第108話 第二王子の想い


 4月の半ば過ぎ。
 本日は三つ子――ユナ・マナ・レナの25歳の誕生日パーティー故に、いつものようにジュリ宅のリビングに、いつもの一同が集まっていた。

 すぐ目の前には、ご馳走がたくさん並べられたガラステーブル。
 背後にはシオンとローゼが腰掛けているソファー。

 その2つの間に出来た隙間に、ジュリとミカエルに挟まれて座っているリーナ。

「マナ、レナ。これは私からだ。マナには魔法薬の材料で、レナには間食1年分だぞ♪」

 と、マナとレナにプレゼントを渡したあと、己の傍らで飲食を始めたミカエルを見て安堵した。

(良かった…。ミカエルさま、ユナちゃんにはプレゼント渡してへん……)

 と、そんなことに。
 ちらりとガラステーブルを挟んだ向かいにあるソファーに座っているユナを見ると、好きな人――ミカエルからプレゼントをもらえなかったにも関わらず、平然としているところは少し気になったが。

「はい、リーナちゃん」

 と隣にいるジュリに料理の盛られた皿を差し出され、そちらへと顔を向けた途端、

「あっ、ありがとうジュリちゃん! うちのために料理盛ってくれて! うーん、美味しいわあ♪」

 と、料理を頬張り、ジュリにビールも注いでもらい。
 上機嫌になって、ユナのことはすぐに忘れてしまった。

「あ、なあなあ、ジュリちゃん。格ゲーで勝負せぇへん?」

「うん、いいよ」

「よっしゃ! 負けへんでーっ!」

 と張り切った様子で皿片手にテレビの前へと向かって行ったリーナが、ジュリとテレビゲームを始めてから10分。
 熱中した様子のリーナを見たミカエルが、ふとユナへと顔を向けた。
 すると目を合わせたユナが、ミカエルへと近づいていってその隣に腰掛けた。

 とても小さな声で、ミカエルが囁く。

「誕生日おめでとう、ユナ」

「ありがとう、ミカエルさま」

 と嬉しそうに笑いながら、ミカエルに続いて小さな声で返したユナ。
 ポケットの中に何かをしまって、小走りでリビングから出て行った。

 それを見送ったあと、テレビゲームをやっているリーナへと顔を戻したミカエル。
 相変わらず熱中した様子のリーナを見て安堵の溜め息を吐いた。

 それと同時に、背後のソファーからも溜め息が聞こえてきて振り返る。
 するとそこには、

「おまえさー……」

 とビール片手に呆れ顔のシオンの姿があった。
 隣にはローゼの姿もあるが、シオンとは違って唐揚げを頬張ってご満悦の様子だ。

「にゃーにゃー、シオン、兄上。唐揚げ美味しいのにゃー♪」

「ああ、私も食べてるぞローゼ。美味いなー、キラさんの唐揚げは」

 とローゼの頭を撫でたあと、ミカエルはシオンに顔を向け、苦笑しながら訊く。

「み、見てたか?」

「見てた。こっそり渡してただろ、おまえ。ユナ姉にプ――」

 ユナにプレゼントを。

 と言おうとしたシオンの口を、ミカエルは慌てて塞ぐ。
 一度リーナに顔を向けてその様子を確認したあと再びシオンに顔を戻すと、また溜め息を吐かれた。

「おまえって、本当に中途半端ヤロウだよな」

 と、前にも何度か言われたことのあるその台詞に、ミカエルは「う……」と押し黙る。
 それが事実故に、非常に痛く突き刺さる。

「まー俺は第三者だから、首を突っ込む気はない…………が」

「が?」

 とミカエルが首をかしげたとき、響いてきたリーナのはしゃぎ声。

「やった、やった♪ 10戦10勝でうちの勝ちーっ! なあなあ、次ミカエルさま相手してやーっ♪」

「ああ、分かった。今行くぞ」

 とリーナに笑顔を向けたミカエル。
 シオンの台詞の続きが気になったが、早く早くとリーナに催促されてそちらへと向かって行った。

 一方、戻ってくるジュリをシオンが手招きする。

(俺はジュリ兄たちのことに首を突っ込む気はない)

 が、

(ジュリ兄がリーナを振り向かせるための『作戦』を立てなきゃならねー義務がある)

 やって来たジュリが、シオンの隣に座るなり笑う。

「負けちゃった、リーナちゃんに。強いなあ」

「わざと負けてやったクセに」

 はは、と笑ったあと、ジュリが訊く。

「それでシオン、何か用?」

「おう。久しぶりの作戦といこうぜ、ジュリ兄。9番バッターは俺」

「え?」

 とジュリが首をかしげると同時に、唐揚げを頬張っていたローゼが「にゃっ?」と声を高くしてシオンに顔を向けた。

「何かいい作戦が思い浮かんだのにゃっ? シオンっ?」

「いや作戦が思い浮かんだっつか、今がチャンスだと思ってな。ミカエルがリーナとユナ姉の間をふらふらしてる今が」

「え?」

 とジュリがどういうことかと眉を寄せると、シオンが一度リーナの方を見たあと、小声で続けた。

「ミカエルに今『リーナとユナ姉、どっちを選ぶか?』って訊いたら、きっと曖昧な返事しか返ってこねーぞ」

「曖昧って」と、ローゼも小声になって訊く。「『リーナさんのこと好きだけど、ユナさんのことも好き』みたいにゃ?」

「おう」

 とシオンが頷くと、ジュリの顔が強張った。

「――何、それ」

「だからよ、ジュリ兄。その事実をリーナに伝えちまえば、リーナはもうミカエルには愛想を尽かしてジュリ兄一筋になるんじゃねーかと」

「まあ、可能性はあるにゃ」と、うんうん頷いたローゼ。「でも、リーナさんてジュリさんと兄上の片方を失いそうになると焦って取り戻そうと――って、ジュリさんっ?」

 と、突然立ち上がって歩き出したジュリを見て首を傾げた。

「おい、どこに行くんだよジュリ兄?」

 とシオンが続く中、ジュリが向かった場所はミカエルのところ。
 リーナとテレビゲーム中だったが、その手からゲームのコントローラーを奪って言う。

「ごめんね、リーナちゃん。ミカエルさまのこと、ちょっと借りるね」

 突然のことに「えっ?」と首を傾げたリーナ。
 うんと頷いた途端、リビングの外へとミカエルをジュリに連れて行かれた。

 1階にあるリビングから出、2階へと続く階段を上り、右から6番目にある己の部屋へとミカエルを連れて来たジュリ。
 ドアを閉めるなり、ミカエルの顔を見上げて声を震わせた。

「どういうことです、ミカエルさま……!」

 何がだ?

 とミカエルが訊く前に、ジュリの片手がミカエルの胸倉に掛かった。

 いくら同じ一流ハンターであっても、バケモノのリュウと純モンスターの中でも群を抜いて強いキラの間に出来た息子であるジュリの力には、到底敵わず。
 抵抗したつもりのミカエルだったが、ダンッと大きな音を立ててドアに押し付けられた。
 その容赦のない力から、強張った表情から、ジュリが怒りに満ちていることだけは察した。

「い…、一体何のつもりだ、ジュリ……!」

 そんなミカエルの質問には答えず、ジュリは相変わらず強張った表情で訊く。

「ミカエルさま。あなたは、リーナちゃんのことだけを想っているのではないのですか?」

「なんだ、突然?」

 と訊き返したミカエルの胸倉を掴んでいるジュリの手に、力がこもる。

「ミカエルさま。あなたがユナ姉上と仲が良いことは見ていて分かります。でもそれは、どういう意味で? リーナちゃんに対する『好き』と同じなのですか?」

「え……?」

 だから、とジュリが声を大きくして続ける。

「あなたはユナ姉上のことを、友人として『好き』でもなく、兄弟に対するような『好き』でもなく、恋愛の対象として『好き』なのですか?」

「――そ…れは……」

 違う。

 と言おうとしたミカエルだったが、その言葉が出てこなかった。
 ユナのことは(年上だが)妹のように可愛がっているつもりだ。
 でも何故だか、その言葉が――否定の言葉が出てこない。

 代わりに出てきたのは、

「分からない……」

 という言葉だった。

 それを聞いた途端、ジュリの顔がさらに怒りに強張った。

「以前のあなたならば、きっぱりと否定したはず。リーナちゃんのことだけを想っていると、はっきりと言ったはず」

「もちろん私は今だってリーナのこと――」

「でも今のあなたは、リーナちゃんとユナ姉上の間をふらふらとしている」

「……」

 またもや否定の言葉が出てこず、戸惑ってジュリから顔を逸らしたミカエル。

 横顔に突き刺さるジュリの視線が、痛い。

「まるで以前の僕みたいですね、あなた。もっともあの頃の僕は、あなたと違って本当に好きなのはリーナちゃんだけでしたが」

 言葉が、痛い。

「だから僕はどういうことか知ってる。痛いほどに学んだ。それは『リーナちゃんを深く傷つける』ということだ。悔しいけれど、リーナちゃんは僕のことだけじゃなくあなたのことも想っているのだから」

 胸が、痛い――。

「僕は……、僕は、あなたにリーナちゃんは渡さない! あなたみたいな男に、リーナちゃんを渡すことなんて出来ない! リーナちゃんは僕が守る! あなたは下がっていろ!!」

 そう怒声を上げ、ジュリがミカエルを床にぶん投げて部屋から去っていく。

 背を強打したミカエル。
 きっと痣が出来るだろうと思ったが、痛みはそんなに感じなかった。
 そんなものより、何十倍も胸の方が痛かった。

(何をしているんだ、私は。何をしている、何をしている、何をしている……!)

 己に対する怒りに、奥歯がギリッと音を立てる。
 やはりユナからプレゼントしたものを全て返してもらってリーナとの約束を果たし、そしてユナのことはもう放っておこう。
 泣かれようと、傷つけようと、ユナのことはもう――

「きゃーっ! ヤダもう、喧嘩っ!?」

 突然部屋に響いたユナの声。
 仰向けに倒れていたミカエルがドアの方に顔を向けると、ユナが慌てた様子でこちらへとやって来た。

「あたし隣の部屋――自分の部屋にいたものだからジュリの怒鳴り声が聞こえてきて、どうしたのかと思ったら……! だ、大丈夫!? ミカエルさまっ!?」

 と、ユナがミカエルの傍らに膝をつき、ミカエルの身体を起こした。

「あ…ああ……、大丈夫だ。何ともない」

 とミカエルが言うと、安堵の表情になったユナ。
 にこっと嬉しそうに笑って続けた。

「ミカエルさま、プレゼント――ネズミのアンクレット、ありがとう! これから暖かくなるし、サンダルやミュールに合わせてたくさん使うね!」

「……」

 ユナから目を逸らしたミカエル。
 ユナがどうしたのかと首をかしげる中、口を開いた。

「……ユナ、私がプレゼントしたもののことだが」

「うん?」

「その……」

 言え、返してほしいと。
 はっきりと、言え。

 心の中、そう自分に言い聞かせるミカエル。
 だが、口から出てくる言葉はやはり言うことを聞いてくれなくて。

「…た……大切にしてくれてるのか、ありがとな」

 なんて言って笑った。

「当たり前だよ。だってミカエルさまからもらったものだもん」

 と頬を染めて笑うユナの顔を見、不本意ながらミカエルはプレゼントして良かったと思ってしまう。
 正直、嬉しい。
 とてもとても、嬉しい。

 でも同時にリーナの顔が脳裏をよぎり、胸がまた痛みをあげる。

(ごめんな、リーナ。ごめんな……。でも私はリーナのことが好きだ。もちろん恋愛対象として、女性として。そのことに決して偽りはない)

 だが、さっきジュリにユナに対する想いもそうなのかと訊かれたとき、否定が出来なかった。

(何故だ。何故、私は否定が出来なかった…? まさか……)

 まさか、

(私の中のユナに対する想いは、いつの間にか恋に変わっていたのか――?)
 
 
 
 
  次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system