の紙を差し出すと、それをリーナが受け取った。
一枚一枚軽く目を通し、驚いて声を上げる。
「ちょ、ちょお、おとん! 一流ハンターとしての初仕事で、いきなり5つの依頼かいな! しかも、ぜーんぶ凶悪モンスター討伐やん!」
「当たり前やん」
とリンクがその言葉通り、さも当然というように言い切った。
そりゃリーナだって、一流ハンター以上はモンスター討伐がほとんどだということくらいは知っているのだが。
いきなりこんな数の仕事を、一流ハンターに昇格したばかりのジュリとミカエルに任せるのは不安だった。
リンクが続ける。
「おまえら3人なんやから大丈夫やろ? これでも控えめにした方や。一流ハンター以上はまだまだ人数が少ないから、最低でもこれくらいはこなしてもらわな困んねん。王子がおっても、一流ハンターになれるほどの実力があるならもう遠慮はせぇへん」
「せ、せやけど――」
と困惑したリーナの声を遮り、リンクが続ける。
「超一流ハンターになったリン・ランと一緒に働くことになったシュウなんて、今日から1日の仕事の数は20以上やで。まあ、バケモノのリュウはその3倍以上やけどな、他の島の仕事もせなあかんから。せやから、おまえらも頑張ってーな」
「そ、そんなこと言われたって、実際戦うのはジュリちゃんとミカエルさまの2人やで!? 二流ハンターのうちの仕事なんて、瞬間移動くらいやもん! せやからおとん、少し数を――」
「大丈夫だよ、リーナちゃん」
とジュリがリーナの言葉を遮り、その手から依頼内容の書かれた5枚の紙を取った。
ミカエルと共にそれらに目を通しながら続ける。
「リーナちゃんが瞬間移動してくれるし、これくらいなら夜遅くまで掛かるなんてことはないと思う。僕もミカエルさまもサラ姉上のところで厳しい修行をしてきたし、大丈夫。そうですよね、ミカエルさま?」
「ああ。大丈夫だ、リーナ。この程度の仕事ならば、サラの下での修行の方が何倍も厳しかった……」
「三途の川を何度も渡りそうになりましたしね……」
と青い顔をしているジュリとミカエルの顔を交互に見、苦笑したリーナ。
「せ、せやろな、あの鬼のサラちゃんの下におったら……」
何だか心配が吹っ飛んで、大丈夫な気にさせられ。
リンクに向かって「ほな」と手を振り、ジュリとミカエルを連れてその場から瞬間移動をした。
「仕事いってくるわー」
葉月島にある3つの平原――アサガオ平原・ヒルガオ平原・ヨルガオ平原のうち、ヒルガオ平原へとやって来たジュリたち。
ヒルガオ平原は葉月公園に次ぐ花見スポットで、平原を囲むように生えている桜の木は桃色の蕾を膨らませ、一斉に咲き乱れる準備の最中だった。
花見の季節でなくとも普段はピクニック等をしに来ている者をちらほら見かけるものだが、本日は誰一人姿が見えない。
「そら、当たり前や。『入ったらブッ殺ス。by葉月ギルド長』なんてめっちゃ恐ろしい看板立っとるし、そうやなくてもこんなんやったら……」と真っ青になって顔を引きつらせたリーナ。「ヒィィィィィッ!」
と声を上げながらジュリとミカエルの背に隠れた。
全身に鳥肌が立ってしまう。
だって数メートル先には、大蛇に似たモンスターがうじゃうじゃと。
「き・も・い・わぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっっっ!!」
「こ、こんなにいるとは思わなかったな。数え切れないぞ……」とリーナに続いて鳥肌を立て、依頼内容を再度確認するミカエル。「えーと、大人の男が2人食われ、1人が絞め殺されたみたいだな。私たちの仕事はこの大蛇モンスターの全滅……だそうだぞ?」
とジュリに顔を向けた。
「あのモンスターは猛毒を持っている上に治癒も出来ますし、初っ端から時間掛かりそうですね。早く行きましょう、ミカエルさま」
「ああ」
とモンスターの塊へと向かっていくジュリとミカエルに向かって、リーナは慌てて声を上げる。
「ま、待ってや! ほ、ほんまに大丈夫なん!?」
振り返ったジュリとミカエルが、リーナを安心させるように笑った。
「大丈夫だよ、リーナちゃん。リーナちゃんは安全なところで待ってて」
「そうだ、大丈夫だリーナ。すぐに終わらせる」
「わ…分かった……」
と戸惑い気味に頷き、近くの桜の木の陰に隠れたリーナ。
(ああぁ、ほんまにこんな大量のモンスター相手に勝てるんかいなっ…! うちと一緒に働いてた頃のジュリちゃんとミカエルさまには、明らかにキツイでこの仕事はっ…! ああもう、あかん! ジュリちゃんとミカエルさまが死んでしまったらどないしようっ……!)
と、再び2人のことが酷く心配になってしまい、涙目になりながら見守っていたが。
どうやらそこまで心配する必要はないらしい。
「さて、始めましょうかミカエルさま。ミカエルさまは剣故に近距離攻撃ですから、敵の毒には注意してくださいね」
「ああ、分かっている。おまえも念のために注意するんだぞ、ジュリ。投げて戻ってきたチャクラムに毒が付いていて……なんてこともあるかもしれない」
「はい。それから敵に治癒されては面倒ですから、なるべく一撃で仕留めてください……ねっ!」
と、ジュリの両手から投擲された円盤型の刃――チャクラム。
それは左右に分かれて飛んで行き、モンスターの塊の外側をぐるりと一周してジュリの手元に戻ってきた。
刃の通り道にいた敵はまさに瞬殺されていて、リーナは思わず目を丸くする。
(――えっ…!? 一流ハンター用のモンスターやのに、一撃っ……!?)
さらにそれは、ジュリだけではなく。
「では外側から削っていってくれ、ジュリ。私は手前にいる敵から倒していく!」
ジュリのチャクラムに続いて、敵に切り込んだミカエルの剣。
一番手前の敵を斬った後、剣を振るった際に起きた風圧により、直線状にいた数匹も連続して真っ二つに切り裂かれていく。
これもまた瞬殺で、リーナはさらに目を丸くする。
(――ええっ…!? ミカエルさまも…!? こ、この2人、うちがちょっと見ない間にめっちゃ強くなっとる……!)
最低でも1時間半は掛かるだろうと思っていたのに、あれよあれよという間にモンスターの塊は小さくなっていき。
20分後には、遠くの方に残り3匹に。
それを遠距離攻撃も出来るジュリに任せ、剣を腰に収めたミカエルがリーナのところへと戻ってくる。
「どうしたんだ、リーナ? ポカーンとして。口開いてるぞ」
「…せ…せやかて、2人ともめっちゃ強いんやもんやから驚いてっ……!」
「だーから大丈夫だって言ったじゃないか」
と笑ったミカエル。
リーナのところまであと数歩というとき、リーナの頭上を見てハッとして一瞬立ち止まった。
「――リーナ!」
と、声を上げると同時にリーナに飛び掛る。
「へ?」
こんなところでミカエルに襲われる?
んなわきゃーない。
ミカエルの視線を追い、相変わらずポカーンと口を開けたまま上を見上げたリーナ。
そこには桜の木の枝からぶら下がった大蛇型モンスターのぱっくり開かれた大きな口と、鋭い牙、そこから今にも滴り落ちそうな猛毒――。
「――ヒッ……!」
と顔面蒼白して短く声を上げたリーナの頭を胸に抱き、大地の上にミカエルがうつ伏せの形で倒れる。
その寸前、
「リーナちゃん!」
遠くから目にも留まらぬ速さで飛んできたジュリのチャクラムが、モンスターを切り裂いた。
一瞬のことだったが、リーナは何が起こったのかすぐに察する。
己はジュリとミカエルに、守られたのだ。
命の危機から脱したばかりだというのに、己の胸からは良い意味での動悸が聞こえてくる。
(ああ…、あかん……。この2人めっちゃ強い上に、しかも……)
しかも、
(めっちゃ、かっこええ……!)
傍らに落ちたモンスターの頭を見てその死を確認したあと、リーナの上から避けたミカエル。
「おい、大丈夫かリーナ!?」
と言い終わるか終わらないかのうちに、超高速で駆けて来たジュリに突き飛ばされ、すぐ近くの桜の木に顔面から激突。
「グハッ!!」
一方、
「大丈夫、リーナちゃん!? 怪我してない!? 毒は!? 大丈夫!?」
とリーナの身体を抱き起こし、その顔や肩、腕に触れて安否を確認するジュリ。
頭をぐわしっとミカエルの手に掴まれ、顔を上げて眉を寄せた。
「……何するんですか、ミカエルさま」
「おーまーえーはぁぁぁぁぁ…! 何するんだって、それは私の台詞だっ……! 見ろ、鼻血が出たじゃないか!」
「そんなのご自分がトロいのが悪いんでしょう」
「何も突き飛ばすことないだろう!」
「邪魔だったんです」
「な、何だと!?」
と喧嘩を始める2人には、いささか困ってしまうリーナだが。
それでも、この空間は悪くないと思った。
3人だけのこの空間に、ライバルはいない。
ジュリもミカエルも、己だけを見ていてくれる。
その笑顔も、優しさも、愛情も、全て己だけのもの。
醜い嫉妬をすることも、不安になることも、ない――。
「まあまあ、喧嘩せんといてーな」と宥めながら、右手にジュリの腕を、左手にミカエルの腕を取ったリーナ。「2人ともありがとな、うちのこと守ってくれて」
と嬉しそうに笑った。
それを見た2人が、ふと喧嘩を止めて微笑む。
「無事みたいで良かった、リーナちゃん。これからも僕が守るからね」
「ありがとう、ジュリちゃん!」
「いやいや、リーナのことを守るのは私の方だ。それにしても、ずいぶんと機嫌が良さそうだなリーナ?」
「うん、ミカエルさま!」と頷いたリーナが、ミカエルの顔を見上げる。「せや、もう一度言わせてーな、ミカエルさま」
「なんだ?」
とミカエルが首を傾げると、リーナがはしゃいだ様子で「あのな」と続けた。
「うちとの約束を守ってくれて、ほんまにありがとう! ミカエルさまがあの約束守ってくれへんかったら、うちきっとここまで楽しい気分で仕事できてへんかったと思うで! もうあのことが気に掛かって、気に掛かってな! せやから、あの約束守ってくれてほんまにありがとう!」
「――」
ずきん、とミカエルの胸が強く痛んだ。
あの約束――ユナにプレゼントしたものを返してもらうという約束。
守ったとリーナに嘘を吐いた、あの約束。
本当は守れなかった、あの約束
(私は、最低の男だ――)
ジュリとミカエル、助手のリーナの、一流ハンターとしての初仕事は夕刻には終了していた。
これならもっと仕事をもらってくれば良かった、なんて3人で話した後、ジュリとミカエルはリーナの瞬間移動で帰宅。
まずジュリが自宅屋敷の前まで送られ、その後ミカエルがヒマワリ城の前まで送られる。
「わざわざありがとな、リーナ」
「ええねん、ミカエルさま。これくらいさせてーな。ほな、また明日な!」
「ああ、また明日」
と、瞬間移動で去るリーナを笑顔で見送ったミカエル。
リーナの姿が消えてから数秒、その笑顔も消えた。
(私はリーナに嘘を吐いている。本当はあの約束を守れなかったのに、嘘を吐いている)
そんな罪の意識に苛まれ、ずきずきと胸が痛む。
(私は最低だ。最低の男だ……)
今からでもリーナとの約束を果たそうか。
今からユナに会いに行って、プレゼントしたネックレスとブレスレットを返してもらって、そしてリーナに嘘を吐いていたことを謝る。
ユナを泣かすことになっても、きっとそうした方が良い。
そう、思ったのに――
「ミーカーエールーさーまっ!」
と、明るい声と共に、目の前に姿を現したユナの顔を見た途端、その決心は呆気なく泡となって消えてしまった。
「――ユナ……」
えへへ、とユナが笑って言う。
「来ちゃった。これから毎日仕事終わったあとに、ミカエルさまの方から会いにきてくれるって言ってたけど。しかも今朝、身体測定で会ったのに。ごめんね」
ユナの笑顔を見つめ、「いや」と微笑んだミカエル。
ユナの頭を撫でながら訊く。
「いつから待ってたんだ? おまえもリュウに付いて仕事に行っていたんだろう?」
「うん。でも、1時間前には家に帰されちゃった。あたしが疲れちゃうし、お腹減っちゃうからって」
「相変わらず過保護だな、リュウは。……じゃあ、何だ。1時間近くここで待っていたとか言わないよな?」
「言っちゃうかも」
と答えたユナに、「何?」と声を高くしたミカエル。
少し狼狽した様子でユナの手を引いて城の中へと入り、最上階――4階にある己の部屋へと向かっていく。
「だったらせめて、中で待っていればいいだろう。おまえが好きなものを言えば、何だって出てくるぞ? 外では疲れるし、暇で待ちくたびれただろう」
「その次から次へともてなされちゃうところが、何だか悪いんだもん」
「そんなこと気にするな。リュウとキラさんの娘のおまえならば、親父から召使までみーんな歓迎している」
ミカエルの部屋へと辿り着いてから、間もなくしてビールが運ばれて来。
それから少しして、ユナが城の前で待っていた頃から準備していたのか、偏食のユナの嫌いなものが入っていない料理が次から次へと運ばれてきた。
「わー…、だから中に入るの遠慮してたのにぃ……」
とユナが苦笑すると、ミカエルがフォーク片手に「だから」と言う。
「気にするな。うちのシェフの腕は超一流だが、せっかくのその味も冷めては不味くなってしまう。ほら、口を開けろ」
とミカエルが料理を一口ユナの口元に近づけると、それをパクッと口に入れたユナ。
照れくさそうに、えへへ、と笑った。
「おいしーっ」
「だろう」
「ねー、もう一口」
「まったく子供だな、おまえは」
とミカエルが笑いながらもう一口ユナに食べさせてやった後、ビールを飲みつつ話はお互いの今日一日のことに。
ユナもミカエルの話に興味津々と耳を傾けるが、それはミカエルも同じだった。
ユナが今日一日あんなことがあった、こんなことがあったと話すのを、全て忘れぬように記憶に留めておく。
「予想はしていたが、リュウはまったくおまえに働かせてないな」
「うん、あたしってばパパと一緒じゃ本当にお荷物だよ……」
と、苦笑したあと、ユナが「そういえば」と話を切り替えた。
「あたし、今月でまた1つミカエルさまよりお姉さんになるんだよ?」
「ああ、知ってる」
と答えたミカエルに、ユナは嬉しそうに笑う。
「覚えてくれてたんだ」
「ああ。マナには魔法薬の材料を、レナには間食一年分をプレゼントする。で、おまえは何がいいんだ?」
「あたしは先月ブレスレットもらったばっかりだからいいよ」
「本当にいいのか?」
「あんまり良くないかも」
「ほら見ろ」
と笑ったミカエル。
何にしようか迷っているユナを見、「じゃあ」と続けた。
「私が適当に選んでくる。それでいいか?」
「うん、嬉しい!」
と頬を染めて笑ったユナを見つつ、またミカエルの胸が痛みをあげる。
リーナに嘘を吐いている上に、己はリーナの傷付くことをしようとしている。
(ごめんな、リーナ。ごめんな……)
心の中、何度もリーナに謝る。
謝るくらいなら、そんなことしなければいいと思うのに。
でもユナの笑顔を見ると、止められそうにない――。
(私は本当に、最低の男だ……)
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