第10話 ハンターというもの 中編


 ジュリが倒さなければならないブラックキャット――アオイを見つけたその日の夜。
 リビングの中、帰宅したジュリの話を聞きながらビールを飲んでいたサラの眉が寄る。

「例のブラックキャットの暗殺に失敗した……だって?」

「は、はい……」

 と、ジュリは頷いた。
 サラが訊く。

「それで、倒さずに帰ってきたわけ?」

「は、はい…、サラ姉上……」

 ガンッ!

 と大きな音を立て、ジョッキをガラステーブルの上に置いたサラ。

「今すぐ行って倒してきな!」

 と声をあげた。
 びくっと肩を振るわせたジュリの瞳に、涙が込み上げる。

「い…一度ブラックキャットの……アオイさんの傍から離れたあと、ま、また探してみたんですけど…み、見つからなくて……!」

「だったら見つかるまで探しな! 凶悪モンスターを放っておいたら危険なんだよ! あんただってそれくらい分かるでしょ!? こうしてる間に、またその凶悪モンスターに誰かが殺されてるかもしれないんだよ!?」

「お、落ち着いてよサラ姉ちゃんっ……!」

 と、テレビを見ていたユナが立ち上がり、ジュリのところへとやって来た。
 ぽろぽろと涙を零し始めたジュリの涙をティッシュで拭く。

「落ち着けないね! 今すぐ行って倒してきな、ジュリ! あんたが行かないならアタシが行って倒してくる! ネオン、アタシの武器持って来て!」

「あっ…! サラ姉上っ!」と慌てて声をあげたジュリ。「ぼ、僕、行ってきますっ……!」

 玄関へと駆けて行き、体長3mの召喚カブトムシ――テツオに乗って再びオリーブ山へと向かって行った。
 
 
 
 
 夜のオリーブ山の中、アオイを探すジュリ。
 母親・キラの夜目が利くところを受け継いだおかげで、暗い山の中でも昼間のように明るく見えた。

(どこだろう、アオイさん……)

 テツオの頭の上に乗って移動しながら、辺りをきょろきょろと見回して3時間。

(――あ、いたっ……!)

 もうすっかり深夜になったとき、ようやく遠くの木の枝の上にいるアオイを見つける。
 木の幹に上半身を預け、眠っているようだった。

 テツオを消したジュリ。
 音を立てずに近づいて行きながら、両手のチャクラムをしっかりと握る。
 直径30cmほどのリング状のそれは、持ち手の部分以外は外側にぐるりと鋭い刃が付けられている。
 トゲ等付けられているものも持っているが、今日はシンプルなものを持ってきた。

 近距離でも振り回して攻撃できるが、基本は投擲して戦うチャクラム。
 ある程度アオイに近づいたとき、ジュリは両手のチャクラムを高く持ち上げた。

 これを投げれば、普通のブラックキャットは切り裂かれて死ぬだろう。
 それだけの力がジュリにはある。

 だが、手が震えたまま立ち尽くして30分。

「…ふみゃあぁぁんっ……」

 ジュリは腕を下ろしてチャクラムを地に落とすと、両手で目を擦って泣きじゃくり始めた。

 木の枝の上、ふと口元を微笑ませたアオイ。
 瞼を開けてもその赤い瞳にジュリの姿は映らないが、ジュリの気配のする方へと顔を向ける。

「ジュリ」

 そう、優しい声で呼んだ。
 ジュリがはっとしてアオイを見上げる。

「あんた優しい子だね……、ジュリ」

「アオイさんっ……! 起きてたんですかっ?」

「ああ、起きてたよ。最初から眠っちゃいないさ。眠った隙にモンスター狩の輩共に捕まっちゃ溜まらないからね」

「モンスター狩……?」

 とジュリは鸚鵡返しに訊いたあと、キラやリーナの母親・ミーナも最初はその輩に追われていたということを思い出した。

 モンスターをペットとすることが流行っている葉月島で、捕らえたモンスターによってはとても高額で取引されることから、そういった輩が消えることは無かった。
 また、モンスターを飼えるのはハンターの資格を持つ者だけだが、捕まえるのは誰でも可。
 金儲けになるからと始めて、逆にモンスターに返り討ちに合う人間が後を絶たないのが現状だ。

「もしかしてアオイさんが殺した人間たちって、みんなモンスター狩の人たちですか?」

「そうだよ。あたいは元野生のブラックキャット。人間が大嫌いさ。ペットになってからも、主以外の人間に対してそれはなくならくてね。うざいから殺してやったのさ。これからだってそうだ。あたいを捕まえに来た人間は殺すさ。…まったく、バカな人間共だ。この首輪が見えないのかね。あたいには主がいるっていうのに……」

「え……?」

「モンスター狩の人間共がさ、あたいに言うんだよ。『おまえは新しい主のところへ行け』なんて意味の分からないことを。あたいにはちゃんとした主がいるんだ。先日のとある日から突然家に帰って来なくなっちまったけど……。きっとそれはモンスター狩の人間共があたいを捕まえるために、あたいの主をどこかに隠したからなんだ」

「――」

 言葉を失うジュリ。
 胸が強く痛んだ。

(もしかして、アオイさん…。飼い主さんが亡くなったこと知らない……?)

 もしかしなくても、アオイの様子を見ればそうだった。
 アオイが訊く。

「ねえ、ジュリ。あんた、ハンターかい?」

「…は、はい、ハンターです」

「まったく」と、アオイが短く笑った。「ハンターがそんなことでどうするんだい?」

「え?」

「あたいを殺すのが仕事なんじゃないのかい?」

 困惑したジュリ。
 小さく答えた。

「は…はい……」

 アオイが再び短く笑って続けた。

「あたいの主はさ、超一流ハンターでさ。いっつもいっつも人間を助けるために戦ってるよ。あたいは人間なんかのためにっていっつも思うけど、人々を救うことがハンターの仕事だって言って、毎日必ず凶悪モンスター討伐に向かうんだ。人間なんか救ってバカじゃないのかって思う半面、変な話だけど……尊敬っていうの? あたいは主に対してそういうのを持ってるよ。身内でも何でもない者を守るために身体張るなんて、そう簡単に出来ることじゃないからね。……だからさ、ジュリ」

「は、はい」

「あんたはどうやらとても優しい子みたいだから、命を奪うってことが辛いみたいだけど……。ハンターになった以上、頑張りなよ。あんたにとって誰かを殺すってことはとても辛いだろうけど、それで救われる命も確かにあるんだよ?」

「……」

「って、人間嫌いのあたいが言うと、やっぱり変だけどね」

 と笑ったアオイ。
 ぴょんと枝の上から降りた。

「でもま、あたいを殺すのは間違ってるかな、ジュリ。だって、あたいは主を持つペットだよ? 殺しちゃいけないからね」

 そう言うなり歩き始めたアオイを、ジュリは慌てて呼び止める。

「あっ…、待ってくださいっ! アオイさんっ……!」

 振り返ったアオイ。

「そ、そのっ……」

 と口ごもるジュリのところへと歩いてきた。
 そっと片手をあげ、ジュリの胸元に触れ、首に触れ、頬に触れ、両手でジュリの顔に触れる。
 温かい手をしていた。

「アオイさん……?」

「…あんた、とても綺麗な顔をした子だね」

「僕の顔、分かるの?」

「分かるよ。こうして両手で顔形を確認するとね」

 近くへとやって来たアオイの顔を見つめるジュリ。

「――……アオイさんも、すごく綺麗です」

 そう、思った。

 シャープな輪郭に、筋の通った鼻、艶っぽい唇。
 月明かりに照らされて輝く黒髪は、ジュリのガラスのような髪の毛にも劣らない美しさだった。

 アオイがおかしそうに笑う。

「あたいを口説いてくれてるのかい?」

「くど…く……?」

 と首をかしげたジュリを、両手の中で感じたアオイ。
 またおかしそうに笑ったあと、ジュリから手を離した。

「それじゃあね、ジュリ。あたいは主を探すから」

「あっ…、待ってください、アオイさん!」と、ジュリは慌てて声をあげた。「そのっ…、えとっ……」

「あたいに用があるなら、また来なよ。あたいはしばらくここの山にいるだろうから」

「オリーブ山に?」

「なんだかさ…、ここに主がいるような気がしてならないんだ……」

 と呟くように言ったアオイ。
 ジュリに笑顔を向けて続けた。

「あたいはこれから山奥に入っていくからさ、モンスター狩の人間共に見つからないと思う。だからその間は人間を殺すこともないだろうから安心しなよ、ジュリ」

「あ…、はいっ……!」

 と、とりあえず安堵して笑顔になったジュリ。
 突然携帯電話が鳴って、それをポケットから取り出して誰からかの電話か確認する。

「あっ、父上だっ……! それじゃ、アオイさん」と再びアオイに顔を向けたジュリだったが、「――って、あれ……?」

 その姿はもうそこにはなかった。

「また来ます」

 と頭を下げたジュリ。
 テツオを召喚して頭に乗り、自宅屋敷へと向かいながらリュウの電話に出た。
 
 
 
 
 ジュリがいないことに気付き、リュウが慌ててジュリに電話してから10分後。
 消灯してすっかり暗くなった自宅屋敷にジュリが帰宅すると、玄関の電気が点いた。

「ジュリっ……!」と、そこで待っていたリュウがジュリを抱っこする。「おまえ、こんな時間までどこに行ってた! 危ねーだろ!? 誘拐されたらどうするんだ!? どうするって犯人殺しに行くぜ俺!!」

「ごめんなさい、父上。お仕事に行ってました」

「仕事に?」

「でも……、まだ終わってないんです」

 と沈んだジュリの顔を見て、リュウは察する。
 またモンスターを殺せなかったのだと。

「……無理してハンターにならなくてもいいぞ、ジュリ」

「いいえ……、父上。僕、誰かが殺されたと聞くととても悲しくなるんです。だから、頑張ります」そう言ってリュウに笑顔を向けたあと、ジュリは屋敷の奥の方に目をやりながら訊いた。「あの……、母上はもう眠ってしまいましたか?」

「いや、(数時間に渡るイトナミの)休憩してる。キラに何か用か?」

「はい…、ちょっと……」

 そうか、と返したリュウ。
 ジュリに自分の部屋に戻って待っているよう言って、キラがいる寝室へと向かって行った。

 ジュリは緩やかな螺旋階段を上り、2階の向かって右から6番目の部屋――自分の部屋に入った。
 チャクラムを壁に掛け、備え付けのバスルームに入って身体を洗う。
 いつも誰かに洗ってもらう背中は少し大変だった。

 脱衣所に出てふかふかのバスタオルで身体を拭き、ガラスのような銀色の髪の毛を拭く。
 そして寝巻きを着たとき、キラが姿を現した。

「おかえり、ジュリ」

「ただいまです、母上」

「ほら」

 とキラがドライヤーを片手に持つと、ジュリが洗面台の前に置いてある椅子に座った。
 リュウの希望によってキラと同じように腰まで伸ばさせられた、そのガラスのような銀色の髪の毛を乾かしてやりながら、キラは訊く。

「こんな時間まで仕事に行っていたそうだな? ジュリ」

 ドライヤーの音はうるさいが、猫の耳を持つ2匹にとっては相手の声がよく聞こえる。

「はい、母上。でも、まだ終わっていないんです」

「そうか。昼間、リンクから私に電話があってな。人間を20人も殺した元ペットのブラックキャットを殺さなければならないそうだな」

「は、はい」

「元ペットというからどういうことかと主について詳しく聞いたのだが……。先日、オリーブ山の奥深くにある湖で、ワニ型モンスターに食い殺されてしまったみたいだな」

 オリーブ山の奥深くにある湖。

 ジュリは、アオイがそこへ向かっているような気がしてならなかった。

「そして、そのワニ型モンスターはリュウが倒したそうだ。ところで」と、キラが正面の鏡の中のジュリを見る。「私に何か用があるのだろう? ジュリ」

 頷いたジュリ。
 鏡の中の己と同じ大きな黄金の瞳を見つめながら、口を開いた。
 
 
 
 
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