第1話 家族は21人です


 ジュリは葉月島葉月町の外れにある屋敷で暮らしている。
 父親――リュウが建てたそれは、一見城と見間違えてしまうほど大きい。
 現在21人という大家族にも関わらず、部屋はまだ余っているほど。

 ジュリの1日は、兄で長男のシュウが起こしに来るところから始まる。

「ほーら、ジュリ。朝だぞー」

 兄の優しい声に黒猫の耳をぴくっと動かし、ジュリは目を覚ました。
 大きな黄金の瞳に映る、父親譲りの凛々しく整った顔立ち。
 ジュリに向けられるその笑顔はいつも優しい。

 NYANKOシリーズ番外編を含めると3代目主人公のシュウは、現在27歳の超一流ハンター。
 ジュリやその姉たちもそうであるが、大人の姿になってからは老けないモンスターの血を引いているが故に、その外見はまだ20歳の頃から変わっていない。

「おはようございます、兄上」

 そう笑顔を返してジュリがベッドから起き上がると、頭にシュウの手が重なってきた。

「もう朝ご飯出来上がってるから、顔洗って早く下りて来るんだぞ」

「はい、兄上」

 と、184.5cmと長身のシュウの顔を見上げて承諾したあと、ジュリはその黒猫の尾っぽの付いた後姿が部屋から出て行くまで見送った。
 そのあと部屋に備え付けてある洗面所へと向かって行く。

(兄上は今日もかっこいいなあ……)

 そんなことを思いながら、洗顔のときに使うピンク色のヘアバンドを装着して前髪を上げる。
 鏡に目を向けると、そこには絶世の美女と言っても過言ではない母親――キラとそっくりな姿がある。

 それを見つめながら、ジュリは小さく溜め息を吐いた。
 といっても、己の姿に見惚れているわけではない。

 同じ整った顔立ちでも凛々しくて、黒々とした鋭い瞳をしていて、男らしい身体つきをしているリュウそっくりに生まれてきたシュウが、少しだけ羨ましかった。

 数秒鏡の中の自分を見つめたあと、ジュリははっとして水道から水を出した。

「いけない、兄上に早く下りてきなさいって言われたんだった!」

 急いで顔を洗ってふかふかのタオルで拭き、スリッパの音をパタパタと立てて部屋から飛び出す。
 すると、左の方から声が聞こえてきて、ジュリはそちらに耳を傾けた。

「こら、サラ! 早く起きて」

「うぅーん、レオ兄もうちょっと……」

 次女のサラと、その夫であるミックスキャットという猫科モンスターのレオンの声だ。
 ジュリの部屋から2つ部屋を隔てたところにある部屋のドアが開いている。

「まったく……」と、レオンの呆れたような溜め息。「子供たちはもう起きてるよ? お母さんがそんなことでどうすんの! ほら、早く起きる!」

「分かったよ、もう…。…んじゃ、寝起きの一発開始アルヨ」

「わっ! こ、こらサラっ!?」

「ヘイヘイヘイヘーーーイ♪」

 と、サラ・レオン夫妻の部屋から廊下へとぽいぽいと投げ出されてくる衣類。
 それを見て首をかしげながら、そちらへと向かって歩いて行ったジュリ。

「サラ姉上? レオ兄さま? 何をしているのですか?」

 と、部屋の中を覗き込むと、ダブルベッドの上に素っ裸のサラとレオン。

「うっわあああああっ!」とレオンが声をあげ、慌てて自分とサラの身体を布団で包んだ。「お、お、お、おはよう、ジュリ!」

 そんなレオンの傍ら、

「おはよ、ジュリ」

 なんら焦った様子のないサラ。
 現在26歳で2児の母、そして22歳の頃からは超一流ハンター。
 元は父親譲りの黒髪をしているが、カラーリングして明るい茶髪にしている。
 乱れて顔に掛かったそれを華奢な手でかき上げ、どちらかというと父親譲りの顔と、母親譲りの黄金の瞳を見せる。

「おはようございます、サラ姉上、レオ兄さま」と笑顔で返したあと、ジュリはもう一度聞いた。「さっき、何をしていたのですか?」

「寝起きのセッ――」

「はい、ストップ」

 と、妻・サラの口を塞いだ、夫・レオン。
 現在42歳であるが、外見年齢は23から25歳。
 キラと同様、純モンスターであるが故に、それ以上老けることはない。
 リュウやキラとの付き合いはもうかれこれ28年目になり、葉月ギルドの副ギルド長兼、超一流ハンター。
 それから、結婚してからも着いて来たグレルという熊みたいな人間のペット。
 リュウとキラの子供たちからは『レオ兄』と慕われている。

 柔らかな青い髪の毛に赤い瞳、灰色の猫耳に尾っぽ。
 切れると恐ろしいものの、温厚篤実な性格を表すかのような顔立ちを微笑ませてジュリに向けた。

「その…、なんでもないよジュリ? 気にしないで」

 と言われ、ジュリはにこっと笑って承諾する。

「はい、分かりました」

 そこへ1階から駆けて来たのは、

「ちょっとサラぁ? ご飯冷めちゃうじゃない、早くしてちょうだい」

 3代目ヒロインでシュウの妻、サラの親友である人間のカレンだ。
 現在26歳で3児の母、そして3年前からは一流ハンター。
 防御力はゼロに等しいものの、禁句を言われたときに鬼のように強くなるが故にそこまで伸し上がったツワモノ。

 身体はキラよりも小柄で、身長152cm。
 肩下5cmまである赤い髪の毛はくるくると巻かれており、気の強そうな瞳をした愛らしい顔立ちは、まだ10代に見えなくも無い。

 2階の廊下に辿り着くなり、カレンがジュリの姿を見て微笑んだ。

「あら、ジュリちゃん。おはよう」

「おはようございます、カレンさん」

「ご飯できてるわよ」

 とジュリの頭を撫でたあと、カレンが廊下に投げ出された衣類を拾い上げた。
 そして呆れたような顔をして、サラ・レオン夫妻の部屋の中を覗き込む。

「サラ、あなた本当にお義父さま似ね……。これからご飯って言ってるじゃない。何朝っぱらから発情してんのよ……」

「寝起きの一発が一番気持ち良くってさあ」

 あはは、と笑うサラにカレンが溜め息を吐いた。

「はいはい。ご飯冷めちゃうから、食べてからしてちょうだい……」

「はーい」

 と返事をしたサラ。
 レオンと共に衣類を身に着け、ベッドから出た。

 身長170cm弱でスタイル抜群のサラと、身長180cmでまさしく猫のようにしなやかな身体をしたレオンは、一見モデル同士の夫婦のようだ。
 ジュリのところへとやって来て、2匹ともカレンに続いて頭を撫でた。

「んじゃ、ご飯食べに下行こっかジュリ」

「はい、サラ姉上」

 カレンとサラ、レオンと共にジュリが緩やかな螺旋階段を下りて1階のキッチンへと向かうと、特注の大きなテーブルにシュウと長女・ミラが朝食を並べていたところだった。

「おはようサラ、ジュリ」

 と、ミラ。
 レオンは朝食を並べるのを手伝い、サラは席に着きながら言う。

「おはよ、お姉ちゃん」

「おはようございます、ミラ姉上」

 と続いたジュリのところへとミラがやって来て、ジュリの頭を撫でた。

「よく眠れた? ジュリ?」

 と、どちらかというと母親似の顔を微笑ませるミラ。
 現在27歳で、相変わらず極度のファザコン。
 シュウは5月生まれでミラは11月生まれと誕生日が半年しか変わらないが、それは人間と猫モンスターの子供――ハーフは5ヶ月で産まれるからだ。

 父親譲りの黒髪に黒々とした瞳、母親譲りの黒猫の耳。
 身長は160cmで、ジュリと目線の高さが一緒だった。
 ジュリの姉たちの中では一番弱いが、唯一父親から継いだ治癒魔法は優れている。

「はい、ミラ姉上」

 とジュリが笑顔を返すと、ミラは「そう」と言って再び動き始めた。

 ジュリは自分の席に座ると、もう先に2階から下りて来て席に着いていた姉たちと義兄の顔を見回した。

「おはようございますリン姉上、ラン姉上、ユナ姉上、マナ姉上、レナ姉上、ミヅキさん」

「うむ。おはようなのだ、ジュリ」

 と声をそろえながらジュリの頭を撫でたのは、双子である三女・リンと四女・ランだ。
 現在25歳で、これも相変わらずシュウに対して極度のブラコン。
 18歳で魔法学校を卒業後ハンターとなり、20歳からは一流ハンターとして活躍している。

 母親譲りの銀色の髪の毛に、黄金の瞳、黒猫の尾っぽ。
 顔は父親と母親の中間といったところで、姉たちの中でサラの次に身長が高い165cm。

 三つ子――五女・ユナ、六女・マナ、七女・レナが続く。

「おはよう、ジュリ」

「おはよう…」

「おはよ、ジュリ!」

 現在23歳の三つ子。
 中身までそっくりなリン・ランに比べ、性格がまったく違う。

 ユナは小さい頃から泣き虫で、未だによく泣いている。
 ミラほどではないもののファザコンで、それから偏食だ。
 魔法学校を卒業後ハンターとなり、二流ハンターとして活躍中。

 マナは基本的に寡黙で泰然自若、舌はゲテモノ好き。
 恋人はレオンの飼い主であるグレル。
 魔法学校を卒業後、魔法薬専門の大学に入学し、今日から大学6年生だ。

 レナは巨大な胃袋を持ち、色気より食い気の元気一杯な少女であったが、13の時にミヅキと出会ってからはすっかり女の子っぽくなり。
 魔法学校を卒業後ミヅキと結婚し、1児の母に。
 ミヅキが葉月ギルドの右隣に建てたドールショップで共に働いている。

 三つ子の外見は、母親譲りの黒猫の耳に銀髪。
 顔はどちらかというと母親似で、その瞳の色は父親譲りでも母親譲りでもない淡い紫色だ。
 身長162cmと、少しジュリよりも目線が高い。

 三つ子がジュリの頭を撫でたあと、ミヅキもそれに続いた。

「おはよう、ジュリくん」

 レナの夫でシュウの親友の人間・ミヅキ。
 シュウやミラと同い年で、現在27歳。
 小さい頃から人形を作るのが好きで、レナが魔法学校を卒業すると同時に溜めたお金でドールショップを建てた。
 栗色の髪の毛にそれと同じ色をした瞳、ジュリと同様に美男というよりは美女の顔立ち。
 身長も166cmと小柄な方だ。

 レナと結婚すると言ったとき、はっきり言ってリュウに三途の川へと送られそうになった。
 だがレナや周りの説得により無事生き延びることができ、現在は1児の父親だ。
 ちなみにレオンもそうであるように、強制的に婿養子とされた。

 キッチンの中を見回し、ジュリは首をかしげる。

「マナ姉上、グレルおじさまはどうしたのですか? まだ眠っているのですか?」

「トイレで大きい方を9回に分けて流してる…」

「わあ、朝ご飯の前から快便ですね」

 とジュリが声を高くしたとき、グレルがキッチンに姿を現した。

「すっきりしたぞーっと♪ おっ、ジュリおはよーさんっ♪」

「おはようございます、グレルおじさま」

 ジュリの頭をぐりぐりと撫で回したあと、席に着いたグレル。
 レオンの飼い主でリュウの師匠、キラ並に極度の天然バカ。
 レオンがサラと結婚したとき、離れて暮らすのは寂しいからと着いて来た。よって同居している。
 雑誌・月刊NYANKOとHALF☆NYANKOの編集長であるが、超一流ハンターでもある。
 その力はバケモノ以外のなんでもない。

 身長195cmで筋肉隆々、体重120kg。
 頭から爪先まで体毛がふさふさしており、年々熊化していく。
 57歳の現在、人間であるかクマであるか本気で判別が難しい。

「それから」と、ジュリは続ける。「父上と母上はまだですか?」

 深く溜め息を吐いたシュウ。

「朝っぱらから何発イトナミすりゃ気が済むんだ、あのエロ親父は……」と呟いたあと、ジュリに苦笑を向ける。「頼むジュリ。親父と母さんの部屋に行って、呼んで来てくれるか? おまえが腹減ったーとでも言えば、きっとすぐにでも出てくるから。ああでも、ドアは開けちゃダメだぞ?」

「はい、兄上」

 と笑顔で承諾すると、ジュリは1階にあるリュウ・キラの夫婦部屋へと向かって行った。
 ドアの前に立つと、ジュリのよく利く黒猫の耳に中の声が聞こえてくる。

「お、おいリュウっ……! もうみんな待ってるぞっ!」

「もう一発楽しもうぜ、キラ」

「い、嫌だっ!」

「ったく仕方ねーな、俺の可愛い黒猫はよ。んじゃあ、もう二発な」

「増やすなっ!!」

 一体なんの話かと首をかしげながらジュリがドアをノックすると、中の会話が途切れた。
 リュウの不機嫌そうな声が返って来る。

「てーめえ、シュウ……! また俺とキラのイトナミを邪魔す――」

「ジュリです、父上」

 とジュリがリュウの言葉を遮ると、先ほどとは打って変わって機嫌の良さそうな声が返ってきた。

「おー、ジュリかー。どうした? 父上に用か?」

「お腹空きました、父上」

「そーかそーか。よしよし、ちょっと待ってろ」

 と声がしてから20秒。
 ドアが開いた。

 最初に姿を見せたのは母親・キラ。

「た、助かったぞジュリ……」

 と、顔を青くしながら出て来た。

 キラはジュリより5cmほど身長が低いものの、ジュリは鏡で自分の顔を見ているようだと思う。
 髪も瞳も肌の色も全て一緒だ。
 現在48歳のキラの外見年齢は20歳前後と、ジュリよりも少し大人っぽく見えるが。

 ブラックキャットはモンスターの中で最強を謳われる一種であるが、その中でもキラは飛び抜けて強い。
 また、リュウの妻でもあるが、それ以前にリュウのペットだ。

「何をしていたのですか?」

 とジュリが訊くと、キラの背後にリュウが現れた。

「何でもねーぞ、ジュリ」

 とキラを左腕に抱っこし、ジュリを右腕に抱っこしてキッチンの方へと向かっていく。

 初代主人公・リュウ。
 現在49歳で、葉月ギルドのギルド長兼、超一流ハンター。
 最強の中の最強で、グレルと同様にその力はバケモノレベル。

 身長は185cmで、艶のある黒髪に、黒々とした鋭い瞳、凛々しく整った顔立ちはシュウと瓜二つ。
 その周りに漂うオーラだけで敵を圧倒してしまうようなやばさ。

 リュウは人間だというのに何故か老けなかった。
 一見シュウと年の近い兄のようだ。

 それから今年50歳だというのに、力は衰えていくどころか年々増していく。
 この大家族を守ろうとするが故に。
 ちなみに何故か、性欲も衰えるどころか年々増していく。

 リュウがキッチンに辿り着くなり、シュウが苦笑した。

「おい、親父……。母さんはペット時代からそうやって抱っこして歩いてたみてーだから、何も言わねーけどよ……?」

「あ? 何だ、シュウ」

「15歳のもう小さいとは言えねー息子を抱っこすんのはおかしいだろ」

「うるせー、俺の勝手だろ」

 と、ふんと鼻を鳴らしたリュウ。
 ジュリの額にキスし、娘たちから「おはようのキス」を頬にもらってにやける。

 そのあと、キッチンの中で遊んでいた孫たちに顔を向けた。

「ほら、チビ共。朝飯だから席に着け」

 そんなリュウの声に、キッチンの中を駆け回っていた3匹が止まった。
 それは、

「やっと来やがったぜ、師匠」

 サラ・レオン夫妻の長男・シオンと、

「ハラへったじゃねーか、師しょう」

 シュウ・カレン夫妻の長男・シュンと、

「おせーよ、ししょー」

 レナ・ミヅキ夫妻の長男・セナだ。

 シオンは9歳。
 シュンは7歳。
 セナは3歳。

 3匹とも、リュウを師に剣術を習っている。

 サラはシオンを産んだときに叫んだ。

「青い髪の親父が出て来たあぁぁああぁぁあああぁあああぁあぁぁあああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあっ!!」

 カレンはシュンを産んだときに叫んだ。

「赤い髪のお義父さまが出て来たのですわああぁぁああぁぁあああぁあああぁあああぁぁああぁぁぁあぁっ!!」

 レナはセナを産んだときに叫んだ。

「茶髪のパパが出て来たああぁぁああぁぁああぁぁあぁああぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあっ!!」

 と、不思議なことに、リュウ・キラの子供たちに生まれる最初の子供は、全員隔世遺伝で祖父・リュウ似の長男。

 シュウ・カレン夫妻に至っては、2度目の出産のときも隔世遺伝だった。
 そのときは祖父・リュウ似ではなく、祖母・キラ似の。

「あっ、おじいちゃまですわっ」

 と人形遊びをしていた手を止め、リュウに駆け寄って行ったのは、シュウ・カレン夫妻の長女・カノンと次女・カリン。
 6歳の双子だ。
 母親譲りの赤い髪をしているが、黄金の瞳や黒猫の耳、尾っぽ、顔立ちは祖母(キラ)譲り。

 よって、リュウがジュリ並に溺愛している。
 そんなもんだから、カノンとカリンはグラファコンだった。
 もちろん、父親のシュウのことも大好きであるが。

「はい、おじいさま」

 と読んでいた本を閉じ、おとなしく席に着いたのはサラ・レオン夫妻の次男・ネオン。
 シオンが生まれてから2年後に生まれ、それと同時に『レオ兄似の可愛い男の子を産むこと』というサラの夢が叶った。

 青い髪から赤い瞳、顔立ち、灰色の猫耳と尻尾まで、何もかも父親譲りだ。
 性格も父親と同様に温厚篤実で、サラから槍術を習っている。

 全員が席に着いたところで、ようやく『いただきます』。
 朝だけは全員一緒に揃って食事をすることが一家の決まりである。

「母さんにリン・ラン! カノンとカリンも! デザートは後から食えといつも言ってんだろうがっ!! こっ、こらセナっ! オレのおかず取るんじゃないよっ! おまえもう自分の分食ったの!? 胃袋母親似かよっ! って、グレルおじさん食べかす飛ばすなっ!!」

 なんて、食事のときはいつもうるさいシュウの声を聞きつつ、ジュリは口を開いた。

「あの、父上」

「何だ、ジュリ? 父上が魚ほぐしてやろうか」

「自分で出来るので大丈夫です」

「そうか。おまえは何て偉いんだ……!」

「それであの、父上」

「何だ、ジュリ? 父上が食わせてやろうか」

「自分で食べれるので大丈夫です」

「そうか。おまえは何て大人なんだ……!」

「それであの、父上」

「何だ、ジュリ? 父上が――」

「親父」と、サラが溜め息を吐いてリュウの言葉を遮った。「ジュリが言いたいこと言えなくて困ってるよ」

「ん?」とサラに一度顔を向けたあと、リュウが再びジュリに顔を向ける。「何だ、ジュリ?」

「父上、僕も今日からハンターです」

「ああ、そうだな」

「ハンターになって強くなったら、すぐにでもカブトムシになれますか?」

 カシャンッ……

 と動揺して箸をテーブルの上に落としたのは大人たち。

(ま、まずい……)

 と冷や汗を掻きそうになる。

 それはもう、ジュリは素直な子だった。
 両親や兄、姉、身近な者の言うことは何でも信じた。
 ほぼ箱入りで育ったせいかそれを疑うことなく、現在もそうである。

 よって、未だにサンタクロースを信じ。
 赤ちゃんはコウノトリが運んでくると信じ。

 そして小さい頃に持った夢――『大人になったらカブトムシになる』。
 それは叶うものだと信じている。

 リュウに一斉に視線が突き刺さる。
 全ては『ジュリの夢を壊すな!』なんて一同に命令したリュウの責任だった。

 リュウは一同の顔を見回したあと、ジュリに顔を戻した。
 期待に瞳をきらきらと輝かせているジュリを見つめ、答える。

「…も…もちろんだぜ、ジュリ。カブトムシ並に強くなったとき、おまえはカブトムシになる」

「わあ! 僕、頑張ります!」

 とはしゃぐジュリの傍ら、大人たちから漏れる深い溜め息。

「呆れるな、リュウ……」

「な、何だキラ。おまえの妹みてえなミーナだって、20歳までコウノトリ信じてただろ」

「ったく、リュウ。いい加減、ジュリのバカ何とかしろよーっと」

「うるせーよ師匠。あんただって救いようのねえバカだろうが」

 ふん、と鼻を鳴らすリュウ。
 カレンが続く。

「ねえ、お義父さま?」

「何だ、カレン」

「サンタクロースやコウノトリは微笑ましいと思いますわ」

「だろ、微笑ましいだろ。ジュリやーべえ可愛さだろ」

「だけど、カブトムシはいくらなんでもないのではないかしら」

「うるせー、貧乳」

 それ禁句。

「お義父さまああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあ!?」

 テーブルの下からマシンガンを取り出したカレン。

 ズバババババババッ!!

 と、入っている弾丸30発全てをリュウに向かってぶっ放す。
 それらを右手で全て受け止めながら、左手でお椀を持って味噌汁をすするリュウ。

「まあ、皆これからもいつも通りにな」

 と、一同に命令した。
 つまり、これまで通りジュリに夢を見させろ、ということだった。
 カレンが深く溜め息を吐く。

「バカ親にも程がありますわ、お義父さま」

「うるせーつってんだろうが。せめて豊胸手術してから文句言え、このド貧乳が」

 カレンのぶっ放したバズーカの弾丸が、キッチンの窓を粉砕した。
 
 
 
 
「では、行って参ります」

 と、見送りのキラとミラ、甥、姪に笑顔を向けたあと、ジュリは父や兄、姉、義兄、義姉らに続いて屋敷を後にした。
 きらきらと瞳を輝かせながら、葉月ギルドのある葉月町へと続く一本道を歩いていく。

「父上、兄上、姉上、カレンさんにレオ兄さま、グレルおじさま、ミヅキさん。僕、立派なカブトムシになってみせます!」

「…………」

 ジュリ15歳。
 人間の父親と、ブラックキャットという猫モンスターの母親の間に生まれたハーフ。

 絶世の美女である母親の容姿をそのまんま受け継いだが故に、21人家族の中でアイドルとして大切に大切に育てられ。
 父親からは特に溺愛され。

 ほぼ箱入りで育ち、この世に生まれて15年。

 ようやく世間に出るときが来た。
 
 
 
 
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